608 クマさん、白紙のノートを読む
「それじゃ、村っていうのは」
ああ、そんな設定があったね。
「…………」
「…………」
わたしとフィナはカガリさんに目を向ける。
カガリさんが嘘を吐いたんだから、そのままカガリさんに任せる。
「……それよりも、先にノートじゃ」
カガリさんは少し考えたが、すぐに諦め、誤魔化すようにノートに目を向ける。
逃げた。
まあ、確かに、今はミアの勘違いを解いている場合じゃない。
ミアも納得していないようだったけど、お姫様だと勘違いしているので、カガリさんを問い詰めることはできずにいる。
わたしに飛び火しても困るので、カガリさんの言う通りにノートに目に向け、読むことにする。
『もしものことを考え、この町に起きた出来事を書き残すことにする』
『我々は、スライムの研究をしていた』
『スライムはどこでも生きられる性質を持っており、自分の体をそこに適した体に変えてしまう』
「さっき、カガリさんが言っていたことだね」
わたしの言葉にカガリさんは鼻を高くする。
『だが、その一方で体に取り込んだ物を分解し、綺麗にして吐き出すことが分かった』
つまり、不純物を浄化するってこと?
スライムって、あのゼリー状の体の中に取り込んで、なんでも溶かすイメージがある。
「スライムってそうなの?」
スライムに詳しいカガリさんに尋ねる。
「昔に毒沼だった場所にスライムが発生したことで、沼が綺麗になったと聞いたことがある」
「昔って、あんたは何歳なのよ」
ミアが小声で呟く。
カガリさんがお姫様の可能性があるので、強いツッコミができなくなっている。
わたしは気にせずに、ノートの続きを読むことにする。
『そのスライムの力を使って、下水、汚れた川、毒に侵された場所などを、綺麗にできないかと考え、我々はスライムの研究を始めた』
「そんなバカなことを考える奴がおったとはのう」
「わたしも、そう思う」
カガリさんとミアが頷く。
でも、日本で暮らしていた、わたしとしては理解できる。
下水処理がちゃんとされていない川などは最悪だ。その水で飲み食いをして、病原菌が広がり、ペストが流行り、多くの人が亡くなったことだってある。
清潔にするのは正しいことだ。
なにより、このスライムの研究をしていたのは昔のことらしいから、下水とかちゃんとしてなくて、川とかに垂れ流し、汚れていたのかもしれない。
『スライムとはいえ魔物の研究を城の近くでするわけもいかず、遠く離れた小さな町で行うことになった、それがこの町、ヘシュラーグになる』
「あの町の地下にスライムがいた理由が分かったのう」
それからノートには研究資金のため、他の魔道具を作っていたことも書かれている。
この町が魔道具の町と呼ばれていた理由やスライムのことなどの謎が解けていく。
わたしはノートを捲ると、スライムの研究の過程や結果が書かれていた。
『スライムには脳がなく、本能で動く。だから、脳の代わりになる魔道具を作れないかと考えた』
それで、魔道具の研究となるわけだ
前に魔物を操る魔法使いと戦ったことがあるけど、方法が違うみたいだ。
『まず、それにはスライムの特性を調べる。スライムは大きくなると分裂する。だが、お互いに引き付け合うことも分かった。矛盾しているが、個体によって変わってくるみたいだ』
『スライムを汚水の中に入れる。スライムは汚水を体内に取り込み、綺麗になった水を吐き出す。だが、全てのスライムがそうであるとは限らなかった。そのまま汚水を取り込み、毒を持つスライムになることもあった』
毒スライム、つまり汚水スライムってことだ。最悪だ。絶対に戦いたくないね。
それはミアやフィナも同様のようで、身震いしていた。
『スライムの体内に浄化するようにする命令式が入った魔道具を入れるが、命令通りに動かない』
「そんな魔道具が作れるわけがなかろうに」
カガリさんは呆れている。
でも、復讐のため命をかけて魔物を操ろうとした人物なら知っている。
簡単にできるものなら、苦労はしないし、魔物と敵対していると言っても、やってはいけないことだと思う。
魔物を討伐しているわたしが言うのもあれだけど、討伐と服従させるとでは、なにか違うような気がする。
『我々は、体内に取り込んだものを浄化するスライムだけを集めることにし、研究を進めていく』
『スライムの研究しているとき、どこから聞きつけたのか、クリュナ=ハルクと名乗る人物がやってきた』
「ここで、クリュナ=ハルクが出てくるのか」
もう一冊のノートにはクリュナ=ハルクの言葉に従っておけばよかったと、書かれていた。
『クリュナ=ハルクの名前は聞いたことがあったが、あまりにも幼かったので、初めは信じられなかったが、話をすれば本物だと分かった』
『でも、クリュナ=ハルクの研究を止めろとの言葉を受け入れることはできなかった』
『クリュナ=ハルクは何度も説得に来たが、しばらくすると来なくなった』
『そして、久しぶりにやってくると、杖を渡され、もしもの場合は、この杖に魔力を大量に注ぎ込めと言われた』
「杖?」
「杖って」
「あの?」
地下の白骨死体があった部屋にあった杖しか、思いつかない。
とりあえず、続きを読む。
『クリュナ=ハルクは杖をわたしに渡すと去っていき、二度と現れることはなかった』
前のノートにも同様のことが書いてあった。
『そして、クリュナ=ハルクが去って数年が過ぎた』
『スライムは汚水を綺麗にしていく。完成は近い。問題はどのくらいの量とどのくらいの規模を綺麗にすることができるかだ。この町の地下にある大量の汚水で、確かめてみる』
もしかして、あの広い貯水庫に汚水を溜めていたの?
『そして、ついに成功する。スライムがわたしたちの指示で動く』
『これで、汚染された川などを復活させることができる。いろいろと役にたつはずだ』
『だが、わたしたちの予想を超え、スライムが増殖していく』
『汚水を取り込み、大きくなっていく。汚水だけではなく、あらゆる物を取り込んでいく』
『成功ではなかった。あの魔道具は失敗だった。スライムは我々、人を浄化する対象と認識したのだ』
つまり、人をゴミと認識したってことだ。
自然を汚す人は、スライムにとっては、浄化対象と認識しても間違いじゃないかもしれない。
『ともに研究した研究者たちはスライムに取り込まれていく』
『スライムを止めなくてはならない。スライムを止められる可能性は我々が作った魔道具の破壊だ。あの命令式が誤認識の元だ。魔道具を壊せば、スライムが止まる可能性がある』
『我々はあらゆる方法を使って、スライムの中にある魔道具を壊そうとしたが、魔法は吸収され、武器は溶けていく』
『研究所にいた者たちがあらゆる方法を使ってスライムの体内にある魔道具に向かって攻撃をするが届かない』
『スライムはどんどん大きくなっていき、スライムの体内にある魔道具は手が届かない奥深くに移動し、魔道具は壊すことができなくなった』
「その魔道具ってスライムの体の中で溶けないの?」
「まあ、スライムの体に入れるからには、なにかしら、対処はしてあるんじゃろう」
カガリさんがミアの質問に答える。
「その溶けないもので武器を作れば」
「まあ、確かめたかもしれぬが、届かない位置に移動してしまったのかもしれぬ」
「そもそも、そんな武器を作る前に、研究者はスライムの体の中に吸収されちゃったみたいだし」
カガリさんとわたしの説明で納得したのかミアは口を閉じる。
『そして、スライムは下水道を通り、町にいる人を襲い出し始めた』
『スライムは止まらない。町の住民をどんどん飲み込んでいく』
『悪夢だ。夢だったら覚めてくれ』
「バカが」
「魔物を操ろうとした報いだね」
『誰も救うことができない』
『わたしも逃げるので精一杯だった』
『そんなとき、わたしはクリュナ=ハルクの言葉を思い出す』
『杖だ』
『わたしはクリュナ=ハルクから預かった杖のことを思い出した』
『アイテム袋から、クリュナ=ハルクから預かった杖を取り出す』
『クリュナ=ハルクは、もしものときは、この杖に魔力を込めろと言っていた』
『わたしは杖を握り魔力を注ぎ込んだ』
『動かない』
『クリュナ=ハルクの言葉を思い出す。もしものことがあれば、全ての魔力を注ぎ込めと言われた。わたしは杖を掴むと全ての魔力を注ぎ込んだ』
『奇跡が起こった。スライムが止まったが、その代償は大きかった』
『人はスライムに飲み込まれ、ほとんどの者が死んだ』
『町にいた巨大なスライムは、地下へと移動し、眠りにつくように静まり返った』
『クリュナ=ハルクの杖は魔道具を止める物だったみたいだ。その範囲は広く、町全体に及んだ』
『クリュナ=ハルクは、このようなことが起きる可能性があると知って、こんなものを作っていたのかと驚く』
『あのとき、クリュナ=ハルクの話をちゃんと聞いていればと、悔やまれる』
前のノートに書かれていたクリュナ=ハルクのことは、このことだったんだね。
『スライムの活用は失敗し、多くの死者をだした。さらに隣国に知られれば、魔物を操る魔道具を作り、戦争を仕掛けることを恐れたこの国の国王は、このことを隠蔽することになった』
『だが、町一つ無くなった理由が必要だったため、どこからとなく現れた巨大な魔物に襲われ、町が全滅したことにし、危険な町とされ、地図からこのヘシュラーグの町が消えることになった』
「だから、どこにもこの町の記録が残っていなかったのね」
ミアは納得したように頷いている。
『クリュナ=ハルクの魔道具を止める魔道具は町のあちこちにあり、杖は起動させるものだったらしい』
『わたしは生き残った研究者として、この町に残り、クリュナ=ハルクが作った魔道具を守ることにした。それが、生き残ったわたしの最後の役目だ』
「前のノートで、曖昧に書かれていた部分はスライムの研究のことだったんだね」
「汚点を知られたくなかった半面、誰かに事実を知ってほしかったんじゃろう」
それから、この研究者はクリュナ=ハルクの魔道具停止の魔道具を守るため、甲冑騎士を作ることになったってことが、もう一冊のノートに書かれていた。
白紙ノートはスライム情報でした。
16巻、書き下ろし及び店舗購入特典のSSのリクエストありがとうございました。
本日で、締め切らせていただきます。
参考にして、書かせていただきます。
ありがとうございました。
※誤字を報告をしてくださっている皆様、いつも、ありがとうございます。
一部、漢字の修正については、書籍に合わせていただいていますので、修正していないところがありますが、ご了承ください。