722 クマさん、デーガさんを案内する その1
今日はフィナに家の外へ連れ出されている。
部屋でゴロゴロしていたら、「クマさんみたいに太るよ」と言われてしまった。
決して、クマは太っていない。大きいだけだ。
くまゆるとくまきゅうも否定するように「「くぅ〜ん」」と鳴いていた。
ただ、フィナの言うとおり部屋でゴロゴロするのは健康によくない。
面倒臭いけど、フィナに逆らうこともできず、フィナに連れられて街の中を散歩することになった。
「そういえば、シェリーが広場でぬいぐるみの修理屋さんをしていたんだけど、フィナは知っていた?」
「シェリーちゃんのぬいぐるみの修理屋さんですか? そのことはお母さんから聞いていたので知っていたよ。それで何度か、お母さんに頼まれて、お昼を持っていってあげたこともあるから」
「そうなんだ。教えてくれてもよかったのに」
「シェリーちゃんに『恥ずかしいから、みんなに黙っておいて』と言われたから」
フィナは申し訳なさそうにする。
なら、仕方ないかな。
お願いされたらフィナの性格じゃ断れないし。なによりフィナは約束を守る子だ。わたしの秘密も守ってくれている。
だから、問い詰めたりはしない。
「フィナは優しいね」
わたしが優しく言うと、恥ずかしそうにする。
わたしとフィナは街の中を適当に歩く。
「あれ? ユナお姉ちゃん。あそこにいる人、デーガさんじゃ?」
歩いているとフィナが前のほうを指さす。
フィナが指さす先には体の大きい筋肉だるまの男性が、とある料理屋を外から眺めていた。
「本当だ。デーガさんだ」
デーガさんはアンズの父親で、ミリーラの町で宿を経営している。ミリーラの町では何度もお世話になった人だ。
「アンズから、デーガさんが来るって話は聞いた?」
「ううん」
フィナは首を横に振る。
もし、デーガさんが来ることがあれば、アンズからティルミナさん、ティルミナさんからフィナに話があってもおかしくはない。
そのフィナが知らないってことはティルミナさんも知らないのかもしれない。
わたしとフィナはデーガさんに近づく。
「デーガさん」
「うわわ。なんだ」
わたしが後ろから声をかけると、デーガさんは驚く。
「クマの嬢ちゃんか。どうした、こんなところで」
「それは、こっちのセリフだよ。どうして、デーガさんがクリモニアにいるの?」
「アンズの様子を見にきた」
まあ、デーガさんがクリモニアに来る理由は、それぐらいしか思いつかない。
「理由はわかったけど、アンズは知っているの? アンズから話は聞いていないんだけど」
最近、クリモニアから離れていたから、話せなかったかもしれないけど、フィナも知らなかった。
アンズならデーガさんが来ることをティルミナさんに話したはずだ。そうなれば、口どめをしない限り必然的にフィナにも話すはずだ。
「いや、アンズには知らせていない」
「なんで?」
「俺が来ると知ったら、困るかもしれないだろう」
「はぁ?」
何を言っているんだ。この筋肉オヤジは。
脳みそまで、筋肉でできてるのかもしれない。
アンズの年齢で父親のことを尊敬して、父親の事が好きな娘さんなんて貴重だ。
あくまでテレビやネットの知識だけど、アンズくらいの年頃だと父親と一緒に服を洗濯するのは嫌だとか、休日に家にいると邪魔者扱いをするなんて話を聞く。
まあ、うちの父親の場合は、家にいることは少なかったし、洗濯は自分でしていた。家にいるときは部屋に閉じこもっていた。
もしかすると、わたしの知識が偏っているだけかもしれないけど。
世間一般とは違うかもしれない。
でも、アンズは父親であるデーガさんの料理が好きで、一緒に料理を楽しそうにしていたことを知っている。
そんなデーガさんがクリモニアに来たいと言って、アンズが困るわけがない。むしろ喜ぶと思う。
「デーガさん。アンズは父親であるデーガさんを尊敬しているし、クリモニアに来たいと言っても、困ったりはしないよ。それにデーガさんが来るのなら、お店の休みとかも調整したのに」
話を聞いていれば、なるべく一緒にいられる時間を作ってあげることはできる。
「いや、店を休みにするとか、嬢ちゃんに迷惑はかけられない」
「アンズには感謝しているんだから、そのぐらいはさせてよ」
「ふふ、アンズはいいところで働かせてもらっているんだな」
そう思ってくれると嬉しい。
「それじゃ、アンズの店に案内するよ」
「ああ、頼む」
わたしたちはアンズの店に向かって歩き出す。
「フィナの嬢ちゃんも久しぶりだな」
デーガさんはわたしの隣にいるフィナに声をかける。
「はい。お久しぶりです」
「娘のアンズはどうだ?」
「毎日、忙しそうに料理を作っています」
「店には客は来ているんだな」
「うん、大人気のお店だよ」
デーガさんはフィナの言葉に嬉しそうにする。
「もし、客がいなかったら、叩き直してやろうと思ったが大丈夫そうだな」
「客と言えば、宿のほうは大丈夫なの?」
クリモニアや他の街からミリーラに行く人は増えている。宿も人が来て忙しいはずだ。
「妻と息子に任せてきた。俺ほどの美味い料理は作れないが、問題はないだろう。それと、俺がこっちにいる間、知り合いが手伝ってくれることになっているしな」
息子さんって漁師だっけ?
でも、時間ができれば宿のお手伝いをしている。
手伝ってくれる人もいるなら大丈夫かな。
「でも、よく奥さんが許してくれたね」
「俺がアンズのことを心配していたら、ケツを蹴られて見てこいと言われた」
なるほど、奥さんは強いね。
「それにしても人が多く、活気がある街だな」
デーガさんは周りを見ながら言う。
でも、それも最近のような気がする。
わたしが初めてクリモニアに来たときは、もう少し人が少なかったと思う。
「ミリーラも人が増えているんでしょう?」
「ああ、町に引っ越してくる者も増えて、あの開拓した場所にも家が建ち始めている」
トンネルと町の間にあった森林は伐採され、宿屋やお店などが建てられていた。
それでも伐採された土地は余っており、そこに家が建っているらしい。
ちなみに、その一角の一等地に大きなクマハウスが建っている。
砂浜への一本道があり、海水浴にも行きやすい。さらにわたしのクマハウスの周辺には他の建物が建つこともなく、景観もいい。
ミリーラの住民は、わたしの家の邪魔をしないように配慮しているようなことを聞いたことがある。
家の前に建物が建てられたら困るけど、隣に家が建てられるぐらい別に気にしないのに。
「それにしてもクリモニアにこんなに簡単に来られてしまうなんて、不思議だな」
ベアートンネルと名付けられたトンネルのおかげで、クリモニアとミリーラなら、夜明け前に出発すれば、何事もなければ夕刻には到着する。
でも、今は昼前だ。
「デーガさん、いつクリモニアに?」
「昨日だ。それで、宿屋に泊まって、アンズの店に行く前に街の中を歩いていたら、嬢ちゃんに声をかけられたわけだ」
「よく宿屋に泊まれたね」
クリフからは最近、宿屋に泊まれない人が増えていると聞いている。それで、あの幽霊屋敷を宿屋にするって話になった。
「ああ、それはクリモニア行きの宿つきの馬車に乗ったから大丈夫だ」
なんでも、乗合馬車と宿屋が手を繋ぎ、クリモニアに到着した人が困らないように、宿も手配しているとのことだ。
ただし、一泊だけとのこと。
その後の手続きは本人任せらしい。
まあ、到着した夕方にクリモニアに放り出されて、宿を探すのは大変だと思うから、いいシステムだと思う。
「それで、今日、泊まるところは?」
「まだ決まっていない。同じ宿に泊まろうと思ったんだが、空いていないらしくてな。だから、街を歩きながら宿も探していた」
「それなら、アンズの家に泊まればいいんじゃない?」
「いきなり行って、嫌がられないか」
2人は仲がいいし、アンズも嫌がらないと思う。
もし「お父さんが泊まるなんて嫌」とか言ったら、別の案を考えればいい。
それに、店にはアンズ以外にも若い女性が住んでいる。
クマの憩いの店も部屋は空いているけど、さすがにモリンさんたちが住んでいるから、難しい。
でも、孤児院なら空いている部屋もあるから、デーガさん1人ぐらい泊まれる。
まあ、最悪、クマハウスには空き部屋がある。
「その時は別の場所を紹介するよ」
「助かる」
わたしたちはアンズの店にやってくる。
「クマが魚を持っているな。嬢ちゃんが作ったのか?」
店の入口の左右に大きなクマの置物が置かれている。そのクマは魚を抱えている。
「アンズたちに頼まれてね」
決して、わたしが率先して作ったわけではない。
デーガさんは、そのクマの置物の陰に隠れるように店の様子を窺う。
「デーガおじさん、何やっているの?」
フィナがデーガさんの行動に問いかける。
わたしも問いかけたかったので助かる。
「店の状況をだなぁ……」
「中に入ればいいでしょう」
「だがなぁ……」
体が大きいくせに肝が小さい。
「アンズお姉ちゃんもデーガおじさんに会いたいと思っているよ」
フィナも援護射撃をする。
わたしとフィナはデーガさんを引っ張って、店の中に入る。
流石のデーガさんも、わたしとフィナを振りほどいてまで逃げようとはしない。
「いらっしゃいませ!」
アンズと一緒にミリーラの町からやってきたセーノさんが店に入ってきたわたしたちに声をかけた瞬間、動きが止まる。
「ユナちゃんに、フィナちゃん。それにデーガおじさん!?」
セーノさんの言葉で、店内にいたフォルネさんも驚く。
「アンズちゃん! お父さん、デーガおじさんが来たよ!」
「もう、セーノさん。お父さんが来るわけないでしょう……」
アンズが奥の厨房から顔を出すと、固まる。
「お、お父さん!」
「よ、様子を見に来たぞ」
ひさしぶりに親子が対面する。
デーガさんがクリモニアにやってきました。
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