724 クマさん、デーガさんを案内する その3
わたしとフィナは物置と化している部屋にやってくる。
確かに、荷物が置いてある。
でも、ベッドはあるので、片付ければ使える。
わたしは大きな物をクマボックスに仕舞い、フィナは窓を開け、空気の入れ替えをする。
「デーガおじさん、アンズお姉ちゃんに会えて喜んでいたね」
「アンズも嬉しそうだったよ」
アンズの言葉じゃないけど、ちゃんと連絡をしてから来てほしかった。そしたら、店の休みの都合をつけたりして、アンズと一緒にいられる時間をたくさん作ってあげられたのに。
食材の仕入れを頼んでいるので、いきなり店を休むと、仕入れを頼んでいる人が困ることになる。
まあ、クマボックスに入れておけば傷むことはないから、わたしが使ってもいいんだけど。一日だけでも、かなりの量になる。
でも、いきなり休めば、常連さんに迷惑もかかる。この日に食べに行こうと思っている家族がいるかもしれない。
そう考えると、連絡もなしに休むのはいろいろな人に迷惑がかかる。
そのことが分かっているからこそ、アンズも簡単に休みにできないと思っている。
これがサービス業の辛いところだね。
まあ、わたしとしたら、デーガさんがクリモニアに来ることなんて、年に何度もあることじゃないんだから、お店を休みにしてもいいかなと思ったりもするが、おそらくアンズは休まないと思う。
そんなことを考えながら、荷物を片付けていると、フィナがバケツを用意している。
「水、出そうか?」
「大丈夫です」
フィナはそう言うとバケツに手を伸ばす。
「えい!」
掛け声と同時に、バケツに水が入る。
水魔法だ。
その水が入ったバケツに雑巾を入れ、絞ると、床を拭き始める。
魔法も上手くなっている。
フィナも成長しているんだなと思う。
そして、2人で掃除をやれば、あっという間に部屋が綺麗になる。
とりあえず、クマボックスに入れていた荷物は廊下の隅に移動させておく。
必要なものがあったら、アンズたちが困るからね。
掃除を終え、わたしたちが下の階に移動すると、すでに夕食を食べに来ているお客さんがいた。
そして、厨房にはデーガさんの姿もあった。
「ユナちゃん、掃除は終わったの?」
ペトルさんが話しかけてくる。
「うん、終わったよ。それで、どうしてデーガさんが?」
「デーガおじさん、下ごしらえを手伝っていたんだけど、そのまま料理を作り始めちゃって」
そうなんだ。
やっぱり、我慢ができなかったみたいだ。
わたしは厨房に目を向ける。
「お父さん、邪魔だよ」
「父親を邪魔とはなんだ」
「体が大きいんだよ」
「アンズ、あれはどこだ?」
「その棚にあるよ」
言い争っているが、楽しそうに見える。
そして、いつまでもフィナを連れ回しているわけにはいかないので、フィナを家に帰す。
「ユナお姉ちゃん。明日もゴロゴロしちゃダメだからね」
フィナは、そう言って帰っていく。
フィナお母さんが厳しい。
他人を働かせて、怠けて、だらけるのが、わたしの仕事なのに。
そのまま帰るのもあれなので、夕食もアンズの店でいただくことにする。
そして、閉店となり、片付けを全員でして、終了となる。
「お疲れさまでした」
「お疲れ〜」
「お疲れ」
「終わった〜」
みんな、椅子に座る。
「夕食だ」
みんなの夕食はデーガさんが作ってくれた。
わたしは先に食べたので、見ているだけだ。
「デーガおじさんの料理、久しぶりだ」
「うん、美味しい」
「なんだろう。アンズちゃんと同じ料理なのに、微妙に違うのは」
「見た目も一緒なのに、僅かに、デーガさんの料理が美味しく感じる」
「う〜ん。まだ、お父さんの料理に並べていないってことかな」
アンズも料理を食べながら言う。
「微妙な火加減、具材のかき回し方かな?」
「アンズちゃん、筋肉だよ。デーガおじさん筋肉が凄いでしょう。だから、アンズちゃんも体を鍛えれば」
アンズがデーガさんみたいに筋肉?
「ふっ」
筋肉ムキムキなアンズを思い浮かべたら、笑ってしまった。
「ああ、ユナさん。今、変なことを考えたでしょう?」
「別に変なことじゃないよ。セーノさんの言ったアンズがデーガさんみたいに筋肉ムキムキになった姿を想像しただけだよ」
わたしがそう言うと、みんながデーガさんを見てからアンズを見る。そして、笑い出す。
「似合わない」
「アンズちゃんが、筋肉」
「アンズちゃんは、今のままがいいわね」
「みなさん、酷いです」
「まあ、料理は体力を使うからな。アンズも幼いときから鍛えていたんだが、筋肉がつかなくてな」
たしかに、一日中料理を作るのは体力仕事だ。
それに筋肉が必要かどうかは別だけど。
クマの着ぐるみがなかったら、わたしの体力なら一日動き続けるなんて不可能なことだ。
それが毎日なんて、考えるだけでも怖い。
そんな、楽しい会話の中、デーガさんが爆弾を投入する。
「そういえば、アンズに男はできたのか?」
デーガさんは真剣な表情でみんなに尋ねる。
「お、お父さん!」
「アンズちゃんに男?」
「わたしは知らないけど」
「いないと思うわよ」
「男の人と一緒にいるところを見たことがないわね」
「どの街の男も見る目がないな。ミリーラでも男が寄ってこなかったし」
それって、デーガさんが近くにいたから、寄ってこなかっただけでは?
でも、それだと、クリモニアで恋人ができない理由にはならない。
「アンズちゃん、料理一筋だから」
「そうなのか」
「いつも、料理の話をしているし、珍しい食材があれば買ってくるし」
「何度も、試食をさせられたよね」
「料理が恋人?」
その言葉を聞いたデーガさんは悲しそうにアンズを見る。
「アンズ……少しは男を見る目も養わないと大変なことになるぞ」
「もう、お父さん。恥ずかしい話をしないでよ」
「恥ずかしい話じゃないぞ。父親としてな」
「余計なお節介だよ」
アンズは顔をプイと横に向ける。
デーガさんは悲しそうな表情をする。
孫が見たいとか思っているのかな。
「久しぶりに会ったんだから、2人とも喧嘩はしないで」
「だって、お父さんが変なことを言うから」
「俺は、父親として、孫が……」
ああ、やっぱり。
「それは、お兄ちゃんに言って。早くお嫁さんをもらって結婚してもらって」
「あいつは、海に出てばかりで、家に戻ってくれば、裏方で仕事をしている人間だ」
そう、だからわたしもアンズのお兄さんに、あまり会ったことがない。
わたし以上に人付き合いがないのかもしれない。
それからも文句を言いながらも、アンズは楽しそうにデーガさんと話をしていた。
翌日、家を出るとフィナがいた。
「デーガおじさんのところに行くんだよね?」
フィナお母さんに行動がバレている。
冗談はさておき、フィナと一緒にアンズの店に行くとデーガさんを追い出すアンズの姿があった。
「もう、お父さん。お店のことは大丈夫だから、散歩でもしてきて」
デーガさんの背中を押すアンズ。
「だが……」
「昨日も見たでしょう。別に手伝ってもらわなくても大丈夫」
「わたしたちもいますから、心配しないで」
「うん、アンズちゃんのことは任せて」
大きい体を押されて店の外に追い出されたデーガさんと目が合う。
「嬢ちゃん」
「追い出されたの?」
「見ていたのか」
ばつが悪い表情をする。
「アンズに街を回ってこいって言われた」
「せっかくクリモニアに来たんだから、クリモニアの街を歩くのもいいと思うよ」
「そうだな。そうするか」
「それじゃ、わたしたちが案内するよ」
わたしとフィナはデーガさんにクリモニアを案内することにした。
アンズと同じで料理人であるデーガさんは食材が売っている場所が見たいと言うので、店が並ぶ商店街や市場を回る。
お昼には「くまさんの憩いの店」でパンを食べたりした。
それから、孤児院に行く。
「デーガおじさん!?」
ミリーラの町から来たニーフさんが驚きの表情をする。
ニーフさんは今は孤児院に住んで、子供たちのお世話をしている。
「アンズから、話を聞いていたが元気そうだな」
「うん、子供たちから毎日元気をもらっているわ」
「なら、よかった」
お互いに笑顔で答える。
それから、午前の仕事を終えたティルミナさんのところに向かう。ティルミナさんは午前の仕事を終えると、院長先生やリズさんとお茶をしていることが多い。
「デーガさん、お久しぶりです」
「ティルミナさんにも、娘がお世話になっているようで」
「ふふ、アンズちゃんはいい子だから、大変じゃないし、助かっているわ」
「デーガおじさん!」
シュリが駆け寄ってくる。
「おう、シュリの嬢ちゃんも久しぶりだな。元気にしていたか?」
デーガさんは大きな手でシュリの頭を撫でる。
「うん!」
「今度、またミリーラに来たら、タケノコを掘ろうな」
「うん!」
前にみんなでタケノコ掘りをしたことがある。
あれから、デーガさんの宿屋のご飯にはタケノコ料理が並ぶようになった。
それから、デーガさんの付き添いで、いろいろな食べ物屋で食事をしたりして、お腹が限界だ。
食べるのは好きだけど、たくさんは食べられない。
それは、フィナも一緒で、苦しそうにしている。
これは夕飯は食べられないね。
「嬢ちゃんたち、今日はありがとうな」
「明日は、アンズに案内してもらってね」
流石に、二日連続で、食べ歩きは無理だ。
遠慮したい。
それに、アンズなら、わたしやフィナと違った視点から、デーガさんを案内してくれるはずだ。
わたしだと、案内できる場所はどうしても偏ってしまう。
食べ物が好きなら、食べ物屋。
ファッションが好きなら、服屋。
本が好きなら、本屋。
景色を見たいなら、絶景が見える場所。
人それぞれ、おすすめの案内場所は違う。
デーガさんと別れた後、わたしはフィナを家に送り届け、家に帰ってくる。
そして、数日後、デーガさんはミリーラに帰っていった。
今度は、わたしたちがミリーラに行く約束もした。
保管的な感覚で読んでいただければと思います。
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※誤字を報告をしてくださっている皆様、いつも、ありがとうございます。
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