674 クマさん、村に寄る
翌朝、わたしたちは朝食を終えると出発する。
「ノア、こっちでいいんだよね」
「はい。細い糸が繋がっているように感じます」
「プリメ。村は?」
「う~ん。たぶん、こっちだと思う」
ノアは少し左側を指し、プリメは悩んでから少し右側を指す。
「見事に向かう方向がずれているね」
「どうしますか?」
「う~ん、やっぱり、少し遠回りになるかもしれないけど、情報は欲しいから、村に寄っていこうか」
「わたしは構いませんが」
「プリメもいい?」
「いいわよ」
そんなわけで、わたしたちは村に寄って情報収集をすることにする。
「くまゆる、くまきゅう、行くよ!」
「「くぅ~ん」」
くまゆるとくまきゅうは、プリメが教えてくれた村に向かって駆け出す。
そして、しばらく走ると、魔物にも人にも遭遇することもなく、村が見えてきた。
「見つかると騒ぎになるかもしれないから、プリメは隠れていてね」
「分かっているわよ」
プリメは飛ぶと、ノアのポーチの中に入っていく。
「ノアは、わたしから離れちゃダメだからね」
どんな村か分からない。危険な村の可能性もある。と思ったが、村に近寄ると、村の外の近くにいた男性が「クマに乗った女の子が、村を襲いに来た!」と逆に、わたしたちがクマに乗って村を襲うように思われた。
わたしはくまゆるとくまきゅうは安全だと説明する。
「襲ってこなければ、何もしないよ」
「本当に、そのクマは大丈夫なんだよな」
「大丈夫だよ」
わたしの言葉に男性は、頷いてくれた。
久しぶりに、くまゆるとくまきゅうが恐がられたよ。
「まず、確認だが、お嬢ちゃんのその格好はなんだ?」
「クマだけど」
「見れば分かるが、もしかして、街では、そんな格好が流行っているのか?」
どうやら、わたしたちが近くの街から来たと思っているらしい。
本当のことを話すことはできないので、そのまま勘違いしてもらうことにする。
「違うけど」
「そうか。街には行ったことがないから、そんな服が流行っているのかと思ったよ。それで女の子2人が、クマに乗って、こんな寂れた村になんのようだ? 迷子か?」
確かに、活気はないけど、自分で寂れた村と言うのはどうかと思う。
「迷子じゃないよ。この辺りで危険なところがないか、街が近くにあるのか、あと、妖精のことを知っていたら、教えてくれたらなと思って」
「妖精? 綺麗な人の形をした小さな人のことだよな」
「ちょ、小さい人って、妖精は違うわよ。モゴモゴ」
ノアがポシェットを押さえながら、後ろに下がる。
「なにか、言ったか?」
「ううん、なにも言っていないよ」
わたしは誤魔化して、話を聞く。
「危険な場所や街は教えてあげられるが、妖精のことは婆さまに聞いたほうがいいな」
「婆さま?」
「ああ、昔に見たらしいからな」
男性は村の近くの危険な場所などを教えてくれながら、その婆さまって人のところに案内してくれる。
村はいたって普通の村だ。とくに変わった様子はない。
「おまえさんたちが入ってきた入り口から、左の方へ行くと、森と草原がある。その辺りは魔物の群れが出没するから、行かないほうがいい」
「魔物って、どんな?」
「ウルフだな」
ここでもウルフがいるのか。
まあ、実際にゲームみたいに最終ボスの前にある街にいる魔物のように、めちゃくちゃに強い魔物だったら、街の住民は死んでいるよね。
「討伐はしないの?」
「村から離れているから、ここまで来ることはない。あと縄張りさえ入らなければ襲ってくることもないから大丈夫だ」
当たり前だけど、縄張りに入れば襲ってくるってことだ。
「だから、放置している。俺たちの村にさえやってこなければ、無理に倒すこともないからな」
「いつか、襲ってくるとは思わないのですか?」
ノアが尋ねる。
「昔は思ったが、そんなことは一度も起きていない。危険を冒すことでもない。それに冒険者に頼むにしてもお金がかかる。それなら、放置したほうがお互いのためだ」
そういう考え方もあるんだね。
わたしなら、後顧の憂いがないようにって倒してしまうけど。
あらためて思うと、乱暴な考えだね。
「それから、街は村を出た先に馬車が通っている道があるから、そのまま進めばある」
「遠いの?」
「馬車で3日ほどだな」
結構遠い。でも、くまゆるとくまきゅうが走れば、十分に一日で着く距離だ。
「だが、嬢ちゃんたちは、その街からクマに乗って来たんじゃないのか?」
「えっと、それは」
違うと答えれば、「どこから来たんだ」と尋ねられたら答えられないし、だからと言って、そうだとも言えない。
「やっぱり、迷子になって、自分たちの街の場所を聞きにきたのか?」
男性は勝手に、わたしたちを迷子認定して、頷いている。
ここで、否定しても、他に答えようがないので、そう思ってもらうことにする。
ただ、街の名前や、国の名前を尋ねにくくなった。自分の国や住んでいる街なのに名前を知らないのはおかしい。もし追及されても、答えられない。
「うん、妖精を探しに来ていたら」
とりあえず、魔物のことと街の場所は分かったので、話を逸らすことにする。
「ユナさん?」
わたしはノアに目配せして、首を横に振る。わたしが言いたいことが伝わったのか、ノアは小さく頷く。
「帰ったら、ちゃんと親御さんに謝るんだぞ。それと、あまり親御さんを心配させるんじゃないぞ」
男性は優しく言う。
わたしとノアは素直に頷いておく。
「だが、街じゃ、馬じゃなくて、クマに乗るんだな」
男性はくまゆるとくまきゅうを見ながら言う。
「いや、このクマは特別で、クマに乗っているのはわたしたちだけだよ」
勘違いされたままだと、本当に街から来た人がバカにされてしまうので、そこのところはハッキリと否定しておく。
流石に、馬の代わりにクマに乗っている街はないと思う。
……ないよね?
そして、寂れた家に到着すると、男性はドアを勝手に開けて、家の中に声をかける。
「婆さま、いるか。妖精について聞きたいって女の子たちが来たんだが」
「妖精かい?」
奥の部屋から、腰に手を回したお婆ちゃんが出てくる。
「クマ!?」
「驚かせて、ごめんなさい。この子たちは危険はないから」
わたしは謝罪をして、後ろにいるくまゆるとくまきゅうの説明をする。
くまゆるとくまきゅうは小さい声で「くぅ〜ん」と鳴く。
「本当に大人しいクマだね。それによく見れば、嬢ちゃんもクマの格好をしているんだね」
お婆ちゃんが、わたしを見て微笑む。
「この女の子たちが、わざわざ街から妖精を探しに来たんだとさ。悪いが話してやってくれないか」
「ふふ、こんな年寄りの話でいいなら、話してあげるよ。中にお入り」
男性とは別れ、わたしたちは家の中に入る。
くまゆるとくまきゅうは家の前にいてもらい、わたしとノアは家の中に入る。
「それで、妖精を探しに、この村に来たのかい?」
妖精本人がこの村に来たことがあるから、他の妖精も来たことがあるかどうか聞きにきたとは言えないので、誤魔化しながら尋ねる。
「はい。もしかして、この村で妖精を見たって人はいないかなと思って」
「ふふ、わたしは見たことがあるのよ。とても、綺麗だったわ」
どこからともなく、嬉しそうな笑みがきこえてくる。それを誤魔化すようにノアが話しかける。
「お婆さまは、妖精を見たことがあるのですか?」
「若い頃にね。この村の近くには昔から、妖精の住む場所があると言われているの」
プリメたちの妖精の森のことかな。
「妖精がいる場所は分かるんですか?」
お婆ちゃんは首を横に振る。
「誰も知らないわ。ただ、妖精が、この村に遊びに来るの」
「でも、妖精って、誰でも見えるわけじゃないって聞いたけど」
「おや、お嬢ちゃん、詳しいね。妖精は、見える人と見えない人がいるの」
妖精は自分の魔力の波長と合わないと見ることができない。
「わたしが指さしても、誰も妖精を見ることはできなかった。わたしも、嘘つき呼ばわりをされたくなかったから、それ以上は言わなかった」
幽霊が見えると言っても、見えない人に信じてもらうのは難しい。下手をしたら、おかしい人に思われるかもしれない。これが霊媒師とか、特別な力を持っている人ならともかく、一般人が言っても、まず信じてもらえないと思う。
「わたしは、1人で妖精を追いかけたわ。妖精は村の中を楽しく飛んでいたわ。でも、妖精はわたしが見えていることに気付くこともなく、遠くに飛んでいってしまったの。それから、何度も妖精を探したけど、二度と見ることはなかったわ。あのときに声をかけていたらと、何度思ったことか。妖精さんとお話がしたかった」
妖精を見ることは奇跡に近い。
自分の魔力と波長が合う妖精がいつ村に来るかなんて、分からない。
その日、同じ時間、同じ場所にいる確率は低いと思う。家の中にいたら、まず会えないし。引きこもりのわたしだったら、まず会えることはないと思う。
「もう、老い先が短い。最後にもう一度、あの美しい姿を見たかった」
お婆さんは、寂しそうに言う。
「ごめんなさいね。ちょっとしんみりしちゃって」
「いえ」
なんとも言えない気持ちになる。
プリメはいるが、騒ぎになるかもしれないから見せてあげることはできない。ノアのほうを見ると、ノアも困っている。
「わたしが知っている妖精の話はそのぐらいね。役に立ったかしら」
「はい、とっても」
実際のところは役に立っていない。
でも、それを無下にするほど、わたしは冷酷ではない。
わたしがお礼を言って、お暇しようと思ったら、ノアのポシェットが動く。
「そんなに、わたしを見たいの?」
ノアのポシェットから、プリメが出てくる。
「プリメさん!?」
ノアが困ったようにプリメを見るが、プリメはお婆さんの前に飛んでいく。
「妖精さん……」
「うん、妖精だよ」
「うぅ」
お婆さんは目に涙を浮かべ始める。
「本当に妖精……。お迎えが来る前に会えて嬉しいです」
お婆ちゃんが手を差し出すと、プリメはその手に乗る。
「ふん、妖精が見えなくて、後悔して死なれたら、たまったものじゃないからね」
「もう、思い残すことはありません」
「なによ。わたしに会えたのに死ぬつもりなの。わたしに会えたことが幸運と思うなら、もっと長生きしなさいよ」
「そうですね。また、妖精に会えるかもしれないので長生きをしないといけませんね」
お婆さんは笑う。
「お婆ちゃん。最近、妖精を見た人がいるって、聞いたことがない?」
「いるかもしれないけど、みんな、黙っていると思うわ。小さい村だから、誰かが見て騒いでいたら、広まりますので」
「そう」
それじゃ、もし、プリメのお姉さんを見た人がいても、捜すのは難しいかもしれない。
「でも、妖精を探していると言っていたけど」
お婆ちゃんは自分の手の上に乗っているプリメを見ながら尋ねる。
「探しているのは、この子のお姉ちゃんなの。行方がわからなくて」
「そうなのですね。お役に立てずにごめんなさい」
「ううん、いいの。手掛かりはあるから」
まあ、この村に来た目的は、近くの危険な場所、街の情報、できれば国の名前とかも知りたかった。あと、妖精の話が聞ければいいかな程度だ。そのうちの半分の目的が達成できたから、問題はない。
わたしたちはお婆ちゃんにお礼を言って、家を出る。
「お婆さま、プリメさんに会えて嬉しそうでしたね」
「人を幸せにさせるのも、幸運の一つかもね」
「わたしもプリメさんを見たとき、感動しました。幸せな気持ちになりました」
確かに、プリメを見たときには驚いたが、同時に初めて見た妖精に感動したかもしれない。
「ふん、そんなに褒めても、嬉しくないんだから」
プリメは顔を逸らすが、嬉しそうだった。
遅くなり、申し訳ありません。
週一となりますが、再開させていただきます。
※誤字を報告をしてくださっている皆様、いつも、ありがとうございます。
一部の漢字の修正については、書籍に合わせていただいていますので、修正していないところがありますが、ご了承ください。