720 シェリーの修理屋さん
刺繍やクマさんのぬいぐるみを作ったりしたわたしは、今は服の作り方を教わっている。
「シェリーちゃん。明日は広場に行くのよね?」
服の型を切っているとナールさんが尋ねてくる。
ナールさんは裁縫屋を経営するテモカさんの奥さんだ。
「はい」
「それじゃ、そこの布の切れ端や糸は持っていっていいからね」
「いつもありがとうございます」
わたしは月に何度か、広場に行ってぬいぐるみの修繕を行なっている。
「シェリーちゃんは優しいね」
「子供にとって、ぬいぐるみは大切だと思うんです。うちの孤児院の子たちもクマさんのぬいぐるみを大切にしています。夜、泣いていた子もクマさんのぬいぐるみを抱くと寝てくれるんです」
子供にとって、ぬいぐるみは安らぎを与えてくれる。
そんなぬいぐるみが破けたりしたら子供たちは悲しむ。
「シェリーちゃんだって、まだ子供でしょう?」
ナールさんは、ため息を吐きながら言う。
「子供……。やっぱり、まだ子供なんでしょうか」
「シェリーちゃんは、しっかりうちの店で働いていると思う。でも、わたしから見たらまだ子供。そんなに急いで大人にならないでいいと思うわ」
「ナールさん……」
「でも、シェリーちゃんが自分より小さい子たちの面倒を見てきたことも知っている。みんなのお姉ちゃんになって、穴が空いた服を修繕したりしていたんでしょう? シェリーちゃんはみんなより大人になろうとしていた」
「違うよ。わたしよりしっかりしたミルお姉ちゃんとかいたから」
ミルお姉ちゃんは、今はクマさんの憩いの店で働いている。
誰よりもしっかりしていて、みんなの面倒をみていた。
「わたしは刺繍が好きだったから、自分ができる範囲で破れた服の修繕をしていただけ」
「本当にシェリーちゃんは優しいわね」
「ナールさん……」
翌日、わたしは広場に向かう。
広場はいろいろな人が集まってくる。
屋台が出たり、他の街から来た商人の人が露店を開いて、物を売ったりしている。
わたしはここのところいつも使っている場所に向かう。
人通りの多い広場から少し離れた場所。
わたしはナールさんから借りたアイテム袋からシートを出し、地面に敷く。
次にアイテム袋からわたしの身長より低い立て札を取り出し、グイグイと力を入れてシートの右前の地面に立てる。小さい看板だ。
看板には「ぬいぐるみの修理屋さん」と書かれている。
わたしはここで、ぬいぐるみの修繕を無料でしている。
わたしは靴を脱いで、シートに上がり、仕事に必要な道具をシートの上に並べていく。
「これで、準備完了だね」
しばらくシートの上に座って待っていると、小さい女の子がやってくるのが見えた。
女の子の顔は泣きそうだ。
「どうしたの?」
「わんちゃんの尻尾が取れちゃったの」
女の子は悲しそうに抱いている犬のぬいぐるみを見せてくれる。女の子の言うとおりに尻尾が取れてしまったみたいだ。
「尻尾はある?」
「うん」
女の子は小さいカバンから犬のぬいぐるみの尻尾を出す。
わたしは犬のぬいぐるみと尻尾を受け取ると、取れた部分を見る。
「うん、これなら、すぐに直るよ」
「ほんとう?」
「少し待ってね」
わたしは糸を取り出し、犬のぬいぐるみの尻尾を付ける。
今度は引っ張っても簡単には取れないように補強する。
これで大丈夫なはずだ。
「はい、直ったよ」
「お姉ちゃん、ありがとう」
女の子は嬉しそうに犬のぬいぐるみを抱きしめる。
「今度は引っ張ちゃダメだよ」
「うん!」
女の子は犬のぬいぐるみを大切に抱きしめながら帰っていった。
次にやってきたのは、目が取れてしまったぬいぐるみ。
わたしは糸で目を付けてあげる。
今度はペタンコになったぬいぐるみだった。
布団でも長く使っていると、中に入っている綿がペタンコになってしまう。
昔の孤児院にあった布団もそうだった。
洗って綿をほぐすと元に戻ることもあるけど、時間がないので、綿を交換することにする。
わたしは女の子に綿を入れるため、ぬいぐるみにハサミを入れる許可をもらう。
前に何も言わずに縫い目の部分にハサミを入れて切ったら、泣かせてしまったことがある。
だから、ハサミを使うときはちゃんと理由を説明してから切ることにしている。
女の子から許可をもらったわたしは、縫い目を少し切り、綿が出るぐらいの穴を空ける。
女の子は悲しそうな顔をする。わたしは優しく「大丈夫だよ」って言ってあげる。
わたしは古い綿を出し、新しい綿をぬいぐるみに入れてあげる。
綿を入れ終わると、ハサミで切った縫い目を今度は縫い合わせる。
最後に糸を切って、完成だ。
「少し、触り心地が変わっちゃうけど、元気になった証拠だからね」
「うわ、元気になった。お姉ちゃん、ありがとう」
女の子は満面の笑みでぬいぐるみを抱きしめる。
喜んでもらえて、わたしも嬉しい。
女の子がお礼を言って、駆けていくと、すぐに次のお客さんがやってくる。
真っ黒く、お腹の部分が白く、大きなクマのぬいぐるみ……ではなく。
「ユナお姉ちゃん!?」
ぬいぐるみではなく、ユナお姉ちゃんだった。
「見てたよ」
ユナお姉ちゃんはニヤリと微笑む。
「シェリー、ぬいぐるみの修理屋さんなんてしていたんだね」
立て看板を見ながら言う。
少し、恥ずかしい。
「うん、喜んでもらえたら嬉しいなと思って……。大切にしていたぬいぐるみが怪我をしている子がたくさんいるみたいだから。お母さんが直してくれない子や、怒られるから黙っている子。ボロボロになってしまい、親に新しいの買ってあげると言われている子。でも、みんなぬいぐるみを大切にしています。だから、直してあげて、長く一緒にいてあげられたらなと思って。同じぬいぐるみでも、その子にとって、たった一つの大切なぬいぐるみだから。一緒にいた思い出だから」
ユナお姉ちゃんは、ジッとわたしのことを見ると、頭に手を置き、優しく撫でてくれる。
「シェリーは優しいね」
「そんなことは」
「わたし、くまゆるとくまきゅうのぬいぐるみを作ったとき、大切にしてほしいけど、飾ったりしないで、ボロボロになるまで使ってほしいと思ったの。もし、ボロボロになっても新しいぬいぐるみに替えてあげればいいと思った。でも、新しいのに替えても違うんだよね」
「ううん、これはわたしの考えだから。新しくするのはいいことだと思うよ。ただ、ボロボロになったぬいぐるみが可哀想だと思って」
前にボロボロだから親に無理やりに捨てられた子がいたのを見た。
新しいぬいぐるみを買ってあげるから、それは捨てなさいと言われていた。女の子は嫌がっていた。でも、そんなボロボロのぬいぐるみを持っていると親は恥ずかしいと言っていた。
だから、直してあげて、綺麗にしてあげれば、あんなことにはならないと思った。
そのことをユナお姉ちゃんに話すと、満面の笑みで髪の毛がクシャクシャになるまで、頭を撫でられた。
「ユナお姉ちゃん! 髪の毛が……」
「ごめん、あまりにもシェリーがいい子過ぎて」
ユナお姉ちゃんが頭から手を離してくれます。
「ユナお姉ちゃんは、どうしてここに?」
「わたしは暇つぶしに、街を回っていただけだよ。そしたら、シェリーが見えたから」
誰かに聞いて、来たわけじゃなかったみたいです。
「でもこれ、無料でやっているの?」
「小さい子はお金は持っていないし、わたしがやりたいことだから。それに初めは材料は自分のお給金から出していたんだけど、このことを知ったナールさんがいらなくなった布の切れ端をくれたり、糸は自由に使っていいって、言ってくれたからお金はかかっていないよ」
ユナお姉ちゃんは、ジッとわたしを見る。
「どうして、わたしに言ってくれなかったの? 言ってくれたら、わたしもシェリーの役に立ったのに」
「その……恥ずかしかったから。ナールさんにも偶然に見つかっただけだから、ユナお姉ちゃんだけに黙っていたんじゃないよ」
わたしは慌てて言い訳をする。
「そんなに慌てなくても大丈夫だよ。別に怒っていないから、ちょっと寂しいと思っただけだから。シェリーも自分で考えて、自分で行動したんでしょう?」
「うん」
「それで、あと一つ聞いてもいい? どうしてお店のクマの服を着ているの?」
わたしは自分の格好を見る。
ユナお姉ちゃんのお店のクマの服を着ている。
「前に、ここでぬいぐるみを直してあげていたら怖い人に絡まれたんです。そのときに、通りかかったティルミナおばさんに助けてもらったんです。そしたら、このクマの服を着ていれば、クマの加護があるから、怖い人は近寄ってこないし、もし絡まれても他の人が助けてくれるからって……」
わたしの言葉にユナお姉ちゃんは呆れたような感じになります。
「でも、本当にこの格好してからは、怖い人は来ないし、前に一度だけ絡まれたことがあったんですが、近くの人たちが、『お前、死にたいのか、その子のバックに誰がいるのか知らないのか』って言って、助けてくれました」
わたしの言葉にユナお姉ちゃんの顔が、微妙に変な顔になります。
そのとき、ユナお姉ちゃんの後ろから小さい女の子が顔を出します。
「あのう。ここでミミちゃんを直してくれるって……」
女の子はウサギのぬいぐるみを抱いていました。
「うん、直せるよ」
「ほんとう!?」
「見せて」
女の子はウサギのぬいぐるみを渡してくれます。
酷い状態だ。
耳は取れ、お腹には大きな穴が空き綿が飛び出している。
「ミミちゃん、直る?」
「うん、大丈夫だよ」
わたしはまずは綿を追加して耳を縫い合わせる。耳がピンと立つ。次に、お腹の部分だけど……縫い合わせるだけではダメだ。
わたしはユナお姉ちゃんのお腹をじっと見る。
……これはいけそうだ。
わたしはナールさんからもらった白い布の切れ端を取り出すと丸く切る。
その丸く切り取った布をウサギのミミちゃんのお腹に縫い合わせていく。
「はい、ミミちゃん、直ったよ」
ユナお姉ちゃんのお腹と同じだ。
女の子はウサギのぬいぐるみを受け取るとユナお姉ちゃんを見てから、お礼を言う。
「ありがとう。お姉ちゃん」
女の子は嬉しそうにウサギのぬいぐるみを抱きしめる。
そして、何度もお礼を言って、嬉しそうに帰っていった。
「もしかして、わたしのお腹を参考にした?」
ユナお姉ちゃんは、自分のお腹を触ります。
「ううん、違うよ。大きな穴は他の布と縫い合わせるつもりだったから。ただ……白はユナお姉ちゃんを見てから、決めたけど」
「別に怒っていないよ」
ユナお姉ちゃんは微笑む。
本当に怒っていないみたいだ。
それから、わたしはぬいぐるみの修理屋さんを続け、ユナお姉ちゃんがお昼に食べ物を買ってきてくれたりして、終わるまで一緒にいてくれた。
久しぶりに、ユナお姉ちゃんとおしゃべりができて、嬉しかった。
久しぶり、シェリーです。
前々から、書きたかったので、書きました。
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※誤字を報告をしてくださっている皆様、いつも、ありがとうございます。
一部の漢字の修正については、書籍に合わせさせていただいていますので、修正していないところがありますが、ご了承ください。