605 クマさん、水から逃げる
わたしがミアからもう一冊のノートを受け取ると文字が浮かび始めた。
間違いなく、ミアが持っている時点では文字は書かれていなかった。もし、文字が書いてあれば、ミアが反応していたし、読んでいたはずだ。
「…………」
「ユナお姉ちゃん、どうしたの?」
ジッとノートを見ているわたしに、フィナが尋ねてくる。
「ううん、なんでもないよ」
もう一冊のノートの内容が気になるけど、この手のことは知らないことがよかったり、他の人には話さないほうがいいと相場が決まっている。
でも、内容は気になるので、あとでゆっくりと一人で読むことにする。わたしは二冊のノートをクマボックスに仕舞う。
「それじゃ、他の部屋を探しましょう」
「ミアちゃん、慌てると危ないよ」
ミアとキャロルは部屋から出ていこうとする。その瞬間、部屋が明るくなる。
「な、なに!?」
「ごめんなさい。わたしが魔石に触れたみたいで」
キャロルが申し訳なさそうに謝る。
「なんじゃ、驚かすんじゃない」
「ちょっとまって、さっきわたしが触ったとき、点かなかったわよ」
確かに、そういえばそうだ。
ミアが部屋の光を点けようとしたとき、点かなかった。
ミアがキャロルのいる壁に近寄り、魔石に触れる。すると、部屋の光が消える。さらにもう一度触れると、明るくなる。
「お主、ちゃんと触ったのか?」
「触ったわよ」
「えっと、アイテム袋も使えるみたいだよ」
フィナがアイテム袋から、タオルを出してみせる。
それを見た、ミアとキャロルもアイテム袋を使ってみる。
「本当だ」
「どうして、使えるようになったのかな?」
「でも、これで魔道具が使えるようになったから、調べやすくなったわ」
ミアはアイテム袋から、ランタンのようなものを取り出して、光を灯す。ミアの周辺が明るくなる。
ミアの言葉にフィナが残念そうにして、そっとクマの光を消していた。
わたしはフィナに近づく。
「もう、必要ないかなと思って」
「フィナ……」
「なに言っているのよ。こんな光じゃ、手元しか明るくならないわよ。まだ、あなたの魔法が必要よ」
フィナの声が聞こえていたのか、ミアが魔法の光を消したフィナに対して言う。
「……ミアお姉ちゃん」
「部屋の外は暗いでしょう。ほら、さっさとクマの光を出してちょうだい。まだ、あなたには役に立ってもらうんだから」
キャロルもできるのに、ミアはフィナに頼む。
「う、うん」
フィナは、消したクマの光をもう一度出す。
「ありがとう」
ミアがお礼を言うと、フィナは嬉しそうにする。
そして、フィナのクマの光がドアの外に出ると、ミアが声をあげる。
「なにこれ!」
「どうしたの?」
ぴちゃ
足下で音がする。
「なに?」
ミアが足元を見ると、水で濡れている。
「どうして、水が?」
部屋の外にある貯水庫に目を向けると、水が溢れていた。
「もしかして、水が増えているの!?」
「そうらしいのう」
「これじゃ、他の部屋を調べられないじゃない。でも、少しなら時間はある?」
「ミアちゃん、危ないよ。このまま増えたら、逃げられなくなって死んじゃうよ」
ここは地下だ。地上とは違う。水が溢れれば、危険なのは間違いない。
「少しぐらい、大丈夫よ」
ミアとキャロルが話し合っていると、くまゆるとくまきゅうが「「くぅ~ん!」」と鳴く。
その瞬間、貯水庫の水がせり上がる。
「な、なに!」
「分からないが、お主たち、逃げるぞ」
「くまゆる! ミアとキャロルを乗せて!」
わたしはフィナを掴むと、くまきゅうに乗るカガリさんの後ろに飛び乗る。
「えっ」
「くぅ~ん」
くまゆるはミアとキャロルの傍に移動する。
「早く!」
ミアとキャロルはくまゆるの背中に乗る。
「くまゆる、くまきゅう、走って」
「「くぅ~ん」」
くまゆるとくまきゅうは走り出す。
貯水庫の横の通路を走り、破壊したドアに向かう。
貯水庫の水が生き物のようにうねり、わたしたちに向かってくる。
普通の水じゃない。
「くまゆる、くまきゅう、急いで!」
「「くぅ~ん」」
くまゆるとくまきゅうは、わたしが壊したドアを抜け、通路を走る。
「フィナ、しっかり掴まって」
「うん」
「カガリさんも落ちないでよ」
「わかっておる。じゃが、妾をぞんざいに扱うんじゃない」
カガリさんを落ちないように抱いているわたしに文句を言う。
「クレームは後で聞くよ」
今はここから脱出することが先決だ。
「水が迫ってくるわよ」
くまゆるに乗っているミアが叫ぶ。
後ろを見ると、水が迫ってくる。
「もうすぐ、階段だから、そこまで行けば」
くまゆるとくまきゅうは通路を駆け、階段を上がっていく。
後ろを確認する。水はせり上がってくる。
「くまゆる、くまきゅう。そのまま、ミアたちの馬がいるところまで走って」
「「くぅ~ん」」
くまゆるとくまきゅうは、さらに加速する。
建物から脱出すると、そのままミアたちの馬がいるところまで走る。
「ミア、馬を」
「分かっているわ」
ミアはくまきゅうから降りると、馬のところに駆け寄る。
フィナも出したままにしてあったクマの光を消す。
「早く町の外へ」
ミアは馬を連れて、壁の穴から馬を連れて出る。わたしたちもそれに続く。
わたしは念のため、穴を土魔法で埋める。
「ちょっ、あれはなんなのよ。いきなり、水が溢れてくるなんて」
「じゃが、少し変じゃった。まるで、水が生き物のように動いているように見えた」
「あんたも? わたしもそう見えたよ」
わたしも、同様に生き物のように見えた。
くまゆるとくまきゅうが「「くぅ~ん」」と、何かを教えるように鳴く。
もしかして、魔物?
わたしは探知スキルを使う。
「嘘」
スライムの文字がわたしの目に飛び込んでくる。
それも、一匹や二匹じゃない。
町の中はスライムの文字で埋め尽くされていた。
「どうしたの?」
「いや、その」
どう説明をしたらいいか困る。
「はっきりしないわね。なにか分かったらなら、話しなさいよ」
ここで黙っていても話は進まないので、わたしは素直に答える。
「スライムかも」
「あれが、スライムじゃと言うのか?」
「っは? スライム? スライムって、たまに見かけるけど、無害なスライム」
この世界ではどうなっているか知らないけど、わたしの知っているスライムは最弱でもあり、最強でもある生物だ。
「お主は知らぬのか」
「なによ」
「スライムはお互いにくっつき、大きくなることがある」
「聞いたことがあります。それで、動物や人を襲うとか」
「そうなの?」
「ミアちゃん、もう少し勉強したほうがいいよ」
もしかして、あれが全部くっついたスライム?
だから、無数にスライム反応?
でも、どうして、探知スキルに反応がなかったの?
くまゆるとくまきゅうも気づかなかった?
もしかして、貯水庫の奥深くにいたから?
答えはでない。
「ちょっと、確認してくるから、待っておれ」
「確認って、どうやって……」
ミアが言い終わる前に、カガリさんの体が浮かび上がって、町を囲う壁より高く上がっていく。
「ちょ、あの子、空を飛んだわよ!」
ミアは空を飛ぶカガリさんを驚いたように指差す。
「今は、気にしないでもらえると助かるよ」
「気にするなって、空を飛んでいるのよ!」
やっぱり、ここでも空を飛ぶのは非常識らしい。
カガリさんは上空で確認したのか、下りてくる。
「あんた、空を飛べるの?」
「今は、そんなことを言っておる場合じゃない。やばいぞ、巨大なスライムになっておる」
「巨大なスライムって、クマぐらい?」
ミアはくまゆるとくまきゅうを見ながら尋ねる。
「バカ言うな。巨大と言ったじゃろう。町を覆い尽くそうとしている。こんな大きいスライムなんて見たことも聞いたこともないぞ」
「どうして、そんなスライムがどこから」
「あの、妾たちが出てきた入り口だけじゃなく、地下から、湧き出ている感じじゃった」
それじゃ、やっぱり地下に?
「壁を見て!」
「水が」
「スライムか!?」
壁の隙間から水が出てくる。
「ここから急いで離れるぞ」
「わたしが馬に乗るから、キャロルはそっちのクマに乗せてもらいなさい」
「でも」
「わたしは大丈夫だから。それに、この子に2人も乗せて走らせたら、長くは持たないわ。ユナ、キャロルをお願い」
もちろん、断ることはしない。
ミアは馬に乗り、キャロルはくまゆるに乗り、くまきゅうに乗っているわたし、カガリさん、フィナはそのままくまきゅうに乗って、走り出す。
町の壁沿いを走り、町の正面に向かう。そこから使われなくなった道を使って、逃げる。
わたしたちは町の正面まで移動する。
「嘘でしょう」
「ユナお姉ちゃん!」
ミアとフィナが叫ぶ。
町の門の入り口を塞いでいる岩の隙間から水が出てきている。
「スライムが」
「急ぐよ」
「でも、この道は木が倒れていて」
「わたしが道を切り開くから、そのまま走り続けて」
わたしを先頭に廃れた道を走る。
「ユナ! 木が!」
「絶対に止まらないで」
馬にしろ、何でも一度止まれば、最高速度になるまで時間がかかる。それが命取りになる場合もある。
まして、ミアは馬だ。くまゆるとくまきゅうと違って、再加速は簡単にできない。
「ユナ!」
ミアが叫ぶ。
わたしは目の前に倒れている木をクマの風魔法で切り裂き、コマ切れになった倒れた木を風魔法で吹き飛ばす。
道が開く。
その道をわたしとフィナ、カガリさんが乗るくまきゅう、ミアが乗る馬、キャロルが乗るくまゆるが駆け抜けていく。
「ちょ、甲冑騎士を倒したときも、信じられないと思ったのに、本当に信じられないことを簡単にするわね」
「安心するのは早いぞ」
「分かっているよ」
道を塞ぐ木は一本ではない。
わたしは道を塞ぐ木々を、同様の方法で吹き飛ばし、廃れた道を駆けていく。
申し訳ありません。再開ではありません。
いろいろとお知らせがあるため、投稿させていただきました。
まず、本日15巻が発売です。
今回もサイン本や店舗購入特典などがあります。
詳しいことは活動報告に書かせていただきましたので、そちらからよろしくお願いします。
また、PASH!ブックス 5周年フェアが行われます。
PASH!ブックスの電子書籍が55%OFFとなります。
くまクマ熊ベアーも14巻までが対象になるそうです。
行われる電子書籍店様などは、活動報告にてお願いします。
次回の再開はもう少し、お待ちください。
16巻のショートストーリーも活動報告にて募集中です。
よろしくお願いします。
※誤字を報告をしてくださっている皆様、いつも、ありがとうございます。
一部、漢字の修正については、書籍に合わせていただいていますので、修正していないところがありますが、ご了承ください。
くまなの
追記
PASH! ブックスのTwitterのフォロー&ツイートをすると5周年記念図書カードが抽選でもらうことができるキャンペーンをおこなっています。
絵柄は029先生のイラストでユナになります。
詳しいことは活動報告にて、よろしくお願いします。