3 クマさん、ウルフの買取してもらう
門の前まで来ると門兵が待ち構えていた。
視線はまっすぐにわたしを見ている。
そこで思い出す自分の格好を。
くま クマ 熊 ベアー。
書き方、言い方を変えても内容は同じ。
怪しいが怖くないはずだ。
フィナはかわいいって言ってくれたし。
わたし自身も可愛くて恥ずかしいぐらいだ。
フィナぐらいの年齢の子が着ると可愛いだろう。
わたしみたいな引きこもりには似合わないけど。
だからと言ってあんなに見なくてもいいだろうに。
「そっちの嬢ちゃんは、薬草を探しに行った子だったな。薬草は見つかったかい?」
「はい」
フィナは嬉しそうに微笑む。
「それはよかった。約束を守って森の奥には行かなかったようだね。奥には魔物がいるからな」
その言葉に苦笑いをする。
「それで、その変な格好した嬢ちゃんはなんなんだ」
「気にしないでもらえると助かります」
「まあ、人の格好は人それぞれだしな。とりあえず、入るならカードを見せてくれ」
フィナは住民カードを門兵に見せている。
ここに来る間に見せてもらった。
中に入るのは住民なら無料。
住民以外は税金として銀貨一枚必要らしい。
「わたしは旅の者です」
「そんな格好で一人で旅をしていたのか」
クマの口をパクパクさせてみる。
「一応」
それしか言いようがない。
「身分証を……」
門兵は一言だけ口を開く。
わたしにはそんなものは無い。
「無いけど。入るのに銀貨一枚でいいのよね」
「無いのか? どこの街のカードでもいいぞ。もしくはギルドカードでも」
「カードがない場所で暮らしていたので」
「珍しいな」
「そうなの?」
「いや、街や王都に一度も来たことが無ければ持っていないな」
「それで、中に入れるの?」
「ああ、住民でない者は税金として銀貨一枚支払ってもらっている。あと身分証が無い者は犯罪経歴を調べさせてもらっている。まあ、一度も街に来たことが無いなら意味が無いがな」
わたしは前もって白クマの口から取り出していた銀貨一枚を黒クマに食わせた手で門兵に渡す。
「それじゃ、こっちの部屋に来てくれるか」
犯罪はこの世界に来てからしてないから問題はない。
もちろん、前の世界でもしてないよ。
ほんとだよ。
門兵に門の近くにある建物に連れていかれる。
よくファンタジー小説に出てくる兵舎だろうか。
中に入ると受付みたいな場所がある。
そこに連れて行かれると、門番は水晶を目の前の机に置く。
「この水晶板に手を置いてくれ、犯罪者なら水晶板が赤くなる」
「置くだけでいいの?」
「ああ、嬢ちゃんの魔力に反応して調べるからな」
手を水晶板に置くが反応は無い。
「大丈夫だな」
「本当にこんなことで分かるの?」
「そんなことも知らないのか。本当にどっから来たんだ」
「遠くの村よ」
「なら、説明をしてやるか。この水晶板は国の全ての水晶板に繋がっている。街に住む者なら、赤ちゃんが生まれると市民カードを発行され、同時に魔力の登録も行われる。これは王都、他の街でも同様に行われる。それによって、その者がどこの出身地か分かるようになっている」
住民登録みたいなものかな。
「そして犯罪をした場合、そのデータを水晶板に登録することができる。登録されると全ての水晶板にデータが行き渡ることになる。それによって犯罪者は街や王都に入れなくなる」
「偽造カードや他人のカードを使ったらどうなるの?」
「それは無理だな。カードは魔力に反応するように作られている。登録したときの魔力でないとカードは反応しない」
魔力は指紋みたいなものかな。
「でも、魔力の登録をしていない場合、意味ないんじゃ」
「そうなるな。でも、さっきも言ったが、街や王都に来たことが無いのは村人ぐらいだよ。そんなやつが重罪人のようなことをしていることは滅多にないからな」
確かにそうかも。
「説明は以上だ。他に何か知りたいことはあるか? なければ、もう、街に入っていいぞ」
礼を言って部屋を出るとフィナが待ってくれていた。
フィナの頭を撫でてあげる。
「ユナお姉ちゃん、大丈夫だった?」
「うん、大丈夫だよ」
「それじゃ、ギルドに行ってウルフを売りに行こう」
街の中はゲームの中にあった街に似てなくはないが、何かが違うような気がする。
そして、何故かみんなわたしの方を見ている。
よそ者だからかな。
「ユナお姉ちゃんの格好目立つね」
忘れていました。
自分の格好がクマだってことを。
目的の場所に着くまでの間、すれ違う人が全員わたしの方を見たのは言うまでもない。
連れていかれたのは大きな建物がある隣の建物。
大きな建物には剣や杖を持った冒険者がいる。
ステータス画面が出ないのでゲームプレイヤーなのかノンプレイヤーなのか分からない。調べたい気持ちもあるが、今はフィナに付いていくことにする。
「ここで買取してくれるよ。すみませーん。ウルフの買い取りお願いしたいんですけど」
フィナはカウンターの奥にいる男の人に声をかける。
「フィナじゃないか。こんな時間にどうしたんだ」
「素材を売りに来ました」
フィナが持っているウルフの素材を台の上に置く。
わたしも同じように置く。
「これ、ウルフの肉と毛皮じゃないか。どうしたんだ」
「ちょっと外に薬草を採りに行ったら、ウルフに襲われちゃって、そしたら、このお姉ちゃんが助けてくれたの」
「おまえ、森に行ったのか!」
受付の男が叫ぶ。
「うん、お母さんの薬草が無くなったから」
「何度も言っているだろう。薬草が欲しければ俺が手に入れてあげると」
「でも、いつも、いつも、ゲンツおじさんにお願いするわけにはいかないよ。わたしお金払ってないし」
「だから、それはいいって言っているだろう。もし、おまえに何かあったらおまえのお母さんになんて言ったらいいんだよ」
「大丈夫だよ。森には何度か行っているから」
「でも、今日はウルフに襲われたんだろう。そこの、なんだ、変な、妙な、嬢ちゃんに助けてもらったんだろう。嬢ちゃんありがとうな。フィナを助けてくれて」
わたしの格好を見て言いにくそうに礼を言う。
「ううん、わたしも道に迷っていたからお互い様」
「礼はしたいが仕事だから買い取り金額はちゃんとさせてもらうけどいいな」
「それでいいよ」
男はウルフの素材を確認していく。
「えーと、肉と毛皮だな。この量だと、こんなもんだな」
ゲンツさんは目の前にお金を置く。
多いのか少ないのか分からない。
「はい、お願いします」
フィナは嬉しそうにしている。
お金を受け取ったフィナは半分をわたしに渡してくれようとする。
「フィナ、そのお金あげるから、いい宿屋案内してくれない? わたしこの街、初めてで分からないから。でも、薬草をお母さんに早く持っていかないと駄目か」
森でフィナに出会った理由を思い出す。
「大丈夫、家の帰り道に宿があるから、案内できる」
「ありがとう」
「フィナ! もう、危険なことはするなよ。薬が欲しければ俺に言えよ」
「うん、分かった」
フィナは返事をして歩き出す。
「さっきの男の人、知り合い?」
「はい、いつもお世話になっています。たまに、持込の魔物が多いとき、剥ぎ取りの仕事をさせてもらっているんです」
なるほど、それであんなに上手く剥ぎ取りができたのか、と納得する。
「それで、お母さんが病気のことも知っていて、安く薬草や薬を譲ってくれるときがあるんです。たまに、ただでくれる時もあるんです。でも、毎回、毎回、薬を頼む訳にはいかないから」
それで、今回は一人で森に薬草を採りに行ったわけか。
何か、フィナのためにしてあげたいけど、今は無理かな。
自分もこんな状況だし。
案内された宿は換金場所から歩いて30分ほど離れた場所だった。
意外と距離があった。
もちろん、歩いているときは視線を浴びたのは言うまでもない。
「ここだよ。ごはんもおいしいってみんな言っている」
「ありがとう。じゃ、お母さんに早く薬草を持っていってあげて」
「うん、ユナお姉ちゃんありがとう」
フィナは走っていく。
見送ったわたしは宿の前に立つと、良い匂いが漂ってくる。
日も沈みかけて、夕食時だ。
おいしいご飯が期待できる。
食事ができる喜びに任せて宿の中に入る。
中に入ると十代半ばの女の子がわたしを見て驚いている。
毎度、毎度、みんな同じ反応で困る。
お金もあるし防具も考えようかな。
「い、いらっしゃいませ?」
少女はわたしの格好を見てどうにか声を出す。
「泊まれるって聞いたんだけど」
「はい、大丈夫ですけど、お客様一人ですか?」
「うん、一人だけど。もしかして、駄目?」
親同伴じゃないと泊まれなかったらどこにも泊まれないんだけど。
「そんなことはありません。朝、夜の食事付きで銀貨一枚です。食事なしだと半銀貨になります」
どうやら、無事に泊まれるらしい。
「それじゃ、食事ありで十日分お願い」
「お風呂は夜6時から10時の間になります」
「お風呂あるの!」
「はい、ございます。男女でちゃんと分かれているので安心してください」
嬉しい誤算だ。まさかお風呂も付いている宿とは思わなかった。
「食事はすぐにできる?」
「大丈夫です」
説明を聞き終わったわたしは白クマの口から銀貨10枚取り出す。
受け取る瞬間、女の子は黒クマをにぎにぎする。
「わぁ、すみません。可愛かったので。食事付きで十日ですね。食事はすぐに用意しますので席に座って待ってください。ああ、わたしは、この宿の娘のエレナって言います。よろしくお願いします」
「ユナよ。しばらくよろしくね」