697 クマさん、ローネに会う
騎士をクマの檻に閉じ込めたわたしはお屋敷に向かうが、窓から見られる可能性があるので側面に回る。
「ユナさん、壁が高いです」
当たり前だけど、侵入防止のため、屋敷の周りは高い塀で囲まれている。魔法で階段を作ってもいいけど、降りるときに反対側にも作らないといけない。
なので、
「ノア、ちょっとおいで」
「なんですか?」
近づいてくるノアを抱き抱える。
お姫様抱っこだ。
「ユ、ユナさん!?」
「静かに」
わたしの行動にノアが声をあげるので注意する。
「……」
ノアは手で口を押さえる。
「それじゃ、塀を飛び越えるから、しっかり口を閉じていて」
舌を噛んだら大変だから、注意はしておく。
わたしは、探知スキルで近くに人がいないことを確認すると、ジャンプして塀を飛び越える。そのあとをくまゆる、くまきゅうも跳び越え、プリメは飛んでくる。
「ユナさん、いきなり、抱き抱えないでください。驚きます」
ノアを地面に下ろすと小声で文句を言われる。
「それに、いきなり飛び上がって塀を越えるなんて、心の準備が」
バンジージャンプに似たようなものかもしれない。
でも、ノアの気持ちを待っていたら、いつまでたっても塀の中に入れなかったと思う。
「次は言ってから跳ぶよ」
ノアの抗議は聞き流し、探知スキルを使いながら、人がいない方へ歩き出す。
ノアはなにか言いたそうにしていたが、黙ってついてくる。
「ノア、騎士があと何人いるか分かる?」
わたしの探知スキルでは、人の人数は分かっても、騎士と一般人の区別は表示されない。わたしが尋ねると、ノアは目を閉じる。
「散らばっていますが、5人ほど繋がりを感じます」
「ローネの反応って分かる?」
「はい。ここまで近づいてくると分かります。1つだけ強い繋がりを感じます」
ノアはローネがいる方向を指さす。
「お姉ちゃんが、この先に」
プリメは飛び出そうとする気持ちを抑えている。プリメには勝手に行動しないことを言い聞かせている。その代わりに必ずローネに会わせる約束をした。
わたしは探知スキルで人がいないことを確認すると、裏口のような場所からお屋敷の中に侵入する。
探知スキルのおかげで、人がどこにいるか分かるので、通路も、曲がり角も、安心して進むことができる。
「ユナさん、そんなにどんどん進んで大丈夫なのですか?」
「大丈夫だよ。人がいないからね。でも、わたしが止まるように言ったり、静かにするように言ったら、指示に従ってね」
ノアはコクリと頷く。
わたしたちはノアが示すローネの居場所にゆっくりと進む。わたしとノアの力を使えば、ローネを簡単に見つけられそうだ。
「この部屋の中に人がいるから、静かに通るよ」
ノアとプリメは頷く。くまゆるとくまきゅうも小さく「くぅ」と鳴く。
探知スキルで、この部屋の中に人がいることが分かる。ノアが繋がりはないと言うので、ここで働く使用人なのかもしれない。
そんな感じでお屋敷の中を順調に進んでいく。
「どう、ローネは?」
「近くから感じます。もう少し先です。でも、近くにもう一つの反応を感じます。多分、弱いので騎士だと思います」
確かに、人の反応がある。
しかもこちらに向かって移動している。このまま進めば、騎士に見つかることになる。
回り道しようにもお屋敷の中だ。簡単にできることじゃない。
漫画みたいに、背後に回って首をトンと叩いて、気絶させることができればいいけど。あいにく、そんな技術は持ち合わせていない。
そもそも、あれって本当にできるものなのかな?
どこかに隠れる場所を探していると、子熊化したくまゆるが小さく鳴く。探知スキルで確認すると、後ろからわたしたちがいる方へやってくる反応がある。
「くまゆるちゃんは、どうかしたのですか?」
「後ろから、誰かがやってくる」
わたしの言葉にノアはすぐに目を閉じる。
「わたしには分かりません」
ノアが分からないってことは騎士ではない。使用人?
このままじゃ、挟まれる。
わたしは廊下を見渡す。
目の前にドアがある。
わたしはドアの前に移動して、ドアノブを回す。鍵はかかっていない。
わたしはノアたちを連れて部屋の中に入る。
そして、ドアに耳をあてる。
「ドリト!」
「レナか」
「さっき、騎士たちが出ていったけど、何かあったの?」
ドアの前で男性と女性が話し始める。
話していないで、さっさとどこかに行ってよ。
「なんだ、知らないのか。街から煙が上がった。それで数人の騎士が出ていった」
「ドリトは?」
「騎士全員が屋敷からいなくなるわけにはいかないだろう。領主様は、街の人から嫌われているから、何が起きるか分からない」
「そうね。旦那様が亡くなり、息子のベルング様が王都から戻ってきたと思ったら、妖精の研究をし始め、ローネ様が現れてからは、人がお変わりになったわ」
「ああ、住民の中には妖精のせいで狂った領主を恨んでいる者もいる」
「昔は幸せを運んでくる妖精とか言われていたけど、幸せになっているのは領主様と、力を与えられたあなたたち騎士ぐらいね」
「だからと言って、この力が永続的に続くわけじゃない。ローネ様から継続的に与えられなければ、その力も失う。その程度の力だ。でも、その力に心酔する騎士もいる」
「あなたは?」
「初めは喜んださ。でも、その力を振るう相手が、街の住民。あとは近場の魔物ぐらいだ。王都にいる強い騎士や、強い魔物と戦うことができれば、楽しんだかもな。それでも、こんな俺に力を与えてくれたローネ様に報いるためお守りするさ」
「そのローネ様は?」
「知らない。滅多にお見かけはしないからな。まあ、ローネ様なら、姿を見えなくすることもできるから、何かあっても大丈夫だろう」
「そうね。このお屋敷に侵入する人もいないだろうしね」
足音がして声が徐々に遠くなる。探知スキルでも離れていくのを確認する。
まさか、ここに侵入している人がいるとは思わないよね。
「何が力を与えてくれたお姉ちゃんに報いるためよ。自分の力じゃないのに」
プリメが騎士の言葉に文句を言っているが、その言葉は、わたしにも突き刺さるからやめて。
わたしも神様からもらったクマ装備のおかげで強くなった。もし、その神様が襲われでもしたら、わたしはどうするんだろう。神様のために戦うのだろうか。このクマ装備の力が人から奪ったもので成り立っていたら、わたしはクマ装備を捨てることができるのだろうか。くまゆるとくまきゅうと別れることになったら、別れることはできるのだろうか。
「ユナさん、どうかしたのですか?」
「なんでもないよ」
自分と騎士を重ねてしまったが、今のわたしには答えを出すことはできない。
今はローネに会うことだけを考える。
「それじゃローネのところに行こうか。場所は分かる?」
「はい。確認済みです」
わたしたちは部屋から出ると、改めてローネの場所に向かう。
「この扉の先から感じます」
目の前には鉄の扉がある。
扉は固く閉じられている。でも、何か不自然に妖精が通れるほどの穴が上の方に開けられている。
「この先にお姉ちゃんが」
「プリメ!」
扉の先にローネがいると知って、プリメは鉄の扉にあった穴から扉の先に行ってしまう。
「ユナさん、どうしますか?」
「そんなの後を追いかけるに決まっているよ」
鍵があると思う扉と壁の隙間にミニベアーカッターを使い、接合部分を切る。
扉は開く。
「行くよ」
「はい」
わたしたちは扉を開けプリメを追いかける。
鉄の扉の先は階段があり、地下に続いていた。
どこかに明かりがあると思うけど、わたしは魔法で光を作り、階段を下りていく。
「お姉ちゃん!」
プリメの叫び声がする。
わたしとノア、くまゆる、くまきゅうは階段を駆け下りていく。
「お姉ちゃん、帰ろう」
「プリメ、どうして来たの。わたしのことは忘れて、あなただけで帰りなさいって言ったでしょう」
「そんなことできないよ!」
階段を下りると、広い部屋に出る。
その部屋の中心にプリメとローネがいた。
「あの妖精がプリメさんのお姉さんのローネさん……」
ローネが宿屋に来たときノアは寝ていたので、ローネを見るのは初めてだ。
「人間も一緒に連れてきたのね」
ローネがわたしたちに気づく。
「どうして、あんな人間のためにお姉ちゃんが……もう、悪いことはしないで! そんなの、わたしが知っているお姉ちゃんじゃないよ」
「ごめん。彼を捨てて、離れることはできないの」
ローネはそう言って、何かの上に降り立つ。
「ユナさん、誰かが寝ています」
ノアの言う通りに、祭壇? ベッド? のような場所に人が寝かされている。
ローネはそのベッドのような場所で寝ている人に寄り添う。
わたしたちは近づく。
男が寝ている。
領主?
どうして、地下のこんなところで領主が寝ているの?
床には魔法陣のようなものが描かれ、床のあちらこちらに魔石が嵌められている。
混乱する頭をフル回転させる。
もしかして、いろいろと勘違いしている?
「一ついいかな」
「なに?」
「その眠っている男は誰? 領主じゃないよね」
「この人を、あんな人間と一緒にしないで」
やっぱり、領主ではなかった。
「それじゃ、誰?」
「わたしのことが見えた人。わたしの大切な人よ」
ローネは優しく男の顔に触れる。
「ユナさん、これは……」
「どういうこと? お姉ちゃんのことが見えるのは、この街の領主って人間じゃ……」
「冗談でも、そんなこと言わないで。あんな人間が」
ローネは怒鳴るように言う。
勘違いしていた。
わたしたちは領主がローネのパートナーと思っていた。でも、それは違った。そこで寝ている男がローネのパートナー。だけど、どうして、ローネのパートナーが地下で寝ているの。それも痩せ細っている。
入ってきた鉄の扉、地下室、魔法陣、魔石、痩せ細り、起きない。
嫌な想像しかしない。
「どうやら、わたしもプリメも、街の人たちも、いろいろと勘違いしていたみたいだね。ローネ、その寝ている男とローネの関係を教えて、それとこの街の領主についても。それを聞かないと、プリメもわたしたちも、これからの行動をどうしたらいいのか、分からないから」
ローネはプリメ、わたしたちを見る。
「……お姉ちゃん」
「分かった」
ローネは話し始める。
やっとローネに会うことができました。
ノアも頑張りました。
※誤字を報告をしてくださっている皆様、いつも、ありがとうございます。
一部の漢字の修正については、書籍に合わせていただいていますので、修正していないところがありますが、ご了承ください。




