633 クマさん、キングスパイダーと戦う その1
村の中に戻ると、入り口近くに倒れていた蜘蛛が無惨な姿になっていた。
「食われているな」
共食い。
「運が良かったな。蜘蛛の死体がなかったら、村人が食われていたかもしれないな」
その危険もあったので、キングスパイダーが村の中に逃げ込んだときから探知スキルで位置を確認していた。
でも、今のところキングスパイダーと思われる反応は人に近づいていない。思われるというのは、探知スキルの反応は蜘蛛扱いなので、区別がないからだ。前から何度も言っているけど、強さが違う場合は区別をしてほしいものだ。
「それじゃ、わたしはキングスパイダーと戦ってくるよ」
「簡単に死ぬんじゃないぞ」
デボラネの口から出た予想外の言葉に驚く。
「心配してくれるの?」
「ふっ、貴様が死んだら、誰がキングスパイダーの相手をするんだ。俺様のために戦ってこい。死ぬなら、キングスパイダーを道連れにしろ」
デボラネは勝手にわたしの死に方を決めて、ランズと一緒に村長の家に向かう。
心配しているのか、していないのか分からない言葉だ。
ツンデレに訳すと、「あなたのことなんて心配していないんだから、でも、気をつけてね」とデボラネが言ったと思った瞬間、身震いした。
変な想像はやめよう。精神にダメージを受けてしまった。
わたしは、くまゆるとくまきゅうと一緒にキングスパイダーのところに向かう。
「いた」
家の近くに倒れていた蜘蛛を食べている。
音が聞こえてくる。
うぅ、気持ち悪い。
せめてもの救いは後ろ姿で、食べている口元が見えないってことぐらいだ。
でも、倒すチャンスでもある。
不意打ちで悪いけど、後ろから攻撃をさせてもらう。わたしは、蜘蛛の食事が終わるのを待ったり、正面に移動して、気付いてもらってから攻撃をするなどの、正義感は持ち合わせていない。そういう役目は正義のヒーローに任せればいい。
倒せるときに倒すのがわたしのモットーだ。
わたしは手に魔力を集め、食事中のキングスパイダーに向けて、クマの風魔法を放つ。キングスパイダーの動きが止まったかと思うと、横に移動して躱す。
後ろに目でも付いているの!?
蜘蛛は目が複数あるものもいる。この蜘蛛は4つある。
わたしが見えているのか、魔法を感じたのか、気配を感じたのか分からないが不意打ちは効かないみたいだ。
攻撃を避けたキングスパイダーは口をカチカチさせながら、わたしたちの様子を窺っている。
観察をされているみたいで、嫌な気分になる。
動かないなら、もう一度攻撃をしようと腕を動かした瞬間、キングスパイダーが動く。
読まれた?
風魔法を放つが、速くて当たらない。
キングスパイダーは左右に動き、動きも不規則で的を絞らせない。一瞬で止まるし、方向も変える。
ゴキを相手にしているみたいだ。いや、わたしの家にはいなかったよ。誰に言うのでもなく、否定しておく。
キングスパイダーは軽くジャンプすると同時に糸を出す。
しかも一箇所ではない。
キングスパイダーの8本の足先、さらにはお腹と口から同時に糸を出した。
糸は網目のように大きく広がる。
逃げ場がない。自分だけなら、避けられるが、傍にはくまゆるとくまきゅうもいる。
頭の中で、風で切り裂く、火で焼くことが脳裏に浮かぶが、すぐに却下する。キングスパイダーの後ろには家があった。
とっさに、土の壁を作って、蜘蛛の糸を防ぐ。
危なかった。
攻撃魔法で防いでいたら、糸を切るだけではなく、家を壊し、家を燃やしていたかもしれない。
そんなことになれば、家の中にいる人が大変なことになっていた。
安堵を浮かべていると、土壁が溶け落ちる。
蜘蛛の糸が付いている場所から土壁が溶けていた。
痺れ糸だけじゃないの。
もし、森の中で痺れ糸や、こんな糸まで張られていたら、討伐は難しい。糸を切ったとしても残るし、森の中で糸を燃やせば、木々に火が移って大変なことになるかもしれない。
村の中で戦うのも厄介だと思ったけど、森の中よりはマシかもしれない。
溶けた土の壁の先にはキングスパイダーが家の壁に張り付いて、わたしを見ている。
目玉がギョロッと動く。
わたしを見ていたかと思うと、くまゆるとくまきゅうを見ている?
家の壁に張り付いているので、どうしようかと思っていると、キングスパイダーが動き、くまゆるに向けて、糸を出す。くまゆるはとっさに後ろに躱す。
キングスパイダーはわたしを無視して、くまゆるに向かう。
「くまゆる!」
くまゆるは逃げる。
くまゆるとキングスパイダーが戦い始める。わたしとくまきゅうは追いかける。くまゆるは爪から風魔法を放つが当たらない。キングスパイダーは糸を吐き出しながら、くまゆるを追い詰めていく。
くまゆるとキングスパイダーは動き回るので、戦いに加入できない。
わたしをガン無視だ。
もしかして、くまゆるをわたしの弱点とみた?
それとも、わたしより弱いところを攻め始めた?
「くまゆる、くまきゅう、送還させるよ」
なら、送還すればいいだけだ。
「「くぅ〜ん」」
でも、わたしの提案にくまゆるとくまきゅうは首を振って嫌がる。
くまゆるとくまきゅうがあの糸に絡まり、溶けでもしたら困る。
「今回はごめんね」
「「くぅ~ん」」
わたしは抗議して鳴くくまゆるとくまきゅうを送還させる。
終わったら、撫でて、ハチミツをあげるから許してね。
目の前で消えたくまゆるにキングスパイダーは魔力で体を真っ赤にさせる。
言葉が通じなくても、怒っているのは伝わってくる。
怒っているのは、わたしのほうだよ。
大切なくまゆるとくまきゅうを殺されかけたら、わたしでも怒る。
それから、わたしとキングスパイダーとの戦いが始まる。
キングスパイダーは小回りが利く。村の中にあるあらゆる障害物を利用して動き回る。
また、家の裏手に逃げる。わたしは探知スキルを使って追い、不意打ちで攻撃されることだけは避ける。キングスパイダーは身を隠すのが得意なのか、隠れた場所からの攻撃が多い。
そして、攻撃を仕掛けると、逃げてしまう。
ヒットアンドアウェイ。
攻撃しては逃げ、攻撃しては逃げ。
ヒットアンドアウェイ、わたしが嫌いなタイプの相手だ。
もし、これが森の中だったとしたら、今以上に戦い難い相手だったはずだ。
そして、戦う時間が長くなっていくと隠れ方が巧妙になっていく。
屋根にいたり、回り込んだら壁に張り付いたり、物と物の裏から攻撃を仕掛けてくる。
探知スキルはあくまで、およその位置しか分からない。屋根の上や壁に張り付いていると驚く。
今まで、クマ装備の力で、力技で倒してきたので、逃げまわる相手は苦手だ。
ゲームでもちょこまか動き続ける敵は嫌いだったから、この手の敵は苦手なのかもしれない。
魔法で、家ごと吹っ飛ばしたい気持ちになるが、家の中に人がいるので、そんなことはできない。
動きを止めた瞬間に何度も魔法を放とうとするが、家が邪魔をする。
難しいタイミングで魔法を放てば、避けられるし、攻撃のチャンスかと思うとキングスパイダーの後ろに家があったりして、攻撃ができない。
家がなければ、超強力なクマ魔法で倒してやるのに。
土魔法で、閉じ込めようとするが、動きが速くて捕まえることができない。穴も躱す。落ちたとしても、すぐに登ってくる。
壁魔法で閉じ込めようとも考えたりしたが、動きが速いので閉じる前に逃げてしまう。
イラついてくる。
さらにイラつかせるのは、糸を出して、わたしの行動を阻害してくることだ。
何度か、避けられずに蜘蛛の糸を踏んだが、クマ靴のおかげで、被害はない。
もし、普通の靴だったら、粘着力があったり、先程の酸だったりしたら、大変なことになっていたかもしれない。
普通の冒険者じゃ相手にするのはかなり厄介な相手だ。
ただ、キングスパイダーもわたしのことを嫌っているようで、威嚇や怒る口をカチカチさせたり、目を赤く光らせたりしている。
でも、改めて考えると、おかしい。
キングスパイダーが動きを止めたとき、魔法を放とうとするとき、必ず後ろに家がある。
強力な魔法を使えば、建物ごと壊し、家の中にいる人が被害を受ける。崩れた家の下敷きになれば、命を落とすことにもなる。
もしかして、わたしが家に攻撃できないと理解した?
探知スキルで確認すると、キングスパイダーは家の中に人がいる家を移動している。
まただ。
証明するかのようにキングスパイダーが人がいる家の前で動きを止める。
もし、本当にそうなら、この蜘蛛、知能が高い。
魔物は人よりも強い。でも、人が魔物を倒せるのは知能があるからと言われている。
罠を仕掛けたり、自分たちが有利な場所に追い込んだりして戦う。もちろん、動物や虫だってするが、人質をとりながら戦うとは思わなかった。
これは、思っていた以上に厄介な相手なのかもしれない。
わたしが、どうやって倒そうかと考えながらキングスパイダーの相手をしていると、何かが屋根の上から飛び降りてくる。蜘蛛? と思ったら剣を握ったゴブリンが屋根から降ってきた。
「おりゃ!」
いや、ゴブリンキングだ。いや、デボラネだ。
空から美少女でなく、ゴブリンが降ってきました。
【お知らせ】
2/24にTVアニメくまクマ熊ベアーの2巻が発売します。
書き下ろし小説もありますので、よろしくお願いします。
内容は1巻の続きになります。
本日2月21日(日)19:00~24:10より、ニコニコ動画にて『くまクマ熊ベアー』#1~#12の一挙配信が行われるので、よろしくお願いします。
※誤字を報告をしてくださっている皆様、いつも、ありがとうございます。
一部の漢字の修正については、書籍に合わせていただいていますので、修正していないところがありますが、ご了承ください。