548 クマさん、盗賊討伐に向かう
馬の用意を決めると、一人だけ断る人物がいた。
「わたしはくまゆるに乗るから馬はいらないよ」
ブリッツのハーレムメンバーのランが、そんなことを言い出す。
「ダメ、わたしが乗る予定」
ランの言葉にセニアさんが反応する。
「わたしも乗りたいかな」
ルリーナさんまで、言い出す。
さらにメルさんやローザさんまで、くまゆるとくまきゅうの背中の取り合いに参加する。
女性で参加していないのはブリッツのハーレムメンバーの一人、グリモスだけだ。
「そうなると、くまゆるとくまきゅうには、二人ぐらいは乗れるから、ユナとわたしを除くと、あと二人ね」
ランが勝手に決める。
「乗るのはわたしたち」
「わたしも乗りたい」
セニアさんの言葉にルリーナさんも続く。
盗賊討伐の話が、くまゆるとくまきゅうに誰が乗るかに変わる。
くまゆるとくまきゅうに乗りたがっているのは、メルさん、セニアさん、ルリーナさん、ローザさんにランの五人となる。でも、くまゆるとくまきゅうに乗れるのは、それぞれ二人までだ(無理をすれば乗れるかもしれないけど)。わたしは乗るので、残りは必然的にランの言う通りに三人となる。
でも、話はいっこうに平行線のままだ。
最終的にはギルドマスターが怒って、コイントスで決めることになった。その結果、くまゆるとくまきゅうに乗る人は、ルリーナさん、セニアさん、ランの三人となった。
「この手のことはデボラネが上手だったのよ」
一番に乗る権利を獲得したルリーナさんが微笑みながら教えてくれる。
デボラネって誰だろう?
たぶん、ルリーナさんの知り合いにコイントスが得意な人がいるんだろう。
でも、あれって、得意、不得意ってあるのかな? 自分でやるなら、回転数を調整できそうだけど。
翌日、冒険者ギルドに集まり、全員で街の外に移動する。
「ふふ、久しぶりの、くまゆるちゃん」
召喚したくまゆるにランが抱きつく。他のブリッツハーレムメンバーのローザさんもくまゆるの頭を撫でている。
くまきゅうのほうはジェイドさんのメンバーのセニアさん、メルさんが撫でる。
女性たちに大人気のくまゆるとくまきゅうだ。
「ルリーナさんは行かないんですか?」
わたしの隣にいるルリーナさんに尋ねる。
「あとで、触らせてもらうわよ。でも、ユナちゃんも、くまゆるちゃんとくまきゅうちゃんがいるなら、あんなことをしなくてもよかったのに」
「あんなこと?」
「もしかして、忘れたの? わたし、お姫様抱っこ、初めてだったのに」
……ぽん。
思い出した。
「ああ、あのときね」
ルリーナさんのパーティーメンバーのゴブリンを怪我をさせたことで、代わりにわたしがゴブリン討伐をすることになったことがあった。その討伐に同行したのがルリーナさん。
そのときはくまゆるもくまきゅうもいなかったので、お姫様抱っこして、ルリーナさんを運んだことがあった。
確かに、くまゆるとくまきゅうがいれば、お姫様抱っこをする必要はなかった。
でも、あのときはいなかったとは言いにくい。
「あのときは、ちょっと、くまゆるとくまきゅうは別の場所にいて、呼び出せなかったんですよ」
まあ、嘘ではない。どこにいたのか知らないけど、わたしのところにはいなかった。
「そうなのね」
ルリーナさんも納得したようで、これ以上は追及してこなかった。
わたしとルリーナさんはくまゆるに乗り、セニアさんとランはくまきゅうに乗り、盗賊が隠れている山に向かう。
「あの山だな」
街道から外れた先に、ちょっとした山が見える。
「どうする。このまま、向かうか?」
「見張りがいるわよね?」
「このまま街道を外れ、山に向かえば、自分たちを捕まえに来たと感づかれるわね」
「だから、山に隠れているんでしょうね」
高いところから見張るのは常識だ。遠くまで確認することができるし、下から見るより早く発見ができる。
「それなら、わたし一人で行って、見張りを捕まえてこようか? こんなクマの格好した女の子が山に来ても怪しまれないし、まして盗賊を討伐に来たとは思わないでしょう?」
わたしの格好なら、冒険者とは思われないはずだ。見張りに見つかっても、報告される可能性も低い。
「怪しむって言うか、驚く? 混乱するかもしれないわね」
「まあ、ユナの言う通り、クマの格好した女の子が一人で現れれば、自分たちを討伐しにきたとは思わないだろうな」
「だからと言って、ユナちゃん一人で行かせるのは反対」
「たしかに」
「それなら、もう一人ぐらい女の子っていうか。女性がいてもいいんじゃない?」
「それじゃ、わたしが一緒に行く」
セニアさんが申し出る。
「この中で動きが速いのはわたし」
たしかに、ルリーナさん、メルさん、ローザさん、ランは魔法使いで、後方支援がメインだ。グリモスは剣士で動き回るタイプではない。
セニアさんはナイフで動きまわって、攻撃をする。
動きも速い。
話し合いの結果、わたしと一緒に行くのはセニアさんに決まった。誰も異論はなかった。
ジェイドさんたちとは別れ、見張りを捕らえたら、山に来てもらう。
そして、くまゆるが動き出すのを合図として、山に向かってもらうということになった。
「離れた場所でも、意思疎通ができるのね」
「わたしとくまゆるとくまきゅうは、心で繋がっているので」
「羨ましい。わたしも、くまゆるとくまきゅうが欲しい」
ランがくまきゅうに抱きつく。
わたしとセニアさんはくまゆるに乗って、山に向かって歩き出す。
走ると驚かれるかもしれないので、のんびりと行く。
「だけど、クマに乗って大丈夫?」
「くまゆるがいないと、盗賊の位置が分からないから」
わたしも思ったけど、探知スキルの説明が面倒になるので、くまゆるかくまきゅうが必要になる。
まあ、逃げたら、そのときに対応を考えよう。
山に近づくと、探知スキルを使う。
まだ、範囲に入らないのか、探知スキルに反応がない。
徐々に近づくと、反応が一つ出た。
反応は動かない。狩人って可能性もあるけど、見張りの可能性のほうが高いと思う。
「くぅ〜ん」
くまゆるが鳴く。
「もしかして、見つけたの?」
「うん、見ているかもしれないから、指はさせないけど。あの少し崖っぽく、飛び出している場所の辺りにいるみたい」
セニアさんも指を差さずに軽く目だけを向ける。
「それじゃ、捕まえて、アジトを吐かせよう」
わたしたちはゆっくりと山の中に入っていく。
─────────────────────
俺は山の中腹辺りから見張りをしている。
見張りは二人。俺ともう一人。今は交代で山に来る者を見張っている。俺は寝転がっている。
「おい、変なのがやってくるぞ」
見張りをしていた男がそんなことを言い出す。
寝転がっていた俺は立ち上がり、男が見ているほうを見る。
「あれは……」
俺はこちらに向かってくる人物を見て、少し後ずさりする。
「おかしいだろう。クマの格好をしているぞ。しかも、クマに乗っているぞ」
男はクマに乗っているクマの格好をした人物を笑みを浮かべながら見ている。
だが、俺は笑えない。
「逃げたほうがいい」
「逃げる? クマに乗ったクマの格好した女の子と、後ろに乗っているのも女だろう? どうして逃げるんだ」
「とりあえず、俺は報告に向かう。お前も逃げろ。俺は忠告したからな」
隠れ家に向かって駆け出す。
俺はクマのことを知っていた。俺は、数ヶ月前はミリーラという海がある町にいた。前のパーティーとそりが合わず別れ、一人ミリーラの町に逃げるようにやってきた。
俺は新しい人生をこの町で過ごそうと思っていた。でも、その思いは数日で壊れることになる。
海にクラーケンが現れたのだ。金がある住民は逃げ出し、実力がある冒険者も一緒に逃げていった。俺はどうしようかと迷っていると、逃げ出す金持ちから金や荷物を奪う話がどこからともなく持ち上がり、俺も誘われた。
もちろん、そんな話に乗るつもりはなかったが、強面の男に睨みつけられるように誘われた俺は断れなかった。
俺はパーティーメンバーもいなく、実力もないことで、見張り役の仕事が割り振られた。街道に人が現れたら報告するのが仕事だ。護衛付きならスルー。護衛なしなら連絡をする。
俺が担当になったのはミリーラの町に来る者を見張ることだった。ミリーラの町から逃げ出す者だけでなく、ミリーラの町に来る者も襲う。
でも、すでに逃げ出した者からクラーケンのことや俺たちのことを聞いているのか、ミリーラの町にやってくるものはいなかった。
最近では冒険者が来たぐらいだ。
その日もアクビをしながら、交代時間になるまで見張っていた。でも、交代時間になっても、誰も交代に来なかった。たぶん、酒でも呑んで寝ているんだと思った。
前にも何度かあった。俺は暗くなる前に、文句の一つでも言うために隠れ家に戻った。
でも、隠れ家には誰も居なかった。
街に確認しにいったら、捕まっていたことが分かった。
もしかしたら、俺のことを捜している可能性もあるので、俺は逃げるように山に戻った。
その後、どうしたらいいか分からず、俺は数日の間、山の奥でじっと身を潜めていた。
そんなとき、海で異変が起きた。クラーケンが現れたのだ。クラーケンを見ていると、いきなりクラーケンの周りに変なものが現れ、クラーケンを囲んだ。
望遠鏡を覗いて確認すると、クマのような岩だった。さらに確認すると、そのクラーケンと戦っている人物がいた。望遠鏡を覗き込む。クラーケンと戦っていたのは、変な服装をした小さな人物だった。
クマ? 女の子?
そのクマの格好をした女の子は、崖の上から魔法を放っている。海面に蒸気が上がっていく。クラーケンは苦しむ。どれほどの時間だっただろうか。
クラーケンは動かなくなった。
クマの格好をした女の子がクラーケンを倒したのだ。
その後も俺は山に隠れ、どうしようかと考えていると、洞窟を発見した。その洞窟から、クラーケンを倒したクマの女の子と男女が、黒いクマと白いクマに乗って現れた。
もしかして、どこかに繋がっているのか?
ここにいつまでもいるわけにもいかない。
俺は、思い切って、その洞窟に入った。
長かった。でも、俺はどこかに続いていると信じて、光の魔石を握りながら進んだ。そして、俺は洞窟を抜け出すことができた。
洞窟を抜けた俺は、ある街に辿り着いた。そこは一つの街を二人の領主が治めている、珍しい街だった。俺はその片方の屋敷で警備の仕事に就くことができた。
ここで人生をやり直すつもりだった。
でも、人のことは言えないが、この仕えた領主はいろいろとあくどいことをしていた。
噂で話を聞くだけでも、気分がいいものではなかった。だから、金が貯まったら、出ていこうと考えていた。
だが、バカ息子が貴族の娘を攫ってきたことで、俺の第二の人生は早くも終わった。
あのクラーケンを討伐したクマの格好をした女の子が貴族の娘を取り返すために、屋敷に飛び込んできたのだ。
「どうして、ここに!?」
クマの格好した女の子は黒い格好をしている男と戦い始めた。
黒い男は屋敷の中では恐れられていた。男は人をいたぶるのが好きで、実力もあった。
でも、俺は、それ以上にクマが化け物並みに強いことを知っている。
俺の想像通りにクマが勝った。圧勝だった。
そして、俺は捕まった。
俺は、参考人として、行動を制限はされたが、犯罪に手を貸していなかったことで釈放された。それでも、長い取り調べをされた。どこから来たのか、いつから働いているか。
捕まった領主には一度、ギルドカードを見せたが、バカで人の名前を覚えていなかった。俺はミリーラの町のこともあるので、本名を少し変えた偽名で仕事をすることにしていた。
取り調べでも、俺が周りからなんと呼ばれているか知らないので、偽名を使っていたことは知られることなく取り調べが進んだ。しばらくの間、俺は留置所にいることになったが、領主が処刑されたことで、俺は釈放された。
領主のところで働き始めたばかりだったことで、助かったみたいだ。
自由になったが、行く当てなんてない。
お給金を貰うこともできなかったので、お金もない。
しばらく、残っていたお金で生活をするが、お金は有限だ。
そんなとき、同じように領主のところで働いていた、名前も覚えていない男に声をかけられた。
話を聞けば、とある商人の手伝いだと言う。
初めは胡散臭いと思ったが、お金もないので話を聞くことにした。
それが、盗賊まがいのことだとは思わなかった。
商人は領主の恩恵を受けていたらしい。それで、領主が捕まったことで、恩恵が受けられず困り、俺たちのように金に困っている者に声をかけ、人を集めているらしい。
それは、馬車を襲わせ、荷物を奪い、商人が売るという流れになるらしい。
話を最後まで聞いてしまった俺は、断ることもできず流されるままに、その話を受けることになった。
そして、俺はここでも見張り役を申し出て、他の者と関わらないようにした。いつかは捕まる。俺は多少のお金を手に入れたら、逃げるつもりでいた。
でも、その終わりは早くもやってきた。
また、クマの格好した女の子がやってきた。
本当なら、一人で逃げ出したかった。だが、短い間だけど、お世話になった義理は返す。
俺は隠れ家になっている場所に向かって駆け出す。
クマさんのおかげで、幸せと不幸の間にいる人の登場です。
令和もクマもよろしくお願いします。
※書籍12巻が発売しました。購入してくださったみんさん、ありがとうございます。13巻の書籍作業を進めたいため、投稿がしばらく四日前後になると思います。ご了承ください。
※いつも誤字を報告をしてくださっている皆様、ありがとうございます。お礼の返事ができませんので、ここで失礼します。