590 クマさん、タールグイに果物を採りにいく
二部の始まりです。
「はぁ、気持ちいい」
「はい、気持ちいいです」
「「くぅ~ん」」
わたしとフィナ、それからくまゆるとくまきゅうは和の国の温泉に入りに来ている。
朝から温泉に入れるって幸せだね。
「なぜ、お主たちが朝から温泉に入っておるのじゃ?」
同じように温泉に入っている幼女姿のカガリさんが尋ねてくる。
夜に入りに来ることはあるけど、確かに朝は温泉に入るのは珍しい。
「なぜと聞かれたら、そこに温泉があるから?」
この世界の住人に通じるわけがないが、とある名言をパクってみる。
「まあ、この家はお主の物だから、構わぬが」
やっぱり通じなかったみたいだ。
「いや、ちょっと温泉に入りたくなって」
「ユナお姉ちゃんに誘われて」
「「くぅ~ん」」
「流石に、クマの言葉は分からんぞ」
ニュアンス的に、わたしに誘われたからと言っている感じかな。
「これから、フィナとお出かけする予定だったんだけど、その前に」
昨日の夜もちゃんとお風呂に入ったけど、起きたら入りたくなったから仕方ない。なので、フィナが家に来たら、そのまま温泉に入りに来た。
「お主たち、どこかに行くのか?」
「うん、まあ」
今日はタールグイに果物などを採りに行くことになっている。シュリも誘ったけど、先日までティルミナさんと離れていたので、帰ってきてからはティルミナさんにベッタリだ。
そんなわけで、果物採りにはフィナと2人で行くことになった。
「歯切れが悪いのう。どこに行くか分からんが、暇だし、妾も一緒に行こうかのう」
カガリさんは大蛇の封印の管理の仕事がなくなったこともあって、定年退職した人みたいに時間をもて余している感じだ。
まあ、長い間、仕事をしてきたのだから、のんびりする権利はあると思う。
「カガリさんも来るの?」
「なんじゃ、ダメなのか?」
「別にダメじゃないけど」
クマの転移門のことは知っているし、問題があるとしたら、行く場所がタールグイってことぐらいだ。
「ただ、果物を採りにいくだけだよ」
だけど、わたしの言葉にカガリさんが反応する。
「ほほう、果物か、美味しいのか?」
「わたしは美味しいと思うけど」
わたしは、隣にいるフィナを見て、同意を求める。
「はい。とっても美味しいです」
「それじゃ、妾も行くとしよう」
断る理由も見つからなかったので、カガリさんも一緒に行くことになった。
温泉から出たわたしは、くまゆるとくまきゅうをドライヤーで乾かす時間がなかったので、送還して、召喚する裏技を使って乾かす。でも、それが不服だったらしく、くまゆるとくまきゅうは少し残念そうにしていた。
どうやら、お風呂上がりのドライヤーとブラッシングをしてもらえると思っていたらしい。
でも、あれって時間がかかるんだよね。なので、時間がないときは諦めてもらう。
そして、それぞれ服を着たわたしたちは、タールグイのある島にやってくる。
ちなみに、カガリさんには大人用のぶかぶかの服ではなく、ちゃんと子供用の服を着てもらう。さすがに果物採りに、ぶかぶかの大人用の服では動きづらく、邪魔になるだけだ。
わたしたちはタールグイにあるクマハウスから外に出ると、カガリさんはキョロキョロと周りを見て、狐の耳を立て、鼻をクンクンさせる。
まるで犬のようだ。いや、狐だった。
「波の音が聞こえる。それと、潮の香りがする。海が近いのか?」
やっぱり、犬かもしれない。
まあ、そんなことを言ったら、怒るので言わないけど。
「うん、まあ、海は近いかな」
「お主、先ほどから返答が曖昧じゃぞ。ここは、そんなに知られたくない場所なのか? 別に、誰かに言いふらすつもりはないし、誰かに教えたとしても来ることなんてできぬじゃろう」
「まあ、そうなんだけど」
知ったとしても来ることは難しい。なんたって、動いている島なんだから。
「カガリさん、タールグイって知っている?」
「タールグイ? 海にいる巨大な生物の名前のことじゃろう。そのぐらいは知っておる」
和の国でも知られているみたいだ。シアの言う通り、知っている人は知っているみたいだ。
「なぜ、ここで、その名前がでてくる?」
「えっと、ここが、そのタールグイの上だから?」
少し悩んだけど、カガリさんなら教えても良いと思い、答える。
「…………」
カガリさんの目が点になった。
「本当か?」
「本当」
わたしが真面目な表情で言うと、カガリさんの体が浮かび上がる。
そして、上空で全体を見回すと、降りてくる。
「本当に、タールグイの上じゃ」
カガリさんの口から予想外の言葉が出てきた。
どうして、上から見ただけでタールグイと分かる?
「もしかして、タールグイのこと、知っているの? っていうより、来たことがあったの?」
じゃないと、見ただけで、ここがタールグイと分かる訳がない。
「長いこと和の国にいる妾は、暇があると空を散歩するのが趣味なんじゃ」
空を散歩するとか言ったよ。
普通の人は、空を散歩したりはしないよ。
でも、わたしとフィナは聞き流す。
「そのときも、暇じゃった妾は空を散歩していると、和の国の近くに見知らぬ島を発見した。周辺の島のことは全て把握しているつもりじゃった。でも、その島はいきなり現れたのじゃ。妾は探索をした。だが、島は動き出し、調べることができなかった。じゃが、その数年後、また現れた。そのときに調べて、ここがタールグイじゃと知ったんじゃよ」
そういえば、わたしが和の国を発見したのも、タールグイが近くに行ってくれたからだ。
「じゃが、お主、タールグイの上に家を建てるなんて、罰当たりなことをするのう」
カガリさんはクマハウスを見ながら言う。
シアからタールグイのことを聞いたけど、伝説の生物という以外、ピンとこない。やっぱり、知っている人からしたら、タールグイは神獣や聖獣扱いなのかな?
「だが、ここがタールグイってことは、お主が和の国に来たのも……」
わたしはうなずく。
「それで納得がいったわ。サクラのやつが『夢のお告げで海からやってきました』と言っておったから、船に乗ってきたかと思ったら、クマに乗って海を渡ってきたと言っておったからのう」
「この島にいたら、陸が見えてきたから行ってみたら、和の国だったんだよ。でも、まさか、あんな大変なことに巻き込まれるとは思いもしなかったけどね」
「ふふ、タールグイがお主を連れてきてくれんかったら、和の国は滅んでいたかもしれぬ。タールグイには感謝じゃな」
カガリさんは笑う。
「まあ、カガリさんが、タールグイのことを知っている理由は分かったよ。だから、そんな理由だから、他の人には言わないでもらえると助かるかな。とくに、シノブとか」
「まあ、簡単に話せることじゃないのは分かった」
「一応、確認だけど、この上にいても大丈夫だよね?」
「まあ、言い伝えや、妾もこの上にいたことがあるが、何も起きなかったから、大丈夫じゃろう。それに、なにかあれば、嬢ちゃんの門で逃げられるじゃろう」
確かに、前みたいにワイバーンが襲ってくるようなことがあれば、逃げればいいだけのことだ。
「それじゃ、カガリさんはクリュナ=ハルクについても知っているの?」
「懐かしい名前が出てきたのう。知っていると言えば、知っておる」
わたしは石碑について尋ねたつもりだったけど、少し違うみたいだ。
「もしかして、会ったことがあるとか?」
わたしの質問にカガリさんは考え込む。
「う~ん、秘密じゃ。それよりも、果物を採りに行くんじゃろう。行くぞ」
カガリさんはクリュナ=ハルクのことを誤魔化すように歩き出す。
もしかして、このタールグイの上で会ったことがあるのかな?
でも、どうして誤魔化すんだろう?
気になったけど、わたしにだって隠し事の一つや二つ、三つ、四つ。うん、たくさんあるね。
別に、今はクリュナ=ハルクの情報は必要ないので、無理に聞き出すことはせずに、カガリさんの後を追う。
「本当に、いろいろな果物がなっておるな」
リンゴ、オレン、バナナ、桃、野イチゴ、いろいろな果物がなっている。
まあ、これもクリュナ=ハルクが植えたおかげだ。
「カガリさん。タールグイに来たことがあるなら、知っているんじゃない?」
「妾が来たときには、なかったはずじゃ。気づかなかっただけかもしれぬが。それに、動くから、そんなに探索はできなかったからのう」
そもそも、クリュナ=ハルクが、いつここに居たかも謎だ。
カガリさんに聞いても答えてくれなさそうだし、今度、シアにでも聞こうかな。
「くまきゅう、立ち上がるから、動かないでね」
「くぅ~ん」
フィナはくまきゅうの上に立ち、リンゴやオレンなどの果物を採っていく。
カガリさんは空を飛んで、高い位置にある果物を採る。
本当に、空を飛べるのは便利だね。
わたしは、土魔法を使って、階段を作り、高い位置のを採る。
そして、それぞれが採ったものは、くまゆるのところに集めていく。
「ユナお姉ちゃん、このぐらいでいいですか?」
くまゆるの前には果物屋のように果物が並んでいる。まるで、くまゆるがお店を開いているみたいで、微笑ましい光景になっている。
「フィナとカガリさんのおかげでたくさん採れたよ。ありがとう」
「くぅ~ん」
「もちろん、くまきゅうもお手伝いありがとうね」
「くぅ~ん」
「くまゆるも、果物の管理、ありがとうね」
「「くぅ~ん」」
くまゆるとくまきゅうは嬉しそうに鳴く。
「だが、そんなに大量に採って、食べきれるのか?」
「わたしのアイテム袋は特殊だから、腐ったり、傷んだりしないから、大丈夫だよ」
わたしはクマさんパペットをパクパクさせてみせる。
「食べ物を粗末にせぬならいい」
「それじゃ、昼食にしようか」
わたしたちは、海岸線に来て、海を見ながら、パンや採りたての果物で昼食にする。
「美味しいのう」
「外で食べる食事は美味しいです」
カガリさんもフィナも美味しそうに食べている。
フィナの言葉じゃないけど、外で食べる食事は美味しく感じるから、不思議だ。
それに、風が気持ちいい。
わたしはナイフを出して、リンゴを切ってウサギを作ってみる。
「これはなんですか?」
「ウサギだよ」
「確かに、ウサギに似ているのう」
カガリさんは、ウサギのリンゴを手に取ると口の中に入れる。
「少し酸っぱいが旨いのう」
フィナはジッとリンゴを見ている。
「もしかして、ウサギ、知らない?」
「いえ、知っています。ただ、ユナお姉ちゃんって、簡単になんでも作っちゃうんだなと思って」
「別に難しいことじゃないよ。こうやって切ればいいだけだから」
わたしはフィナの前で切って見せる。
「こうですか?」
フィナも真似をしてウサギのリンゴを作ってみる。
「上手だよ」
そんな感じでウサギのリンゴを作っていたら、カガリさんが呆れるように口を開く。
「お主たち、そんなに作って、食べきれるのか?」
「うぅ」
たくさんのウサギが並んでいる。
確かに、これは作り過ぎた。
ここは、くまゆるとくまきゅうに手伝ってもらうことにする。
くまゆるとくまきゅうはウサギのリンゴを美味しそうに食べてくれた。
再開が遅くなり申し訳ありませんでした。
三日置きに投稿していきたいと思います。
アニメの情報については、もう少しお待ちいただけばと思います。
これからもクマをよろしくお願いします。
【お知らせ】
クマコミック4巻、3/27発売予定です。書き下ろしもありますのでよろしくお願いします。