624 クマさん、エレローラさんの襲撃に合う
本編です。
翌日、朝食を食べながら、今日の予定を話していると、外からわたしを呼ぶ女性の声がする。
「ユナちゃん、誰か来たみたいだけど」
聞き覚えのある声だ。
「ちょっと、出てきますね」
部屋を出て、玄関のドアを開けると、想像通りの人が立っていた。
「ユナちゃん。おはよう」
「エレローラさん。こんなに朝早くにどうしたんですか?」
「ユナちゃんが王都に来ているって聞いたから、仕事に行く前に会いに来たのよ」
「別に来なくても」
「だって、フィナちゃんと母親のティルミナさんも来ているんでしょう。挨拶ぐらいしないと」
「どうして2人がいること知っているの?」
「それは、サーニャから聞いたからよ」
確か、サーニャさん、フィナの解体のことはエレローラさんから聞いたって言っていたっけ。
「それに今回の件は、わたしが言い出したことだから、フィナちゃんが迷惑に思っていたら、謝らないといけないと思ってね」
「本人もやる気だから、大丈夫だと思うよ」
「それならいいけど」
玄関先で話もなんなので、エレローラさんには家に上がってもらう。
「ユナちゃん、お客様って誰だったの?」
部屋に戻ってくると、ティルミナさんが尋ねてくる。
「ティルミナさん、お久しぶりです」
そのお客さん本人がティルミナさんに挨拶をする。
「エ、エレローラ様!」
ティルミナさんの声で、フィナとシュリも驚く。
「フィナちゃん、シュリちゃんも久しぶり」
「は、はい。お、お久しぶりです」
「お、お久しぶりです」
フィナは少し緊張しながらも挨拶をする。
シュリも姉のフィナの真似をして挨拶をする。
「ふふ、そんなに緊張しないでいいわよ。わたしとフィナちゃんの仲でしょう」
どんな仲なのか、尋ねてみたい。
フィナは、仲と言われて、困った表情を浮かべる。
なので、助けに入る。
「フィナが困っているよ」
「あら、わたし、フィナちゃんを困らせるようなことはしていないわよ」
「エレローラさんの存在が困らせているんです」
「ユナちゃん、酷い」
エレローラさんが泣きまねをする。
いい大人がそんな泣きまねをしないでほしい。
エレローラさんは、見た目が若く可愛い。でも、本性を知っているから悪女に見える。
エレローラさんなら、きっと立派な悪女になれるだろう。
「ユナちゃん、変なことを考えていない?」
「なにも考えていないですよ」
表情を読まれないように、クマさんフードを下げる。
「それでフィナちゃん。サーニャさんにフィナちゃんのことを話してごめんなさいね。もし、サーニャさんからの手紙で断れないと思って参加するつもりなら」
「だ、大丈夫です。自分の意思で来ました。参加します」
「そう、それならよかったわ」
エレローラさんは微笑む。
「それじゃ、あらためてお礼を言うわ。フィナちゃん、来てくれてありがとう」
「いえ、その……」
貴族であるエレローラさんにお礼を言われて、困るフィナ。
「また、フィナを困らせて」
「酷い。お礼を言っただけなのに。でもフィナちゃん、本当に迷惑だったら言ってね。無理強いはさせないから。わたしからサーニャのほうへ言ってあげるから」
「ありがとうございます。でも、大丈夫です。ちゃんと自分の意思で参加します」
「そう、ありがとう。それじゃ、お礼をしなくちゃいけないわね」
「別にお礼は……」
「安心して、大したお礼じゃないから」
その言葉を聞いて、フィナは少し安堵を浮かべる。
でも、次の言葉で、フィナではなく、ティルミナさんが顔を青ざめさせることになる。
「フィナちゃん家族をお城に招待してあげるわ」
「……!?」
「ティルミナさん」
「は、はい」
いきなり名前を呼ばれたティルミナさんが驚く。
「ティルミナさんは、お城に入ったことはないですよね?」
「……それは、簡単に入れる場所ではありませんし、昔にちょっと王都に来たことがあるだけなので」
「そうよね。クリモニアじゃ遠いものね」
「……はい」
そもそも、王都に住んでいたとしても、簡単にお城に入れるものじゃない。
わたしの状況がおかしいだけだ。
「それじゃ、今から行きましょう!」
「えっ」
「ほら、フィナちゃんもシュリちゃんも、行くわよ」
フィナは戸惑い、シュリは両手を上げて喜ぶ。
ティルミナさんが、救いを求めるように、わたしを見る。
無理だと思うけど、助け舟だけは出しておく。
「エレローラさん、仕事はいいんですか?」
「何を言っているの? お客様を案内するのも大切な仕事でしょう」
「…………」
わたしは、ティルミナさんとフィナに向かって「諦めて」と意思表示をするように首を横に振る。
ティルミナさんから「ユナちゃん!」って心の叫びが聞こえてきそうだ。
断る理由が思いつかなかったよ。
そんなわけで、わたしたちはお城にやってくる。
わたしのことに気づいた門番が動こうとする。でも、エレローラさんが止める。
「今日はわたしのお客さんだから、陛下にお伝えしなくてもいいわ」
門番は困った表情をするが、エレローラさんの「わたしが責任を取るから大丈夫」の言葉で頷いてくれた。
「さっきのやり取りはなんですか?」
「あれは、ユナちゃんが王城に来たとき、陛下にお伝えするしきたりみたいなものよ」
ティルミナさんの質問に、エレローラさんが答える。
でも、しきたりって。
正しいけど、何か違うと思うよ。
「国王陛下に報告?」
「わたしがお城に来るとき、食べ物を持ってくるから、それを食べるためだよ」
そのせいで、毎回、お城に来るときは、食べ物を持ってくる習慣がついてしまった。
本当はフローラ様だけのつもりだったのに、今では、国王、王妃様、ティリア、料理長のゼレフさん、メイドのアンジュさんの分も用意することになっている。
でも、今日はお城に来る予定もなかったし、エレローラさんのいきなりの誘いだったから、目新しい食べ物は持ってきていないので、来られても困る。
王城の中を歩くわたしたち。
ティルミナさんは、キョロキョロ周りを見ながら不安そうに歩いている。
「お城の中を見学できるのは嬉しいけど、緊張するわね」
まあ、わたしは何度も来ているので、緊張はしてない。
「フィナは大丈夫?」
ティルミナさんはフィナに視線を向ける。
フィナはシュリが勝手に歩かないように手を握って歩いている。
「うん、大丈夫。何度か来ているから、初めの頃に比べたら」
フィナも強くなったものだ。
人は何度も経験をすれば慣れるものだね。
わたしも毎日、クマの着ぐるみを着ていたら、慣れてきてしまった。
今じゃ、クマの格好が普通になりつつある。
これは、クマの着ぐるみに、心が侵略されてきているかもしれない。
「シュリは?」
「お城、楽しいから」
シュリは緊張した様子もなく、目を輝かせている。
でも、不敬罪になっても困るので、目を光らせることにする。
シュリはたまに、予測がつかない行動をする。
「でも、フィナが初めてお城にきたとき、凄く緊張していたよね」
「あのときの記憶が途中からないです」
フィナはフローラ様に会ってからの記憶がない。だから、わたしが絵本を描いていたことも知らなかった。
後で絵本のことを知ったフィナに怒られたものだ。
「ふふ、そんなに緊張しなくても大丈夫よ。自分の家にいると思ってくれる感じでいいわ」
それは無理だと思うよ。
「でも本当に、わたしみたいな一般人がお城の中に入ってもいいんですか?」
すれ違う人たちが、わたしたちを見るが、エレローラさんが一緒にいることを知ると、軽く頭を下げ、なにも見なかったような素振りをする。
誰一人、わたしたちに文句を言う人はいない。
「わたしがいるから大丈夫。それに、ユナちゃんがいるしね」
「ユナちゃん?」
「ユナちゃんは、国王陛下にも認められ、自由に王城の出入りを許されているから。わたしとユナちゃんがいれば、誰も文句を言ってこないわ。だから、わたしたちから離れなければ、大丈夫よ」
そのエレローラさんの言葉に、ティルミナさんが後ろからわたしの肩を掴み、フィナがクマさんパペットを握ってくる。
さらに、シュリはフィナと反対側のクマさんパペットを握ってくる。
どうやら、シュリは二人の真似をしたみたいだ。
「ふふ、ユナちゃん、大人気ね」
エレローラさんはわたしたちを見て微笑む。
エレローラさんの言うとおりに、誰にも咎められることもなく、お城の中を見学している。
しばらくすると落ち着いたのか、ティルミナさんは離れてくれ、普通に歩くことができるようになる。
そう思っていると、わたしの腰に誰かが抱きついてくる。
シュリかなと思ったら違った。
「あら、フローラ様?」
「フローラ様?」
この国の王女のフローラ様がわたしに抱きついていた。
少し離れた場所にアンジュさんがいて、目が合うと軽く頭を下げる。
どうやら、散歩中にわたしのことを見つけたらしい。
「ティルミナさん、紹介しますね。この国の王女であるフローラ様だよ」
「王女様?」
ティルミナさんはわたしを確認するように見る。
「国王陛下の娘で、お姫様だよ」
同じことをもう一度言う。
ティルミナさんは口をパクパクとさせる。
気持ちは分かるけど、これはこれで不敬になりそうだ。
「ふぃな、しゅり」
「フローラ様、お久しぶりです」
「ひめ様」
フローラ様は学園祭のときに会ったフィナとシュリのことを覚えていたらしい。
凄い。
わたしなんて人の名前覚えるの苦手なのに。
でも納得がいかないことがある。
なぜ、わたしは未だにくまさんなの?
なにか二人に負けた気分だ。
「娘たちが、お姫様と話をしているわ」
挨拶をしただけだけど。
「だれ?」
フローラ様がティルミナさんを見る。
「わたしのお母さんです」
「ティ、ティルミナと申します。フローラ様」
ティルミナさんは頭を深く下げて挨拶をする。
「わたしはフローラ」
フローラ様は名前を名乗ると、わたしの服を掴む。
「くまさん、あそぼう。ふぃなもしゅりも」
「えっと」
「まあ、お城案内もしたし、お姫様の誘いは断れないわよね」
エレローラさんは微笑み、ティルミナさんの顔は引き攣り、フィナは困った表情を浮かべ、シュリはわたしのことを見ている。
わたしは、フローラ様の誘いを断って、逃げ出すことなどできない。
なので、ティルミナさんには諦めてもらう。
でも、流石にフローラ様の部屋に行くと、大変なことになりそうなので、庭園に行くことにする。
あそこなら、フィナもシュリも行っているし、話もしやすいはずだ。
フローラ様の手を繋ぎながら庭園にやってくると、先客がいた。
「おかあしゃま」
フローラ様がわたしのクマさんパペットを離すと、王妃様のところに駆け寄っていく。
「お母様って」
「王妃のキティア様ですよ」
「王妃様……」
ティルミナさんは、新たなる王族の登場で青ざめる。
うん、その気持ちわかるよ。
「あら、フィナちゃんとシュリちゃんだったかしら?」
「ひゃい」
「うん」
流石のフィナも、王妃様に話しかけられることには慣れていないみたいで、緊張している。
シュリは少し恥ずかしそうにしてフィナの後ろに隠れながら挨拶をする。
それから王妃様の好意?で、一緒にお茶をすることになり、ティルミナさんはロボットのように固まっていた。
ティルミナさん曰く、王妃様に会ってからの記憶はほとんどないらしい。
そんなところまで似てるなんて、流石親子だね。
国王陛下が現れなかったのは幸運だったかもしれない。
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※誤字を報告をしてくださっている皆様、いつも、ありがとうございます。
一部の漢字の修正については、書籍に合わせていただいていますので、修正していないところがありますが、ご了承ください。