690 プリメのお姉さん ローネ その1
プリメのお姉さん視点です。
まさか、プリメがわたしを探しに街に来ているとは思わなかった。
街に来ていることを知ったときは嬉しかったが、わたしは帰ることはできない。
わたしは寝台に眠る男の人を見る。
初めてわたしが見えた人。
妖精の森から少し離れた場所を飛んでいたら人間がいた。どうせ、わたしのことは見えないと思って、目の前を飛んだら、人間はわたしのことを目で追っていた。
わたしが左右に動くと、人間の目も左右に動く。
「もしかして、見えているの?」
「ええ、見えています。あなたは妖精ですか?」
話しかけると人間は目を輝かせながら、わたしに尋ね返してくる。
わたしの声も聞こえている。
人間の名前はリヤン。
なんでも、ここには妖精の噂を聞いてやってきたそうだ。
「近くに、妖精が住む場所があるのですか?」
目を輝かせながら尋ねてくる。
でも、そのことは言えない。
迷いの森があるとはいえ、わたしたち妖精が住む場所を知られれば大変なことになる。
良い人間もいるが、悪い人間もいることは知っている。
人間と出会ったことで、幸せになった妖精もいれば、不幸になった妖精もいる。
だから、わたしたちは自分たちの住み処は教えない。
「ないわよ。わたし一人だけ」
わたしの言葉にリヤンは残念そうにする。
「ローネさんでしたね。一人なんですよね。よかったら、わたしと一緒に、わたしが暮らす街に行きませんか?」
「わたしの住み処があるから、行けないわよ」
わたしはリヤンの申し出を断る。
人間が住む街には興味があるが、この人間が悪い人間なら大変なことになる。
「そうですか。それなら、またここに来たら会ってくれますか?」
「まあ、気が向いたらね」
たまに会うぐらいだったら構わない。
だって、わたしのことが見える人間に出会ったのは初めてだから。
それから、リヤンは年に何度かわたしに会いに来るようになった。
リヤンは遠くにある人間が住む場所からやってきているそうだ。ここまで来るのは、かなりの時間をかけて来ていると話してくれる。
リヤンが住む場所は、人間がたくさんいると言う。
近くの村に行ったことがあるので「そのぐらい?」と尋ねたら、笑われた。
もっとたくさんいて、数え切れないほどの人間が集まって住んでいると教えてくれた。
そんな、たくさんの人間は見たことがない。
リヤンは、その街の学園に通っていると言う。
学園とは、人間の子供が勉強するところだと教えてくれた。
「リヤンは子供なの?」
「う~ん、どうだろう。両親のお金で学園に通っているから、まだ子供かもしれないけど、自分は大人だと思っているよ。もうすぐ卒業だしね」
卒業とは、勉強を終えた人のことを言うらしい。
それから、次に会いに来てくれたとき、リヤンは学園を卒業したことを教えてくれた。
リヤンは学園を卒業して、他の街に住み、その街の領主の下で働いていると言う。
領主?
領主とは人間の集まりで、一番偉い人のことを言うらしい。
そして、改めて、もう一度リヤンが住んでいる街に来てくれないかと頼まれた。
わたしがリヤンの魔力を使えば、他の人でも見えるかもと話してしまったからだ。
実際にそんなことができるのかはやったことがないから分からない。でも、妖精の中では言い伝えられている。実際にできたという話も聞く。
「学園の先輩? 友人? とってもお世話になった人から、君に会いたいと頼まれてね」
「わたしのこと、話したの?」
「うん、ごめん」
リヤンは申し訳なさそうに言う。
なんでも、そのリヤンの友人はリヤン同様に妖精に興味があり、一度でいいから妖精を見たいそうだ。
本当は断りたかったが、リヤンとお話しするのが楽しみになっていた。だから、断ったらもう会いに来てくれないかもしれないと考えると、リヤンのお願いを断ることはできなかった。
「うん、少しだけなら」
「本当!? ローネ、ありがとう。ちゃんと、ここに送り返すから安心して」
リヤンは満面の笑顔になる。
少し妹のプリメのことが気になったが、すぐに戻ってくれば大丈夫だと思い、黙って行くことにした。それに話せば、自分も付いてくると言い出すかもしれない。
準備をしたわたしは、リヤンが住む街に向かう。
山を越え、川を越え、通り道には魔物もいた。
魔物は、わたしたち妖精が見えているか分からないけど、たまに襲ってくることがある。
だから、わたしたち妖精は魔物には近づかないことにしている。
でも、そんな襲ってくる魔物はリヤンが魔法で倒してくれた。
とてもではないが、わたし一人では行くことはできない。
でも、リヤンは、その道のりを越えて、わたしに何度も会いに来てくれた。
そう考えると、少し嬉しい気持ちになる。
そして、妖精の森を出て数日後、リヤンが住む人間の街に到着する。
人間の数が多かった。近くの村とは全然違う。どこを見ても、人間だらけだ。わたしが飛んでも、誰もわたしには気づかない。リヤンは誰かに見つかるか心配するが、そんな心配は不要だ。
リヤンはわたしにとって特別な存在だ。
わたしがキョロキョロと周りを見ていると、街の案内は後でするから、目的地に先に行くと言われる。
もう少し街を見ていたかったけど、リヤンの言葉に従う。
わたしたちは人がたくさんいた場所から離れた大きな建物にやってくる。
この街で一番大きい建物らしい。
人間が大きいからといっても、この建物は大きすぎる。オークでも住んでいるのかしら?
そして、一人の人間の男を紹介される。
名前はベルング。
普通の人間の男だった。
リヤンの友達? リヤンは先輩と呼んでいる。
先輩とは学園での年上のことを言うらしい。
その友人のベルングは少し前に領主になったと言う。
領主といえば、この街にいる人間の集まりの中で一番偉い人、と言っていた人だ。
リヤンによると自分同様にベルングは妖精が大好きで、妖精に会うためにいろいろと研究していたが、父親が亡くなったことで、他の街にいたベルングはこの街に戻ってきたと言う。
「本当に妖精がいるのか?」
ベルングは周りをキョロキョロとわたしを探すが、見ることはできない。
わたしはリヤンの魔力を通してみる。これで、わたしのことが見えるはずだ。
辺りを見回していたベルングの目がわたしをしっかりと捉える。
「……妖精」
「わたしはローネ、よろしくね」
リヤンの友達ベルングはわたしを見ると、リヤン以上に感激をした。
ベルングはいろいろと尋ねてくる。
わたし以外の他に妖精はいないのか、どこから来たのか。
いくらリヤンの友達でも、仲間たちのことは話せない。たとえ、それがリヤンだとしてもだ。
だから、リヤンに言ったことと同じことを言う。
「知らない。妖精は一人で行動するから」
その答えにベルングは落胆する。
さらに、リヤンの魔力を使わないと、わたしのことが見えないことを知るともっと落胆した。
「あの、本に書かれていたことは本当だったのか。選ばれたものしか妖精を見ることができない。俺は選ばれなかったってことか」
正確には違う。それぞれ妖精には波長があり、その波長と合う人間だけが見えるってことだ。
妖精の森には、たくさんの仲間たちがいる。
もしかすると、彼と波長の合う妖精もいるかもしれないが、妖精の森の場所を教えるわけにはいかない。
偶然に出会う。だから、わたしたち妖精に会うと幸運とも言われている。
それから、リヤンが妖精の森の近くまで送り返してくれるまで、少しの間、街に残ってほしいと頼まれた。
わたしも人間の街には興味があったし、もう少しリヤンとも一緒にいたかったので、残ることにした。
このときにはまだ、ベルングの気持ちには気づかず、わたしは人間がたくさんいる街に来たことで浮かれていた。
翌日、リヤンは街を案内してくれた。
本当に近くにある人間が住む村とは違う。人間の数も、建物の大きさも、見たことがないものばかりだ。
これだけの人間がいるのに、誰一人わたしには気づかない。
たまに、反応する人間もいたが、わたしのことは見えない。
近い波長だと、光に見えたり、なんとなく声も聞こえたりもすると聞く。
完全に見えるのは、稀だと言われているが、これだけの人間がいれば、リヤン以外にも見える人間がいるかもしれない。
でもリヤンに、わたしのことを気づかれると騒ぎになるかもしれないので、気を付けるように言われた。
わたしも、騒ぎにはしたくないので、気を付けることにする。
そして、リヤンの魔力を使って、他の人に見えるようにする方法を知っているのはリヤンとベルングの二人だけとなった。
そして、わたしが街に滞在して数日経ったとき、リヤンとベルングに研究を手伝ってくれないかと頼まれた。
リヤンとベルングが妖精について調べていることは知っている。だからこそ、わたしとリヤンは会うことができた。
「何を手伝えばいいの?」
「ローネの魔力を調べさせてほしい」
魔力の波長など、他の人には見えない謎を調べたいと言われた。
わたしも気になっていた。どうして、特定の人しか見えないのか。
だから、わたしは少しだけならと了承した。
本来はわたしがリヤンの魔力を使うことで、他の人にも見えるようになる。
そして、調べた結果、リヤンの魔力をベルングが取り込むことでも、わたしを見えるようになることが分かった
でも、それは短い時間。長い時間は無理だった。
「すぐに、ローネが見えなくなる」
「俺の魔力がベルング先輩の魔力に変換されてしまうんでしょうか」
「同じ水でも、混ぜれば、違う水になるってことか」
水は水だと思うが、違うらしい。
魔力も色々な魔力があると説明してくれる。
うぅ、難しい。
リヤンとベルングが何を言っているかほとんど分からなかったけど、リヤンの魔力とベルングの魔力、それからわたしの魔力も、基本同じ魔力でも細かい部分が違うらしい。
それから、逆も試したりもした。わたしの魔力をベルングに流すことで、わたしのことが見えるかもしれないので、試したが、わたしを見ることはできなかった。
ベルングは落胆した。
ローネ視点は、前編、後編になる予定です。
そういえば、5/29で、クマの書籍1巻が発売して早いもので7周年目を向かえることができました。
当時はこんなに長く続くとは思っていませんでした。
これも、読んでくださっている皆さんのおかげです。
これからも、クマを引き続き、よろしくお願いします。
くまなの
※誤字を報告をしてくださっている皆様、いつも、ありがとうございます。
一部の漢字の修正については、書籍に合わせていただいていますので、修正していないところがありますが、ご了承ください。