665 クマさん、新たな依頼を受ける
王都から帰ってきたわたしはのんびりと過ごす。
こうやって、のんびりと過ごせるのも国王やクリフのおかげなのかもしれない。
このまま何もせずに、のんびりと過ごしたいところだけど、いつまでも怠けているわけにはいかない。
フィナに「今日も、出かけないんですか」とか言われ、その返答に「明日は出かけるよ」と言ってしまった手前、わたしは冒険者ギルドに顔を出すことにした。
何か、面白い依頼があれば受けてもいいかもしれない。
冒険者ギルドに入ると、いつも通りに賑わっている。
「ルリーナさん、ギルさん。その依頼が終わったら、本当に引き受けてくださいよ」
「えっと、考えておくわ」
「それって、考えるけど、引き受けないってことですよね」
受付嬢のヘレンさんがルリーナさんとギルに問い詰めている。でも、ルリーナさんはギルの前に立ち、ギルが変なことを言い出さないようにしているようにも見える。
王都では久しぶりにデボラネとランズを見たけど、こっちではルリーナさんとギルが一緒に仕事をしているみたいだ。
「依頼は成功したときのみにしますので、失敗してもギルドカードには記録しませんから、お願いしますよ」
「その話は戻ってきてからにしましょう。それじゃ、依頼に行ってくるわ。ギル、行きましょう」
「ルリーナさん!」
ヘレンさんが叫んでいるが、ルリーナさんは聞こえないふりをして、ギルを引っ張って、出口にいるわたしのほうへやってくる。
「あら、ユナちゃんも仕事?」
「面白い依頼があればと思って」
「面白い依頼ね。……それなら、ちょうど良いものがあるわよ」
ルリーナさんは少し考えると、ニコッと微笑んでヘレンさんに向かって声をかける。
「ヘレンさん! さっきの話、ユナちゃんが聞いてくれるって」
「ルリーナさん?」
「それじゃ、わたしたちは仕事に行くから、あとはよろしくね」
ルリーナさんはギルを連れて、冒険者ギルドを出ていく。
ヘレンさんのほうを見ると、手招きしている。
行きたくないんだけど。でも、微笑みながら、わたしが来るのを待っている。
行くしかないみたいだ。
「ユナさん、久しぶりです。仕事ですね。今、ユナさんにぴったりの依頼がありますよ」
「今、ヘレンさんが思っている以外の依頼でお願い」
「ユナさん、酷い」
だって、ルリーナさんが逃げるように避けた依頼だ。わたしだって、そんな依頼は受けたくない。
「話だけでも聞いてくださいよ」
ヘレンさんはわたしのクマさんパペットを掴む。
「話だけだよ。受けるとは言っていないからね。もし話を聞いたら引き受けないといけないなら、聞かないよ」
ルリーナさんも断っていたぐらい。聞いたからといって、断れないってことはないと思う。
「それは、大丈夫です」
「約束したからね。それで、どうしたの?」
「ユナさんは幽霊って信じますか?」
真面目な顔で幽霊の存在を尋ねられる。
「幽霊? 確認だけど、幽霊って死んだ人の?」
「はい、そうです。その幽霊です」
この世界にも幽霊って概念があったんだ。
今までに、そんな話題を誰ともしたことがなかったので、知ることはなかった。
「見たことがないから、どちらかと言ったら否定的だけど。だからと言って、頭ごなしに否定はしないよ」
この世には科学で証明できない不思議なことはある。このわたしが異世界に来たのも科学では証明できないし、幽霊の存在以上に不思議なことだ。
「その幽霊がどうしたの? もしかして、出たとか?」
そもそも、この世界に幽霊っているの?
魔物など、不思議なことが起きる世界だ。幽霊がいてもおかしくはないけど。
「はい。出るんです。幽霊が」
いるの?
本当に?
幽霊?
「まさかだけど、依頼って幽霊討伐? いや、無理だよ。幽霊討伐なんて」
流石に、幽霊は専門外だ。
そもそも幽霊討伐なんてしたことがないし、幽霊って、武器での攻撃は効果はないよね。魔法は効くの?
わたしには聖なる力や聖女的な力は持ち合わせていない。わたしが持っているのはクマの力だけだ。
それに幽霊退治って、神官とか除霊師の仕事じゃないの?
「そんなことを言わずにお願いしますよ。確認だけでもいいので」
「確認だけ?」
「できれば、討伐も……」
ヘレンさんから本音が漏れる。
「ごめん。わたしには無理だから、他の人にあたって」
ルリーナさんが逃げるように出ていったのが分かる。
できれば、わたしも関わりたくない。
わたしが離れようとすると、ヘレンさんが手を伸ばして、わたしのクマの服を掴む。
「待ってください」
「いや、本当に幽霊討伐なんて無理だから。他の冒険者に頼んで」
「すでにいろいろな冒険者に頼んでいますが、実際に幽霊が出る噂を聞いているみたいで、避けられて」
「噂?」
「とあるお屋敷なんですが、持ち主は商業ギルドに売り、この数ヶ月放置されていました。それで、商業ギルドが売ろうと思い、お屋敷の中の清掃していたときのことです。どこからともなく、女の人の声で『タ、ス、ケ、テ〜』『わ、た、し、の、こ、え、を、き、い、て〜』って言ってくるそうです」
ヘレンさんは演技を入れながら、話してくれる。
「しかも、聞こえる人と聞こえない人がいるんですよ。聞こえる人はビビって、聞こえない人は、聞こえる人が騒ぐので、怖くなって」
他人には聞こえているのに、自分には聞こえなかったら、それはそれで怖いかも。
「でも、声だけじゃ、幽霊とは限らないじゃない?」
「もちろん、それだけじゃないです。ゆらゆらと揺れる光を見たり、窓が閉まっているのに、カーテンが揺れたり、棚の上に置いてある花瓶がカタカタと揺れたり」
「…………」
人魂にポルターガイスト。
本当に幽霊がいるの?
「ちなみに、冒険者で見た人はいるの?」
「はい。います」
「わたし、帰るね」
逃げることにする。
幽霊に取り憑かれでもしたら困る。なにより夜に1人でトイレに行けなくなる。トイレに行くのに、くまゆるとくまきゅうが必須になってしまう。それは大人の女性として避けたい。
「待ってください」
また、ヘレンさんはわたしの服を掴んで、逃がさないようにする。
「その幽霊って、誰かのイタズラなんじゃない。光魔法を使ったり、光の魔石を使ったりして」
「誰がですか?」
「そのお屋敷を誰かに譲りたくなくて、驚かせて、追い出しているとか?」
どこかの漫画や小説で見たようなことを言ってみる。
「どんな理由でですか」
「あと、お屋敷の価値を下げるためとか?」
幽霊屋敷なら、売れなくて、価格が下がる可能性もある。それを狙って、幽霊騒ぎを起こしている可能性もある。
「でも、幽霊の声が聞こえる人と聞こえない人がいるんですよ」
確かにそうだけど、ここは異世界だ。方法はある。
「う〜ん。風魔法を使うとか」
「風魔法ですか」
声、音は振動で伝わる。それを風魔法で上手に使えば、遠くまで運ぶこともできるし、範囲を制限もできるはずだ。
「なんだ。面白い話をしているな」
「ギルマス?」
わたしたちが話をしているとヘレンさんの後ろからギルドマスターが現れる。
「それで、風魔法でそんなことができるのか?」
わたしは風魔法について説明をする。
「確かにできるかもしれないが、細かい作業で難しいと思うぞ」
まあ、普通に風魔法を使うだけではダメだと思う。
わたしは試しにギルマスとヘレンさんにやってみせる。
「これで、ギルマスには聞こえないと思うよ」
「こんなに近くにいるのにですか」
近くと言っても近距離ではない。2mほど離れている。だからと言っても、声は十分に聞こえる距離だ。
わたしとヘレンさんの距離も2mだ。
わたしたちは適当に会話をしてみることにする。
「ギルマスって仕事しているの?」
「していますよ」
「そもそも、幽霊討伐はギルマスに頼めば」
「それがダメなんです。ギルマス、幽霊が怖いんです」
わたしは巨体のギルマスを見る。
「こんな図体で?」
「はい、こんな図体で」
わたしとヘレンさんは再度、ギルマスを見る。
「ちょっと待て、さっきから2人でなにを話しているんだ」
ギルマスには、わたしたちの会話は聞こえていなかったみたいだ。
わたしは風魔法を解く。
「ギルマス、本当に聞こえていなかったんですか」
「お前たちが俺を見て、会話をしていることはわかったが、声は聞こえなかった」
「凄いです。それじゃ、幽霊の件も誰かが風魔法を使って」
「そうだな。風魔法で、カーテンを揺らすこともできる」
わたしが示した可能性の一つに2人も納得したみたいだ。
「そういうわけだから、大丈夫でしょう。わたしは帰るね」
真偽のことは他の冒険者に任せればいい。
「ちょっと、待ってください。今のはユナさんの想像であり、まだわからないんですよね」
ヘレンさんの言うとおりに、風魔法を使えば可能であって、幽霊がいない証明にはなっていない。幽霊だって、本当はいる可能性もある。
「それじゃ、ユナさんが確認してきてください」
何度も言うが、風魔法は可能性のひとつだ。想像の域だ。幽霊がいない証明にはなっていない。
もし、本当に幽霊がいたら嫌だ。
ちなみに、わたしはホラーは嫌いだ。
わたしには好んでホラー映画を見て、怖いと言いながら楽しむ人の気持ちがわからない。
カップルとかで見るなら、百歩譲って、何となく分かる。でも、1人で見る気持ちだけはわからない。
見たら、絶対に深夜に1人でトイレに行けなくなる。
どうやって、断ろうとかと考えていると、ギルマスとヘレンさんが追い討ちをかけてくる。
「お前さんほどの、魔法使いなら、相手が魔法を使っているか分かるだろう」
「相手が魔法を使っているかどうかだけの確認でもいいです。お願いします」
ヘレンさんは手を合わせて頼んでくる。
「えっと、そろそろ帰らないと」
わたしは逃げる。
「お願いします」
でも、ヘレンさんが逃してくれない。
「か弱い女の子に頼む依頼じゃ」
再度、言葉を放って逃げる。
「か弱い女の子はゴブリンキングやブラックバイパーを1人で倒したりしません」
ヘレンさんから言葉を放たれて、逃げ道を塞がれる。
「それとこれとは」
「確認だけでいいので」
ヘレンさんはジッと見つめてくる。
「分かった。行くだけ行くけど。本当に幽霊がいたら、逃げるからね」
「ありがとうございます」
わたしの言葉にヘレンさんとギルマスは嬉しそうにする。
本当に誰も引き受けてくれなかったんだね。
ユナが仕事を探しに冒険者ギルドに行くと、ヘレンさんより幽霊討伐を頼まれます。
そんなところから、ユナの新しい物語が始まりますので、またお付き合いしていただければと思います。
【お知らせ】
11/5にコミカライズ7巻が発売しました。
こちらもよろしくお願いします。
※誤字を報告をしてくださっている皆様、いつも、ありがとうございます。
一部の漢字の修正については、書籍に合わせていただいていますので、修正していないところがありますが、ご了承ください。