658 クマさん、解体イベントを見る その3
「選ぶにしても、どのような魔物を解体するかによって、人選が変わってくるかと思います」
確かに、わたしやフィナのような虫系の魔物を苦手にする人をメンバーに入れたら、足手まといだ。
「なので、四回戦に解体をする魔物を見てから、選んでいただきます」
進行役の男性がそう言うと5人の係員が出てくる。
5人の係員は、お互いに距離を取る。そして、持っている袋に手をいれると、巨大な魔物、ワイバーンが出てきた。
ワイバーンが出てくると会場がざわめく。
「大きい鳥さん」
「いや、鳥さんって、可愛いものじゃないでしょう」
わたしはシュリの言葉にツッコミをいれる。
「四回戦はワイバーンの解体を3人でしていただきます」
確かにワイバーンを1人で解体するのは無理だ。
ワイバーンの大きさは、立ち上がれば二階建ての家の大きさはある。一般人が襲われたら、間違いなく死ぬ。クマ装備がなければ、わたしだって殺されると思う。
頭が切り落とされて別々になっているところ見ると、このワイバーンも王都のときに眠っていた、わたしが倒したワイバーンみたいだ。
「それでは、四回戦に残った5名には、このワイバーンを共に解体する2人を選んでいただきます」
「でも、手伝う2人ってどうやって選ぶの? 選ぶ順番によって不公平が出ると思うんだけど」
1位の人が優秀な2人を選べば、5位の人は実力が劣る者を選ぶしかなくなる。そうなれば、1位の人が断然に有利になる。
くじ引きの可能性もあるけど、それだと運に左右されてしまう。
「そのあたりは、一応、公平になるようにしているから大丈夫よ。ほら、選ぶ方法の説明がされるわよ」
エレローラさんの言う通りに毎年やっているためか、その辺りのことはしっかりしていた。
一回戦から三回戦までの総合点が高い者から1人目を選んでいく。5位の人が不利になるが、2人目は5位だった者から選んでいくことになるらしい。
つまり、10人の中から2人選ぶ場合は、1位は1番の実力者と最下位の実力を持った者を。5位は5番と6番の実力を持った2人となる。
「ちゃんとしたルールなんだね。これなら、ある程度は均等になるね」
「ふふ、それだけじゃないわよ。知り合いや自分がよく知っている人物を選ぶ可能性もあるから、人によっては相乗効果もあるわよ」
ああ、なるほど、冒険者仲間、ギルド職員仲間、顔見知りのほうが指示を出しやすい。
実力があっても、仲が悪ければ、指示に従いたくないだろうし、連携を取るのが難しくなる。
ゲームでも野良で知らない人とパーティーを組むより、何度もパーティーを組んできた人のほうが効率がいいに決まっている。
でも、レベル1より、レベル100のほうが戦力になるのは間違いないので、その匙加減だと思う。
「なんにしても、1人目を自由に選ぶことができる上位者は有利ね」
まあ、くじ引きなどの運要素がないだけ、いいかと思う。
「それでは総合点の1位から、選んでいただきましょう」
名前が呼ばれ、1人目を指名する。そして、2位、3位、4位、5位だった者が選ぶ。一巡すると、今度は5位だった者から2人目を選んでいく。
そして、全員が選び終わり、簡単なルール説明が行われる。
補佐をする者は指示以外のことはしてはいけない。指示待ちは嫌われるが、これはあくまで4回戦まで残った5人の戦いだ。その者たちのリーダーシップが確かめられる。
誰がどの仕事を終えたか、随時把握しないといけない。
「つまり、目の前のことに集中して、周りが見えなくなるのはダメってことだね」
「わたし、目の前のことに集中して解体するから、指示を出しながら解体なんてダメかも」
ルールを聞いたフィナが呟く。
「そんなことはないと思うよ。フィナはいつも、周りに気を使っている優しい子だから、ちゃんとできると思うよ」
「……ユナお姉ちゃん」
「ただ、周りが見えていても、人に指示を出すのは苦手そうだけど」
「うぅ」
フィナは人に頼むのでなく、自分でなんでもかんでもやってしまうような性格をしている。ティルミナさんの病気のときもそうだったし、人に頼るのは苦手なのかもしれない。
そのことは本人も自覚しているのか、反論してこない。
「それに引き換え、ユナちゃんはなんでもかんでも人に頼むわね」
ティルミナさんが、少し嫌味っぽく言う。
面倒ごとは他人任せが一番だ。
それに適材適所って言葉もある。他にできる人がいるなら、任せて楽をしたほうがいい。
わたしが何でも全てやったら、みんなの仕事がなくなってしまう。わたしは怠ける担当だ。
「ふふ、ユナちゃんとフィナの性格を足して、二つに割るとちょうどいいかもね」
ティルミナさんがわたしとフィナを見ながら、笑う。
それには同意だけど、中途半端な性格になりそうだ。
そして、会場には選ばれた2人を加えた15人が、ワイバーンの前に立つ。
「それでは、準備はいいでしょうか」
みんなが息を飲む。
「それでは始めてください!」
5組が一斉にワイバーンの解体を始める。
四回戦まで残った人たちは、誰もが実力者。
5人のリーダーたちは仲間たちに指示を出していく。
ワイバーンの頭、翼、爪などが手分けして解体されていく。解体の仕方が分かっていないとできないことだ。敗退した者たちでも、5人に選ばれた者たちだ。
そんな猛者たちによって、次々とワイバーンが解体されていく。
フィナはそんなワイバーンが解体されていく姿を見つめている。
「ワイバーンは怖くない?」
「顔は怖いけど。大丈夫」
「それじゃ、今度、ワイバーンの解体をしてみる?」
「えっ?」
わたしの言葉にフィナは驚いた表情で、わたしのことを見る。
「わたし、ワイバーンを持っているから、フィナがしたいならお願いするよ」
「ユナちゃん、簡単に言うわね。ワイバーンなんて、滅多に遭遇することもないし、普通は簡単に討伐することもできないわよ」
わたしの言葉を聞いていたティルミナさんが呆れるように言う。
魔物一万匹の時や、タールグイの島のときにワイバーンを倒した。
ちなみに、サーニャさんには全ては渡していない。もしものときのためにクマボックスに何体か残っている。
「でも、わたし、ワイバーンなんて解体したことはないし……」
「だから、見て勉強しているんでしょう? それにゲンツさんなら、教えてくれるよ」
「あの人、ワイバーンなんて、解体したことがあるのかしら?」
もしかして、ティルミナさんから見たゲンツさんの評価って低い?
「ブラックバイパーもできたし、できるんじゃない?」
「それは普通のバイパーと構造が一緒だからよ。ただ、皮などの硬さは違うと思うけど」
そういえば、フィナにタイガーウルフの解体を頼んだとき、ウルフと構造が同じだからできるって言っていた。それと同じことかな?
「それじゃ、ゲンツさんがワイバーンの解体ができるようだったら、教えてもらえばいいよ」
「うん」
実はフィナはワイバーンの解体をやってみたかったのかもしれない。
「でも、ワイバーンを初めて見たけど、本当に大きいわね。こんな魔物と戦って、倒したユナちゃんが信じられないわ。どこで遭遇したの?」
「それは、ちょっと。……だけど、ティルミナさん。ワイバーンを見るのは初めてなんだ」
わたしはお茶を濁し、話を変える。
魔物一万のことは話していないし、海のときのことも話していない。
「さっきも言ったけど冒険者でも、ワイバーンを見る機会なんて、本当にないのよ。見たとしても、遠くで飛んでいるところぐらい。近くで見ることがあれば、生きていないわよ」
つまり近くで遭遇したら、殺されるってことだ。
無事に話題を逸らすことができたと思っていると、シアのなにげない一言で無駄となる。
「でも、前にもワイバーンを見たけど、やっぱり大きいよね」
「前にも見た?」
シアの言葉にエレローラさんが反応する。
シアはすぐにまずいと思ったのか、口を閉じる。
タールグイに現れたワイバーンをわたしが倒した。その倒れているワイバーンをシアとシュリ、フィナの三人は見ている。
シアは不味いと思ったのか、エレローラさんから視線を外す。
「シアちゃん、どこでワイバーンを見たのかしら?」
おかしい。エレローラさんの目が笑っているのに、笑っていないように見える。
「と、遠くから見たんだよ」
「あら、いつの話かしら? 王都の上空で見たなら、騒ぎになるわよね」
シアの目が泳ぎ、最後は助けを求めるようにわたしを見る。
「ユナさん〜〜〜」
シアが、わたしの名前を言いながら助けを求めれば、わたしが関わっていることは一目瞭然だ。
もう、隠すこともできなかったので、わたしは従業員旅行で海に行ったときのことを話す。
もちろん、タールグイのことは伏せ、島を探索していたらワイバーンに遭遇したことを説明する。
「はぁ、あのときにそんなことが起きていたのね」
話を聞いたティルミナさんは、すぐにあのときのことだと理解してくれる。
「ごめん。心配をかけたくなかったから」
「昨日の蜘蛛の話も驚いたのに、海に行ったときにワイバーンまで倒していたとはね」
「でも、そんなことがあったのに、2人は黙っていたのね」
「シアもね」
ティルミナさんはフィナとシュリを見て、エレローラさんはシアを見る。
「3人は悪くないよ。みんな楽しそうに遊んでいるのに、ワイバーンがいたと知ったら、楽しく遊べなくなると思って、わたしが黙っておいてと3人にお願いしたんだよ」
「怒っていないわよ。ユナちゃんの優しさは分かっているわ。あのときに、ワイバーンがいたと知れば、怖がって楽しく遊べなかったことも」
「だから、シアにも黙っておいてって、お願いしただけだから、怒らないであげて」
シアが怒られるのは可哀想なので、擁護しておく。
「それにワイバーンはわたしが倒したから、安全だと確認が取れたんだよ」
「あの旅行はシアもノアも楽しかったと聞いているわ。話を聞けば、ユナちゃんなりの思いやりだったこともね」
「そうね。もしワイバーンがいたと聞いていたら、楽しめなかったかもしれないわね」
わたしの説明にエレローラさんとティルミナさんも納得してくれる。
「それに、ユナちゃんが黙っているってことは、必要なことだと思っているから」
「ティルミナさん、ありがとう」
そう言ってもらえると嬉しいものだ。
「ティルミナさんは、ユナちゃんのことを信用しているんですね」
「えっと、はい。わたしたちは何度もユナちゃんに助けられていますから」
「そうね。わたしもユナちゃんには助けられているわね」
2人が温かい目でわたしのことを見る。
そんな目で見るのはやめてほしい。
四回戦です。
シアの一言で、海のときのことがばれました。
※誤字を報告をしてくださっている皆様、いつも、ありがとうございます。
一部の漢字の修正については、書籍に合わせていただいていますので、修正していないところがありますが、ご了承ください。