586 クマさん、フィナにプレゼントする 和の国編 その2
「わしの村?」
「妾がこの地ですることはなにもない。あるのは、此奴が立派に成長するのを見守るぐらいじゃ」
カガリさんは温かい目でサクラを見つめる。
「カガリ様……」
「心配するのではない。前にも言ったが、お主が成長するまで、妾はここにいる。それが妾の最後の役目じゃ。でも、それもあっという間のことじゃろう。そしたら、ムムルートの村で世話になるのもいいかと最近、思ってのう。じゃから、ムムルートの村を見学じゃ。そんな訳で、嬢ちゃん。悪いがそのクマの扉を使わせてもらえぬか?」
見た目が幼女のカガリさんに嬢ちゃんと言われると、凄く違和感があるけど、実際は年上で、お婆ちゃんなんだと自分を納得させる。
「ムムルートさんがいいなら、別にいいけど」
「今回はカガリと話をするつもりじゃったから、別に構わないが。でも、初めに言っておくが、村にはお主が楽しめる物はなにもないぞ。あるのは森ぐらいだぞ」
「妾はなにもない小島で、何年、何十年と一人で居たのだぞ」
たまにお世話をしに来てくれる人がいたけど、基本一人だと言っていた。
「でもカガリ様、城下町に来ていましたよね?」
「それは酒を飲むときじゃ!」
カガリさんはサクラの言葉を否定する。
「それに、エルフの村にも酒ぐらいあるじゃろう?」
「まあ、酒ぐらいはあるが」
あの見た目で酒を飲んでいいのかなと、いつも思ってしまう。
「それに、村というんじゃから、お主一人だけじゃないんじゃろう?」
「それは、いるが」
「なら、行くぞ。嬢ちゃん、扉を開けてくれ」
カガリさんはムムルートさんの服を掴んで引っ張る。
「待ってください」
でも、サクラが真剣な目でカガリさんを止める。
「なんじゃ、止めるのか?」
「いいえ、止めません。ですが、行くなら、ちゃんとした格好をしてから、行ってください。ムムルート様が今のカガリ様をお連れになったら、大変なことになると思います」
全員、改めてカガリさんを見る。
ぶかぶかな服、見えそうで危ない。
「別に気にすることじゃないじゃろう」
「いや、サクラ嬢の言う通り、そんな格好のお主を連れていったら、わしの村長の立場が怪しくなる」
わたしもサクラとムムルートさんに同意見だ。
日本なら、逮捕案件になる可能性が高い。
「ムムルート様、少しお待ちください。カガリ様を着替えさせてきますので。シノブ、手伝ってください」
「了解っす」
サクラとシノブがカガリさんを連れて部屋から出ていくと、とたんに静かになる。
「ふふ」
「どうしたの?」
いきなりフィナが笑ったので、尋ねる。
「その、ついさっき、カリーナちゃんとお別れして、寂しいなと思っていたのに。カガリさんたちを見ていたら、寂しい気持ちが消えて、おかしくなって」
「そうじゃのう。さっきまで、わしもそんな気持ちじゃった。でも、あやつのおかげで、そんなものは消え去ったからのう」
シュリもルイミンも笑っている。
別れもあれば、出会いもある。
それに別れは、永遠ではない。
それにクマの転移門があれば、いつでも会いに行くことはできる。
カガリさんたちが出て行って、窓を見て、風景を楽しんでいると、カガリさんたちが戻ってきた。
「お待たせしました」
カガリさんはちゃんと子供用の服を着ている。
そして、少し、違和感がある。
なんだろう?
「あれ、耳がないよ」
シュリがカガリさんの耳に気づく。
ああ、狐の耳が消えていたんだ。よく、シュリが気づいたと感心する。
「念のためじゃ、狐の耳をした者なんて、いないと思うからな。人前に出るときは隠すぐらいはする」
カガリさんもちゃんと考えているんだね。
でも、シュリは残念そうにしていた。
カガリさんの準備も整ったので、クマの転移門をエルフの森に置いてあるクマの転移門へとイメージして、扉を開く。
「そうだ。スズランにはしばらく、来るなと伝えておいてくれ」
扉に入るところで、振り返って、サクラに向かって言う。
「はい。わかりました」
「それじゃ、妾はムムルートの村を堪能してくる」
あらためて、カガリさんはクマの転移門に入っていく。
「嬢ちゃん、今回はありがとう。いろいろと思い出すことができて、楽しかった」
ムムルートさんが扉の前で一度止まり、お礼を言う。
「それならよかったよ」
そして、クマの転移門の扉が閉まる。
そんな扉をジッとサクラが見つめている。
「もしかして、寂しい?」
「そうですね。いつかはカガリ様とお別れをするときが来ると思います。それにカガリ様は、この国のために長い時間を捧げてくれました。そんなカガリ様が行きたいと言われましたら、引き留めることはできません。それに、わたしが成長するまで、いてくださると言ってくださったので、大丈夫です」
見た目は子供でも、心は大人だね。
「それでは、これからどういたしますか?」
サクラは表情を変え、笑顔でわたしたちに尋ねる。
「それはもちろん、温泉」
「お風呂に入りたいです」
「大きいお風呂!」
「わたしも」
どうやら、みんなわたしと同じ気持ちだったらしい。
だって、せっかく温泉があるんだから入らないと。それに、いろいろと旅行して、精神的な疲れも溜まっている。
ここで一度リフレッシュしておきたい。
そんなわけで、わたしたちは温泉に入ることになった。
「あ〜、気持ちいい」
わたしは、だらしなく足を伸ばして、湯船に子熊化した くまゆるとくまきゅうと一緒に浸かってとろける。
「はい。こんな昼からお風呂に入れるなんて、贅沢です」
「うん、気持ちいいよ」
「お爺ちゃんも入ってから、いけばよかったのに」
わたしたちは全員で、ぐた〜と温泉に浸かる。
「みんなで入る温泉はいいですね」
サクラとシノブも一緒に入っている。小さい風呂で、一人で入るのもいいけど。大きなお風呂で、みんなで入るのもいいかもしれない。
それに、だれも胸にメロンを付けている人物はいないから、嫉妬することもない。……今のところは。
「でも、お風呂は傷に染みるっす」
シノブは腕を摩る。
少し、擦り傷が見える。
「シノブ。あなたも女の子なんですから、稽古もほどほどにしたほうがいいですよ」
「いや、自分が弱かったせいで、この前は迷惑をかけたっすからね。強くならないといけないっす」
「この前って、あんなことは二度と起こらないから、大丈夫です」
こないだって、大蛇のことだよね?
あんな魔物が何度も現れても困る。いくら、クマ装備があったとしても、何度も戦いたいとは思わない。
「それに、ユナみたいに自分より強い人はたくさんいるっす。サクラ様が、そんな人に襲われないか分からないっすから」
「守ってくれるのは嬉しいですが、自分のこともちゃんと考えてくださいね」
こうやって、努力の話を聞くと、本当に自分がチート能力で楽をしているのが分かる。努力をしているシノブに申し訳なくなる。でも、戦闘技術はゲームの中とはいえ、わたしが得たものだと思っている。
チート能力があっても、使う人によって発揮できるかどうかは違ってくる。と、自分に納得させるように言い訳をしてみる。
「それにしても、カガリ様が羨ましいっす。エルフの村、わたしも行ってみたかったっす」
「そうですね。わたしもムムルート様とルイミンさんの村が見たかったですね」
「う〜ん、それじゃ、ルイミンを送り届けるときに、行ってみる?」
さすがに、今からエルフの村に行って、すぐに和の国に戻ってくると、ルイミンの存在が面倒なことになる。
行くとしたら、ルイミンを送り届けるタイミングぐらいだ。
「いいのですか?」
「カガリさんを迎えに行くついでに、ちょっと寄るぐらいなら、大丈夫だと思うよ」
「でも、お爺ちゃんの言葉じゃないけど、なにもないよ」
「ルイミンさんが、どんな場所で暮らしているか見てみたいんです」
「サクラちゃんの家みたいに、立派じゃないから、恥ずかしいかも」
クマハウスよりは恥ずかしくはないと思うよ。
「それで、ユナ様たちは、どれほどこちらに居られるんですか?」
「特に決めていないけど、2、3日かな?」
結構、フィナとシュリを連れ回しているので、長くいるつもりはない。
そろそろ、帰らないといけないかなと思っている。
「そうですか。それなら、その間も、スズランには、ここに来ないように伝えたほうがいいですね」
「スズランさんは、毎日来ているの?」
「いえ、数日に一回来るぐらいです。スズランは毎日でも来たいみたいですが、カガリ様が、あまり来ないでいいとおっしゃっているので」
「そうなんだ」
「たぶん、別れが辛くなるから、傍に置かないんだと思います。だから、昔からお世話をするのは、限られた人数だけでした」
ムムルートさんのことじゃないけど、長寿だと、見送る側になる。残される者は、悲しみを背負うことになる。
なかなか、難しい問題だね。
そして、わたしたちは温泉につかりながら、おしゃべりをした。
十分に温泉を堪能したわたしたちは服を着るために、脱衣所に移動する。すると、ルイミンが籠を見て、布を手にする。
「あれ、この服は?」
ルイミンが手に持っていたのは和服だった。
「みなさん、この前のとき、こちらの国の服を気に入ってくれたみたいでしたので、用意しました」
わたしのまで用意されている。
クマの着ぐるみの上に置いてあった。
「あと、ユナ様の格好では目立ちますから」
そうだけど。クマの着ぐるみじゃないと落ち着かないんだよね。でも、サクラが用意してくれたのに、無下にもできない。
まあ、護衛にはシノブもいるし、クマの靴と手袋をしていれば大丈夫かな。
わたしたちはサクラのサプライズを受けることにして、和装に着替える。
街に向けて出発する。
「うぅ、羨ましいっす」
くまゆるとくまきゅうに乗っているわたしたちを見て、馬のハヤテマルに乗っているシノブが羨ましそうに見ている。
「お馬さんも可愛いよ」
シュリの言葉を分かっているのか、ハヤテマルは嬉しそうに鳴く。
「それじゃ、シュリもハヤテマルに乗るっすか?」
シュリはハヤテマルと自分が乗っているくまゆるを見比べる。
「くまゆるちゃんがいい」
その言葉にハヤテマルが悲しそうに鳴く。
子供の無邪気な言葉って、ときには残酷だよね。
カガリさんはムムルートさんの村に行きました。
そして、シュリがハヤテマルにダメージを与えました。
【お知らせ】
ニコニコ漫画で、クマが増量キャンペーンで、読める話数が増えていますので、よろしくお願いします。
そして、投稿が遅れ、感想の返信もできず、申し訳ありません。
いろいろと忙しいですが、15巻の書籍作業も始めないといけません。
クマ神様に自由時間を増やしてほしいです(笑)
※誤字を報告をしてくださっている皆様、いつも、ありがとうございます。お礼の返事ができませんので、ここで失礼します。