630 クマさん、蜘蛛と戦う その1
「それじゃ、村にいる蜘蛛を倒せばいいってことでしょう?」
デボラネの前だから強がってみるが、本音を言えば戦いたくない。あの大きい蜘蛛と戦うのは精神にダメージを受ける。流石のクマ装備も精神ダメージは防いでくれない。
だから、デボラネに全てを任せたいぐらいだ。でも、それもできないので、後始末ぐらいは避けたい。
「討伐は手伝うけど、蜘蛛の処理はしないよ」
これだけは譲れない。
悪いけど、蜘蛛をクマボックスの中にも入れたくない。
虫の中でも蜘蛛は超がつくほど、苦手の部類だ。あんな大きな蜘蛛を持ち帰るなんて、考えたくもないし、フィナにも解体させたくはない。
だから、蜘蛛の処理はデボラネにやってもらうことにする。
そのぐらいしてくれても罰は当たらないと思う。
ちなみに、村にやってくるまで倒した蜘蛛は埋めてきた。
「それは、つまり蜘蛛全ての素材を俺に譲るってことか?」
デボラネがにやけた顔をする。
もしかして、蜘蛛の素材をわたしが欲しがると思っているの?
「全部あげる。いらない。見るだけで無理」
「本当だな。それなら、貴様が倒した蜘蛛の処理は俺たちがしてやる」
デボラネがニヤリと笑う。
嫌な笑みだが、取り引き成立だ。
処理をするってことは、あの蜘蛛に手で触りながら、ナイフを突き刺すってことだ。想像しただけで無理だ。
初めて、デボラネのことを尊敬したかもしれない。
「初めに言っておくが、あとで欲しいと言っても遅いからな」
「言わないよ。だから、約束は守ってよ。もし約束を守ってくれなかったら、これだからね」
わたしはストレートパンチをする。
デボラネはわたしに殴られたことを思い出したようで、顔を引き攣らせる。
デボラネの表情から、ニヤけた顔が消えたのを見られて満足する。
「ちょっと、待ってください。本当に、そのクマの格好したお嬢さんに戦わせるのですか?」
黙って話を聞いていた村長が、わたしを見ながら尋ねてくる。
「このクマは、ただのクマじゃないから大丈夫だ。俺様より強い」
「デボラネさんより強い?」
「ほんの少しだけな」
自分の力は神様からもらったクマ装備のおかげだから、誇示するつもりはない。でも、デボラネより、少しだけ強いと言われると、イラっとくるのはどうしてだろう。
やっぱり、第一印象が悪かったんだね。
第一印象は大切だって言うし。
「だから、安心しろ」
デボラネの言葉で、村長は心配そうにわたしを見る。
村長の気持ちって、そこらにいる小さい女の子が「わたしが魔物を倒してくるね」って感じなのかもしれない。もし、見知らぬ少女が魔物を討伐に行くと言ったら、わたしでも心配する。
わたしは、くまゆるとくまきゅうに目を向け、「この子たちが守ってくれるから、大丈夫だよ」と言って、村長を安心させる。
「分かりました」
村長はくまゆるとくまきゅうに目を向けると、理解してくれる。
心配してくれるのは嬉しいけど、引き留められるのは困る。
「それじゃ、倒してくるよ。くまゆる、くまきゅう、行くよ」
「「くぅ〜ん」」
床に座っていたくまゆるとくまきゅうが立ち上がる。
「ランズ、俺様たちも行くぞ」
大剣の手入れをしていたデボラネとランズも椅子から立ち上がる。
どうやら、一緒に蜘蛛と戦ってくれるらしい。
「村長。俺たちが家を出たら、ドアをしっかり閉めておけよ」
「はい。みなさん、よろしくお願いします」
デボラネがドアを開け、ランズ、わたし、くまゆる、くまきゅうと家から出て行く。わたしたち全員が外に出ると、村長は頭を下げて、ドアを閉める。
「足手まといにならないでよ」
前を歩くデボラネに言う。
ムカつくけど、死なれでもしたら、それはそれで、嫌な感じがする。
デボラネは返事をすることもなく、大剣を構える。
近くにいた蜘蛛が反応し、先頭を歩いていたデボラネに襲いかかってくるが、大剣の一振りで、蜘蛛の体を真っ二つにする。
「誰が足手まといになるって」
後ろを振り向き、自慢気に言う。
ムカつくけど、大丈夫そうだ。
でも、真っ二つになっても、蜘蛛の足がピクピクと動くのだけはやめてほしい。
そんな蜘蛛の処理をしてくれると言う、デボラネには感謝だ。
「ランズ、俺たちは右から行くぞ!」
「はい!」
「それじゃ、くまゆる、くまきゅう、わたしたちは左から行くよ!」
「「くぅ~ん」」
村長の家を起点として、デボラネとランズ、わたしとくまゆるとくまきゅうはそれぞれの方向に駆け出す。
本来なら、ウルフ討伐のときみたいに、くまゆるとくまきゅうと別々に回ったほうが早く討伐ができるが、わたしの精神安定のために、くまゆるとくまきゅうに護衛をしてもらう。
「くぅ〜ん」
移動して、すぐにわたしたちの前に蜘蛛が8本の脚を動かして、カシャカシャと近寄ってくる。
うぅ、やっぱり気持ち悪い。
小さい蜘蛛でもダメなのに、大きい蜘蛛。
風魔法で蜘蛛を切り刻むとグロテスクになるので、わたしは氷の矢を放ってみる。氷の矢は蜘蛛の脳天に突き刺さり、それでも動こうとするが、脚が止まり、バタリと倒れる。
風魔法で切り刻むより、マシだ。
最後に足がピクピク動くのは変わりないけど。
火の魔法で燃やすのもいいけど。実は一度だけ火の魔法で倒したことがある。火に包まれた蜘蛛はしばらく動いたのだ。
周りには家があり、燃え移ったら大変なことになるので、火の魔法は使えない。土魔法は氷魔法と同じだが、氷魔法には体内から凍らせることができる追加効果があるので、倒れるのが早い。
だから、土魔法より氷魔法のほうが効果的だ。
わたしはくまゆるとくまきゅうを引き連れて、村を移動する。
次から次へと集まってくる蜘蛛を氷の魔法で倒していく。もしかすると、餌が逃げ出したとでも思っているのかもしれない。
わたしたちを6匹の蜘蛛が囲む。
「くまゆる! くまきゅう!」
わたしが名前を呼ぶと、くまゆるとくまきゅうが阿吽の呼吸で動き出し、三角形になるようにフォーメーションを組む。
わたしが正面の蜘蛛を相手にして、くまゆるとくまきゅうが、後ろの蜘蛛を相手にする。
わたしは氷の矢で2匹倒し、くまゆるとくまきゅうも爪から出した風の刃で2匹ずつ倒す。
やっぱり、くまゆるとくまきゅうに守られていると思うと、安心感がある。
広い場所に移動すると、わたしたちを囲むように蜘蛛が集まってくる。
それにしても数が多い。
探知スキルで見ていると、村の外から、新しくやってくる蜘蛛もいる。
「いったい何匹いるのよ」
ゴキの話じゃないけど、1匹見たら、100匹いるとはよく言ったものだ。
せめてもの救いは、気持ち悪い以外は、それほど強い魔物ではないことだ。
蜘蛛が吐いてくる糸は炎で燃やし、氷の矢で止めを刺していく。
そして、順調に蜘蛛を倒していると、左後ろにいたくまきゅうが「くぅ~ん!」と叫ぶ。
後ろを振り向くと、家の屋根から蜘蛛が飛びかかってくるところだった。くまきゅうは、わたしの前に立ち、尖らせた爪で蜘蛛の体を突き刺す。
くまきゅうが守ってくれなかったら、わたしは後ろから蜘蛛に襲われていた。
そして、一生もののトラウマを抱えたかもしれない。
「くまきゅう、ありがとう」
「くぅ~ん」
くまきゅうが振り向く。
「く、くまきゅう……」
振り向いたくまきゅうを見て、少し後ずさりする。
「くぅ〜ん?」
くまきゅうの白い毛が蜘蛛の血で血みどろになっていた。
蜘蛛を突き刺した腕から体にかけて血がベッタリだ。
あの綺麗な白い毛が……。
くまきゅうは、褒めてほしそうに近寄ってくる。
「くまきゅう! ストップ。ちょっと待ってね。良い子だから、動かないでね」
「くぅ~ん?」
くまきゅうは首を傾げて、歩みを止める。
そのまま抱きつかれたら、わたしが大変なことになるから。
わたしは周囲に蜘蛛がいないことを確認してから、くまきゅうを送還する。そして、再度、召喚する。
目の前に真っ白い綺麗なくまきゅうが現れる。
送還して、召喚すると綺麗になる秘技だ。
ゲームと違って、召喚回数や再召喚に時間のペナルティなどが無くてよかった。
「くぅ~ん?」
くまきゅうが「どうして送還したの?」って感じの表情をしている。
「なんでもないよ。くまきゅう、守ってくれて、ありがとう」
わたしはくまきゅうに近づくと、今度は首に抱きつきながらお礼を言う。
ふわふわで、綺麗な白い毛並みだ。やっぱり、くまゆるとくまきゅうは、綺麗じゃないとね。
くまきゅうは嬉しそうに鳴く。
それから、わたしは蜘蛛に囲まれないように村の中を駆け回り、討伐していく。
くまゆるとくまきゅうには、なるべく魔法で倒してもらい、接近戦はしないようにしてもらう。
いくら秘技があるとはいえ、汚れたくまゆるとくまきゅうは見たくない。
帰ったら、2人をお風呂に入れてあげて、ハチミツをあげよう。
デボラネとの共同討伐が始まりました。
【お知らせ】
TVアニメ『くまクマ熊ベアー』オフィシャルファンブックが発売することになりました。
書き下ろしSSも書きました。
発売日は3/22になります。
※誤字を報告をしてくださっている皆様、いつも、ありがとうございます。
一部の漢字の修正については、書籍に合わせていただいていますので、修正していないところがありますが、ご了承ください。