677 クマさん、冒険者ギルドに行く
わたしたちは腕の中にくまゆるとくまきゅうを抱きながら、街の門に近づく。
そんなわたしたちに気付いた門を管理している男が声をかけてくる。
「その格好はなんだ?」
「クマの格好だけど」
それ以外に、答えはない。
「いや、それは分かるが」
分かっているなら、尋ねないでほしい。
「クマが好きだからしているだけだよ」
「「くぅ~ん」」
わたしの答えにくまゆるとくまきゅうが嬉しそうに鳴く。
「抱いているのはクマか?」
男性は、わたしとノアが抱いている、くまゆるとくまきゅうに目を向ける。
「そうか、クマ好きか。そっちの子は違うのか」
「わたしもクマ好きです。服だってもっています」
ノアはそう言うと、アイテム袋から、お店のクマの制服を取り出す。
どうして、持っているの?
「本当にクマの服だな。悪かった、本当にクマ好きなんだな」
男性は、クマについて納得したのか、それ以上は追及してこない。
「それじゃ、カードをいいか」
「初めて街に来たから、カードは持っていないけど」
打ち合わせどおりに嘘を吐く。
「なら、街に入るならお金が必要になる。そもそも、2人で来たのか?」
「はい。お父さんが怪我で街に来られなくなって、代わりにわたしたちが」
「そうか。でも、規則は規則だ。お金が払えない者は子供でも街のなかには入れない」
お金を払って、街の中に入れるなら安いものだ。
わたしはお金を男に差し出す。お金を受け取った男の表情が変わる。
「なんだ。これは? どこかの国のお金か?」
わたしとノアは顔を見合わせる。
「昔に商人から貰ったもので、使えるかなと思って」
とっさに噓を吐く。
「悪いが、このお金は使えないな。他にお金はないのか?」
宝石の類いは持っていないし、持っていたとしても、こんなところで出せば怪しまれる。
わたしは手持ちでお金になりそうなものを考える。
「えっと、魔物の素材を売りにきたのですが、それで、どうにかなりませんか?」
少し下手に出て、丁寧に尋ねる。
門番はわたしとノアをチラチラと見る。
「はぁ、分かった。本当はダメだが、見せてみろ」
とりあえず、ウルフの魔石を5つほどだす。
「魔石か」
「お父さんが倒して、それを売りに来たんです」
「それじゃ、その小さいクマの分を含めて、魔石4つほどいただく」
ぼったくりかもしれないが、相場が分からないので了承する。
男性は、嬉しそうに魔石を受け取る。
やっぱり、ぼったくられた感じだが、そもそも、子熊に入場料が必要なの?
でも、ウルフの魔石ぐらい、腐るほどあるし、騒ぎは起こしたくないので、何も言わない。
それに払わないと、子熊は入れないと言われても面倒くさい。
「それで、冒険者ギルドか、商業ギルドに行きたいのですが、どこにありますか。あと、宿の場所も」
わたしが丁寧に尋ねると、男は気前よく、教えてくれた。
ウルフの魔石の効果が出ているみたいだ。ウルフの魔石4つで、いろいろ聞き出せるなら安いものだ。
「でも、冒険者ギルドに行っても、無駄かもな」
男が意味深長なことを言う。
その理由を尋ねようとしたが、後ろから、街に入ってくる人がきて「ほら、さっさと街の中に入れ」と言われ、わたしとノアは街の中に入る。
もう少し、情報を仕入れたかったが、仕方ない。
「まさか、お金が使えないとは思いませんでしたね」
「そうだね。しかも、わたしたちの国のお金を知らないみたいだから、流通もないかもね」
「ユナさん、これからどうしますか?」
「お姉ちゃんを探す!」
ポシェットの中からプリメが声をあげる。
「気持ちは分かるけど、まずは宿屋の確保だよ」
それが旅の基本だ。遅くなって、宿屋が埋まっていたら、大変だ。
クマハウスがあると言っても、街の中じゃ使えないし、何度も街を出入りすると、おかしく思われる。
「でも、それにはお金が……」
「だから、まずは冒険者ギルドで魔物の素材を売って、お金にするよ。問題は、わたしから買い取ってくれるかどうかだけど」
なるべく、ギルドカードなどの身分が分かるものは使いたくない。
わたしが冒険者と言っても、信じてくれないかもしれないし。
買い取ってもらえないようだったら、実力を示すしかないかもしれない。
「とりあえず、冒険者ギルドが近いみたいだから、行ってみようか」
わたしたちは教わった冒険者ギルドに向けて歩き出す。
そんなわたしたちをすれ違う人たちが、わたしたちを見ている。
「ねえ、みんな、見ているわよ。もしかして、わたしがいるってことがバレたの」
ノアのポシェットの中から覗くように外を見ているプリメが、尋ねる。
「違うから、プリメはしっかり隠れていて」
「でも、みんな、見ているわよ」
「みんなが見ているのはわたしだよ」
「どうして?」
「えっと、ユナさんの格好は、とっても可愛らしい格好なので、みなさん見ているんです」
ノアは言葉を選びながらプリメに説明する。
流石に変な格好とは言わない。
11歳の女の子に気を使わせてしまった。
「そうなの? わたしにはよく分からないわ」
「もし、わたしがプリメさんが着ているような服を着ていましたら、同じように見られると思います」
「え、わたしの服装も」
プリメが着ているドレス風の服も、一般的に着ている人はいない。
あまりにも綺麗で、神秘的で普通に作ったら、大変だと思う。
妖精のプリメが着ているぶんには違和感はない。妖精らしい服だと思う。でも、わたしたちが着たら別の理由で目を引くと思う。
「だから、気にしないで大丈夫だよ」
それを証明するように、周りから「あの格好なに?」「クマ?」「あの女の子可愛い」「あの二人が抱いているのはなに?」などが聞こえてくる。
どうやら、わたしたちが抱いているくまゆるとくまきゅうも目立っていたみたいだ。
「それにしても、ユナさん。ここはどこなんでしょうね」
「聞くにしても、怪しまれるから、下手に尋ねることもできないしね」
どこから来たのだと尋ね返されても、わたしたちには答えることはできない。
自分の情報を公開せずに、情報収集は難しいものだ。
「街並みは、クリモニアとそれほど違いはないですね」
文化は和の国みたいに、全然違うってことはない。少し、違うことぐらいだ。
ノアは歩きながら、商品の文字を読んだり、商品の金額数字を見たりしているので、文字や数字も問題はないみたいだ。わたしの場合、スキルのおかげで、言語も文字も普通に読めてしまうので、その辺りの判断はできない。
「ああ、ユナさん。あそこが冒険者ギルドじゃないですか?」
ノアが指さす先に、冒険者ギルドらしき看板がある。
近くに寄ると、ちゃんと「冒険者ギルド」と書かれている。
「ノア、絡んでくる冒険者がいるかもしれないから、わたしから離れちゃダメだからね」
わたしの過去の経験上、その手の冒険者は、どこにでもいる。
もっとも、絡まれるのはわたしの格好のせいだけど、ノアは、わたしの言葉に「はい」と答える。
わたしたちは冒険者ギルドの中に入る。
そこは、騒がしい冒険者たちの姿が……なかった。
「あれ?」
冒険者ギルドの中は人も少なく静かだ。周りを見ると、すみっこの方に人がまばらに座って、お酒を静かに飲んでいる。わたしに絡んでくる者もいない。
「静かですね」
予想外だ。
とりあえず、受付に向かうが、誰もいない。受付は空っぽだ。
もしかして、休憩中?
そもそも、受付の奥にも誰もいないんだけど。
「あら、こんな寂れた冒険者ギルドに可愛いお客様ね」
声が後ろからしたので後ろ振り向くと、お酒を持った20代半ばぐらいの女性がいた。
「受付に誰もいないんだけど」
「そりゃ、いないわよ」
「どうして?」
「だって、わたしがここにいるからよ」
それって、つまり、このお酒を飲んでいる女性が受付嬢ってこと?
クリモニアのギルド職員と違って、制服を着ていなかったので分からなかった。
「ふふ、可愛い格好ね。それに抱いているのはクマかしら?」
「わたしたちの友達なんです」
「「くぅ~ん」」
「可愛い友達ね。産まれたときから世話をすれば、懐くって聞くけど。本当みたいね」
女性は優しく、わたしが抱いているくまゆるの頭を撫でる。
「それで、可愛い女の子が二人で、寂れた冒険者ギルドになんの用事かしら?」
自分で寂れたとか言っちゃったよ。
「えっと、魔物の素材を引き取ってもらいたいんだけど」
「魔物?」
「お父さんが倒した魔物なんだけど、買い取ってほしくて」
なるべく、わたしの情報は出したくないので、そう説明する。
「それじゃ、お父さんと一緒に?」
「お父さん。怪我をして街に来ることができなくて、代わりにわたしたちが」
「でも、二人は姉妹じゃないわよね」
わたしは黒髪、ノアは金髪、似てもいなし、姉妹には見えない。
「怪我をしたのはこの子の父親で、この子だけじゃ街にこられないので、同じ村に住んでいるわたしが付き添いで来たんです」
「あら、そうだったのね。あなたも小さいのに、偉いわね」
流れるような嘘で、女性を納得させることができた。
でも、わたしまで、小さいと言われるのは少し納得がいかない。
「それじゃ、確認するからそのカウンターに出してくれる」
わたしはウルフの魔石と毛皮を置く。
ウルフなら、この街に来るときに騎士が戦っていたので、おかしくはないはずだ。
「あら、可愛いアイテム袋を持っているのね」
女性は白いクマさんパペットを見ながら言う。
そして、カウンターに置かれたウルフの魔石と毛皮を確認する。
「綺麗に解体済みなのね」
女性は毛皮を一枚一枚、確認していく。
「あなたのお父さん、凄いわね」
女性がノアを見ながら言う。
「え、どういうことですか?」
「ウルフの脳天を一撃で倒しているわ。それに、解体処理も綺麗」
わたしが氷の矢で倒し、フィナが綺麗に解体したものだ。
「これなら、少し高く買い取らせてもらうわ」
「いいの?」
「ええ、もちろん、こんなに綺麗だから、通常より高く取り引きされるわ」
フィナが褒められているようで嬉しくなる。
女性はお金を用意してくれる。
相場は分からないが、騙しているようには見えないので、そのまま受け取る。
もし、騙されていたら、それはそれで仕方ない。まだ、この街の情報量が少なすぎる。今は、この国で使えるお金が必要だ。
「ありがとう」
「いいのよ。これからも素材があったら、冒険者ギルドにお願いね」
女性は嬉しそうに素材を仕舞う。
とりあえず、これで第一目的は完了だ。
次の情報を聞き出すことにする。
「あのう、聞きたいことがあるんだけど」
「なにかしら?」
「冒険者ギルドって、なんでこんなに人がいないの?」
「街に来たことがなければ、知らなくても仕方ないわね。この街にはほとんど冒険者はいないのよ」
「えっ」
予想外の言葉が出る。
「いても、飲んだくれだったり、戦うこともできない冒険者ぐらいよ」
女性は壁際にいる冒険者たちを見る。
「どうして、冒険者がいないの?」
「それは……」
女性が説明しようとしたとき、ギルドの入り口が騒がしくなる。
「相変わらず、辛気くせえ場所だな」
「ユナさん、あの人たちは」
ここに来るときにウルフと戦っていた騎士たちだ。
どうして、ここに?
「あなたたちは、奥に隠れていて」
女性はわたしに耳打ちをすると、騎士たちのところに向かう。
わたしとノアは女性の言葉に従って、奥の柱がある隅っこに隠れるように移動する。
冒険者ギルドにやってきたユナ。
そこに、またしても、謎の騎士が……
※誤字を報告をしてくださっている皆様、いつも、ありがとうございます。
一部の漢字の修正については、書籍に合わせていただいていますので、修正していないところがありますが、ご了承ください。