576 クマさん、フィナにプレゼントする 王都編 その5 お城から王都を見る
シアとエレローラさんの家を後にしたわたしたちは、クマハウスに戻ってくる。
クマハウスに戻ってくると、ムムルートさんとルイミンがいた。クマハウスは自由に出入りできるようになっている。
「ユナさん、お帰りなさい」
「ただいま。遅くなってごめんね」
もうすぐ、日が沈む。
「いえ、大丈夫です。わたしたちも、少し前に戻ってきたところです」
「夕食はどうする? どこかに食べに行く? 簡単なものならすぐにできるけど」
「疲れたので、あまり出かけたくないです」
「そうじゃのう、久しぶりの人ごみで疲れた。軽くでいいので、用意してくれると助かる」
「フィナとシュリも、それでいい?」
「はい」
「うん、いいよ」
そんなわけで、夕食の準備をする。
エルフの森で採ったキノコに野菜を炒め、溶いた卵を入れて、最後にパンに挟む。それから、スープを作って、簡単な夕食ができあがる。
そして、食事をしながら、ムムルートさんとルイミンの話を聞く。
話によると、わたしたちと別れたあと、サーニャさんがいろいろと王都を案内してくれたそうだ。
「もう、どこも人が多くて、疲れました」
「王都は何度か来ているが、今も変わらないようじゃな」
どこでもそうだけど、人が集まる場所には物と人が集まる。仕事でお金を稼ぐには人がいるところが一番だ。だから、必然的に人が集まる。
「そうだ、ユナさん。お姉ちゃんがお昼ごはんに、面白いお店に連れていってくれたんですよ」
「面白いお店?」
「クマさんのお店です」
「ぶっ」
パンを喉に詰まらせてしまった。フィナが飲み物を差し出してくれるので、飲み干す。さすがに、クマ装備でも、むせたときは対応してくれないみたいだ。
「そのクマのお店って、フォークとスプーンを持っているクマの石像のお店?」
「はい。クマさんがいたので、ユナさんに関わりがあるのかと思ったんですが」
そのお店って、間違いなく、あの店だよね。
でも、サーニャさん、知っているはずだよね。
「サーニャさんは何も言っていなかった?」
「なにも。ただ、ユナさんに話すと面白いかもと言っていました」
サーニャさん、面白がっているね。
「お姉ちゃんの含みがある言い方から、ユナさんに関係があると思ったんです」
さすが姉妹。長い間、別れていても、分かっている。
「一応、わたしが関わっているよ」
嘘を吐いても仕方ないので、素直に答える。
「やっぱり、そうなんですね。料理がとても美味しかったです。ねえ、お爺ちゃん」
「ああ、とくに、最後に食べたぷりんとかいうのは美味かった」
「もしかして、気に入ったの?」
「まあ、旨かったからのう」
ムムルートさんは恥ずかしそうに言う。
どうやら、ムムルートさんはプリンを気に入ってくれたらしい。
わたしはデザートとして、プリンを用意してあげる。
でも、ルイミンとムムルートさんの反応は鈍い。
「違った?」
「その、果物とか、いろいろとありました」
ああ、プリンだけでなく、果物もあったんだね。
ちょっとした高級デザートだね。
わたしはタールグイで手に入れた果物を使って、豪華なプリンをみんなに出してあげた。
ムムルートさんとルイミンだけでなく、フィナもシュリも美味しそうに食べてくれる。
「そうだ。ムムルートさんとルイミンの明日の予定は? わたしたち、少しだけお城に行くことになったんだけど」
細かい予定は決めていなかったけど、何もなければ次の街に行く予定だった。
「ユナさん、お城に行くんですか?」
「知り合いが、あの高い場所から風景を見せてくれるっていうから」
「いいな」
「それじゃ、ルイミンも行く?」
「いいんですか?」
「サーニャさんの知り合いだし、大丈夫だと思うよ」
「ムムルートさんはどうしますか?」
「いや、嬢ちゃんたちだけで、行ってくるがいい。わしは、一人で王都を回ってくる」
「お爺ちゃん、迷子にならない?」
「お前さんと、一緒にするな。多少は変わっているが、迷子にはならん。まあ、最悪、道に迷っても、冒険者ギルドの場所さえ分かれば、戻ってこられる」
冒険者ギルドの場所なら、知っている者も多いはず。そこから、クマハウスには戻ってこられるらしい。最悪、サーニャさんに連れてきてもらう方法もある。
翌日、お城にやってくる。
エレローラさんとの待ち合わせは、お城の入り口になっている。
「お待ちしていました。話はエレローラ様より伺っています」
門番がわたしを丁重に迎えてくれる。そして、わたしたちを確認するかのように見る。
「一人多いですが」
「一人増えたんだけど、ダメとか?」
「いえ、お話は3人と聞いていましたので。それでは、エレローラ様が来るまで、少しお待ちください」
わたしたちは門番の邪魔にならない位置に移動する。
「ユナさん、凄いです。お城の兵士さんが、丁重に扱っていました」
ルイミンが感動したように言う。
「それは、上の偉い人の指示があるからだよ」
内心じゃ、「こんなクマになんで」「このクマ、何者なんだ」「王様やエレローラ様の指示がなければ、こんなクマに」「こんな、変な恰好したクマに、どうして」「このクマのせいで、何度も走らされて」とか、思っているかもしれない。
だから、こちらも気を使っているところもある。
「でも、本当にわたしが来ても良かったんですか?」
ルイミンは周りを見ながら、そわそわしている。
「サーニャさんと知り合いだから、大丈夫だよ」
ダメってことはないと思う。
もし、ダメと言われたら、そのときに考えよう。
「ユナお姉ちゃん、エレローラ様が来られました」
フィナの視線の先に、エレローラさんが歩いてくるのが見えた。
「エレローラさん、おはよう」
わたしが挨拶をすると、フィナ、シュリ、ルイミンも挨拶をする。
「おはよう。今日も、みんな可愛いわね。それで、そっちの緑の髪をした可愛い女の子は誰? もしかして、ユナちゃん、拾ってきたの?」
「拾ってきたなんて、人聞き悪い」
まあ、初めて会ったときは、クマハウスの前に倒れていたから、拾って家にお持ち帰りしたけど。
「ふふ、冗談よ。もしかして、昨日言っていた、お連れさん? エルフの女の子かしら?」
「ルイミンです」
「この子も、一緒に見学してもいい?」
「ええ、別にいいけど。……あなた、どこかで会ったことある?」
エレローラさんは、ルイミンの顔に近づき、ジッと見る。ルイミンは一歩下がる。
「い、いえ、ないです」
「そう? どこかで会ったような気がするんだけど」
エレローラさんは首を傾げて、考え込む。
「この子はサーニャさんの妹さんだよ。だから、見覚えがあるんじゃないかな?」
「えっ、サーニャの妹!?」
珍しく、エレローラさんが驚いた表情をする。
「サーニャって、ギルドマスターの?」
「そのサーニャさんだよ」
「たしかに、髪の色といい、サーニャに似ているわね」
「お姉ちゃん、姉を知っているんですか?」
「うん、まあ、お世話になったり、なられたりの関係かな?」
城で働くエレローラさんと、冒険者ギルドのギルドマスターなら、そういう関係になるのかな?
エレローラさんは、もう一度、顔を近づけて、ルイミンの顔を見る。
「サーニャに似て、将来、有望そうな顔をしているわね」
エルフは美人が多い。だから、子供でも可愛らしい顔つきをしている。
ルイミンもその例に漏れることもなく、可愛らしい顔つきをしている。
でも、ルイミンだけじゃない。
「エレローラさん、うちの娘たちも将来有望だよ」
わたしがフィナとシュリの背中を押す。
「そうね。二人も将来有望ね」
エレローラさんはフィナとシュリを見て、同意する。
二人とも、十分に可愛い女の子だ。
フィナは恥ずかしそうに、シュリは嬉しそうにする。
とりあえず、立って会話をしているのも時間がもったいないので、歩きながら話をする。
「それじゃ、サーニャのお爺さんも来ているの?」
「誘ったんだけど、自分はいいって」
「それは残念ね。サーニャのお爺様に挨拶をしたかったわね」
「それで、どうして、ユナちゃんと一緒に?」
「お姉ちゃんに会いに来たら、王都で会ったんです」
昨日の打ち合わせ通りだ。
半分本当で、半分嘘だ。
エレローラさんは、少し怪しむように目を向けてくる。
「エレローラ姉ちゃん、お城の上に行かないの?」
シュリがタイミングよく尋ねてくれる。
そう、シュリはエレローラさんのことを「エレローラ姉ちゃん」と呼んでいる。学園祭のときに、ノア、シア、ミサのことを姉ちゃんと呼んでいるのを見て、エレローラさんも呼ばせたのだ。
もっとも、エレローラさんは見た目は若いので、十分にお姉ちゃんと呼ばれてもおかしくはないけど、実際の年齢を知っていると、ツッコミたくなる。でも、そんなことをすると怖いので、言わない。
「大丈夫よ。ちゃんと向かっているから」
わたしたちはお城の中に入り、階段を上っていく。
「わたしが本当にお城の中に入っていいんですか?」
キョロキョロ周りを見ながら、ルイミンが尋ねる。
「みんな、わたしのことを見ています」
すれ違う人は、必ずわたしたちを見ていく。
「まあ、ユナちゃんがいるからね」
お城に何度か出入りしているといっても、一部のところだけだ。わたしのことを初めて見る人も多いはずだ。
「わたしじゃ、なかったんですね」
ルイミンは安心した表情をする。
「っていうか、わたしが子供たちを連れているから、見ている可能性もあるわね。まあ、わたしがいれば、大丈夫だから、行きましょう」
わたしたちは階段を上っていく。
そして、廊下を歩き、エレローラさんは扉を開ける。
扉の先には、広い部屋があった。
「うわ、広い」
「シュリ、走っちゃダメ」
シュリが走り出そうとするが、フィナがしっかりと手をつかんでいる。
「パーティーとかに使われる部屋で、滅多に使われないから、大丈夫よ」
だから、広いのか。
「みんな、こっちよ」
エレローラさんは部屋の中を歩きだし、バルコニーがあるほうに向かう。
ここからでも、ガラス越しに青い空が見える。
エレローラさんはバルコニーに出る両開きのドアを開ける。風が吹き込んできて、全員の髪を靡かせる。
「いい眺めでしょう?」
エレローラさんがバルコニーから見える景色を見ながら言う。
「うわぁ……」
「すごい……」
「高いです……」
「……」
王都が一望できる。
建物が広がり、人が小さく動いているのが見える。
なんとも言えない光景が広がっている。
「王都って、こんなに広かったんですね」
フィナが目を大きくして、王都を見ている。
それはシュリもルイミンも同様だ。
広いとは思っていたけど、ヘリコプターやドローンがあるわけもなく、上空から王都を見ることはできない。
こうやって、改めて自分の目で見ると、王都が広いことを再認識する。
それに天気が良かったことも、この綺麗な景色に輪を掛けている。
「ここから見る王都は綺麗でしょう」
「はい。いろいろな建物や、いろいろな色もあって、綺麗です」
あと、道がちゃんと整備されているおかげもあるんだと思う。道がちゃんとしてないと、汚く見える。
「人もたくさん、歩いています」
「不思議でしょう。こんなに人が集まって、いろいろな人がいるんだから。わたしは、たまに見にくるのよ。この国に住む、住民を守らないといけないから、こうやって、ここから見ると、頑張らないといけないって」
国を支えるってことは、それだけで大変なことだと思う。
そんな大変な仕事は、わたしは絶対にやりたくないね。
小さなお店の管理だって面倒なのに。それさえも、ティルミナさんに任せているけど。
暇が一番だ。
「フィナちゃん、少しは誕生日プレゼントになったかしら?」
「はい、こんなに綺麗な景色を見ることができるとは思いませんでした。最高のプレゼントです。エレローラ様、ありがとうございます」
フィナは満面の笑みを浮かべる。
「これも、シュリがお城の上に行きたいって、言ったおかげだね」
自分がお城の上に行きたかっただけだと思うけど。シュリのおかげで、本来なら見ることができない景色を見ることができた。
「ユナお姉ちゃんも、ありがとうね」
「わたしは何もしていないよ」
フィナは首を横に振る。
「ユナお姉ちゃんが、王都に連れてきてくれました。ユナお姉ちゃんがノア様と知り合っていなければ、エレローラ様と会うこともなかったと思います。わたし、ユナお姉ちゃんに会えなかったら、こんなに綺麗な景色を一生見ることができなかったと思います。だから、ありがとうございます」
フィナの顔は満面の笑顔だった。
わたしはフィナの頭の上にクマさんパペットを置く。
「どういたしまして」
それから、フィナとシュリが飽きるまで、王都を眺めた。
ルイミンもずっと、感動していた。
遅くなりました。
そして、申し訳ありません。
次回も遅くなります。
書籍作業、何度も書き直していましたら、終わりませんでした。
お待ちしていた読者様にはご迷惑をおかけします。
※誤字を報告をしてくださっている皆様、いつも、ありがとうございます。お礼の返事ができませんので、ここで失礼します。