666 クマさん、幽霊屋敷に行く
幽霊が出るというお屋敷の鍵を預かったわたしは、冒険者ギルドを出ると、その幽霊屋敷に向かっている。
足が重い。
行きたくない。
帰って、布団を被って、くまゆるとくまきゅうを抱きながら寝たい。
久しぶりに冒険者ギルドで仕事をしようと思ったのは間違いだった。
たまには真面目に働こうとしたのが間違いだったのかもしれない。
きっと、真面目に働くわたしに、神様が罰を与えたんだと思う。
お前は、働くべきではない。引きこもり生活がお似合いだ。とか、聞こえてきそうだ。
幽霊屋敷に行ったフリをして、幽霊は居なかったことにしようかな。
そんなことを考えながら歩いていると誰かが話しかけてくる。
「行ったふりって、どこかに行くんですか?」
「……ノア!?」
わたしに話しかけてきたのはノアだった。
「ノアがどうして、ここに?」
「散歩と買い物です。お父様が治める街の様子を見るのも、勉強ですからね。お父様が紙の数字だけでは分からないこともあるから、自分の目で見るのも大切だと、いつも言っていますから」
もしかして、孤児院のことを自分に言い聞かせるように言っているのかもしれない。
「それで、ユナさんはどこかに行ったフリをするんですか?」
「なんで、わたしが心で思っていることを知っているの」
「声に出していましたよ」
声にして、出していたらしい。
「ちょっと、行きたくない場所があって、でも、行かないといけなくて」
「だから、行ったフリなんですね。ちなみに、どこに行くつもりだったんですか?」
わたしは冒険者ギルドで引き受けた依頼の話をノアにしてあげる。
「幽霊ですか。わたし、見てみたいです」
ノアが目を輝かせながら言う。
ここにホラー好きがいた。
わたしとは相容れない存在だ。
「幽霊だよ。怖くないの?」
「少し、怖いですが。見たことがないので見てみたいです。もし、幽霊さんとお話ができて、助けを求めているなら、助けてあげたいです」
うぅ、優しい子だ。
それとも、こっちの幽霊は怖くないのかな?
でも、ギルドマスターもルリーナさんも怖がって、幽霊屋敷に確認しに行くのは嫌がっていた。
「幽霊は未練が残っていると、現れると聞いたことがあります。その未練をなくしてあげれば、きっと幽霊さんも消えてくれますよ」
「わたしとしては、悪い幽霊にしても、良い幽霊にしても、会いたくないんだけど」
漫画や小説に出てくるような可愛い女の子の幽霊だったらいいけど。殺されて、顔がグチャグチャの幽霊とか、恨みを持った騎士とか令嬢とか会いたくない。そんな幽霊は言葉が通じないと思う。未練とはそういうものだ。
体がブルッと震える。
「ふふ、ユナさんでも怖いものがあるんですね」
「怖いものなんて、たくさんあるよ。幽霊はもちろん、虫だって嫌いだし」
「ユナさんも、普通の女の子なんですね」
「いや、普通の女の子だよ」
「わかりました。わたしも一緒に行きます」
ノアは、わたしの普通の女の子って言葉に笑いながら言う。
「ノア? 本気? 幽霊がいるかもしれないんだよ」
「誰かの魔法かもしれないんですよね?」
「それは、わたしが断る口実で言っただけで、本当に幽霊がいる可能性も十分にあるよ」
どちらかと言うと、そっちの可能性が高いと思っている。
なんと言っても、ここは異世界だ。幽霊がいてもおかしくはない。
「そのときは、逃げましょう」
ノアの提案を断ることができず、わたしはノアと一緒に幽霊が出るお屋敷に向かう。
だって、1人だと怖いから仕方ない。話し相手が欲しい。もしものときは、ノアを連れて全力で逃げればいい。
「ここですね」
わたしたちの前には立派なお屋敷が建っている。
領主であるクリフの家ほどはないが、十分に立派なお屋敷だ。
「本当に行くの?」
「ここまで来たんですから、もちろんです」
わたしは諦め、門の扉を開け、敷地内に入る。
庭は草が生えており、長い間、手入れがされていないことが分かる。
この家に住んでいた病弱のお嬢様が亡くなったのかもしれない。
それで、苦しんで、「助けて」と言っている病弱な美少女の幽霊の可能性もある。
それで「死ぬ前に外の世界が見たかったんです」とか「一度でいいので、クマさんに触りたかったんです」とかで、願いを叶えたら、成仏してくれるとか。
「ユナさん、行きますよ」
わたしが変な妄想をして現実逃避をしていると、ノアがわたしの手を引っ張る。
「ちょっと待って、安全対策をするから」
「安全対策ですか?」
わたしはノアの手を離すと、クマさんパペットを前に翳し、くまゆるとくまきゅうを召喚する。
「くまゆるちゃん、くまきゅうちゃんです」
先日も会ったけど、ノアは嬉しそうにくまゆるとくまきゅうに抱きつく。
そんなくまゆるとくまきゅうに確認だ。
「くまゆる、くまきゅう。幽霊は大丈夫?」
「「くぅ〜ん」」
くまゆるとくまきゅうは、悲しそうに鳴きながら首を横に振る。
「もしかして、怖いの?」
「「くぅ〜ん」」
ちょっと、悲しい顔をする。
「クマなのに?」
「「くぅ〜ん」」
クマは関係ないって顔をする。
「飼い主に似ると言いますが、本当ですね。でも、もしものときは、わたしが守ってあげますから、大丈夫ですよ」
そう言いながら、くまゆるとくまきゅうに抱きつく。
「いや、守るのはわたしたちだから」
とりあえず、くまゆるとくまきゅうには、何かあった場合はすぐにわたしたちを連れて逃げるように頼んでおく。
わたしたちは中庭を通り、立派な玄関までやってくる。そして鍵を差し込み回す。鍵はガチャと音をたてて外れる。わたしはゆっくりとドアを開ける。
放置されていたってことだったけど、中は思っていたよりも綺麗だ。
そして、一応確認のため、探知スキルを使ってみる。
幽霊は魔物かもしれない。
だけど、魔物はもちろん、人の反応もない。
人が隠れて、風魔法を使って驚かせている線も消える。
「それで、どこに幽霊さんはいるんですか?」
そういえば、お屋敷にいるとは聞いたけど、どの部屋に現れるか聞いていなかった。部屋とは関係なく、現れるのかな。
「分からないから、とりあえず適当に歩こうか」
「はい!」
どうして、そんなに楽しそうに返事をするかな。
「あと、勝手に離れちゃダメだからね。くまゆるとくまきゅうもノアが勝手にどこかに行こうとしたら、止めてね」
「「くぅ〜ん」」
「わたし、勝手にどこかに行ったりしません」
でも、子供って、興味があるものを見つけると、ふらふらと行ってしまう習性がある。
「あれは、なんでしょうか」
言っているそばから、ノアは駆け出していく。
ノアを追いかけると壁に絵が飾られている。太っている男性の絵だ。
何だろう。殴りたい衝動にかられてくる。
「この人、わたしの家で何度か見たことがあります」
まあ、これだけの大きなお屋敷だ。クリフと関わりがあってもおかしくはない。
「でも、最近、見なくなりました」
この人の幽霊じゃないよね。
わたしの病弱な美少女設定が崩れていく。
いや、まだわからない。この人の娘が可愛い女の子かもしれない。
トンビが鷹を生んだ可能性もある。
それから、ノアと一緒に部屋の確認するが、幽霊らしきものは現れない。
「もしかして、クマが怖いから出てこないのかな?」
「「くぅ〜ん」」
くまゆるとくまきゅうは、自分たちのおかげ?って感じで嬉しそうにする。
「それじゃ、くまゆるちゃんとくまきゅうちゃんを消せば、出てくるかもしれませんね」
「「くぅ〜ん」」
くまゆるとくまきゅうが悲しそうに鳴く。
「消さないよ。このまま幽霊がいなければ、いないことを報告すればいいだけだからね」
ちゃんとお屋敷を調べたが、幽霊は現れなかったと報告をすれば、わたしの仕事は終わりだ。
その事実さえあれば、文句を言われる筋合いはないはずだ。
「それに、ノアの安全を考えたら、くまゆるとくまきゅうを消すのは却下だよ。くまゆるとくまきゅうを消すなら、ノアには帰ってもらうよ」
「うぅ、分かりました」
ノアは素直に頷く。1階を確認したわたしたちは2階に上がり、探索の続きをする。
「でも、本当にいませんね。夜に来たほうがいいんですかね。幽霊は夜に現れるって聞きますから」
「夜になんて、絶対にこないよ」
「でも」
「他の人は昼間に現れているっていうんだから、昼間でも問題はないよ」
どこかの洋館みたいに大きなお屋敷ではないが、夜には来たくはない。ゾンビが出るかもしれない。夜に幽霊が出る場所に行くなんて、罰ゲームだ。
「くまゆるちゃん、この部屋に入りましょう」
ノアがくまゆると一緒に部屋に入っていく。わたしもくまきゅうと一緒についていき、部屋の中に入る。
『ワタシノコエガキコエル』
うん?
何か聞こえたような。
『オネガイ、タスケテ』
また、何か聞こえたような。
「ノア、何か、聞こえる?」
「……? 何も聞こえないですが、……もしかして、何か聞こえたんですか!?」
「ううん、聞こえていないよ」
首を横に振って、否定する。
きっと、気のせいだ。
うん、聞こえていない。
自分に言い聞かせる。
『ワタシノコエガキコエル?』
「聞こえないよ」
間違って、返事をしてしまった。
『キコエルノ?』
まずい。
「ノア、何もないようだから、そろそろ帰ろうか」
わたしは聞こえる声の主ではなく、ノアに話しかけるように誤魔化す。
「まだ、全部の部屋を見てませんよ」
「これだけ、見たんだから、もう十分じゃない」
どこにも姿は見えない。
声だけが聞こえてくる。
わたしは、もう一度、探知スキルを使ってみる。もしかすると、わたしたちがお屋敷を探索しているときに、入ってきた可能性もある。
だけど、お屋敷にはわたしたちの反応しかない。
「ユナさん、カーテンが揺れています!」
ノアが指さす方向を見ると、カーテンが揺れている。窓は開いていないはずだ。
「もしかして、幽霊ですか?」
探知スキルに反応しないのに、声が聞こえ、窓は開いていないのにカーテンが揺れている。
本当に幽霊?
そのカーテンを見ていると、なにかが光っている。
「光?」
もしかして、人魂?
「ユナさん、光って何ですか」
「ノアには見えないの? あの光が」
カーテンの近くに青白い光がゆらゆらと浮かんでいる。
魔法で作り上げた光とは違う。
作り出せるかもしれないが、今は考えている場合ではない。
「ノア、部屋から出るよ!」
「はい」
わたしの表情を見たノアは、尋ねることもせずに即答する。
わたしたちは部屋から出ようとすると、ドアが勝手に閉まる。
光がドアの前に移動していた。
『まって、いかないで。わたしのはなしをきいて』
まずい、これは壁や窓を魔法を使って壊してでも、逃げたほうがいいかもしれない。
文句を言われたら後で弁償をすればいい。
今は、このお屋敷から逃げ出し、安全確保が優先だ。
わたしが魔法を使おうとしたとき、光が強くなり、人魂は人の形に変わっていく。
そこには、この世界に来て、初めて見る妖精がいた。
ノアは強い子。
怖いもの知らずなだけかもしれませんね。
そんなわけで、妖精でした。
※誤字を報告をしてくださっている皆様、いつも、ありがとうございます。
一部の漢字の修正については、書籍に合わせていただいていますので、修正していないところがありますが、ご了承ください。