717 クマさん、冒険者ギルドに報告に行く
昨日はプリメとローネが来たせいでまったりすることができなかった。
だから今日こそは惰眠を貪り、のんびりとすると朝から決意を固めていたが、その願いは呆気なく崩れてしまった。今度は朝からクリフが家にやってきた。
「……なに?」
「そんなにイヤそうな顔をするな」
いや、したくなる。本来、クリフがわたしの家に来ることなんてない。厄介ごとを持って来たとしか思えない。
なにより、のんびりする予定を挫かれたのだから。
「あの幽霊屋敷の件だ。この間は戻って来たばかりで、話ができなかったからな。おまえさんも冒険者ギルドに報告しないといけないだろう。その口裏合わせだ」
ああ、そのことか。
すっかり幽霊屋敷の依頼を受けたことを忘れていた。
調べてみたら屋敷には妖精がいて、なんだかんだで妖精の森に行くことになって、戻って来ても冒険者ギルドには報告してない。
でも、幽霊屋敷に妖精がいたとは言えない。
「クリフがなんとかするって言っていたけど。どうなったの?」
クリフは簡単に説明してくれる。
なんでも、幽霊騒ぎは子供が屋敷に無断侵入して遊んでいたことにしたらしい。
「そうギルドに報告すれば、依頼は達成できる」
「そんな理由でギルドが納得したの?」
「した。というか、させた。妖精がいたとは言えないからな」
妖精がいたと知れ渡れば、騒ぎになる。
「それとあの屋敷は俺が買い取ることにしたから、冒険者ギルドも商業ギルドも、文句は言ってこない」
「あの屋敷を買ったの?」
かなり大きい屋敷だった。
それを買うなんて、どこの金持ち貴族様かと思ったけど、クリフは貴族であり領主様だった。
「でも、あの屋敷を購入してどうするの?」
「あの屋敷は高級旅館にする予定だ。誰かさんのおかげでミリーラとクリモニアが行き来できるようになっただろう」
誰かさんって、わたしのことだよね。
「特に最近は、宿屋に泊まれず路上をウロウロする者や、誰もいないところでテントを張ったりする者まで現れている。このままでは治安が悪くなるから対処が必要なのだ」
「でも、お屋敷を旅館にしても宿代が高くなって、誰も泊まらないんじゃ?」
「まだ、詳細は決めていないが最上階を高く、下の階を安く設定するつもりだ。一階には使用人の部屋もあるから、そこを一般客に開放すれば問題はないだろう」
ああ、なるほど。
タワーマンションみたいなものかな。
上は高く、下は安い。
「お金を持っている商人とかもいるからな。貴族が来ることがあれば、そこを紹介すればいい」
なんだかんだでいろいろと考えているんだね。
「わざわざ、教えに来てくれて、ありがとう」
クリフの立場だったら、呼びつければよかったはずだ。
それを考えれば、まったり予定を邪魔こそされたけど、許せる範囲だ。
「ふっ、構わないさ。たまには自分の足で街の様子を見ないと、知ることもできないこともあるからな」
クリフがよくノアに言っている言葉だ。
自分の街もそうだけど、他の街に行ったら、しっかり見て勉強をしろと。
その街の良し悪しを学ぶ。
良いところは取り込み、悪いところは取り除く。
良い領主であるための要素だ。
ノアの場合はどうなんだろう?
シアが他所に嫁ぐ場合もあるから、ノアにも教育しているのかな?
「さっさと冒険者ギルドに行って、報告してこい。俺の頼み事で冒険者ギルドに顔が出せないことになっている」
そこまで気をつかってくれたんだ。
わたしはクリフにお礼を言って、まったり予定を切り上げて、冒険者ギルドに向かうことにする。
確かに街を歩くと馬車の移動、商人っぽい人が増えているような気がする。
それだけじゃない。
わたしを見て、「くま?」「クマ?」「熊?」」ベアー?」なども聞こえてくる。
わたしの格好を見て、驚いているみたいだ。
クリモニアは広い。全員がわたしのことを知っているとは思わない。でも、家から冒険者ギルドに向かう道は何度も通っているので、わたしのことを知らない人は少ないぐらいだ。
くまゆるとくまきゅうのことも知っていて、食べ物をくれることもある。
そんな通り慣れた道なのに、わたしの格好を見て驚くってことは、この街の住民ではないってことだ。
クリモニアでは懐かしい感覚だ。
そんな視線を受けながら、冒険者ギルドにやってくる。
「なんだ。変な格好した嬢ちゃんが入ってきたぞ」
「あら、可愛い」
「この街じゃ、こんな変な嬢ちゃんまでいるのか」
冒険者が笑いながら、わたしを見る。
その瞬間、冒険者ギルド内がざわつく。
「おまえたち、やめろ!」
「死にたいのか!」
「そのクマに近寄るな!」
「クマ危険の忠告を忘れたのか!」
冒険者たちが一斉に動き出し、わたしのことを見て笑った冒険者を羽交い締めにし、口を塞ぐ
「やあ、クマの嬢ちゃん。このバカたちの声は聞こえたか」
「うぅぅ」
男は口を塞がれている。
ここは大人らしく、対応をすることにする。
「何も聞こえていないよ」
わたしの言葉に、みんなホッとする。
ここで聞こえたと言って、暴れても仕方ない。
空気ぐらい読める。
「でも、次からは聞こえると思うから」
わたしの言葉に聞こえていたことを理解した冒険者は激しく頷く。
一応、忠告は必要だからね。
「こいつらには、しっかり言っておくから大丈夫だ」
他の冒険者たちも頷いている。
わたしも騒ぎを起こすつもりはない。
何事も穏便が一番だ。
わたしは受付に向かう。
「ユナさん、待っていましたよ」
受付嬢のヘレンさんが微笑む。
「怪我人が出なくてよかったです」
「ところかまわず、暴れたりしないよ」
「いえ、ユナさんには前科がありますから……」
人を犯罪者みたいに言わないでほしい。
正当防衛だ。
「それで、今日は?」
「前に受けた幽霊屋敷の依頼の報告に来たんだよ」
「その件ですね。クリフ様から伺っています。ギルドカードをいいですか?」
ヘレンさんにギルドカードを渡すと、ヘレンさんは依頼達成の処理をして、お金をくれる。
「しかしユナさん。クリフ様を伝言に使うなんて、信じられないことをしますね」
「…………?」
「クリフ様が来たときは驚きましたよ。それもユナさんの使いだって言うんですから」
わたしが妖精の森に行くことになったから、仕方ないけど。これではわたしが貴族で領主のクリフに報告に行かせたように見える。
「ユナさんも緊急な用ができたとしても、少し顔を出して報告してください」
「ごめん、次からは気をつけるよ」
実際は時間はあったけど、言い訳が思いつかなかったから、クリフに任せてしまった。
「伝言を頼むにしても、クリフ様ではなく、ほかの人でお願いします」
わたしはクリフと普通に話しているけど、一般人にとってクリフは雲の上の人間なんだよね。
とりあえず、冒険者ギルドへの報告は終わったので、くまさんの憩いの店に寄って行くことにする。
くまさんの憩いの店の前にやってくると、パンを持った大きなクマが出迎えてくれる。
次に店の中に入ると小さいクマさんが出迎えてくれる。
「ユナお姉ちゃん!」
わたしは可愛いクマさんの頭を撫でてあげるとカウンターに向かい、パンを購入する。
周りを見ると、繁盛している。小さいクマさんが動き回り、もうカリンさんが指示を出さなくても、自分たちで考え、動いている。
「ユナさん、いらっしゃい」
「相変わらず、モリンさんのパンは大人気だね」
「プリンもピザも売れていますよ。先日、チーズを持って来たお爺さんが、嬉しそうにしていましたよ」
チーズが売れれば、あの村にもお金が入るし、わたしたちは美味しいチーズが食べられる。
「牛を増やして、チーズをたくさん作るって言っていました」
話によると王宮料理人のゼレフさんもチーズを購入して、新しい料理を作っている。
チーズを使った美味しい料理が増えてほしいと言う気持ちはあるが、広まりすぎて、チーズの購入ができなくなったり、価格が上がったりしないでほしいという気持ちもある。
需要が増えれば、入手が難しくなり、価格は上がる。
頑張ってお爺さんには供給を増やしてもらいたいね。
購入したパンはクマボックスに仕舞い。次にクマさん食堂に向かう。
「ユナちゃん、いらっしゃい。なにか食べる?」
お店に入る早々、店内にいたセーノさんが声をかけてくる。その声で同じく店内にいたフォルネさんもわたしに目を向けて、嬉しそうにする。
店内はお昼時もあって、お客さんが結構いる。クリモニアではミリーラからやってきてお店を開く人もいる。
なので、開店当初と比べられると、落ちついている感じだ。
とはいえ、閑古鳥は鳴いていないので、問題はない。
「最近、食べに来なかったから、どうしたのかと思ったよ」
「ちょっと、仕事でクリモニアを離れていたから」
「そうだったんだ。それで何を食べますか?」
どうやら、食べることは決定事項みたいだ。
家に帰ってパンでも食べようと思っていたけど、パンは夕食にして、お昼をいただくことにする。
わたしは久しぶりに焼き魚定食を注文する。
「アンズちゃん! 焼き魚定食一つお願い! ユナちゃん用ね」
セーノさんが厨房に向かって声を上げる。
「ユナさん、来ているんですか!」
厨房からアンズが顔を出す。その後ろからベトルさんも覗くように顔を出す。
「ユナさん、ちょうどよかったです。ユナさんが教えてくれた、天ぷらをメニューに追加したんです。食べてみますか。それとも、注文通りに焼き魚定食にしますか?」
天ぷらか。
アンズに天ぷらの作り方を教えてあげた。
天ぷらは油の温度調整がとても難しく、悪戦苦闘していた。
温度が低いと、生揚げになってしまうし、温度が高いと焦げてしまう。揚げる時間も難しい。
油の温度を測るものなんてないし、経験が必要だ。
それで、アンズは何度も挑戦して、美味しい天ぷらを作ることができるようになった。
「それじゃ、天ぷらをお願い」
「分かりました。少し待ってくださいね」
アンズは厨房に戻る。
そして、しばらくすると天ぷらが運ばれてくる。
野菜の天ぷらから、エビ、タコの天ぷらもある
真っ白いごはん。
わたしはエビの天ぷらをかじる。
サクッと音がする。美味しい。
どの天ぷらも上手に揚がっている。
「最近、天ぷらは大人気なんですよ」
「たまに、わたしも手伝うこともあるけど、熱いから大変なんだよ」
「火傷だけは気をつけてね」
「はい。あと火事にならないように気をつけています」
油に火が着いたら大変だ。
美味しいものを食べるには、危険と隣り合わせだ。
そして、わたしは天ぷら定食を食べ終わると、孤児院に向かう。
久しぶりにまったりするユナです。
【お知らせ】アニメ2期、2023年4月放送予定になります。
【お知らせ】文庫版1~3巻 2023年2月3日発売予定
※誤字を報告をしてくださっている皆様、いつも、ありがとうございます。
一部の漢字の修正については、書籍に合わせていただいていますので、修正していないところがありますが、ご了承ください。