768 クマさん、人と出会う
崩れた地面の陥没の穴は大きな足跡に見えた。
だけど早急に決めつけるのはよくない。偶然にそう見える可能性もある。
でも、確かにあの部分は三つに分かれた指のように見える。
「カガリさん、これって」
「ハッキリは分からん。偶然にできた穴かもしれん」
わたしもそう思いたい。
「でも、そう思っていないんだよね」
だから、わたしにこの光景を見せるために呼んだ。
「周りの建物が崩れている。地面は重みで穴が空いている。想像もしたくないわ」
這いずった形跡や地下から出てきた形跡はない。
つまり、上から大きな生物が降りてきた。
そして、その重みで地面が陥没したってことだ。
周囲の建物や道を見ても、移動した気配はない。
つまり、上に飛んでいったことになる。
カガリさんではないけど、考えたくもない。
「周りを確認してくる」
カガリさんの体は浮かび、周辺の確認に行く。
わたしも地面に降りて、周囲に気をつけながら陥没した地面の上に移動する。
手がかりがないか調べるけど、ここに、なにがいたか分かるような手がかりは見つからない。
わたしが周囲を調べていると、空を飛んでいたカガリさんが戻ってくる。
「なにか、分かった?」
「戦った形跡がないことぐらいじゃな。もし戦った、もしくは追い出そうとした形跡があれば、人の死体ないし武器が落ちているはずじゃ」
確かに、周囲には人の死体は転がっていないし、武器も落ちていない。
わたしは魔物の痕跡がないか探していたけど、カガリさんは違う視点からも見ていた。
流石と言うか、気付くところが違う。
「それがないと言うことは、なにもできなかった。もしくは、降りたのは一瞬だったかの二択じゃな」
地面に降りたけど、すぐに飛び立った可能性もあるってことか。
それなら、他の場所に被害が出ていないのも理解ができる。
「ここに降り立った。そのなにかは、この近くにいると思う?」
「いないと言い切れん。同時にいるとも言えん。空を飛ぶなら、もう遠くに行っている可能性もある」
「だよね」
「それに、お主のクマたちも反応していないじゃろう」
くまゆるとくまきゅうも反応していない。わたしの探知スキルも反応はない。
「じゃが、危険がないとも言えない。妾としては、今回のことはなにも見なかった事にして、帰ることを勧めるが」
カガリさんの言うことも理解できる。
今回のことを知ったからと言って、意味があるとは思えない。
逆に、とどまることによって、危険を冒すことになる。
「クマの道しるべ」が反応していなかったら、撤退一択だったと思う。
今までに一度も反応しなかった「クマの道しるべ」が反応したことだけが気になる。
さて、どうしたものか。と思っても、わたしの心の中では決まっている。
「もう少し調べるよ」
クマの転移門があるから、逃げることはいつでもできる。
昨日も言ったけど、この凍った街のことが気になる。
それに謎を謎のまま放っとくのは、モヤモヤして気持ち悪い。
「もし、危険なことがあれば、妾は逃げるぞ」
どうやら、危険があるまで付き合ってくれるらしい。
なんだかんだ言ってカガリさんは優しい。
「なにを笑っておる」
「そのときは、すぐに転移門を出して、一緒に逃げるよ」
わたしたちは探索を再開する。
どの家も凍っている。
家の中には人が凍っているんだと思う。
「じゃが、このまま適当に歩いていても情報は手に入らないじゃろう。この先に大きな家が見えた。ギルドと同じように凍っていると思うが、小さい家を調べるよりは情報があるかもしれん」
カガリさんが上空から見た情報を頼りに、その家に向かうことになった。
周囲を確認しながら歩いていると、ひときわ大きい家が見えた。
塀に囲まれ、貴族の家っぽい屋敷があった。
鉄格子の門の隙間から見える庭園は広い。
「偉い人の家かな」
「まあ、そうじゃろう。こんな大きな家に住んでおるなら」
わたしとカガリさんは柵を跳び越え、敷地内に入る。
綺麗だったと思われる庭園は凍っている。
いや、凍っている景色も綺麗だ。
ただ、静かで家の中で人が凍っていると思うと、怖くもある。
家の扉の前までやってくる。
カガリさんが火の魔法で扉の氷を溶かす。
扉には鍵がかかっていたので、悪いと思ったけど、風魔法で鍵を壊して屋敷の中に入る。
屋敷の中は他の家同様に凍っている。
「どこから見る?」
「間取りなんて分からんから、適当に回るしかなかろう」
わたしたちは一階から確認することにした。
部屋をいくつか回ると、暖炉がある部屋で使用人たちが体を寄せ合うように凍っていた。
何度見ても悲しくなり、なんとも言えない気持ちになる。
それから地下室を発見するが、食料を貯蓄する場所だった。それらも凍っている。
「地下一階程度じゃ、ダメなようじゃの」
階段を上がり、奥の部屋に移動する。
その部屋には、この家の家族らしき人が毛布にくるまって暖炉の前にいる。
平民でも貴族でも考えは同じらしい。
最後は家族と一緒に。
寝ている家族の横では捜し物をせず部屋を後にして、他の部屋に移動する。
執務室らしき場所を見つけ、扉の氷を溶かし、部屋の中に入る。
ここも、あらゆるものが凍っているが、人がいない。
少しだけ安堵する。
凍っている人の前で、物を探すのは抵抗がある。
家の中まで凍るって、どれだけ寒かったのか想像もつかない。
「ダメじゃな」
「うん」
手がかりを探すが、見つからない。
他の部屋も調べたが、どこも同じようなものだった。
そして、本日の探索も終わり、最後に冒険者ギルドのドアを確認しに戻った。
氷を溶かしたドアは凍っていた。
時間が経つと侵食されるかのように凍るみたいだ。
わたしは昨日と同じように道の真ん中にクマハウスを出し、休むことにする。
「カガリさん、どうしたの?」
クマハウスに戻ってきてから、口を閉じているカガリさんに尋ねる。
「なに、大蛇のことを思い出しておっただけじゃ」
「大蛇?」
「どこからともなく現れた大蛇。人々を恐怖に陥れ、多くの人が死んでいった。ただ、それと状況が似ておると思ってな」
「やっぱり、魔物だと思っているんだね」
「それ以外、考えられぬじゃろう」
「誰かが作った魔法陣で凍ったとか」
「その可能性は十分にあった。じゃが、あの陥没した穴を見れば……。いや、魔法陣で凍り、魔力を帯びた氷に引き寄せられて、魔物がやってきた可能性もあるか?」
なるほど、魔法陣に引き寄せられるように魔物が来たと。
王都一万の魔物。大蛇が復活したときに魔物が引き寄せられていた。魔物を引き寄せるものは存在する。
「あくまで、想像じゃ。なにが正しいか、分からない。お主も、決めつけることはしないほうがいい。答えの出口が見つからなくなるぞ」
先入観で決め、実際は違うことなんて多い。
間違った方向に進めば、戻るのに時間がかかることもある。
「うん、気を付けるよ」
人為的、魔物、自然災害、いろいろとある。
ただ、魔物の可能性が高く、次に人為的、最後の可能性として自然災害って感じだ。
一人で考えるより、考察が進む。
本当にカガリさんが一緒でよかった。
翌朝。
「くぅ~ん」
わたしの顔を肉球が押す。
「くぅ~ん」
ぺちぺちぺちぺちぺち。肉球がわたしの顔を叩く。
くまゆるかくまきゅうのどちらかが、わたしを起こそうとしているみたいだ。
「もう、朝?」
目を開けると、白いクマの手だった。
わたしを起こそうとしていたのはくまきゅうだったみたいだ。
わたしは目を擦る。
昨日、遅くまで、カガリさんと話し込んでいたので、少し眠い。
「やめんか」
カガリさんが叫ぶ。
カガリさんのほうを見ると、くまゆるが「くぅ~ん」と鳴きながら、起こそうとしている。でも、カガリさんは払いのけようとする。
でも、くまゆるも負けてはいない。
カガリさんの顔を叩く手が速くなる。
「もう少し優しく起こさんか」
観念して、カガリさんが起き上がる。
くまゆるはカガリさんから離れ、くまきゅうと一緒に窓の外を見る。
「「くぅ~ん」」
もしかして!
わたしはすぐに探知スキルを使う。
人の反応が2つある。
しかも近い。
「カガリさん、家の近くに人が2人いる。それをくまゆるとくまきゅうが教えてくれたみたい」
「そうなのか」
くまゆるは頷く。
「それはすまなかった」
カガリさんは謝罪するとくまゆるの頭を撫でる。
「くまきゅうも教えてくれて、ありがとうね」
わたしもくまきゅうの頭を撫でる。
「それで、どうするのじゃ?」
「敵か味方か……」
それによって、対応が変わってくる。
「まあ、妾とお主なら、悪意を持った相手でも大丈夫じゃろう」
「「くぅ~ん」」
「そうじゃのう。お主たちもいたな」
わたし、カガリさん、くまゆるにくまきゅう。相手は二人。
相手が魔王じゃないかぎり大丈夫だと思う。
「それじゃ、相手の顔を拝みに行こうか」
「そうじゃのう。じゃが、その前に着替えんと」
カガリさんは寝巻きから、いつもの和装に着替える。
わたしは、なにかあってもいいように黒クマで寝ていたので、着替えは不要だ。
カガリさんの着替えを待ち、一階に移動する。
「家のどこのあたりにいるか分かるのか?」
「正面、右側だね」
わたしはドアをゆっくりと開ける。
「あっち側じゃな」
カガリさんはわたしが言った方向を見る。
探知スキルで確認すると、カガリさんが見ている方向であっている。その方向には建物があり、塀がある。
あの塀の後ろかな?
「えっと、その塀の後ろにいるのは分かっています。攻撃しないので出てきてくれませんか?」
わたしは丁寧に呼びかける。
命令口調で「出てこい」なんて言わない。
それだと、初めから喧嘩をするようなものだし、相手が恐れて逃げてしまうかもしれない。
「本当に、なにもしないか?」
男性の声だ。
「しないよ」
わたしの言葉に安心したのか分からないけど、塀の隙間から覗くように、わたしたちを見る男性。
「その後ろにいるクマが、襲いかかってきたりは」
わたしは後ろを振り向く。
くまゆるとくまきゅうがいる。
「この子たちは大丈夫だよ。ただ、そっちが攻撃を仕掛けてきたら、反撃はするけど」
「…………」
塀の後ろで小声で話し声が聞こえてくる。
もう一人の人物と話し合っているみたいだ。
「分かった。そちらに行く。だから、攻撃はしないでくれ」
「約束するよ」
わたしがそう言うと、塀の裏から30歳後半ぐらいの男性と15歳ぐらいの女の子が出てきた。
最近、休んでばかりでしたが、コミカライズ、文庫版の発売日が決まりました。
コミカライズ11巻 12月1日発売予定
文庫版9巻 12月1日発売予定
です。よろしくお願いします。
20.5巻は未定です。決まり次第、お伝えします。
【お知らせ】
小説の更新日は日曜日、水曜日になります。
投稿ができない場合、あとがきなどに報告させていただきます。
くまクマ熊ベアーぱーんちBlu-ray&DVD、全3巻発売日中です。
最終刊には029先生全巻収納BOXも付いてきますので、よろしくお願いします。
奥飛騨クマ牧場とのコラボが2023年12月31日まで期間延長決定しました。
【発売予定表】
【フィギュア】
フィナ、ねんどろいど 2024年1月31日予定
KDcolle くまクマ熊ベアーぱーんち! ユナ 1/7スケール 2024年3月31日
グッドスマイルカンパニー、POP UP PARADE ユナ 発売中
【アニメ円盤】
1巻2023年7月26日発売
2巻2023年8月30日発売
3巻2023年9月27日発売
【書籍】
書籍20巻 2023年8月4日に発売しました。(次巻、20.5巻予定、作業中)
コミカライズ11巻 2023年12月1日発売予定。
コミカライズ外伝 1巻 2023年6月2日発売しました。
文庫版9巻 2023年12月1日発売予定。
※誤字を報告をしてくださっている皆様、いつも、ありがとうございます。
一部の漢字の修正については、書籍に合わせさせていただいていますので、修正していないところがありますが、ご了承ください。




