702 クマさん、領主と会う
「彼を殺すことは許しません」
「領主様……なぜ……」
騎士は、その答えを貰う前に息絶えた。
死んだ。
人が目の前で死ぬところを見るのは気持ち良いものじゃない。
魔物や動物の死体と違って、別の感情が湧き出てくる。
「何が起きたのですか、くまゆるちゃん、くまきゅうちゃん、どいてください。見えません」
ノアが一生懸命にこちらを窺おうとしているが、大きくなったくまゆるとくまきゅうがブロックしてくれている。
ちゃんと、わたしの意図が伝わったようで、人が殺される瞬間をノアに見せずに済んでよかった。
殺された瞬間を見るのと、死体を見るのでは違う。
でも、男が現れたことに気づかなかった。
くまゆるとくまきゅうも教えてくれなかったの? って感じに見ると、申し訳なさそうにしている。
そんなくまゆるとくまきゅうの後ろからローネが飛び出してくる。
「ベルング!」
ローネは男の名を叫びながら、わたしの横にやってくる。
ベルング……この男がこの街の領主で、ローネを自分の物にしようとした人物。
そして、今回の元凶。
そんな男が目の前にいる。
「その騎士はあなたに仕える騎士じゃなかったの?」
殺された騎士に目を向ける。
「わたしの大切な友人を殺そうとした時点で、わたしの騎士ではありません。わたしの敵です」
「ふざけないで、何が大切な友人よ。リヤンをこんなふうにしたくせに」
「わたしのために妖精を見せ続けさせてくれる最高の友人でしょう」
「それはあなたにとっての最高の友人でしょう。相手が友達と思っていなかったら友達じゃないよ」
わたしが友達と思ったら、相手が友達になれば、そんな楽なことはない。
友達がいなかったわたしが心から言う。そんなことで友達ができたら苦労しない。
「彼はわたしのためにローネを連れてきてくれ、共に妖精の研究をし、自分の魔力をわたしに与えてくれた。それを友人と言わず、なんと言うのですか?」
そう言われると、何も言えなくなる。
彼は自分の意思で、ローネを彼のために連れてきて、共に妖精の研究をした。ローネの話では自分の意思で魔力を与えた。
「でも、あなたに魔力を与え続けるために、こんな場所で起きることもなく、眠り続けるとは思わなかったはずだよ」
それだけは違うと言える。
家族、友人、大切な人のためなら、自分の命を差し出す人もいるかもしれない。でも、妖精を友人に見せるためだけに寝たきりになってまで、他人に魔力を与え続ける人はいない。
「彼と話したこともないあなたが、彼の何を知っていると言うのですか。もしかすると、わたしに魔力を与え続けるのは彼の意思かもしれませんよ。まあ、どっちが正しいかは永久に分かる時が来ることはありませんが」
永久……つまり、目覚めさせるつもりはないってことだ。
彼の意志を確認する方法はない。
死人に口なし。生きているけど、話すことができなければ同じことだ。
こんなことをする男のためにローネは何年も、ローネのパートナーも、そして街の住民も、苦しめられている。
ただただ怒りしか湧いてこない。
「それで、こちらからも質問ですが、あなたたちは誰ですか? こんなところで何をしているのですか?」
「ローネをあなたから救い出しに来たんだよ」
「そんなことが許されると」
わたしの言葉に男の顔つきが変わる。
だからと言って、下手に出るつもりはない。
「別にあなたの許可をもらうつもりはないよ」
「ですが、そのローネ本人は、あなたと行くと言いましたか?」
ローネのパートナーのリヤンを置いていくことはできないと言われた。それにローネの魔力を辿られるので、仲間がいる妖精の森には帰れないからだ。
最悪の場合、クマの転移門でクリモニアに逃げることはできるが、同様に妖精の森に帰ることはできない。
でも……。
「あなたとリヤンの魔力の繋がりを切れば、帰ると言ったよ」
「そんなことができると思っていますか」
「あなたをぶっ飛ばせば、どうにでもなるよ」
「ふふ、面白いお嬢さんだ。笑わせるのは格好だけにしてください」
イラッ
「別にあなたを笑わせるために、こんな格好をしているわけじゃないよ」
「まあ、人の格好は人それぞれです。それで、先ほどから気になっていたのですが、そちらの美しい妖精はどなたなんでしょうか? わたしに紹介していただけませんか?」
男はわたしの後ろに目を向ける。
くまゆるとくまきゅうの後ろに隠れていればよかったのに、プリメはくまゆるとくまきゅうの上にいた。
「プリメ、出てきちゃダメ!」
「あなたが、お姉ちゃんを見るために、この人の魔力を奪った人ね」
プリメはローネの言葉を無視して、わたしたちのところにやってくる。
「ローネさんの妹さんでしたか、お姉さんと一緒で美しい」
目を恍惚とさせながら、プリメを見る。
本当に妖精に心酔している。
ただ、目を向けられた方としては、気持ちが良いものではない。
「そんなこと、あなたに言われなくても、わたしが可愛いってことぐらい知っているわよ」
「ふふ、これは手厳しい。あなたもわたしの物になりませんか? 不自由の無い生活を保障しますよ」
「遠慮するわ。わたしは物じゃないし、それに、わたしのことは見えないでしょう」
プリメは姿を消したのか、プリメが移動しても、男の視線は動かない。
「確かに、見えませんね。もしかして、そちらのお嬢さん方のどちらかがあなたのパートナーなのですかな」
男がわたしと、くまゆるとくまきゅうの後ろにいるノアに視線を向ける。
「わたしだよ」
勘違いされて、ノアが襲われても困るので素直に答える。
「プリメ、出てきて」
わたしがプリメのパートナーだということを証明するためにプリメに呼びかける。プリメの姿が見えるようになったのか男の視線がプリメに向く。
「ほう、あなたが彼女のパートナーですか」
今度はわたしのことを舐め回すように見る。
気持ち悪い。
「あなたもここで一緒に暮らしませんか。最高級のおもてなしをさせていただきますよ」
「おもてなしって、あの男と同じように寝ること?」
わたしは寝台で寝ている男に軽く目を向ける。
目の前の男が何をするのか分からないので、なるべく目は逸らさない。
「それはあなた次第ですね。彼みたいに、いきなり彼女を家に帰すとか言い出さなければ」
「リヤンが……わたしを……」
彼はローネを家に帰そうとしたんだ。それに反対した目の前の男が、ローネをこの場所に留めるために、彼を。自分勝手過ぎる。
「それにしても嘘を吐きましたね。あなたには家族も知り合いもいないと言っていたはずですが。もしかして、他にも妖精がいるんですか」
にこやかに話していた男の表情が変わる。
「妹とは昔に別れて、どこにいるか知らなかったから、そう言っただけよ。もちろん、他の妖精なんて会ったこともないから、どこにいるかなんて知らないわよ」
ローネは妹と妖精の仲間たちを守ろうとして、噓を吐く。
もし、この男が妖精の森のことを知れば大変なことになる。
「それでは、その妹さん。プリメさんでしたかな。彼女から話を聞くことにしましょうか。あなたは、どこから来たのですか? もしかして、仲間の妖精が他にもたくさんいるのですか?」
「ふん! 誰があなたに話すもんですか」
「それでは、あなたのパートナーがどうなってもいいってことですか?」
男は今度はわたしのほうを見る。
「どうなるの?」
「そんなことは言わずも分かるでしょう」
男は寝ている男に視線を向ける。
「できると思っているんだ」
「思っていますが」
なんだろう。
自分の部下だった騎士が強かったことは知っているはずだ。
わたしと騎士の戦いは見ていなくても、最後のところを見ていたら、騎士がわたしに追いつめられていたことも知っているはずだ。
なのに、この余裕の表情は。
「どうやら、見た目と違って、かなりの実力者のようですので、戦って勝負をしましょう」
自分が殺した騎士を見ながら言う。
「わたしが勝てば、あなたは妖精と共にここに一生いる。もし、わたしが負ければローネを解放しましょう」
「そんな約束が信じられると思っているの?」
「信じられなくても、わたしに勝てばいいだけです」
男はそう言うと、胸の部分の服を捲ってみせる。
「……魔石」
捲られた服の下から出てきたのは体に埋め込められた魔石だった。
それから、寝かされている男と同様に、体には魔法陣のようなものが描かれている。
「あなたがわたしに勝ち、この魔石を壊せば彼からの魔力の供給は止まります。つまり、彼とローネを連れ出すことができるってことです」
男の言っていることが本当なら、わたしが戦いに勝って、魔石を壊せばローネとリヤンをこの場所から連れ出すことができる。
「戦ってはダメ。プリメ、今からでも遅くないわ。あなたのパートナーと一緒に逃げなさい」
「……お姉ちゃん」
「妹さんは逃げても構いませんが、そちらのクマのお嬢さんは逃がしませんよ」
「くっ」
「パートナーの彼女がいれば、魔力を辿って、あなたを見つけ出すことはできますから。もし、お仲間の場所に行ってくださると嬉しいのですが」
魔力を辿って、ローネの位置が分かると言っていた。
だから、わたしが捕まって研究されることがあれば、プリメの居場所が分かるってことだ。
「さて、どうしますか。クマのお嬢さん」
「そんなの決まっているでしょう。あなたをぶっ倒して、ローネを助け出すまでだよ」
わたしはクマさんパペットを男に向ける。
「それでは外に行きましょう。お互いにここでは狭いでしょう。それに、彼に何かあったら困るのはお互い様でしょう」
男が寝ている男を見ながら言う。殺された騎士と違って、本当にこの男は困る。
でも、その提案を断る理由は、わたしにはない。
相手も力を最大限に発揮できるかもしれないが、わたしも力を発揮して戦うことができる。
だから、男の提案をのむ。
「いいよ」
わたしの言葉に男は微笑むと、無言で階段を上がっていく。
そろそろ、妖精編も終わりに向かっていますね。
毎週、終わりに向けて書いているので、あと何話になるのかは分かりませんが、お付き合いしていただければと思います。
※クマのコミカライズ、スピンオフ2巻の発売日は9/2となっていますので、よろしくお願いします。
※あと遅くなって申し訳ありません。書籍19巻の発売は10/7となっていますので、こちらもよろしくお願いします。
※誤字を報告をしてくださっている皆様、いつも、ありがとうございます。
一部の漢字の修正については、書籍に合わせていただいていますので、修正していないところがありますが、ご了承ください。




