654 クマさん、家族の絆を感じる
しばらくすると囲まれていたフィナは解放され、サーニャさんと一緒に戻ってくる。
「フィナ、おかえり」
「サーニャさんも、お疲れさま」
ティルミナさんとわたしが声をかける。二人は少し疲れた表情をしている。
「やっと、終わったわ。でも、フィナちゃんのおかげで盛り上がったわ。本当にありがとうね。フィナちゃん」
「いえ、別に、わたしは大したことは」
「謙遜は素晴らしいけど、度が過ぎれば自分を低く見せることになるわ。フィナちゃんは凄いことをしたのだから、誇っていいわよ。まあ、威張るフィナちゃんは、フィナちゃんらしくないけど」
それにはサーニャさんに同意だ。
解体ができることを威張るフィナにはなってほしくないし、フィナには今のままでいてほしいものだ。
「だけど、フィナちゃんのおかげで盛り上がったのは本当よ。参加した人たちや、観客席にいた人たちの目が、いつもと違ったわ。なんというか、やる気に満ちていたわ。みんな、フィナちゃんに刺激を受けたんだと思うわ」
サーニャさんに褒められて恥ずかしそうにするフィナ。
「フィナちゃん、できたら来年も参加してくれる?」
「その、まだ来年のことは……」
「ふふ、時間はまだあるから、ゆっくり考えて。お願い」
「……はい」
サーニャさんは無理強いはせず、フィナは小さく返事をした。
来年のことは来年にならないと分からない。
違うことに興味を持つかもしれない。解体だけに縛られることはない。病気だった母親のティルミナさんも今は元気になって働いているし、新しい父親のゲンツさんもいる。フィナが無理して魔物の解体の仕事をすることもない。
未来は自由に決められる。
「でも、フィナちゃんぐらいの年齢で、こんなにしっかりした子は、そうそういないわね。これは、クリフに手紙を出して、ノアの教育をしないとダメね」
エレローラさんが、子供の教育に目覚めたみたいだ。
ノア、ご愁傷様。
まあ、それはさておき、わたしたちは仕事が残っているサーニャさんと別れ、エレローラさんが用意してくれた馬車に乗って、クマハウスまで戻ってくる。
「それじゃ、お疲れさま会は、後日しましょうね」
馬車から降りるわたしたちに向かって、エレローラさんが言う。
エレローラさんがフィナの4回戦まで残ったお祝いをしようと話をしてくれたが、フィナが大袈裟にしたくないからと断った。でも、フィナ以外の全員が祝いたい気持ちはあった。
でも、フィナの気持ちも分かるので、お疲れさま会という名のお祝いを後日することになった。
エレローラさんとシアを乗せた馬車を見送り、私たちはクマハウスの中に入る。
「ただいま」
「ただいま」
フィナとシュリがクマハウスに入ると、そんなことを言うので、一緒に帰ってきたわたしは「お帰り」と返事をしてあげる。そんなわたしを見て、後ろにいたティルミナさんが笑う。
「ふふ、ユナちゃんもお帰り」
「……ただいま」
少し恥ずかしい。
居間にやってくると、シュリはソファーにダイブする。そして、なにかを思い出したようにフィナのほうを見る。
「そうだ。お姉ちゃん、もらった解体道具、見せて!」
シュリも解体道具に興味があるお年頃なのかフィナに頼む。そんなお年頃なんてないと思うけど。
「うん、いいよ」
フィナはアイテム袋から、敢闘賞でもらった解体道具が入った木箱をテーブルの上に出す。
少し重そうだ。
「早く、見せて、見せて」
「待って、開けるから」
わたしもティルミナさんもテーブルの前に集まる。
フィナは木箱の蓋を開ける。
「どこかで見たことがあるわね」
ティルミナさんが解体道具を見て、小さく首を傾げる。
わたしには分からない。
解体道具なんて、みんな似たり寄ったりじゃないかな?
もちろん、良し悪しはあると思うけど。
「ああ、お姉ちゃんが、使っている解体道具と同じだ!」
シュリが声をあげる。
フィナの解体道具を詳しく見たことがないので、覚えていない。でも、一緒に解体をしたり、使ったりしているシュリが言うなら間違いないかもしれない。
フィナがゆっくりと解体道具の一つを手にする。
「本当だ」
「そうなの?」
「うん、たぶん同じ」
フィナはアイテム袋から、自分の解体道具を出すと、比べる。
片方は使い込まれていて、年季が入っているが、同じ物に見える。
「そういえば、フィナが使っている解体道具は……」
「……うん、亡くなったお父さんが持っていて」
先日、ガザルさんが解体道具をメンテナンスしてくれたときに、聞いた。
「ティルミナさん、どういうこと? どうして、同じものが?」
もしかして、同じものが購入できるとか?
「フィナがロイの解体道具を使っていたことは知っていたけど……」
ティルミナさんは少し考えると、声を上げる。
「ああ、思い出したわ。王都に仕事に来たときに、自慢げに解体道具を見せられたことがあったわ」
「もしかして、若いころフィナのお父さんもこのイベントに参加していた? そして、フィナと同じように敢闘賞を貰った?」
「お父さんが……」
「ティルミナさん、覚えていないの?」
「う〜ん、当時、解体はロイとゲンツに任せていたし、わたしは解体はできなかったのよね」
もしかして、ティルミナさんって、若いときは魔性の女だった?
一瞬、亡くなった旦那さんとゲンツさんを、いいように扱う姿が思い浮かんでしまった。
「そういえば、あのときに、なにかに誘われた記憶があるけど。今、思い出すと、魔物の解体だったような。でも、わたしは魔物の解体に興味がなくて、一人でショッピングしていた記憶が微かにあるわ」
「ティルミナさん……」
「仕方ないでしょう。解体なんて興味なかったんだから」
まあ、もしもデートに魔物解体のイベントに誘ってもアウトだろう。参加するから見にきてくれと言われても、難しいかもしれない。
元の世界で、豚の解体のイベントに出るから、見にきてくれと言われても、わたしなら断る。
まあ、それ以前に、誘われるような相手はいないけど。
「お父さんが、わたしと同じイベントに参加して、同じ物を」
フィナはなんとも言えない目で解体道具を見ている。
複雑な気持ちなのかもしれない。誘われた解体のイベントに参加したら、過去に亡くなった父親が参加していたかもしれないんだから。
「でもゲンツさん、何も言っていなかったと思うけど」
「う〜ん。あの人のことだから、忘れていたのかしら? それとも、黙っていたのかもしれないわね」
わたしは忘れていた方に一票。
「お姉ちゃん。解体道具、二つもいいな」
シュリが羨ましそうに二つの解体道具を見ている。
基本となる解体用のナイフは持っているが、特殊な解体道具はシュリは持っていない。
フィナはテーブルの上に並べられた二つの解体道具を見る。
そして、何かを決心する。
「それじゃ、これはシュリにあげるね」
今日、自分が頑張って手に入れた解体道具をシュリの前に動かす。
「えっ、いいの!?」
シュリは嬉しそうにして、手を伸ばそうとするが、引っ込める。
「でも……この解体道具、お姉ちゃんが頑張って……」
シュリは欲しいけど、お姉ちゃんが一生懸命に手に入れた物だと幼くても分かっている。
「わたしには、お父さんの解体道具があるから。だからシュリには、わたしの解体道具を使ってほしい」
「フィナ、本当にいいの? 頑張って、貰った物でしょう」
記念品でもある。簡単に手に入る物ではない。
「わたし、悪い子だから。お父さんが使っていた解体道具をシュリに譲ってあげることができないと思う。シュリにはお父さんの思い出、何もないのに」
「……フィナ」
フィナだって、ほとんど父親のことを覚えていないと思う。もしかすると、抱かれた温もりを覚えているのかもしれない。でも、シュリはそれさえも知らない。
「だからシュリ、ごめんね」
フィナは申し訳なさそうな表情をする。
「お姉ちゃん。なんで謝るの?」
「我が儘な、お姉ちゃんだから」
「お姉ちゃん、わがままじゃないよ。やさしいよ。お腹を空かせたとき、いつも、自分の分の食べ物を分けてくれたもん」
「……シュリ」
なんとも言えない、姉妹愛だ。
ティルミナさんも、なんとも言えない表情でフィナとシュリを見ている。
誰もいなかったら、泣いていたかもしれない。
「ありがとう、シュリ。この解体道具はシュリに使ってほしいから、貰ってくれる?」
シュリはフィナの顔を見てから、ティルミナさんとわたしの顔を確認するように見る。
わたしとティルミナさんは小さく頷く。
フィナの気持ちを否定はできない。
「シュリ、大切に使ってね」
「うん! 大切にする!」
亡くなった父親の解体道具は娘へ。
姉の解体道具は妹へ。
そこに亡くなったフィナの父親の解体を1番近くで見てきたゲンツさんが入り、それをフィナが引き継いでいる。
見えない糸で家族の絆が繋がっている。
そういえばガザルさんがフィナの解体道具を見て驚いたけど。もしかすると、イベントの賞品だということを知っていたのかもしれない。
教えてくれればよかったのに。
気を使ったのかな。
そして、ティルミナさんが料理を作っている間に、フィナは疲れを取るため、先にシュリとお風呂に入ってもらう。
「子供って知らないところで成長していくものなのね。泣きそうになったわ」
やっぱり、泣きそうだったんだ。
「ロイにもフィナとシュリの成長を見てほしかったわ」
「生きていたら、もっと子供っぽかったかもしれないよ」
フィナは家族を支えるために頑張ってきたので、少し大人びているところがある。
父親が生きていたら、甘えた子供になっていたかもしれない。
「そうしたら、わたしとフィナが出会うこともなかったかもしれないね」
わたしとフィナの繋がりは解体だ。それがなければ、今の関係はなかったと思う。
「そうね。人と人の繋がりは、ちょっとしたことで繋がり、少しズレれば、繋がらないこともあるわ。そう考えると、人の繋がりは不思議なものね」
本当にそうだ。
どの道を進むかによって、人の人生が大きく変わることがある。ただ、どの道が良い道なのか、悪い道なのかは、進んでみないと誰にも分からない。
「まさか、孤児院やお店のお手伝いをすることになるとは思わなかったし、領主様と知り合いになるとは思わなかったわ。そして、何よりも、こんな可愛らしいクマさんと知り合うことになるとは、昔では考えもしなかったわ」
ティルミナさんは、わたしを見て微笑む。
誰一人、クマの着ぐるみを着た人物と、知り合いになると思っていた人はいないと思うよ。
「ユナちゃん、ほんとうにありがとうね。ふふ、あらためて言うと恥ずかしいわね」
「言われるほうも恥ずかしいよ」
お互いに顔が赤くなっているかもしれない。
「お風呂、きもち、よかった」
「お母さん、ユナ姉ちゃんどうしたの?」
お風呂から出てきた、フィナとシュリがやってくる。
「なんでもないわよ」
「うん、なんでもないよ」
わたしとティルミナさんは、誤魔化すように笑う。
フィナたちとの出会いの道は、良い道だったと思う。
フィナには幸せになってほしいものです。
※誤字を報告をしてくださっている皆様、いつも、ありがとうございます。
一部の漢字の修正については、書籍に合わせていただいていますので、修正していないところがありますが、ご了承ください。