676 クマさん、騎士の様子を窺う
岩の後ろに隠れたわたしは、くまゆるから降りると、岩の後ろから騎士たちを窺う。
ノアも同じように、くまきゅうから降り、わたしの下から同じように覗く。
騎士の数は10人ほどで、指示を出している人がいる。あれが隊長かな。
「ねえ、なんで隠れて見ているの? 同じ人間でしょう」
わたしの頭に乗っているプリメが尋ねてくる。
「同じ人間でも、みんな仲がいいわけじゃないよ」
人類、仲が良ければ、戦争も争いも喧嘩も起きない。
「それに、くまゆるとくまきゅうに、いきなり攻撃してくるかもしれないしね」
「くまゆるちゃんとくまきゅうちゃんが攻撃されたら大変です」
「人って面倒くさいのね」
それには同意だ。
だからと言って、なんでもかんでも敵対すれば良いものでもない。
まずは情報だ。
ウルフと戦っている騎士を見るが、王都で見た騎士の格好とは違う。エレローラさんがいる王都の騎士とは違う。
「ちなみに、ノアは、あの騎士の格好を見たことは?」
「……ないです」
貴族の娘だから、他の国の騎士を見たりしたことがあるかと思ったけど、見たことがないらしい。
わたしたちが、話してる間に騎士たちは次々とウルフを倒していく。
それなりの実力があるみたいだ。
わたしは騎士の情報を得るために、冒険者ギルドで使った風の魔法の応用を使う。
『くそ、面倒くせえな』
『逃がすなよ』
『分かっている』
騎士たちの声が聞こえてくる。
「声が聞こえてきます」
「この声って、あの離れている人間の声?」
「そうだよ。ちょっと、話を聞きたいから、2人とも静かにね」
2人は手で口を塞ぐ。
騎士たちは黙々とウルフを倒していく。
『これで、終わりだな』
騎士の1人が最後のウルフを倒す。
『ああ、だが、ウルフの討伐ぐらいで、俺たちが動くこともないだろうに』
『なに、言っている。俺たちのせいで、冒険者が……』
『お喋りはそこまでだ。さっさと討伐したウルフの回収をしろ。……いや、待て』
隊長っぽい人物が、周りを見始める。
『隊長、どうかしたんすか?』
『この周りに変な魔力が漂っている』
風魔法に気付かれた!?
『隊長、本当ですか。俺には、気持ちいい風が吹いているようにしか感じられませんが』
『静かにしろ』
風? 魔力の流れを調べている?
もし、わたしの魔力を感じたなら、ここに隠れていることが気付かれる。
ここで見つかれば、面倒くさいことになる。
くまゆるとくまきゅうは送還できるけど、岩の後ろに隠れていたことや、風魔法を使っていたこと、ここにいることなど、答えることはできない。
わたしは風の流れを変える。それと同時に騎士たちの声は聞こえなくなる。状況が分からないのは不安になるが、このまま声を聞き続けるわけにはいかない。
隊長らしき人物は風の流れた方向を見て、なにかを確認するような仕草をすると、部下たちに声をかける。部下たちはウルフの回収を始め、回収が終わると、わたしが風の流れを変えたほうへ、馬に乗って移動し始めた。
「……危なかった。戻ってくる前に離れるよ」
わたしたちは、くまゆるとくまきゅうに乗り、この場を離れる。
「あの騎士たちは、なんだったんでしょうか。魔物討伐は、冒険者の仕事だと思うのですが」
走るくまきゅうに乗りながら、ノアが尋ねてくる。
鉱山にゴーレムが現れたときに、サーニャさんとエレローラさんも同様なことを言っていた。
基本的に魔物討伐は冒険者の仕事だ。冒険者が討伐できなかったとき、国の騎士や兵士が動く。
ウルフ討伐に騎士が動くとは思えない。
「普通に考えれば、魔物討伐だけど。ウルフ討伐を騎士がするかと言われたら、違和感しかないよね」
「たまたま遭遇したのでしょうか?」
その可能性が高いけど、それも違和感がある。
どうして、騎士だけがここにいるのか。
もし、偶然に遭遇したなら、ここにいた理由があるはずだ。誰かの護衛をしていたら、それらしき人物がいるはずだけど、いなかった。
「でも、自分たちのせいで冒険者が、とか言っていたから」
最後まで会話を聞くことはできなかったけど、冒険者の代わりにウルフを討伐しに来たのかもしれない。
「うぅ、それじゃ、冒険者の数が少ないのでしょうか」
そっちのほうが可能性は高いかもしれない。
「それにしても、あの騎士が周りを見始めたときは、見つかるんじゃないかと、少し怖かったです」
「まさか、わたしの魔法に気づかれるとは思わなかったよ」
わたしの風に魔力を感じたようなことを言っていた。
だから、すぐに風の流れる方向を変えた。
騎士たちは、風の流れを変えたことで、離れていった。
「ユナさん。先ほどの声が聞こえたのは、やっぱり魔法なんですか?」
「そうだよ。風魔法の応用だね。風魔法で声を運んだんだよ。でも、気付かれたみたいだったから、風の方向を変えたんだけど」
振動とか、細かい説明は面倒なので、そう説明する。
「風魔法には、そういう使い方もあるんですね」
「魔法の使い方は無限大と思っているよ。というか、魔力の使い方って言うのかな。魔力は火になったり、水になったり、土になったり、風を起こしたり、不思議なものだからね」
どうやったら、魔力が変化するのか、不思議でならない。
ゲームでは、なにも考えずに使っていたけど、あらためてリアルで使うと謎の力だ。
まあ、科学でも不思議なことはたくさんあるけど。
「だから、ノアもいろいろと確かめてみるといいよ。せっかく、魔法を使えるほどの魔力があるんだから」
「そうですね。そう考えると、楽しいですね。今度、フィナと一緒に考えてみます」
「でも、魔力なんて、気づくものなの?」
そんなに強く魔力は込めていない。そよ風程度の弱い風を起こして、運ばせたぐらいだ。
「わたしも、プリメさんのお姉さんの魔力みたいな繋がりは感じることができますから。もしかすると、感じ取れるのかもしれません」
「それは、ノアはお姉さんの魔力のハンカチを取り込んだからだと思うけど」
会ったことも、関わったこともない人の魔力を感じることができるのかは疑問だ。
「たしかに……、それに気づいたのは1人だけみたいでしたね」
ノアの言うとおりに、わたしの風魔法に気付いたのは隊長っぽい人だけだった。
あの隊長だけが特別なのかもしれない。
「どっちにしても、関わってもいいことはないと思うから、離れて正解だったと思うよ」
情報は得たいが、あの騎士たちと関わるデメリットのほうが高そうだ。
逆にいろいろと尋ねられても答えることはできない。
「ねえ、もしかして、ユナって、わたしが想像するより、もの凄い人間?」
「別に、凄くはない……」
「はい、ユナさんは、もの凄い人です」
わたしが「凄くないよ」と言おうとしたら、ノアは遮って、答えてしまう。
「それじゃ、魔物と遭遇しても大丈夫ってこと?」
「まあ、ウルフとか比較的に弱い魔物なら大丈夫だと思うよ」
「じつはちょっとだけ、不安だったの。もし、魔物が現れて、ユナたちが襲われたらと思って、でも、このクマが召喚獣で、一緒に来られることを知ったとき、よかったと思ったの。でも、ユナは強かったんだね」
「実際に、くまゆるとくまきゅうも強いから、間違いじゃないよ」
プリメはわたしたちを危険な目に遭わせているんじゃないかと、負い目を感じていたみたいだ。
少し、横柄だけど、お姉さんの心配したり、わたしたちのことを心配してくれたり、優しい女の子みたいだ。
もっとも、優先順位はお姉さんが高いみたいだけど。それは、身内なら仕方ないことだ。
騎士たちから離れたわたしたちは、くまゆるとくまきゅうを走らせ、ノアが示す先に進むと街が見えてきた。
くまゆるとくまきゅうは止まり、ノアは目を瞑る。
「あの街の方向から感じます」
「それじゃ、あの街にお姉ちゃんが!」
今にも飛び出しそうな勢いのプリメ。
「まだ、分からないよ。街の先かもしれないし」
でも、プリメのお姉さんがいる可能性は高いと思う。
ただ、居なかったときのことを考えると、ぬか喜びはさせたくない。
「少し時間はかかるけど、街を一周してみよう」
そうすれば、街の中か外か分かる。
プリメもノアも同意し、わたしたちは街の周りを回る。
その結果、プリメのお姉さんの反応は街の中にあることが分かった。
「やっぱり、この街の中に、お姉ちゃんが」
「嬉しいのは分かるけど。勝手な行動はしないでね」
「うぅ、分かっているわよ。ノアがいなかったら、あの街のどこにいるかは分からないもの」
止めなかったら、飛び出していたかもしれない。
「それじゃ、プリメはノアのポシェットの中に隠れてね。あと、街の近くまで来たら、くまゆるとくまきゅうは小さくして、歩いていくからね」
流石に大きいクマのままでは、街の中に入れないと思う。
街の状況も分からないので、護衛として、子熊化したくまゆるとくまきゅうは召喚させておく。
わたしたちは、街の近くまで来ると、子熊化したくまゆるとくまきゅうを抱いて、街の門に向かう。
「ノア、打ち合わせどおりにお願いね」
「……はい」
ノアは緊張気味に返事をする。
もし、街の中に入ったときや、街の中でどこから来たかと尋ねられた場合、近くの村から来たことになっている。
どこにあるかも分からないクリモニアから来たなんて言えないし、まして子供2人だ。
わたしは違うけど……。
でも、わたしがボンキュンボンの大人だったら、冒険者とか商人とか、いろいろな誤魔化し方があるけど、わたしもノアも大人には見えないし、金髪少女のノアとは姉妹には見えない。なので、同じ村から来た設定だ。
「ギルドカードや市民カードは使えるのでしょうか」
「今回は、カードは使わない予定だよ」
情報が少なすぎるので、目立つことはしたくない。
水晶板にギルドカードを翳すだけならいいけど。いろいろと見られたら、面倒臭いことになる。
なので、近くの村から来た村娘ってシナリオになっている。
プリメのお姉さんの反応がある街までやってきました。
※誤字を報告をしてくださっている皆様、いつも、ありがとうございます。
一部の漢字の修正については、書籍に合わせていただいていますので、修正していないところがありますが、ご了承ください。