646 フィナ視点
初め、解体のイベントに参加してほしいと頼まれたときは、わたしが参加してもと思いました。
それに、すぐに負けた情けない姿を、ユナお姉ちゃんに見せるのが怖かったんです。
でも、頑張れば、認められて、ずっとユナお姉ちゃんの傍にいられるかもしれません。
そんな気持ちで参加しました。
一回戦のウルフはたくさん解体したことがあった魔物でした。ウルフの解体の仕方は体が覚えているので、目をつぶっててもできます。
流石に目をつぶっては言い過ぎですが、そのぐらいできるほどの数のウルフを解体してきたって意味です。
ここを切って、これを取り出して、頭で考えるよりも先に手が動きます。
一回戦のウルフの解体は100人以上が参加する中で、13番でした。
こんなに順位が高いとは思いませんでした。
解体をしているときに進行役の男性とサーニャさんがわたしのことを話すので、少し恥ずかしかったです。でも、サーニャさん、どうして、あんなにわたしのことに詳しかったのかな?
一回戦を終えると、サーニャさんと一緒にお母さんのところに戻ることになっていたので、サーニャさんのところに行きます。
「フィナちゃん、おめでとう。凄かったわ」
サーニャさんが褒めてくれます。
「ありがとうございます。あんな感じでよかったんですか?」
「上出来よ。みんなフィナちゃんに感心していたわよ」
うぅ、恥ずかしい。
「フィナちゃんより順位が低い者は、やる気を出して、今以上に解体の技術を身につけてほしい。観客席から見ていた人たちには、自分でも解体が出来ると思ってほしい。実際は難しいんだけどね。でも、初めが肝心なのよ。フィナちゃんに、その人たちの背中を押してもらえればと思っているわ」
「わたし……」
そんなことできません。
「ふふ、普通に解体をしてくれればいいのよ。ほら、ユナちゃんたちが待っているわ」
サーニャさんと話しながら歩いていたら、ユナお姉ちゃんたちのところまで戻ってきていました。
ユナお姉ちゃんが嬉しそうに出迎えてくれます。
お母さんもシュリも、嬉しそうでした。
みんなが嬉しそうだと、わたしも嬉しい。
解体の仕事で笑顔になった回数は、ユナお姉ちゃんに会ってから増えました。
初めの頃は解体が嫌で仕方ありませんでした。
今では、普通に解体をすることができますが、初めてウルフを解体したときは、気持ち悪くて、吐きました。
でも、わたしみたいな子供にお金をくれる仕事は、他にはありませんでした。だから、我慢して、一生懸命に解体をしました。
昔のわたしが、今のわたしを見たら驚くかもしれません。
そう考えると、妹のシュリは凄いかも。
初めは、気持ち悪いとか言っていたけど、頑張って解体をしています。「だって、お父さんも、お姉ちゃんも、やっているから」と言って、笑っていました。
もし、このまま続けていたら、わたしより上手になるかも。でも、ユナお姉ちゃんもお母さんも、シュリには広い目で好きなことをしてほしいと言っていました。
わたしもそう思います。好きなことができる。ユナお姉ちゃんに会ってから、そう考えるようになりました。
ユナお姉ちゃんに会うまでは、そんなことを考えたこともありませんでした。
たまに、ユナお姉ちゃんがわたしの解体するところを見に来ることがありますが、なんとも言えない表情をしています。
昔は、わたしも、あのような表情をしていたのかもしれません。
でも、ユナお姉ちゃんは冒険者なのに、解体ができなくていいのかな?
あっ、でも、ユナお姉ちゃんが解体ができるようになったら、わたしいらない子になってしまいます。
だから、もしユナお姉ちゃんが、解体を教わりたいと言っても、断るつもりです。
だって、解体はわたしとユナお姉ちゃんの繋がりだから。
そして、二回戦が始まりました。
二回戦は一角ウサギでした。
一角ウサギは、ウルフほどではありませんが、かなりの数を解体したことがあります。
ウルフと解体の仕方はさほどの違いはないけど、体の骨格が違うので、同じようにナイフを入れることができません。
ウルフほど速く解体ができなかったので、二回戦突破はできないかもと思いました。でも、周りも、そんなに速くなく、一回戦より順位を落としてしまったけど、二回戦突破することができました。
王都だと、一角ウサギは少ないのかな?
それとも、他の魔物の解体が多いのかな?
ユナお姉ちゃんのところに戻ってくると、一回戦同様に嬉しそうに出迎えてくれます。
お母さんもシュリも、シア様、エレローラ様、サーニャさんも。みんな嬉しそうです。
わたしも嬉しくなります。
だから、次も頑張ります。
そして、三回戦が始まります。
今回、解体する魔物は布を被されて台車で運ばれてきました。
もしかして、珍しい魔物だから、隠されている?
どうか、わたしが解体をしたことがある魔物でお願いします。
祈るように台車を見ます。
布が取られると、緑色の大きな生物が出てきました。ゲーターです。
ゲーターの解体は、当時、まだお父さんじゃなかったゲンツおじさんと一緒にやったことがあります。
本当は、わたしにやらせちゃダメだったみたいだけど、わたしがお金に困っていたから、やらせてくれました。
ゲーターの解体を初めてやったときは大変でした。ウルフ、一角ウサギなどと全然違い、今までの解体の経験が役に立ちませんでした。
一から解体を覚えないといけませんでした。
でも、ゲンツおじさんは、優しく教えてくれました。
そして、どうにかゲーター解体を終えたとき、ゲンツおじさんが「よく、頑張った」と言って、褒めてくれて、嬉しかったことを覚えています。
その日、わたしは家に帰ってくると、ゲーターの解体の仕方を忘れないように紙に解体の手順を書きました。
そして、何度も、ゲーターの解体手順を書いた紙を見て、勉強をしました。
もし、次にゲーターの解体の仕事があったとき、できるようにです。
二度目の解体のときは、ゆっくりだけど、ゲンツおじさんに教わらずに解体をすることができました。ゲンツおじさんが「一回しか、教えていないのに凄いな」と褒めてくれたのが嬉しかったです。
でも、それ以降、ゲーターの仕事は、わたしにさせてくれることはありませんでした。
後で知ったことですが、わたしにゲーターの仕事をさせたことで、ゲンツおじさんは注意されたそうです。
ゲンツおじさん、ごめんなさい。
そんなゲーターがテーブルの上に乗せられます。
解体したのは、かなり前のこと。
思い出せ、紙に書いて、何度も見て、勉強した。頭にゲーターの解体手順が、はっきりと思い出すことができます。
うん、大丈夫。解体の仕方は覚えています。
ユナお姉ちゃんに、できないなんて、思われたくない。
そして、進行役の男性の「それでは、始め!」の声と同時にドラの音が鳴ります。
みんなが一斉に解体を始める。
わたしは深呼吸して気持ちを落ち着かせてから、ゲーターの解体を始める。
まず、お腹を切って、水で流して、この部分を取り出して、次に、さらにここを開いて、魔石の確保。
えっと、次はこの皮を……。
わたしは、解体順序を思い出しながら、ゆっくりだけど丁寧に解体をしていきます。
お父さんに何度も言われたことがあります。
わたしが解体したものは、売られることになります。買った人が喜んでもらえるように解体をしないといけません。
売る側も汚いものを売るよりは、綺麗な物を売りたい。商業ギルドからも感謝されます。
それに汚く解体をすれば、仕事が貰えなくなります。
だから、綺麗に解体をしないといけません。それがお父さんに教わったことだから。
それに、解体が汚ければ、ユナお姉ちゃんが解体をさせてくれないかもしれません。
ユナお姉ちゃんに、「フィナの解体は汚いから、もうしなくていいよ」そんなことは言われたくない。
解体はユナお姉ちゃんとわたしを繋ぎ止めている絆です。
だから、ユナお姉ちゃんの前で、汚いから三回戦で負けたと思われたくありません。
三回戦突破できなくても、綺麗に解体をしたため、負けたと自信を持って言いたいです。
それに、ユナお姉ちゃんなら、負けたとしても、綺麗に解体をしたことを褒めてくれるはずです。
丁寧に、でも、できるかぎり速く解体をします。
ここは、確か、ここを先に切ってから、ここを切って、これを取り出します。
周りが気になるけど、周りを見たら、急いで解体をしたくなるから、見ないようにします。
でも、嫌でも進行役の男性の言葉は耳から聞こえてきます。
デッドさんとガルドさんの二人は物凄い速さで解体をしているらしいです。
喋らないでほしいです。
気になって、解体速度を上げて、ペースを崩してしまいそうになります。
慣れていないゲーターの解体を速くしようとすると、雑になってしまいます。
集中して、丁寧に解体しないと。
そして、解体処理の7割? ほど終わったとき、進行役の男性が声をあげます。
「おっとデッド君、ここで手を挙げた。やはり、一番に終えたのはデッド君だ。デッド君は冒険者なんですよね」
えっ、もう、終わったの?
速い。
一回戦のウルフも二回戦の一角ウサギの解体も速かったけど、ゲーターの解体も速いです。
さらに、ガルドって人も終えました。
わたしは、まだ終わりません。
隣で解体している男の人が速度を上げ始めました。
いや、周りもです。
わたしも速度を上げたくなるけど、そんなことをすれば、解体が雑になります。
今のわたしにはゲーターを速く、綺麗に解体する技術はありません。
周りを気にすれば、急いで解体をしたくなります。
わたしは周りを気にしないように自分のペースを守って、解体をしていく。でも、進行役の男性が、終えた人の順位と名前を呼んでいくたびに、焦ってしまいます。
耳を両手で塞ぎたい。
でも、そんなことをしたら、解体ができなくなります。
手を動かさないと解体は終わりません。
「15番はエリザちゃん!」
女性の人でもこんなに速く、終わらせました。
気にしないのは無理だけど、自分にできることをする。どんなに忙しくても、どんなに急がされても、丁寧に解体をします。
もちろん、負けたら悔しいけど、急いで汚く解体するよりは良いです。
集中して、残りの解体処理をしていきます。
あとは、ここを水で流して、綺麗にすれば、終わりだ。
終わった!
わたしは手を挙げます。
「おっと、4人同時に手が挙がった」
わたしは周りを見ます。
手を挙げている人が3人いました。
しかも、同時に20番目でした。
三回戦突破できるのは20名。この4人のうち、3人が落ちます。解体の採点によっては、順位が上がることも、下がることもあります。
大丈夫。わたしは丁寧に綺麗に解体をしました。
少し離れた場所では、採点する人が「これは酷い。減点だ」などと厳しい声が聞こえてきます。
もし、そんなことを言われたら、ショックを受けてしまいます。
そんな不安を感じていると、係員がやってきて、わたしが解体をしたゲーターの採点をしていく。
「ほぅ、凄い。ちゃんと解体されている。解体手順も間違いがなかった」
わたしの解体を褒めてくれています。
嬉しい。
そして、審査が終わります。
どうか、お願いします。
祈るように周りを見ていると、なにか問題があったのか、審査する人が集まって何かを話している。
「ガイ君、ファット君ちょっといいかい」
審査した人が二人を呼びます。
「この解体処理が減点、ここがしっかり切れていません。この解体処理の仕方が間違っています」
解体の問題点を言っているようです。
それから、他の人やわたしのところにやってきます。
「それに引き換え、彼と彼女はしっかりできています。なので、このように採点をつけさせてもらいましたが、何かありますか」
二人とも納得したようで首を横に振ります。
そして、肩を落として、自分の席に戻っていきます。
もしかすると、もしかするかもしれません。
そして、全員の採点が終わり、順位が発表されていく。一位と二位は、物凄い速い二人です。本当なら、参加者でなく、近くで、二人の解体を見てみたかったです。
13位には、女性のエリザさんです。
女の人でも、こんなに速く解体ができるなんて凄い。
わたしがエリザさんを見ると、わたしに気づいて軽く手を振ってくれます。
優しそうなお姉さんです。
今度、解体のお話ができたらいいな。
そんなことを考えている間も次々と順位と名前が呼ばれていきます。
「18位は、なんとフィナちゃんだ!」
えっ、わたし?
20位でなくて、18位? 信じられませんでした。
丁寧に解体をやったことが褒められました。
あの呼ばれた二人はわたしより解体を終えたのは速かったけど、解体は雑で順位を落とし、22位と23位となり、三回戦突破することはできませんでした。
信じられないことに四回戦まで来ることができました。
少し長くなりましたが、フィナ視点です。
フィナ頑張れ!
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