769 クマさん、話を聞く その1
わたしたちの前に出てきたのは30歳後半ぐらいの男性と15歳ぐらいの女の子だった。
「あなたたちは誰ですか? どこから来たのですか。それにその格好は?」
男性が怪しむように尋ねてくる。
こんな状況で、わたしたちのことを怪しむのも仕方ない。
なんたって、わたしたちの見た目は怪しい。
わたしはクマの格好、カガリさんは和装。後ろにはくまゆるとくまきゅうが控えており、挙げ句に家がクマの家だ。
さらには凍った街にいるだけでも怪しさ満点だ。
さきほどから、男性と女の子の目がわたしとカガリさんを見たり、くまゆるとくまきゅうを見たり、クマハウスを見上げたりしている。
「わたしはユナ」
相手の緊張を解くため、わたしから名前を名乗る。
「妾はカガリじゃ」
「後ろにいる黒いクマがくまゆる、白いクマがくまきゅう。なにもしなければ、襲ったりはしないから大丈夫だよ」
男性は視線をわたしたちに戻す。
「わたしはボラード。そして、娘のリーゼです」
わたしたちが丁寧に挨拶すると、少しだけ緊張が解けたのか、名前を名乗ってくれる。
「お主たちに話が聞きたい。立ち話もなんじゃ、こんな変な家じゃが、家の中で話そう」
カガリさんがクマハウスを見ながら言う。
クマハウスを変な家って酷い。
カガリさんはクマハウスをそんな風に思っていたんだね。
ボラードさんとリーゼさんはクマハウスを見てから、お互いの顔を見合わせる。
「分かりました。わたしたちもあなたたちの話を聞かせていただけるなら」
わたしたちは2人を連れてクマハウスの中に入る。
「……あったかい」
クマハウスの中は適温に保たれるので、夏は涼しく、冬は暖かい。
クマ装備のおかげで寒さは感じないから分からなかったけど、リーゼさんの顔を見ると、かなり寒かったんだと思う。
それぞれが椅子に座り、わたしは温かい飲み物を用意する。
「あ、ありがとうございます」
「美味しい」
ボラードさんとリーゼさんは嬉しそうにお茶を飲む。
「まず、信用を得るため妾たちのことを話そう。妾たちは偶然に、ここを見つけて立ち寄ったに過ぎない」
嘘は吐いていない。
本当に偶然に陸を発見し、街を見つけた。
「それでは、わたしたちを助けに来てくれたわけではないのですね」
「妾たちを見て、助けに来た人間に見えるか」
「……いえ」
男性は素直に首を横に振る。
クマの格好した女の子と、和装を着た幼女。救援に来たとは思えないだろう。
「ここに立ち寄ったってことですが、他の人はいないのでしょうか」
「ここにいるのは妾たちだけじゃ」
その言葉に、ボラードさんは落胆する。
たぶん、大人がいると思っていたんだと思う。
わたしもカガリさんも立派な大人だけど、頼れる大人には見えなかったみたいだ。
「それでは、お二人はどうやってここに来たのですか? 船に乗って来たのではないのですか?」
普通は船に乗ってきたと考えるよね。
「船ではない」
「それではどうやって」
「済まぬが答えられない」
動く島、タールグイのことを言っても信じてもらえないし、その動く島への行き方も説明することはできない。
「それでは、わたしたちを助けていただけることは?」
クマの転移門を使えば、この街から助け出すことはできる。
「その前に確認じゃ。この街はどうして凍っている。この街になにがあったのじゃ」
普通は見た目大人であるわたしが尋ねることだけど、精神年齢はカガリさんのほうが年上だ。
ボラードさんも、カガリさんが普通の幼女ではないと感じたのかカガリさんの質問にゆっくりと話し始める。
「わたしはこの街の領主みたいなものをしています」
領主さんだったんだ。
それにしては、みずぼらしい格好をしている。
リーゼさんも領主の娘ってことになるけど、伸び切った髪はボサボサだ。
「この街には鉱山があり、鉄鉱石を輸出することで、大きくなった街でした。その日、わたしは今後のことを考え、鉱山に視察へ行きました。この子も行きたいと言うので、一緒に連れて行きました」
娘さんを連れて鉱山へ。勉強だったのかもしれない。
「そのときに、現れたのです」
「なにがじゃ」
ボラードさんは一呼吸入れてから、口を開く。
「ドラゴンです」
「ドラゴン!?」
わたしは驚き、声を出してしまう。
心の片隅で思っていたけど、本当にドラゴンとは思いたくなかった。
「ドラゴンはやってきて、街に降り立ちました」
あの穴があった場所?
「本来なら、領主として街に戻らないといけませんでした。でも、遠くからでも分かる。そんな大きなドラゴンを見て、恐ろしさのあまりに動けませんでした」
当たり前だ。
誰だってドラゴンを見れば、怖くて、動けない。まして、ドラゴンがいる場所に向かうなんて自殺行為だ。
もし、街に怪獣が現れたとして、そこに大切な家族がいたとしても、その怪獣の元へ、向かうなんて簡単にできることではない。
「それに、そんな状況で、この子を1人にさせるわけにもいきませんでした」
ボラードさんは娘のリーゼさんを見る。
リーゼさんを1人残すわけにもいかないし、ドラゴンがいる場所に一緒に連れて行くわけにもいかない。
「それに、向かうことができない理由がもう一つありました。ドラゴンの体から出ていた冷気です。ドラゴンの周辺は吹雪き、街に近づくことはできませんでした」
「それじゃ、この凍った街の原因って」
「ドラゴンは何日も居座り、わたしは凍っていく街を山の上から見ることしかできませんでした」
ボラードさんは悔しそうに言う。
今回の原因は人災でも自然災害でもなかった。ドラゴンが原因だった。人が逆らうことはできないので、これも一種の自然災害と言ってもいいかもしれない。
「お父様」
リーゼさんが父親であるボラードさんの手を優しく握る。
「そして、しばらくしてドラゴンがいなくなり、街に降りたときには、街も人も全てが凍っていました」
それが、わたしたちが見てきた街の姿。
ドラゴンと吹雪で街から逃げることもできず、家の中に閉じこもることしかできず、最後はみんな凍っていった。なんとも言えない……
「確認だけど、ドラゴンはもういないの?」
それが一番の確認事項だ。
「山の頂上に住み着いています」
あの雪山か。
「鉱山の視察って言っていたけど、2人以外にいるの?」
「わたしたちの他に6人います」
「6人? 鉱山で働いていた者の人数にしては少ないのでは?」
カガリさんの言うとおりに何十人といてもおかしくはない。
「ドラゴンが現れた日は休みだったのです。それで、鉱山を管理する者たちと、今後の鉱山について話をするための視察でした」
タイミングが良いのか悪いのか。
「お主たちは、街に住んでおるのか?」
「いえ、街には長くいることができませんので、鉱山の近くで暮らしています」
「凍ってしまうせいじゃな」
「はい。この街の氷は近くにあるものを凍らせてしまいます。なので、この街で暮らすことはできません」
カガリさんが溶かした冒険者ギルドの扉を思い出す。
溶かした部分が、数時間後には氷漬けになっていた。
もし、一晩、ここにいたら、凍ってしまうかもしれない。
クマハウスが凍らなかったのは、やっぱり特殊なのかもしれない。
大体の流れは分かった。
氷属性のドラゴンが現れ、街を凍らせた。
なんとも分かりやすい結果だった。
でも、問題解決はしていない。
「あともう一つ確認だけど。それって、いつの出来事?」
2人はやつれている。
ボラードさんは無精ひげを生やし、2人の髪はボサボサで傷んでいる。
「……三年前です」
その言葉を聞いて、わたしとカガリさんは驚く。
三年は長い。
三年もここにいたかと思うと、なんとも言えない気持ちになる。
長い間、見た目に気を使うこともできなかったと思う。服だって、着替えも手に入らなかったと思う。
「くぅ~」
小さな音がする。
なんの音か、周りを見ると、リーゼさんが恥ずかしそうにお腹を押さえている。
食事もまともにできていなかったのかもしれない。
「話していたら、お腹が空いたね。朝食の用意をするから2人も一緒に食べよう」
くまゆるとくまきゅうに起こされ、2人の対応をしていたので、朝食はまだ食べていない。
「パンと牛乳でいいかな?」
「妾はごはんがいいが」
「おにぎりでいい?」
「かまわぬ」
カガリさんの前にはおにぎりを置き、2人の前にはパンを置く。
クマボックスから出すだけだから、作る必要はない。
パンを作ってくれたモリンさんには感謝だ。
ちなみにおにぎりは、わたしの手作りだ。
カガリさんはおにぎりに手を伸ばし、食べ始める。
でも、2人はパンを見ているだけだ。
「どうしたの? もしかして、おにぎりのほうがよかった?」
「いえ、そうではなく、残っているみんなもお腹を空かしているのに、わたしたちだけが」
自分たちだけが食べるわけにはいかないってことか。
優しいね。
「その人たちの分も用意するから、気にしないで食べて」
2人は顔を見合わせると、パンに手を伸ばし、美味しそうにパンを食べ始める。
「今まで食糧はどうしていたの? 街には、凍ってはいるけど食べ物もあると思うけど」
街には凍っているけど、食べ物はある。
「溶かすことができないんです」
「……溶かすことができない? でもカガリさんは……」
溶かしていた。
「この街の氷は魔力の火でないと溶かすことはできません」
「それじゃ、魔法で溶かせば」
「お主はバカか。魔力は大なり小なり誰でも持っておる。じゃが、魔力を魔法として使うには、魔力が多くないと使うことはできぬ」
「わたしたちは魔法を使うほどの魔力は持っていません」
「他の人たちは」
「少しは使える者もいますが、溶けても、すぐに凍ってしまうので」
「それじゃ、今までどうやって」
「主に魚です。あと山にあるものを」
そうだ。海がある。
「だから、パンを食べるのは久しぶりです」
「まだ、たくさんあるから、いくらでも食べていいよ」
「ありがとうございます」
リーゼさんは大切なものを食べるようにパンを噛み締めるように食べる。
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※誤字を報告をしてくださっている皆様、いつも、ありがとうございます。
一部の漢字の修正については、書籍に合わせさせていただいていますので、修正していないところがありますが、ご了承ください。




