632 クマさん、戦うことにする
「でも、本当に2人だけで大丈夫なの?」
まだ、森にいる蜘蛛が村にやってくるかもしれない。
「クマに心配されるほど、やわじゃねえ。貴様は俺様のために、休まずに王都に行け」
デボラネは子犬を追い払う仕草で、手首を振る。
「それに、これだけの数を倒したんだ。蜘蛛が来たとしても、たいした数じゃないだろう。俺様が倒してやるよ」
それをフラグと言うんだよ。
でも、誰かが冒険者ギルドに報告に行かないといけないし、倒した蜘蛛の処理もしないといけない。
デボラネが王都に行くより、わたしが王都に行くほうが速いし、蜘蛛の解体はわたしはできない。
適材適所かもしれない。
「わかったよ」
わたしはくまゆるとくまきゅうに交互に乗って王都に行くため、くまきゅうには休んでもらおうとして、送還しようとしたとき、くまゆるとくまきゅうが「くぅ〜ん」と反応する。
「なんだ。いきなり、鳴きやがって」
くまゆるとくまきゅうは村の外を見ている。
また、現れたの?
探知スキルで確認すると蜘蛛の反応が村に向かってきている。
「また、一匹、現れたみたい」
やっぱりフラグだった。
でも、一匹だからフラグにもならない。
「便利なクマだな。まあ、先ほど言ったとおりに俺様が倒してやる」
デボラネとランズは村の外に向かって歩きだす。
蜘蛛は、わたしたちのほうへ向かってくる。
うん? 遠くて、はっきりしないが、ひと回り大きいような。それに色が赤いような。
デボラネの後ろで傍観していると、蜘蛛が速度をあげる。
「ランズ!」
「はい!」
近づいてくる。
やっぱり、ひと回り大きい、そして赤い。
2人は剣を構える。
赤蜘蛛は2人の前で飛び跳ねる。空中に上がった赤蜘蛛はランズに向けて糸を飛ばす。ランズは剣で防ごうとするが、剣ごと体が糸に包まれる。
「ランズ!」
空中にいる赤蜘蛛はそのまま、鋭い脚をランズに向けている。デボラネが体を捻って大剣を横に振る。大剣が蜘蛛の脚に当たる。そのおかげで、赤蜘蛛の脚の軌道がずれ、着地の位置がずれる。
デボラネはそのまま大剣を振って追撃をするが、赤蜘蛛は避ける。
なに、この赤蜘蛛?
今まで倒してきた蜘蛛と動きが全然違うんだけど。それに、ひと回り大きいし、色が赤だし。
「冗談だろう。どうして、こんなのが現れる」
デボラネは信じられないような目で赤蜘蛛を見ている。
赤蜘蛛は口をカチカチさせると体が赤く光り、デボラネに襲いかかる。
デボラネは剣を振るうが、赤蜘蛛は避ける。
「クマ! 攻撃しろ!」
デボラネは切迫詰まったような顔で叫ぶ。
わたしはすぐに氷の矢を飛ばすが、簡単に避けられる。
速い。
「離れて!」
わたしは嫌な予感がしたので、逃げ場をなくすほどの氷の矢を雨のように赤蜘蛛に向かって放つ。
赤蜘蛛の体が赤く光るが、無数の氷の矢が赤蜘蛛を襲う。
「倒したか」
だからフラグだよ。
氷の矢の下から現れたのは赤く光る無傷の赤蜘蛛。体の一部にWWの金色の模様が浮かんでいる。
赤蜘蛛の目がわたしを見る。
ゾッとした瞬間、わたしは無意識にクマの風魔法を放っていた。ここで倒さないといけないと言う、直感がわたしを動かした。
赤蜘蛛にクマの風の刃が襲う。
切り刻んだと思ったが、クマの風の刃が通った地面には3本の刻んだ跡が残っているが、赤蜘蛛は切れていなかった。
冗談でしょう?
赤蜘蛛はクマ魔法に耐えた。
赤蜘蛛は怒っているのか、口をカチカチさせる。襲ってくるかと思った瞬間、わたしたちから離れると村の中に消えていく。
わたしたちは、見送ることしかできなかった。
「冗談だろう。あんなのがいるなんて」
デボラネの額に汗が浮かんでいる。
そして、思い出したかのようにランズを見る。
糸に絡まったランズは地面に倒れたまま動かない。
「ランズ!」
デボラネは糸に巻かれたランズを助けるために手を伸ばすが、糸に触れた瞬間、離す。
「くそ、痺れ糸か」
痺れ糸?
直に蜘蛛の糸に触れると、痺れるらしい。
「どいて」
わたしはクマさんパペットで糸を掴むと、無理矢理ちぎる。
「ランズ、起きろ」
「で、デボラネさん。すみません。体がしびれて」
また、あの赤蜘蛛に襲われる可能性もある。
ここは隠している場合じゃない。
わたしは、ランズに治療魔法をかける。
体内から、毒素が消えるイメージをする。
「動く」
ランズが腕を動かす。
「おまえ、こんなことまでできるのか?」
今はそれどころじゃない。
「なんなのあれ? 動きが普通じゃなかったけど」
普通の蜘蛛でないことは、短い戦いで分かった。
動きが速いし、わたしの攻撃を躱し、クマの風魔法さえも耐えた。普通の蜘蛛ではない。
「あれは、キングスパイダーだ」
「キングスパイダー?」
蜘蛛の親玉。
つまり、ゴブリンキングみたいなもの?
「デボラネさん、本当ですか?」
「資料や話でしか聞いたことがないが、色が赤く、魔力を使ったとき、体に金色の冠模様が出ていた。あれはキングスパイダーの特徴だ」
クマの風魔法を放ったとき、赤蜘蛛の体に草のようなギザギザの模様が浮かび上がっていた。
「遭遇したら、逃げろと冒険者の間で言われているぐらいだ。貴様も見ただろう。移動速度は速く、俺様の剣をなんなく受け止め、貴様の魔法を避け、耐えた。攻撃は毒性の糸を出し、あの硬い脚は鉄の鎧さえも貫く」
ゴブリンキングもクマの風魔法に耐えたけど、ダメージを与えていた。でも、赤蜘蛛はダメージを与えられている感じがしなかった。一発だけじゃ、比較はできないけど。強いのは確かだ。
「クマ、さっきの提案はなしだ。単刀直入に聞く。あれを倒せるか?」
さっき?
……王都へ行く件のことか。
赤蜘蛛の出現のインパクトが強すぎで、一瞬なんのことを言っているのか、分からなかった。
「お前も、あの蜘蛛の強さを感じたはずだ」
感じたよ。
できれば戦いたくない相手だ。
「デボラネさん、俺みたいな冒険者でもキングスパイダーの話ぐらい聞いたことがあります。いくら、クマが強いと言っても、あれは無理です」
「おまえは、ゴブリンキングにブラックバイパーを1人で倒したんだよな?」
デボラネはランズの言葉を無視して、再度わたしに確認する。
「もしかして、わたしを煽っているの?」
「確認だ。貴様が倒せないというなら、俺様は蜘蛛討伐から手を引く。悪く思うなよ」
「素材はいいの?」
「死んだら、意味がないだろう。冒険者の言葉に、魔物の王にあったら逃げろって言葉もある」
装甲が硬いだけなら、内側からクマの炎でも撃ち込めばいいけど。大きさから、できない。
倒すなら、ゴブリンキングを倒したときみたいに、クマ魔法の連続攻撃しかないかもしれない。
「過去にも現れたんだよね。その時はどうやって倒したの?」
「詳しいことは知らないが、多くの犠牲を払って、追い詰めて、倒したと聞く」
多くの犠牲……。
普通の冒険者では相手にならないことぐらいは、あの短い攻防だけで、分かる。
「たった一匹でも、蜘蛛の何百匹何千匹以上の力を持っている。村にいた程度の蜘蛛なら、冒険者の数を揃えれば倒せるが、キングスパイダーは数を揃えても、被害が出るだけだ」
それには同意だ。
いくら冒険者の数を揃えても、実力がなければ、死体の山を築くだけだ。
「貴様がキングスパイダーを倒せないなら、今すぐに村の住民を逃がす。その手伝いをしろ」
「デボラネさん、村の全員を逃すのは……」
人数のことを考えても無理だと思う。
「馬を使う」
「数頭の馬が死んでいるところを見ました。馬の数が足りないです」
「その場合は若者優先、老人を置いていく。俺たちが逃げるための囮になってもらう」
デボラネの言葉に怒りを覚える。
「怒っているのか? 俺もランズも、キングスパイダーは倒せない。貴様も無理なら、村人を連れて逃げるしかない。そして、全員逃げられないのなら、村を再建できる若者を最優先で逃がすのは、当たり前のことだ」
デボラネの言っていることは、正しい。正論だ。
冒険者だって、なんでもかんでも倒せるわけではない。倒すと言って、倒せれば誰も苦労はしない。
そして、デボラネは自分ができることを提案している。
それに引き換え、わたしは村の人を全員逃す方法を持っているのに、知られたくないから、黙っている卑怯な人間だ。
デボラネを怒る資格は持っていない。
わたしより、デボラネのほうが冒険者らしい行動だ。
クマの転移門のことを知られたくないと思い、村の住民を守りたいと思い、デボラネの案が呑めないなら、やることは一つだけだ。
「分かった。わたしが戦うよ。ううん、わたしが倒すよ」
わたしの言葉にデボラネが笑う。
何か、デボラネに乗せられた気がするが、仕方ない。でも、わたしにはクマ装備にクマ魔法がある。ここは海でもなければ、狭い空間でもない。手加減なしなら倒せると思う。
でも、問題があるとしたらキングスパイダーが村の中に逃げ込んだってことだ。大魔法を使えば、村や人に被害が出る。
村に入る前に倒せなかったのが悔やまれる。
「それじゃ、とりあえず村に向かうぞ」
「2人はどうするの?」
「村長に伝える。貴様が倒せれば問題はないが、万が一の場合、村から逃げるか、俺たちが王都の冒険者ギルドに伝えるまで、村に残るか判断をしてもらう」
誰も被害が出ないのが一番だ。
でも、わたしが倒せない場合のことも考えないといけない。
全員で村に残って、冒険者が集まるのを待つか、逃げられる者だけ逃げるか。
前者は全員死ぬかもしれない。後者は弱者を見捨てることになる。
もし、わたしにクマのチート能力がなかったら、デボラネのような判断ができるだろうか。
デボラネが冒険者をしている……
【お知らせ】
3/5発売予定でした書籍17巻が、諸事情により3/26に延期になることになりました。
度々、延期になって申し訳ありません。
【お知らせ】
ABEMAにて、キャスト特番決定&一挙配信が決定しました。
ニコニコ動画でも、一挙配信があります。
詳しいことは活動報告にて、お願いします。
総合評価が300,000を超えました。
総合順位も49位になっていました。
ブックマーク、評価、感想、レビューありがとうございました。
これからもクマをよろしくお願いします。
※誤字を報告をしてくださっている皆様、いつも、ありがとうございます。
一部の漢字の修正については、書籍に合わせていただいていますので、修正していないところがありますが、ご了承ください。