744 クマさん、ジュウベイさんに会う
庭園でまったりとお茶をしたわたしたちは、他の場所を見学する。
「ユナ、少しだけ時間をいいっすか? 師匠が会いたがっているっす」
「ジュウベイさんが?」
ジュウベイさんはシノブの師匠の名前だ。
初めて和の国に来たときに戦ったことがある。
あの時は、少しばかり怒って、本気を出してしまった。
「別にいいけど。ノアたちはどうする?」
「一緒に行ってもいいなら、一緒に行きます」
「はい、わたしも構いません」
「わたしも」
「わたしも!」
わたしが確認すると、全員、一緒に行くことになった。
「それで、そのジュウベイさんって?」
「シノブさんが師匠って言っていましたが?」
「わたしに戦いを教えてくれる師匠っす」
「えっ、シノブさん。戦うことができるんですか?」
ノアたちは驚く。
「できるっすよ。ユナほど強くはないっすが……」
「シノブは強いよ」
「お世辞はいいっすよ。自分が弱いってことは身に染みているっすから」
シノブはそう言うけど、シノブは強いと思う。
わたしの強さはあくまで、クマ装備のおかげだ。
生身だったら、フィナにも勝てないほど弱いよ。
ノアたちはシノブに話を聞きながらジュウベイさんのところに向かう。
やって来たのは訓練場みたいな場所。
「こんなところがあるんですね」
「兵士たちが訓練するところっす」
「でも、誰もいません」
「この時間帯はいないっす」
「あ、でも、一人います」
ミサが見ている先に目を向けると武士のたたずまいをした男性、ジュウベイさんがいた。
「師匠!」
「……来たか」
ジュウベイさんが歩いて、わたしのところにやってくる。
「ジュウベイさん、わたしを呼んだって聞いたけど」
「すまない。ユナに頼みたいことがあって」
「わたしに頼みたいこと?」
「シノブと手合わせをしてもらえないか」
「「えっ! ユナ(シノブ)と」」
わたしとシノブの声がハモる。
「どうして、シノブが驚いているの?」
「初耳っすから。師匠、どういうことっすか? いきなりユナと手合わせって」
「前回の戦いで、自分の弱さを責めているだろう」
「そうっすが……。でも、いきなりユナと手合わせだなんて、意味が分からないっす」
「おまえが目指す先にあるものを肌で感じ、乗り越えてほしいからだ」
「シノブって、わたしを目指しているの?」
「し、師匠!」
シノブが恥ずかしそうに叫ぶ。
ちょっと、気恥ずかしいんだけど。
「別に目指しているとかではなく、ユナみたいに強くなりたいと思ったっす」
「いや、シノブだって強いでしょう」
「それは嫌みっすか」
別に嫌みを言ったつもりはない。
本心からシノブは強いと思っている。
「シノブはユナと戦ったことがないんだろう」
「ないっすが。師匠の戦いを見ているっす」
「見て得られるものと、戦いから得られるものは違う。強くなりたければ一度はユナと戦うべきだ」
ジュウベイさんの言っていることは正しい。
ゲームでもプレイをしている人の動きを見て勉強する。もちろん、見たからと言って、強くなれるわけではない。実際に経験してみないと分からないこともある。見るだけで、強くなれれば誰も苦労はしない。
「ユナさん、シノブさんと試合をするのですか?」
「別に引き受けたつもりはないけど……」
ジュウベイさんが真面目な顔でシノブのために言っていることは分かる。
シノブがわたしのほうを見る。
「ユナが迷惑ではないなら、お願いしたいっす」
シノブの表情は真剣だ。
断れる雰囲気ではない。
「……いいよ。でも、試合の形式はどうするの?」
「ユナに不得意な戦いはあるか?」
ジュウベイさんの言葉にわたしは少し考える。
ゲームでは魔法剣士。不得意という戦いは思いつかない。逆に言えばめちゃくちゃ得意って戦いもない。だから剣でもナイフでも格闘でも魔法の戦いも大丈夫だ。
なんでもする器用貧乏みたいなものだ。
「基本的にないけど」
「そう、言い切れるユナは化け物っすね」
化け物って、酷い。
「シノブさん。ユナさんは化け物ではありません。クマさんです」
わたしが思っていることをノアが口に出して言ってくれる。
「すまないっす。別にユナが化け物って意味じゃないっす。不得意がないって言い切れるユナが凄いって意味っす」
「そういうことなら」
ノアは納得する。
いや、納得しないで。
「とりあえず、魔法はなし。短刀で試合をしてくれ」
ジュウベイさんが試合内容を決める。わたしも問題はないので、了承する。
わたしとシノブは短刀を持つ。
本物の短刀を使うと危険なので、木の短刀だ。
まあ、木でも当たり所が悪ければ痛いけど、本物だと痛いどころではない。
「ユナも2本使うっすか?」
シノブも2本短刀を持っている。
「別に1本でもいいんだけど。シノブが2本使うならね」
「本当にユナはなんでもできるっすね」
「別になんでもできるわけじゃないよ。器用貧乏ってだけだよ」
わたしに得意な武器は存在しない。
なんでも、手を出す。
ほら、基本ソロでゲームをすることが多かったから(たまにパーティーも組んでたよ)クリアしやすい武器も存在した。
魔法剣士をメインとして使っていたけど、ナイフも使っていたことがある。
「その器用貧乏の実力が高いのが悔しいっす。しかも二刀流なんて」
「あのう、そんなに2本のナイフを使うのは難しいのですか?」
ノアが尋ねてくる。
「そうっすよね。分かりやすいのが、テーブルの上にいろいろなスープが置いてあるのを想像するっす。そして、両手にスプーンを持って指示をされたスープを瞬間的に飲んでみるっす。すると、人は遠くにあっても利き手の持つスプーンを出してしまうっす」
シノブの言うとおりにノアたちはスプーンを持つ仕草をする。
「うっ、確かに難しいです」
「難しいというより、どうしても利き手がでてしまうと思います」
「ナイフを両手に持つってことはそういうことっす。右手に持っているナイフをどうするか、左手に持っているナイフをどうするか。常に考えながら戦うっすよ」
「2本の武器を同時に扱うのは難しいんですね」
「その代わりに、相手に嫌がられるっす。2人を相手にしているようなものっすからね」
シノブの簡単な説明が終わり、わたしとシノブは距離を取り、木の短刀を持って対峙する。
「胸を借りるつもりで行くっす」
「わたしもね」
シノブは一呼吸入れると踏み出す。
速い。
踏み込んだと思ったら、真っ正面から仕掛けてきた。
シノブが一気に間合いを詰め、右手の短刀を振る。わたしは一歩下がり、躱す。シノブは更に一歩踏み込んだと思うと左手に持つ短刀が迫ってくる。わたしは右手に持つ短刀で弾く。シノブは踏み込んだ勢いでわたしの横を抜けていく。
一瞬の攻防で二撃。
普通の相手なら、あれで終わっている。
わたしはシノブが走り抜けた先に目を向けると、間髪いれずにシノブが攻撃を仕掛けてくる。
今度は連撃だ。
右、左、両手に持つ短刀が襲いかかってくる。
さらにシノブは左右に動いて、防ぎ難くしようとするが、わたしはその全ての攻撃を短刀で防ぐ。
次第に、シノブの顔に焦りが出始める。
わたしは少し強めにシノブの短刀を弾く。
シノブの短刀を持つ右手が上にあがる。
右腕が上がったことで体がガラ空きになる。そこに向けて逆に持つ短刀で斬りかかる。
シノブは左手に持つ短刀で、わたしの右手の短刀を防ぐ。
だけど、それで終わりじゃない。
初めにシノブの短刀を弾いた左手のナイフを振り下す。
シノブは無理矢理に体を後ろに引いて、わたしの短刀は空を斬る。シノブはそのまま軽く後ろにジャンプして距離を取る。
「ユナ、本当に強いっすね」
「シノブも十分に強いよ」
「今の攻撃を全て平然と防ぐ、ユナに言われても」
「手加減すればよかった?」
「そんなことをしたら、怒るっすよ」
シノブはそう言うと構える。
それから、わたしとシノブの試合は続いた。
「もう……動けないっす」
シノブは地面に倒れている。
最後はシノブの突き出す腕を掴み、体を捻り、投げ飛ばした。
「シノブ、ユナの強さは分かったか?」
ジュウベイさんがシノブに尋ねる。
「動きも先読みも、全てユナのほうが上っす。なにより、体力が違うっす。どうして、そんな動きにくいクマの格好しているのに、あんな動きができるっすか?」
「そうだな。まず、ユナに体力があるわけじゃない。最小限の動きしかしてないのだ」
シノブはわたしの隙を作るため、左右に動くことが多かった。攻撃を防ぐことが多かったわたしは、あまり動いていない。
「自信を無くすっす。ユナはここまで強くなるのに、どれほどの経験をしたっすか?」
「それは俺も知りたい。ユナの動きは多くの戦いから得たものだと思う。それも各種、いろいろな相手と戦っている」
「分かるの?」
「俺との戦いとシノブの戦いを見れば、分かる」
ジュウベイさんレベルになると、分かるものなのかな?
「ジュウベイさんの言うとおりにたくさんの人と戦ったよ。剣にしても普通の剣はもちろん、大剣もあるし、槍、ナイフ、双剣、斧、ハンマーなどの鈍器系、それから、魔法を扱う人とも戦ったよ」
ゲームの中だけど。
それでも、その経験が、この世界では役にたっている。
その経験も、クマ装備がなければ、役にたたない経験だけど。
ユナとシノブが試合しました。シノブにとっては同年代の女の子として、ユナは目指す存在なのかもしれません。(クマですが)
申し訳ありません。次回の投稿はお休みさせていただきます。くまなの
【お知らせ】
小説の更新日は日曜日、水曜日になります。
投稿ができない場合、あとがきなどに報告させていただきます。
奥飛騨クマ牧場とのコラボが7月31日まで開催中です
【発売予定表】
【フィギュア】
POP UP PARADE くまクマ熊ベアーぱーんち! 2023年08月
フィナ、ねんどろいど 2024年1月31日予定
KDcolle くまクマ熊ベアーぱーんち! ユナ 1/7スケール 2024年3月31日
※詳しいことは活動報告にてお願いします。
【アニメ円盤】
1巻2023年7月26日発売
2巻2023年8月30日発売
3巻2023年9月27日発売
※詳しいことは活動報告にてお願いします。
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コミカライズ外伝 1巻 2023年6月2日発売しました
文庫版8巻 2023年6月2日発売しました。
※誤字を報告をしてくださっている皆様、いつも、ありがとうございます。
一部の漢字の修正については、書籍に合わせさせていただいていますので、修正していないところがありますが、ご了承ください。