651 クマさん、デボラネと再会する
「決勝は、今まで解体してきた魔物とシークレットの魔物を含めた5体の解体をしてもらいます」
5体って、かなり時間と体力が必要になりそうだ。
「採点方法はウルフ、一角ウサギ、ゲーター、スコルピオン、シークレットと5種の合計点数になります。そして、決勝は解体する数が多いので三人が解体を終えた時点で終了となります。解体を終えていない者はその時点の採点となります。人によっては得意、不得意があるかと思います。得意の魔物から解体をするのもいいですし、苦手な魔物を時間をかけて丁寧に解体するのも自由です。何度も言いますが、速くても汚いのはダメです。減点対象になりますので、それだけはお気をつけください」
解体が雑で汚ければ、売り物にならない。
ボロボロの毛皮なんて、誰も購入はしない。
「シークレットって何かしら?」
「タイガーウルフとか?」
「黒虎とか?」
わたしとシアが、それぞれ想像してみる。
「タイガーウルフはともかく、黒虎はそこらにいるような魔物じゃないから、無理じゃないかしら」
「うぅ、確かに。それじゃ、ユナさんの言うとおりにタイガーウルフかな?」
タイガーウルフもそんなに多くはいないと思うけど10体ぐらいなら用意はできそうだ。
わたしたちがシークレットの魔物について話している間も、進行役の男性がイベントを進行させている。
「それでは、決勝の解体する魔物を運んできてください」
進行役の男性の言葉で、ウルフや一角ウサギ、ゲーター、スコルピオンが台車に乗せられて運ばれてくる。でも、一つの台車だけには、大きな布が被されて見ることができない。
あれがシークレット。
なんか、運ばれてくる台車を見た瞬間、嫌な予感がする。
クマの直感が騒ぐ。
魔物を乗せた台車はそれぞれの参加者たちの前で止まる。
「それでは布を取ってください!」
進行役の男性がそう言うと、魔物が乗せられた台車を運んできた係員が一斉に布を取る。
布の下から現れた魔物を見て、わたしは鳥肌がたった。
「今回のシークレットは蜘蛛だ!」
どうして、ここに蜘蛛が?
もしかして、わたしが倒した蜘蛛?
会場がざわめく。
解体参加者の一部には嫌な表情をする者もいる。
ここからだとハッキリ見えないが、サーニャさんの隣にいるフィナの顔が青ざめているように見える。
「ティルミナさん、もしかして、フィナって虫嫌い?」
「ユナちゃん。ハッキリ言うけど、あれを虫に分類しちゃダメよ。あんな大きい蜘蛛、好きな人なんていないわよ」
どうやら、わたしの認識は、この異世界でも同じ認識だったみたいだ。
あんな大きい蜘蛛好きな人なんていないよね。
元の世界の蜘蛛好きでも、人より大きい蜘蛛が好きな人はいないはずだ。だって、自分より大きい虫だよ。
蟻やバッタ、カマキリ、そして、Gと呼ばれる虫が自分より大きいのを想像しただけでも無理だ。鳥肌が立つ。
「お母さん、大きい蜘蛛さん、気持ち悪いよ」
「わたしも、あれは無理。戦いたくない」
シュリもシアもダメらしい。
「でも、冒険者や冒険者ギルド職員、解体を仕事としているなら、できないとダメね」
エレローラさんはきつい言葉を言う。
「でも、流石にあの蜘蛛はね」
「そもそも、あの素材って売れるの?」
デボラネは売れるようなことを言っていたけど。
「わたしも詳しいわけじゃないけど、魔石はもちろん売れるし、蜘蛛の皮も売れるわ。流石にウルフや一角ウサギのように肉は食べたりはしないけど」
エレローラさんの言葉で安心する。流石に食べる人はいないみたいだ。確か、デボラネも言っていたっけ。デボラネの言葉を信じていなかったわけじゃないけど。再確認だ。
「それにしても、冒険者ギルドも、なかなか難しい魔物を選んだわね」
「苦手な人も多いでしょうね」
「やっぱり、そうなの?」
「新人冒険者や若手には辛いんじゃないかしら」
まあ、それには同意だ。
百歩譲って、遠くから魔法で倒すならいいが、接近戦では戦いたくない。
「でも、あの魔物を倒した冒険者がいるんだよね。凄いね。やっぱり、ベテラン冒険者なのかな」
「もしかすると、わたしが倒した魔物かも?」
シアの言葉に、わたしが答える。
「ユナさんが倒した?」
わたしは先日、冒険者ギルドに行ったときのことを説明する。
「ユナちゃん、相変わらず、さらっと大事件を解決するわね」
「でも、蜘蛛の処理は一緒にいた冒険者に頼んだはずなんだけど」
デボラネとランズの二人に頼んだのに、どうして、ここにあるのかな?
それとも、他の冒険者が倒した蜘蛛?
「ユナちゃん。処理って、解体するだけじゃないわよ。冒険者ギルドに運べば、それも立派な処理になるわよ」
「あと、埋めたりするわね」
言われてみればそうだ。
わたしだって倒した魔物や動物は解体はせずにクマボックスに入れて、フィナに頼んだり、冒険者ギルドに持っていく。
あのときに蜘蛛の処理をデボラネに頼んだとき、含み笑いを浮かべながら、引き受けていた。
もしかして、解体もせず、冒険者ギルドに持っていったのかもしれない。
わたしは何気なく会場を見渡していると、大きな体をした冒険者と、金魚のフンのように一緒にいる二人組の男が目に入ってきた。
デボラネとランズだ。
見に来ていたの?
わたしは椅子から立ち上がる。
「ユナちゃん?」
「ちょっと、知り合いがいたから、会ってくるよ」
わたしはデボラネのところに向かう。
足を組んで、わたしを見ているデボラネの前にやってくる。
「クマか。あんな特別席で見ているなんて、いい身分だな」
どうやら、デボラネはわたしのことに気づいていたらしい。
まあ、わたしの格好は遠くからでも簡単に見つけられると思う。
「王都の冒険者ギルドのギルドマスターと知り合いだからだよ。特別に席を用意してくれたんだよ」
エレローラさんのことやフィナのことは面倒くさいので、説明は省く。
「それでなんだ。俺様の顔を見にきたわけじゃないんだろう」
「確認だけど、あの蜘蛛って」
「あのときの蜘蛛だ」
やっぱり。
「あれからギルド職員が村にやってきて、蜘蛛を回収してくれた。さらに、解体もしてくれることになった」
デボラネは笑う。
「デボラネが処理をするんじゃなかったの?」
「冒険者ギルドに引き渡すのも、蜘蛛の処理の一つだ。別に解体をするだけじゃない」
ティルミナさんも同様なこと言っていた。
「それに、貴様との約束は蜘蛛の処理とその処理したときにでる利益の一部を村のために使うことだ」
ぐうの音も出ない正論だ。
デボラネの言う通りにわたしが頼んだのは蜘蛛の処理と、蜘蛛の素材の一部を村の復興資金に当ててほしいと頼んだだけだ。
「俺様は、ちゃんと貴様との約束を守った。文句を言われる筋合いはないぞ」
「そうだ。デボラネさんは間違っていないぞ」
ニヤニヤしながら説明するデボラネ。
ムカつく、殴りたい。あのときは、少しでも良い奴かと思ったわたしが馬鹿だった。
「それに提案をしたのは村にやってきたギルド職員だ」
そう言われると、何も言えなくなる。
このことをサーニャさんは知っていたのかな。
「ほとんどの蜘蛛はクマが倒したし、蜘蛛の引き取りはギルド職員がやってくれたし、苦労せずに金が入ってくるんだから、どこかのクマ様々だ」
デボラネはギャハハハハと大きな口を開きながら笑う。
その笑い顔を殴りたい。
でも、デボラネとランズが村のために戦ったのは間違いなく本当のことだ。
蜘蛛のことを頼んだのもわたしだ。
デボラネに落ち度はない。
「それで、村は?」
「ギルドには話した。金のことも依頼を出すのかも、ギルドと村の問題だ。俺は貴様に言われた通りに、蜘蛛の一部の金を使ってくれと言っただけだ。後のことは知らん」
確かに、そうだけど。
冒険者が最後まで付き合う必要はない。あとは冒険者ギルドと村の問題だ。
「わかったよ。ありがとう」
ムカつくけど、デボラネは間違ったことはしていない。殴りたいのをぐっと我慢する。
「ちょっと、待て」
わたしが踵を返し、ティルミナさんたちのところに戻ろうとするとデボラネが止める。
「なに?」
「これを持っていけ」
デボラネが何かを投げつけてくる。
わたしはとっさにクマさんパペットで受け止める。クマさんパペットの口には普通の魔石とは違う輝きを持つ魔石が咥えられていた。
「これは?」
「キングスパイダーの魔石だ」
「キングスパイダーの? どうしてわたしに?」
「魔石は討伐した者の証だ。俺が持っていても、邪魔なだけだ。俺様が討伐したと思われても迷惑だからな」
「素材はいいの?」
「魔石だけ取って、放置する場合もある。魔石を放置する冒険者はいない」
そんなの冒険者ギルドに、わたしから譲られたってことを言えばいいだけなのに。
でも、せっかくなので、いただくことにする。
「ありがとう」
「さっさと戻れ」
デボラネは犬を追い払うように手首を振るう。
わたしはクマボックスに魔石を仕舞い、ティルミナさんたちがいる観客席に戻ってくる。
「ユナちゃん、あの冒険者とは知り合いなの?」
「あの蜘蛛を倒した時に一緒にいた冒険者なんで、話を聞いてきただけだよ」
「そうなのね。てっきり、あんな男性がユナちゃんの好みかと思ったわ」
「エレローラさん、それ冗談でもやめて」
蜘蛛とは別の意味で鳥肌が立った。
久しぶりのゴブリンキングのこと、デボラネの登場です。
デボラネはムカつくキャラですが、常識人かもしれません。
※誤字を報告をしてくださっている皆様、いつも、ありがとうございます。
一部の漢字の修正については、書籍に合わせていただいていますので、修正していないところがありますが、ご了承ください。