68 クマさん、交渉をする
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
朝起きると、日の出から数時間が過ぎていた。
少し寝坊したけど、急ぐ帰り道じゃない。
のんびりと朝食を食べてから外にでると、見知った顔があった。
「クリフ?」
「やっぱり、このクマの家はユナか」
「どうして、ここに」
「それは俺のセリフだ。俺は王都に向かっているに決まっているだろう」
周りを見るとクリフの護衛が6人いる。
クリフの館で見かけた記憶があるメンバーだ。
馬車などは使わず全員馬に乗っている。
このような強行軍な旅ではノアにはつらいと思う。だから、わたしに任せたのだろう。
「わたしはクリフを迎えに来たんだけど。それも不要になったから王都に帰るところ」
「俺を迎えに?」
「この辺りに魔物の群れが出たのよ。それでノアが心配してね」
「でも、それが不要になったってことはおまえさんが倒したってことか」
「…………」
ここで素直に頷くことができない。
そのことが広まれば面倒なことになるのは間違いない。
わたしの平穏な静かな暮らしが崩れ去る恐れがある。
なんせ、1万以上の魔物を倒し、ワイバーン、ワームまで倒してしまったのだから。
うーん、どうするかな。
「まあ、ブラックバイパーを倒すおまえさんなら魔物の群れも倒せるだろうな。それに、実際にゴブリンの群れを討伐してゴブリン王の剣を手に入れているんだからな」
クリフの頭の中ではすでに魔物の群れの討伐者はわたしになっている。
その魔物の数を知ったらどんな顔をするんだろう。
でも、ここで否定しないと王都に着いたときに困ることになる。
のんびりせずに早く出発すればよかったな。
数分前の自分に言ってやりたい。
でも、過ぎたことを今更言っても仕方ない。
「クリフ、貸しを返してもらっていいかな?」
「なんだ、いきなり真面目な顔をして。確かにユナには借りがあるが、返すも何も話を聞かないことには無理だぞ。とりあえず、話してみろ。話はそれからだ」
「それじゃ、家の中でいい?」
クリフの部下を見てわたしは言った。
「わかった。お前たちはそこで休んでいろ」
クリフは部下に命令をしてクマハウスに入る。
クマハウスに入ったわたしはクリフに席を勧め説明を始めた。
この先の森にゴブリンとウルフを合わせて1万、オーク500体、ワイバーン50体がいたこと。それで王都はそれを討伐するために準備をしていること。
そして、この王都に向かっているクリフを心配してノアが泣きそうにしていたこと。
それで、わたしがクリフを護衛するために来たこと。
でも、途中で魔物の群れを発見したこと。
その群れを1人で全て討伐してしまったこと。
さらに調査では居なかった巨大なワームがいて倒してしまったこと。
「今、聞いたことをもの凄く後悔している。だが、感謝もしている。礼を言う」
クリフは軽く頭を下げる。
小説や漫画の話なら貴族が平民に頭を下げるのは珍しいことだろう。
「ノアのためだから気にしないで。あなたがノアの父親じゃなかったら見捨てているから」
「そうか、ならノアに感謝しないといけないな。それで、おまえさんは倒したことを黙っていてほしいんだな」
「目立ちたくないからね」
「なぜだ、英雄になれるぞ。金も名誉も手に入るぞ」
「興味は無いよ。それに何かあるたび呼び出されたら面倒。わたしは平穏に楽しく暮らしたいだけ。だから、今回のことを穏便に済ませたいの」
「だが、1万の魔物にオーク500、ワイバーンに巨大なワームか、信じられないな」
「なら見る?」
「そうだな、とりあえず、部下に森を調べさせてからだな。現状だとおまえさんの言葉だけになるからな」
クリフは外に出ると部下に森の探索を命じる。
部下は首を傾げながらもクリフの命に従って森に向かう。
「これで、誰にも見られないだろう」
わたしの気持ちを察して部下全員を調査に行かせてくれたのだろう。
クリフの部下が見えなくなったところで、ワイバーンを全てだす。
さらにワームの死体を出す。
改めてみるとグロイな。
わたしは昆虫系は好きじゃない。
引きこもりのわたしが昆虫に触れたのは幼稚園が最後だ。
そんなわたしが昆虫を好きになることはない。
クリフもあまりの大きさに信じられないようにワームを見ている。
「オークも出す?」
「いや、いい。仕舞ってくれ」
クリフは再度、頭を押さえて考え込む。
「冗談だと思いたいな」
「いっそのこと黙っているってことは」
「おまえさんの話を聞くと冒険者に王都の兵士も向かっているんだろう。絶対に誰が倒したか問題になるぞ」
「ワームは誰も見ていないし、それに黙っていればわたしとばれないし」
「おまえな……」
呆れ顔になる。
「とりあえず、最低でもギルドマスターには報告しないと収拾がつかないぞ。それで、ギルドマスターに情報操作をしてもらい、冒険者と王都の兵を止めてもらわないと」
結果としてギルドマスターに相談することになった。
あとはなるようになるしかない。
わたしはクリフの部下が調査から戻ってくるとクリフと一緒に王都に向かうことになった。
馬の速度に合わせるので行きと違って速度は落ちる。
2日後、冒険者ご一行を見つけることができた。
しかもタイミングよく休憩を取っているところだった。
わたしは冒険者を驚かせないためにくまゆるを戻し、クリフの馬に乗せてもらい冒険者に合流する。
「あら、逃げ出したユナちゃんじゃない」
ギルドマスターのサーニャさんに会うと一言目でそんなことを言われた。
どうやら、わたしは逃げ出したことになっているらしい。
まあ、クマの格好してギルドにいたんだ。
何人にも見られているはず、それからすぐに王都を出たのだから逃げたと思われても仕方ない。
「そちらは……」
「久しぶりだなサーニャ。1年ぶりになるか」
「……クリフ、久しぶりね。奥方様にはお世話になっているわよ」
「そうか、あいつも元気にしているか」
「それで、どうしてあなたがユナちゃんと一緒にいるの?」
「ああ、娘の依頼でな、俺の護衛を頼まれたんだよ」
「だからといって、今回の討伐を逃げ出したことには変わらないわ。全ての依頼は中止になっているんだから」
「でも、それは門兵に行き渡っていないだろう。それ以前に門を出たみたいだからな」
「それは」
「おまえさんの伝令が遅かった。だから、ユナが罰されることはない」
「わかったわ。でも、ユナちゃんには今からでも魔物討伐には参加してもらうわよ。タイガーウルフ、ブラックバイパーを倒せる人物をこのまま王都に返すほど余裕はないのよ」
「そのことなんだが、少しいいか」
「なによ。いきなり」
クリフは回りに人がいないことを確認する。
「その件なんだが、困ったことが起きた。それでギルドマスターのおまえさんの力を貸してほしい」
「なに?」
「ワイバーンを含む、魔物1万匹、ユナが一人で倒した」
「…………えっ?」
「あと、巨大なワームもいたらしい」
「……巨大なワーム?」
「ああ、死体は見せてもらった。これが森の中にいた証拠を出せと言われても無理だけど、信じてもいいと思うぞ。ユナに嘘を吐くメリットがないからな」
「名声、お金」
「ユナは全ていらないそうだ。逆にユナが倒したことは黙っててほしい。こんな格好をしているくせに本人は平穏に暮らしたいと言っている」
「えーと、冗談?」
「何に対してだ。魔物を倒したことか、それとも、こんな格好をして平穏ってところか」
「両方よ」
「どっちも本当らしい」
なんか、2人ともわたしが黙って聞いていると言いたい放題言っている。
「それで、相談に来た」
「……ユナちゃん、詳しく説明して」
サーニャさんはわたしの方を見る。
わたしは森の中のことを説明した。
「つまり、森の中には5000体のゴブリンの死体と500個のオークの頭が転がっていると」
「数えていないけどね。そっちの調査が合っていればね」
「数は確認はしていないが、ゴブリンの死体がたくさんあるのは俺の部下が確認している」
サーニャさんは頭を抱える。
「喜んでいいのか、困ったらいいのか、悩むわね」
「喜んでいいだろう」
「ユナちゃん、本当にいいの。英雄、名声、名誉、お金が全て手に入るのよ」
「いらない」
それと引き換えに自由が無くなるならいらない。
「わかったわ。いい方向に考えましょう。誰も死なずに討伐ができた。問題なのは誰が倒したかね。それも適当に口裏を合わせましょう」
「どうするんだ」
「Aランクパーティーの冒険者が来て、倒したことにする。そして、ゴブリン以外の素材は全て持ち去ったあとだと」
「そのAランクは誰にするんだ」
「誰でもいいわよ。謎のAランクにしておけば」
「ワームはどうする」
「それこそ黙っていればいいわよ」
話は纏まる。
サーニャさんは冒険者を全員集め説明を始める。
「全員聞け、魔物1万匹とワイバーンはAランク冒険者によって討伐された」
「Aランク冒険者?」
「そうだ。残っているのはゴブリンの魔石付きの5000体の死体と、オークの頭が転がっているだけだ。それで、王都に帰る者とゴブリンの後処理の部隊に分ける」
「本当にいないのか?」
「いない。そんな嘘をついてどうする。報酬はゴブリンの魔石。ただし、解体が終わったらゴブリンの死体は処理をすること。帰る者に報酬はでない。自由に決めてくれ」
サーニャさんの説明によって、Dランク以上の冒険者の大半は帰ることになった。
下位の冒険者は5000個のゴブリンの魔石を求めて向かうことになる。
ギルドマスターのサーニャさんは現場を確認するために解体部隊と一緒に向かうことになる。
「クリフありがとうね」
「気にするな。礼は俺がすることだ」
「それじゃ、わたしは先に帰るわね」
「一緒に行かないのか」
「わたしのクマなら数時間で帰れるからね」
「そうか、凄いな」
わたしはくまゆるを呼び出して、王都に向かう。