652 クマさん、決勝戦を見学する
わたしがデボラネと話をしている間に、すでに決勝が始まっていた。
「全員、それぞれが得意とする魔物から解体に取りかかる! ウルフと一角ウサギに分かれた感じだ」
進行役の男性の言うとおりにウルフと一角ウサギに分かれた。誰一人、蜘蛛を解体する者はいない。
「ギルドマスター、この判断はどうですか?」
「まあ、妥当な判断ね。ウルフや一角ウサギは基本となる魔物。ここまで残ったメンバーなら、誤差はそんなにないでしょうからね」
「もし、フィナちゃんなら、どの魔物から解体をしましたか?」
進行役の男性はサーニャさんの隣にいるフィナに尋ねる。サーニャさんは自然にマイクをフィナの前に向ける。
「えっと、ウルフの解体が一番得意だから、ウルフからだと思います」
マイクを向けられたフィナは恥ずかしそうに、小さい声で答える。
「ありがとうございました。それでは、会場を見ていきましょう。ギルドマスターの言うとおりに差はほとんどありませんが、この二人は別格か。デッド君とガルド君の二人は速い。一回戦から一位を争ってきた二人。決勝でも、この二人の勝負になりそうだ!」
このままいけば、この二人のどちらかが優勝しそうだが、一回戦から四回戦までを見れば、デッド君のほうが優勝するだろう。でも、それは分からない。ガルド君が急成長するかもしれないし、デッド君がミスをするかもしれない。それにシークレットの蜘蛛の解体によっては、どうなるか誰も分からない。
もし、デッド君が蜘蛛の解体が苦手ならひっくり返る可能性もある。
「他の選手も負けずに解体をしていく。唯一決勝進出した女性であるエリザちゃんに頑張ってほしいところだ」
エリザさんは一生懸命に解体をするが、周りより一歩遅い感じだ。
手際が悪いとか、下手とかでなく、徐々に離されていく感じだ。1分では分からない程度の誤差。でも5分、10分と経つと、その誤差が大きくなり、トータルで差が出てくる。
フィナのときにも感じたが、目に見えない僅かな差だ。
それが力による差なのか、体格の差なのか、技術の差なのかは分からない。
「順調にデッド君が一体目の解体を終え、そのまま二体目の一角ウサギの解体に入る。そして、少し遅れる感じでガルド君もデッド君を追うように一角ウサギの解体に入る! この二人の解体の順序はどうなんでしょう。ギルドマスター」
「まあ、二人は全部解体するつもりだから、解体する順番は関係ないんでしょうね」
3番の人が終わらせた時点で終了だっけ?
そうなら、優勝候補の二人なら全部終わらせるつもりなら、考える時間よりも、目の前の解体を終わらせたほうがいい。
「ただ、ガルド君の場合は追いかけるプレッシャーをかけるために、デッド君と同じ魔物を解体していくでしょうね」
「そうなると、心理戦ですね」
「それに、お互いの実力が分かっていない蜘蛛は最後になるでしょうね」
なるほど、確かに逃げるほうがプレッシャーがかかる。追いかけるほうは、獲物が油断したときに仕留めればいい。
鬼ごっこでも、足の速さが同じなら、逃げるより、追いかけるほうが楽だ。
二人が一角ウサギの解体を始めてしばらくすると、他の参加者たちも遅れて、二体目の解体に入る。
やっぱり、エリザさんが若干遅れている。この中では一番実力が劣るのかもしれない。
そして、決勝もついに終盤に入り、デッド君が4体目の解体のスコルピオンを終える。
「デッド君、一番初めに最後の蜘蛛の解体に入る! やはり、優勝はデッド君か!」
2番手のガルド君も頑張っているが、遅れている。トータルで、少し引き離されたみたいだ。
「だが、デッド君。手の動きが鈍くなったぞ。蜘蛛は苦手か!」
確かに、他の魔物を解体をしていた時のような動きにキレがない。
「討伐はしたことがあっても、ウルフや一角ウサギのように多くはしたことはないでしょうね」
サーニャさんが解説するように答える。
蜘蛛はそんなに多く、現れる魔物ではないってことかな?
「それは、ゲーターやスコルピオンにも言えることでは?」
「ゲーターやスコルピオンは発生する地域は分かっているから、遭遇できる確率は高いわ。でも、蜘蛛は森深くにいることが多いから見つけるのも困難だし、人がいるところには滅多に来ないから、遭遇する確率は低い。そうなると冒険者でも蜘蛛と戦う確率は低くなるわ」
「なるほど、ベテラン冒険者のパーティーメンバーだからといって、蜘蛛と戦った経験が多いとは限らないのですね」
「パーティーメンバーの中に蜘蛛が嫌いな人がいたら、引き受けないかもしれないしね」
確かに、今までにウルフや一角ウサギなどは何度も遭遇したけど、蜘蛛に遭遇したのは初めてだ。
スコルピオンなら砂漠に行けば会える。ゲーターなら沼や川など発生している地域に行けば見つけることができる。
森深くなれば見つけるのは困難だ。
「それに蜘蛛の素材を欲しがる者が少ないから、危険が迫ってきたりしない限り、わざわざ蜘蛛を討伐しに森深くまで行ったりしないでしょう」
それはそうだ。時間と労力をかけてお金にならなかったら意味がない。そんな危険を冒す必要はない。
わたしだって、こないだのように村を襲ってこない限り、森の中に入って蜘蛛を討伐しようとは絶対に思わない。
そうなると、先日の村に現れた蜘蛛は運が悪かったってことだ。
「ちなみに、フィナちゃんは、蜘蛛の解体はしたことがあるでしょうか?」
また、進行役の男性はフィナにマイクを向ける。とはいっても、離れている位置なので、マイクは届かないので、サーニャさんが、自分のマイクをフィナに向ける。
「……えっと、解体したことがないです。だから、できなかったと思います」
「そうなんですね」
「それと、大きな虫は苦手なので」
モジモジしながら、恥ずかしそうにしながら答える。
「女の子らしいですね」
フィナも、わたし同様に虫は嫌いらしい。
もし、蜘蛛の解体をフィナに頼んでいたら、フィナのことだから、断らず泣きながらやっていたかもしれない。
そう考えると蜘蛛の解体なんて頼まなくてよかった。それと、前に倒した大きな蜂とかも。
これからはちゃんとフィナに苦手かどうかを確認してから解体をお願いしよう。
「やっぱり、フィナちゃんもダメなんだ」
「虫系の魔物が苦手な人は多いからね」
「うん、わたしも無理」
「わたしもヤダ」
「そうね。わたしも無理ね」
シア、シュリ、ティルミナさんもエレローラさんの言葉に頷く。
友がたくさんいて、嬉しい。
普通の虫でも苦手なのに、大きい虫なんて、ハッキリいって無理だ。まして、虫の中でも特に苦手な蜘蛛だ。
普通の蝶なら手に乗せたりすることはできるけど。もし蝶でも大きくなったらダメなんだろうな。
想像してみるが、無理そうだ。
多分、大きな目がダメなんだと思う。
「おっと、ここで、解体を中止する参加者がいるぞ!」
一人が係員に申し出ている。
どうやら、蜘蛛の解体はせずに、ここまでの採点になるみたいだ。
それを見た他の人も一人、二人と、蜘蛛の解体を辞退する。
「なんと、ここまで来て3名が蜘蛛の解体を辞退したぞ!」
辞退したことで、会場からブーイングが起こる。
決勝まできたら、最後までやれということだろう。
でも、できないものは仕方ない。誰しも苦手なものはある。
「そんな中、もの凄い速さで蜘蛛を解体していく人物がいるぞ!」
会場がどよめく。
その誰よりも速く解体をしているのは予想外の人物だったからだ。
「エリザちゃん。凄い。流れるように解体をしていくぞ」
進行役の男性の言葉で、会場が一気に盛り上がる。
エリザさんの解体速度が速いわけじゃない。周りの解体速度が鈍ったこともあって速く感じる。
でも、それでも凄いことだ。
「これは、どういうことでしょうか。ギルドマスター」
「ごめんなさい。わたしも詳しいことは分からないわ。ギルドだったら、蜘蛛の解体は男性たちがやらせないはずだけど」
気持ち悪い魔物は女性にやらせずに、男性がやることが多いって言っていた。蜘蛛は十分に気持ち悪い部類に入る。
「あっという間に、8本の脚を切り落とし、8本の足の解体を終え、胴体の解体に入る!」
他の蜘蛛を解体している参加者よりも、一歩も二歩も解体速度が速い。
あの優勝候補のデッド君とガルド君の二人よりも速い。
「これは番狂わせがあるか!」
二人よりも解体が速いと言っても、二人との差は歴然だ。他の解体で埋められないほどの差ができていた。
でも、会場はもしかしてという気持ちが出るほど、エリザさんの解体は速い。
会場がエリザさんと優勝候補二人に視線が集まる。
「デッド君、終わりが見えているぞ。このまま、逃げ切ることができるか!」
やっぱり、エリザさんは追いつくことはできない。
「デッド君、手を挙げた!! 苦手だった蜘蛛を見事に終わらせた! そして、小さくガッツポーズをする」
そして、ウルフ、一角ウサギ、ゲーター、スコルピオンの解体で差を埋めることができずに、2番手でガルド君も蜘蛛を終わらせた。
5体分もあるので、思ったよりも差が出た。
やっぱり、トータルでもデッド君のほうが速かった。
「二人が終えましたので、あと一人が終わったところで終了になります」
3位を目指して、残りの参加者たちがラストスパートをかける。
そして、3番手に全ての解体を終わらせたのは、蜘蛛の解体で一気にごぼう抜きしたエリザさんだった。
決勝、終了です。
フィナが参加してませんからね。
【お知らせ】
活動報告にて、コミック7巻書き下ろしSS、リクエスト募集中です。
なにかリクエストがありましたら、活動報告にお願いします。
参考にさせていただければと思います。
※誤字を報告をしてくださっている皆様、いつも、ありがとうございます。
一部の漢字の修正については、書籍に合わせていただいていますので、修正していないところがありますが、ご了承ください。