730 クマさん、ノアたちとミリーラにお出かけする その2
船を降りたわたしたちはミリーラの町をウロウロしていると露出狂に会う。
「ユナ!」
露出狂ではなく、冒険者ギルドのギルドマスターのアトラさんだ。
寒くないのかな。
「ユナ、久しぶりね。今日はどうしたの?」
「この子たちを連れて、遊びに来たんだよ」
アトラさんは、わたしが目を向けた方を見る。
「フィナちゃんとシュリちゃんに、前に海に遊びに来ていた子たちだったわね」
どうやら、ノアとミサのことも覚えていたみたいだ。
ノアとミサはそれぞれ挨拶をする。
「アトラさんは、どうしてここに?」
「わたしは休憩よ。どこかでお昼を食べようと思って」
それでアトラさんも、わたしたちみたいにウロウロしていたわけか。
「そういえば、お腹が空きました」
「うん、空いた」
ノアとシュリがお腹をさする。
「ふふ、それじゃ、一緒にどうかしら。ご馳走するわよ」
「いいの?」
「それぐらいいいわよ」
わたしたちはアトラさんのお言葉に甘え、ご馳走になることになった。
そして、私たちがやってきたのはアンズの父親であるデーガさんの宿屋だ。
宿屋だけど、食堂でもある。
「どうして、嬢ちゃんたちがいるんだ?」
わたしを見て早々、デーガさんはそんなことを言う。
「お昼を食べに来たんだけど」
「わたしが誘ったのよ」
「いや、そういうことを聞いたわけじゃなかったんだが……。まあ、嬢ちゃんにはクリモニアで世話になったし、今日は俺の奢りだ。好きなだけ注文してくれ」
「ちょ、それはダメよ。わたしが奢ることになっているんだから」
「そうか。なら、お前さんの分も奢ってやるから、それならいいだろう」
「わたしは、ユナに感謝の気持ちを込めて」
「俺も同じだ。少し前にクリモニアに行ったときに世話になった」
「ダメよ。町として、冒険者ギルドとしてお世話になった、わたしが奢るのよ」
よく分からないけど、デーガさんとアトラさんが、どっちが奢るかで言い争い始めた。
「ユナさん……」
「ユナお姉様……」
「ユナ姉ちゃん……」
フィナもわたしのことを見ている。
えっと、わたしが対処しないといけないの?
「お金なら、わたしが払うから。それでいいでしょう?」
「ダメだ!」
「ダメよ!」
わたしには止めることはできない。
善意の押し売りほど止めるのは面倒くさい。
わたしはフィナたちに諦めるように言い、言い争っているデーガさんとアトラさんは放置して、アンズの母親に会いに行く。
「おばちゃんこれ。アンズからのお土産だよ」
わたしは紙袋を渡す。
今度、ミリーラに行くことがあったら、渡しておいてほしいとアンズに頼まれていた。
「あら、ありがとう」
アンズのお母さんはアンズからのお土産を受け取ってくれる。
中身のほうは聞いていないが、クリモニアで買ったものだから、珍しいものではないと思う。
食堂に戻ってくると、デーガさんが勝ち誇った顔をしていた。
「負けたわ」
アトラさんが悔しそうにしている。
なんの勝負をしたのかは分からないけど、デーガさんが勝ったみたいだ。
「好きなだけ、食べていってくれ」
わたしたちはデーガさんの厚意に甘え、食事をご馳走になる。
アンズさんの料理に引けを取らず、美味しい。
流石、アンズさんの師匠だ。
「嬢ちゃんは暇なのか?」
人聞きが悪い。
……確かに暇だけど。
「わたしは別に時間の決まった仕事はしてないし、自由な時間はたくさんあるから、好きなときに来ることができるよ」
わたしはデーガさんと違って、自由業だ。
好きなときに仕事をして、好きなときに行きたい場所に行く。基本、誰にも縛られることはない。
うん、最高だね。
まあ、元の世界でも、引きこもっていたけど、基本、自由だった。
「それで、ユナたちはいつまでいるの?」
「適当に見回ってから、帰るつもりだよ」
まだまだ、行くところはある。
「そうなのね。本当は案内してあげたいところだけど」
「気にしないでいいよ。アトラさんだって忙しいでしょ?」
こう見えてもアトラさんは冒険者ギルドのギルドマスターだ。
仕事量がどれほどなものかは分からないけど、部下に仕事を押しつけるような人でないだろうし。上司たるアトラさんもいろいろと忙しいと思う。
デーガさんの料理で、お腹がいっぱいになったわたしたちはお礼を言って店を後にする。
アトラさんも冒険者ギルドに帰って行った。
「ユナさん、好かれているんですね」
「みなさん、ユナお姉さまのことを慕っているのが分かります」
「そんなんじゃないよ。前にも言ったかもしれないけど、ちょっと困っているのを助けてあげただけだよ」
「ユナさんにとって、ちょっとしたことでも、町のみなさんからしたら、とってもありがたいことなんですよ」
「わたしもそう思います」
ノアとミサは褒めるが、わたしができることをしただけだ。
それだって、クマ装備がなかったらできなかった。
だから、このクマ装備は脱げないんだよね。
わたしたちはおみやげ屋で買い物をする。
クマのお守りとかが売っていたりした。
わたしの記憶によれば、海に出る漁師が安全のためにお守りとして購入すると聞いた。
だから、買うのはミリーラの町の住民だけだと思う。
……と、思ったけど、ノアたちは食いつくように見始める。
「種類が増えています」
「本当です」
どうやら、前回従業員旅行に来たときにも買ったみたいだ。
ノアとミサはクマのお守りを選び始める。そこにシュリが混ざり、最後はフィナも参加する。
「おじさん、売れてるの?」
「もちろんだ。漁師の話を聞いた人が、安全に暮らすお守りとして、買っていく」
もしかして、クリモニアの住民たちも買っているってこと?
……深く考えるのはやめることにした。
クマのお守りを買ったわたしたちが歩き出すと、シュリが声をあげる。
「ユナ姉ちゃん。あそこに怪しい人が」
シュリが指さす先にはキョロキョロと周りを気にしながら、歩いている人がいる。
「ジェレーモさん?」
「うわっ、クマの嬢ちゃんか。驚かせないでくれ」
わたしの顔を見て、びっくりしてから安堵する。
この人はジェレーモさん。商業ギルドのギルドマスターをしている。根は真面目で優しい人だが、仕事をサボって商業ギルドを抜け出すことが多い。
「また、サボり?」
「違う、仕事量が多いから、自主的に休憩だ」
それをサボりと言うんだけど。わたしも仕事はしたくない人間なので、ジェレーモさんを責めることはできない。
「そんなに忙しいの?」
「あのトンネルが開通してから、休む暇もない。何度あのトンネルを壊してやろうと思ったことか」
握り拳を作りながら言う。
本気で言ってそうだ。
「そんなことをしたら、みんなが困るよ」
「分かっている。言ってみただけだ。みんな、以前より楽しく暮らしている。どこにいても笑い声が聞こえてくる。その笑顔に少しでも手助けになっていると思うと嬉しい」
「ジェレーモさん……」
「だがな、仕事が多いんだよ。最近、シーリンの街との取り引きも始まって仕事量が増える一方だ。やってもやっても減らないんだよ」
そういえば、だいぶ前にシーリンの街とも取り引きをするって言っていたっけ?
「ギルド職員は増えていないの?」
「嬢ちゃん、職員が増えると俺の仕事が増えるって知らないのか」
「えっ? 職員が増えれば、ジェレーモさんの仕事は減るものじゃないの?」
わたしの問いにジェレーモさんではなく、ノアが口を開く。
「ユナさん。部下の人数が増えれば、それをチェックするのが上の人間の仕事です。今まで10人から報告書が上がってきていたものが、20人に増えれば報告書も2倍になります」
「その通り。人が増えると仕事も増えるってことなんだ。嬢ちゃん、頭がいいな」
ジェレーモさんはノアを褒める。
「これでも、領主の娘ですから」
「領主……?」
「この子はクリモニア領主の娘だよ」
「……あぁそうだ。俺がクリモニアの領主様に挨拶に行ったときにいた娘さんだ」
「お久しぶりです。ジェレーモさん」
ノアはジェレーモさんが思い出したのを確認すると、あらためて自己紹介をする。
どうやら、ジェレーモさん。以前、クリモニアに来たことがあったみたいだ。まあ、クリフは簡単にミリーラに来ることはできないから、会うとなればジェレーモさんが出向くことになるのかな。
「ちなみにこっちの子はシーリンの街の領主の娘さん」
「シーリンの街の……お父上とお爺さんにはお世話になっています」
ジェレーモさんは深々と頭を下げる。
「それにしても人が多いね」
わたしは周囲を見る。
初めてミリーラに来た時の寂れた風景はどこにもない。
前回、従業員旅行で来たときも活気があり、人が増えていたけど、それは今も変わりない。
「ああ、これも嬢ちゃんのおかげだな。みんな魚介類が売れて、感謝している」
それから、わたしたちが話していると、商業ギルドの職員の人がサボっていたジェレーモさんを連れて行ってしまった。
それからもミリーラの町を堪能したわたしたちはミリーラの町にあるクマハウスに戻ってくる。
今日はミリーラの町に泊まることになった。
「部屋もお風呂も綺麗でした」
お風呂に入り、部屋でゆっくりしている。
「こないだ、ノアとミサを連れて来ると決めたときに、フィナと一緒に掃除をしに来たの」
あれは大変だった。
「そうだったのですか?」
「ご迷惑をおかけしました」
「うぅ、わたしも手伝ったのに」
「今度はシュリにも手伝ってもらうよ」
掃除なんて面倒くさいことを手伝ってくれるなら助かるよ。
しかも、進んで掃除を申し出てくれるとは偉い。
これもティルミナさんの教育のおかげかな。
それから、わたしたちは夜の海を眺めながら、眠りに就いた。
アニメを見てくださった皆さん、ありがとうございます。
5月8日(月)は6話の放送日です。引き続きよろしくお願いします。
現在ミニアニメが公開中です。
ミニキャラが可愛いので、見ていただければと思います。
リンク先は活動報告にてありますので、よろしくお願いします。
公開期間は未定なので早めに見ていただければと思います。
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コミカライズ外伝 1巻 2023年6月2日発売予定です。
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※誤字を報告をしてくださっている皆様、いつも、ありがとうございます。
一部の漢字の修正については、書籍に合わせさせていただいていますので、修正していないところがありますが、ご了承ください。