551 クマさん、ミレーヌさんを連れてくる
ジェイドさんたちと別れたわたしは、くまゆるを送還すると、くまきゅうに乗って山を駆け下りる。そして、ほどなくして山の麓にいるルリーナさんとギルのところまで戻ってくることができた。ルリーナさんとギルは、わたしが捕まえた見張り役の男と一緒にいたようだ。
「ユナちゃん? みんなは?」
わたしは簡単に現状を説明する。
「そう、逃げられてしまったのね」
「主犯格である男を捕まえたなら、問題はない」
ルリーナさんが困った顔をしたけど、ギルがフォローしてくれる。
「それじゃ、ユナちゃんはクリモニアに戻って、ギルマスに判断を聞きに行くのね」
「すぐに戻ってくるので、少し待っていてください」
「了解」
くまきゅうは超加速で走り、いつもよりずっと短時間でクリモニアに戻ってくる。わたしはいつもよりも速く走ってくれたくまきゅうに感謝すると送還する。そして、街の中に入ったわたしは商業ギルドまで走り、中に入る。
相変わらず、商業ギルドの中は人が多い。どうやって、ミレーヌさんを呼んでもらおうかと考えていると、受付に座っているリアナさんがわたしに気づき、軽く会釈してくれる。
そして、リアナさんは対応しているお客様が終わると、少しだけ席を外し、わたしのところにやってくる。
「ユナさん、もしかして、盗賊の件ですか?」
「知っているの?」
「ギルマスから、ユナさんたちが討伐に向かった話は伺っています。報告には冒険者ギルドの職員がやってくると思っていました」
どうやら、討伐の報告は冒険者ギルドから連絡が来ることになっていたらしい。
「その件でミレーヌさんに報告があるんだけど、会えるかな?」
わたしがそこまで言うと、リアナさんは理解し、すぐにミレーヌさんがいる部屋に通してくれる。
リアナさんにお礼を言って、部屋の中に入る。部屋の奥でミレーヌさんが、椅子に座って仕事をしていた。
「ユナちゃん、どうしたの? もしかして、もう、盗賊討伐は終わったの?」
「ちょっと、そのことで報告が……」
わたしは今回のあらましを報告して、クマボックスから、盗まれた綿が入った袋を出す。
「裏に商人がいるなら、捕まえないと、同じことを繰り返されるわね。人は甘い汁を吸うと、抜け出せなくなる。他人に盗みを働かせ、それを売る。商人として許される行為ではないわ」
商人でなくても許される行為じゃないと思うんだけど。もちろん、ツッコミはしないよ。
「そのリーデントって商人を捕まえないといけないわね」
「男の証言だけじゃダメなの?」
「男が嘘を吐いていると言われたら、それまでなのよ」
商人を捕まえるなら、それなりの証拠が必要ってことだ。
「それじゃ、どうするの?」
「ユナちゃん。悪いけど、その男のところまで、わたしを連れていってくれる?」
「仕事は大丈夫なんですか?」
さっきから気になっている机の上にある仕事を見る。そこには凄まじい量の紙の束が置かれていた。
「帰ってからやれば大丈夫よ。それに今回のこともわたしの仕事だから」
それを言われると、何も言えない。それにミレーヌさんが来てくれるのは、わたしとしても助かる。
「そういえば、冒険者ギルドには報告していないんだけど、冒険者ギルドには報告したほうがいい?」
「今回の件は、商業ギルドの問題でもあるし、今は目立つ行動はやめましょう。ジェイドの言うとおりに、知ってる人間が少ないほうがいいわ」
ミレーヌさんに綿の袋をアイテムボックスに仕舞うように言われたのでクマボックスに仕舞う。
わたしが仕舞うのを確認して、ミレーヌさんは職員を一人呼んだ。
「これから、わたしは仕事で外に出るけど、誰にも知られないようにして。急ぎの仕事は戻ってからやるから、置いておいて」
「分かりました」
職員は何も聞かずに頷く。
「それじゃ、ユナちゃん。裏口から出ましょう」
「裏口?」
「誰の目や耳があるか分からないでしょう。目立つ行動は少しでも避けましょう」
そう言うミレーヌさんの先導で、わたしたちは裏口から商業ギルドを出る。
「早く片付けて戻りましょう。そうしないと仕事が溜まっていくわ」
「あまり、無理はしないでくださいね」
聞けば最近は受付に座る暇もないほど、忙しいらしい。
無理はしないでほしいものだ。
そうして、街の外にやってきたわたしはくまゆるとくまきゅうを召喚する。
「くまゆるちゃん、くまきゅうちゃん、久しぶり。相変わらず可愛いわね」
「「くぅ~ん」」
ミレーヌさんがくまゆるとくまきゅうを撫でると、くまゆるとくまきゅうは嬉しそうに鳴く。ミレーヌさんにはくまきゅうに乗ってもらい、わたしはくまゆるに乗り、ルリーナさんたちが待つ山に向けて、走り出す。
そして、わたしはミレーヌさんが少しでも早く仕事に戻れるように、クリモニアに戻ってきたときと同じ速度でくまゆるとくまきゅうを走らせる。
だから、ミレーヌさんは叫ぶかと思っていたけど、意外と平然としていた。
わたしたちはくまゆるとくまきゅうががんばってくれたおかげで、盗賊が隠れていた山の麓まで思っていたよりも早く戻ってくることができた。
「ミレーヌさん、来てくださったんですね」
くまきゅうに乗って現れたミレーヌさんにジェイドさんたちが集まってくる。
「ジェイド、連絡をしてくれてありがとう」
「いや、みんなで相談した結果だ」
「そうね。みんな、ありがとう。それで、リーデントの知り合いは彼かしら?」
ミレーヌさんは縛られている男を見る。見張り役だった男は動きやすい服装をして、盗賊たちを監視していた男は少しだけ小ぎれいな服装をしている。
ミレーヌさんは男の顔を見る。
「見覚えがある顔ね」
男はなにか言いたそうにしているが、口を塞がれているため、なにも言えない。
「なにか、新しい情報は聞き出せた?」
「そっちの見張りをしていた男の話では、残されていた紙の通り、この男は商人の指示役だったみたいです。男のほうもそれは認めている。あと、こっちの男はギルドカードは持っていたけど、こっちの男はギルドカードなどの身分を証明するものは持っていなかった」
ジェイドさんは見張り役の男を見てから、指示役の男を見る。
「あと、盗まれた物は、ユナが確保した綿以外は、リーデントにすでに渡しているらしい。一応、隠れ家とその周辺を調べたが、何も見つからなかった」
探索をしたブリッツが説明を追加する。
「他の盗賊が隠れているかと思ったんだが、誰も見つけられなかった。この男から、逃げ出した仲間の情報を聞き出そうとしたが、どこの誰かも知らないらしい。名前も偽名を使っていたとか。実際に、そっちの男は偽名を使っていた」
偽名。悪いことをするときは偽名を使うんだね。わたしもユーナって偽名を使っているし。でも、あれは悪いことじゃなく、調べられたら困ると思ったからだ。そう考えると、意味的には同じことだね。
「わかったわ。みんな、ありがとう」
ミレーヌさんは男に近づくと、口を塞いでいる布を取る。
「取引をしましょう」
「取引?」
「ええ、あなたがリーデントを捕まえるのに協力してくれたら、今回のことは協力してくれたってことで、刑を軽くしてあげる」
「冗談を言うな。おまえみたいな小娘に、そんな権利はないだろう」
ごもっともな意見だ。
普通の人なら、そんな権利はない。
「わたしはクリモニアの街の商業ギルドのギルドマスターのミレーヌ。初めましてかしら?」
「嘘を吐くな。おまえ、クリモニアの商業ギルドの受付に座っているのを見たことがあるぞ。ギルドマスターが受付に座るわけがないだろう」
「あら、わたしのことを知っていたの。道理で見たことがあったのね。ちなみに、受付に座るのは、わたしの趣味」
ミレーヌさんは、たまに受付の席にいることがある。でも、最近は誰かがミリーラの町に繋がるトンネルを作ったことで、忙しくて受付の席に座れていないらしいと、リアナさんから聞いたことがある。
「これがわたしがギルマスである証拠よ」
ミレーヌさんは自分のギルドカードを男に見せる。
「本当なのか?」
男はギルドカードを見たあと、ミレーヌさんを見てから、周りにいるわたしたちを確認するように見る。
「信じられないと思うけど、ミレーヌさんは商業ギルドのギルドマスターよ」
クリモニアに一番詳しいルリーナさんが答える。
簡単には信じられないよね。わたしも初めて会ったときは、普通にギルドの受付嬢と思っていた。
だって、ミレーヌさんは若いし、普通に受付嬢と思うのは仕方ないことだ。
「どうする? 取引に応じる?」
「……」
男は下を向いて、考え込む。
「リーデント様を裏切ったら、商人としての未来がなくなる」
「捕まった時点で、未来はないわよ。でも、リーデントを捕まえるのに協力してくれたら、未来は開けるわよ」
「主人を裏切った俺を、信じる者なんていなくなる。商売は信用問題だ」
「あなた、勘違いしているわ。あなたの行動を批判する者は、自分にも後ろめたさがあるから、あなたに近寄りたくないのよ。もし、自分の悪いことを知られたら、密告されるんじゃないかってね。逆に、真面目にやっている者の目からしたら、主人の悪さも告発する誠実な男に思われるわよ」
「……」
「ただ、その者たちを裏切れば、今度こそ、あなたの商人としての未来は完全に消える」
確かに、詳しいことを知らなければ、誠実な男と思われるかもしれない。でも、悪さをしている者からしたら、密告が怖くて近寄れないだろう。だから、悪人は悪人同士でくっつく。
お互いの弱味を握っているのだから。
ミレーヌさんの言葉を聞いた男はジッと考え込み、決心をする。
「……わかった。協力する」
ミレーヌさんとの取引が成立した。
ミレーヌさんを連れて戻ってきました。
さっさと捕まえましょう。
※いつも誤字を報告をしてくださっている皆様、いつも、ありがとうございます。お礼の返事ができませんので、ここで失礼します。