547 クマさん、冒険者ギルドに話を聞きに行く
数日後、ノアの誕生日プレゼントのくまゆるとくまきゅうのぬいぐるみが縫い終わる。あとは綿を入れて、完成だ。
でも、そのぬいぐるみに入れる綿がない。
「ユナちゃん、ごめんなさい」
シェリーに話を聞いたわたしは、ナールさんに詳しい話を聞きに行く。
なんでも、クリモニアに運んでいた綿が盗賊に奪われてしまったそうだ。
盗賊が綿を奪うの?
もしかして、盗賊がぬいぐるみでも作るの?
盗賊がぬいぐるみを作るところを想像してみるが、すぐに消し去る。あまりにも、気持ちいい想像ではなかった。差別はよくないけど、見た目は大切だね。
「運んでいた人は大丈夫だったんですか?」
「荷物を渡したら、命までは奪われなかったそうよ」
それは良かった。
命は綿より、大切だ。
「次の用意はできないの?」
「時間がかかるそうなの。今回はノアール様の誕生日プレゼントに使うってことで、無理を言って、お願いをしていたの。相手にもノアール様の誕生日に必要なことを伝えていたから、顔が青ざめていたわ。もう一度用意したいところだけど、どうしても、間に合いそうもないのよ。ユナちゃん。他の綿にする? それなら、どうにかなると思うけど」
う~ん、どうしようか。
ここまで、フィナたちと一生懸命に作ってきた。最後で妥協はしたくない。作るなら、良いものを作りたい。
なら、することは一つ。奪われたなら、奪い返してくればいいだけだ。
急がないと、売られたり、盗賊たちがぬいぐるみを作ってしまうかもしれない。
流石のわたしも、盗賊が作ったとはいえ、ぬいぐるみから、綿を抜き取ることはできない。
わたしは急いで冒険者ギルドに向かう。盗賊の情報といえば、冒険者ギルドだ。
わたしは受付にいるヘレンさんに話しかける。
「ヘレンさん、少しいい?」
「はい、なんですか?」
「最近、この近くで盗賊の情報ってある?」
わたしはナールさんから聞いた話をヘレンさんにする。
「ああ、それなら、今、ミレーヌさんがギルマスのところに来ている件だと思いますよ」
「ミレーヌさん?」
ミレーヌさんは商業ギルドのギルドマスターだ。そのミレーヌさんが、盗賊の件で冒険者ギルドのギルドマスターに会いに来ているらしい。
たしかに、荷物が襲われたとなれば、商業ギルドの問題にもなる。
「わたしも、その話を聞きたいんだけど、聞けないかな?」
「少し待ってください。今、伺ってきます」
ヘレンさんは席を外すと、確認に行ってくれる。そして、すぐに戻ってくる。
「お二人が話を聞いても良いそうです」
わたしはヘレンさんにお礼を言って、奥の部屋に入る。部屋の中には筋肉親父の冒険者ギルドのギルドマスターと、知的そうな女性の商業ギルドのギルドマスターのミレーヌさんがいる。
さらに、部屋には他の人物たちもいた。
「ルリーナさんにギル。それから、メルさんに、セニアさん。それにジェイドさん……」
もう一人いる。
「なにか言えよ」
「お笑いの人」
「違う。トウヤだ」
「冗談だよ」
「俺たちもいるぞ」
反対の席にも知り合いの冒険者がいた。一人の男に対して、三人の女性をはべらせている冒険者パーティー。
「ハーレムパーティーのブリッツ」
「違う!」
ブリッツが叫ぶ。
「いや、正しいだろう」
わたしの言葉に同意するトウヤ。
まあ、ハーレムかどうかは別にして、ローザさん、ラン、グリモスの女性ハーレムを築く、ブリッツたちもいた。
「こんなに集まって、どうしたの?」
「盗賊討伐の依頼を頼んでいたところだ。おまえさんもその件だとヘレンから聞いたぞ」
「同じ盗賊か分からないけど、その盗賊って綿を盗んだ?」
「ええ、奪われたリストには綿も入っているわ」
わたしの質問にミレーヌさんが手元にある紙を見ながら、答えてくれる。
「もしかして、綿って、ユナちゃんが頼んでいたもの?」
「うん、ノアの誕生日プレゼントにぬいぐるみを作っていたのに、盗賊に盗まれたって聞いて」
「それで、冒険者ギルドに来たってわけか」
ギルマスが納得する。
「盗賊も盗んじゃいけないものを盗んだわね」
「とりあえず、話を聞くなら、椅子に座れ」
ギルドマスターに言われ、わたしは椅子に座ろうと周りを見る。
セニアさんとランが、手を振っているが、わたしはルリーナさんの隣に座る。ここが一番安全そうだ。
二人は残念そうにするが、身の安全を考えるとルリーナさんの隣が安全だ。
「ユナが来たから、もう一度、簡単に説明をするが、最近、運んでいる荷物が奪われる被害がでている」
「今のところ、荷物を渡せば、命までは奪われていないけど。商業ギルドとしては、早急に手を打ちたいから、緊急の依頼として、お願いに来たの」
「それで、お互いに情報の交換をしていたところだ」
ギルマスとミレーヌさんが説明してくれる。
みんなが、この部屋にいる理由が分かった。
「ジェイドさんやブリッツたちも、クリモニアに来ていたんだね」
「ああ、ちょうどクリモニアに行く護衛の仕事があったからな。それで、冒険者ギルドに寄ったら、盗賊討伐の協力を頼まれた」
「俺たちはミリーラの町に行こうとして、冒険者ギルドに立ち寄ったところだった」
冒険者だし、どこかで亡くなっていてもおかしくはない仕事だ。久しぶりに会えるのは嬉しいものだ。
「全員、ユナちゃんと知り合いなの?」
ミレーヌさんが不思議そうに全員を見る。
「俺たちはユナと、何度か一緒に仕事をしている」
「俺たちはミリーラの町で一緒に盗賊討伐をした」
「わたしも一緒に仕事をしたり、ユナちゃんの依頼を受けたりしたわ」
ジェイドさん、ブリッツ、ルリーナさんがそれぞれ答える。
「ギルマス。どうして、ユナに声をかけなかったんだ? こんな格好をしていても、彼女が強いことぐらい知っているだろう?」
ジェイドさんが、疑問に思ったことを尋ねる。
たしかに、盗賊討伐の依頼の話はわたしは聞いていない。
「魔物と盗賊は違う。魔物は殺せても、人は殺せない者もいる。ユナは二度、盗賊と戦っているが、どれも人を殺していない。そんなユナに頼むわけにはいかないと、俺が判断しただけだ」
「どうして、そんな情報を知っているの?」
「実力がある冒険者の情報は目を通している。実力がある冒険者でも、得意、不得意がある。もし、緊急な依頼があった場合、適切な者を向かわせないといけない。おまえさんは人を殺したことはないだろう?」
「……ないよ」
魔物はゲームで経験していたこともあって、倒すことには問題はなかった。でも、人を殺すことは、悪人でも一歩踏み込むことができない。
大怪我をさせたことはあっても、命までは奪っていない。
「だから、おまえさんは呼ばなかった」
「それじゃ、どうして、わたしの入室の許可を」
「おまえさんも冒険者だ。自分から、首を突っ込むなら止めはしない。優秀な冒険者であることには変わらないからな。それに話を聞いたからと言って、引き受けなくてもいい」
どうやら、ちゃんと考えてギルドマスターをしているらしい。脳筋じゃなかったんだね。
「別に捕まえればいいんでしょう?」
「ああ、捕まえてくればいい」
「なら、手伝うよ。早く捕まえて、盗んだものを取り返さないといけないからね」
そうしないと、ぬいぐるみが作れない。
「それで、盗賊の居場所や人数は分かっているんですか?」
ジェイドさんが代表として、ギルマスに尋ねる。
「クリモニアとシーリンとの間に、山がある。その盗賊どもは、その山を拠点としている情報は得ている。人数は分かっているだけで10人以上」
「意外と少ないな」
「俺たちだけでも大丈夫だな」
トウヤは自信満々に言う。
どこから、その自信はくるかな?
「おまえは馬鹿か。山だと、捜すのが大変だから、この人数なんだ」
ジェイドさんがため息を吐きながら、トウヤに説明する。
「でも、彼の言う通り、山は面倒ね。見張りもいるだろうし、逃げられる可能性もあるわね」
「ああ、あのときも見つけられなかったからな」
ローザさんとブリッツが思い出すように口にする。
たぶん、ミリーラの町に現れた盗賊のことを言っているんだと思う。ブリッツたちは、盗賊を見つけられずにいた。
「でも、ユナちゃんが手伝ってくれるなら、助かるわね。くまゆるちゃんとくまきゅうちゃんがいれば、盗賊の居場所も分かるしね」
ローザさんが、わたしを見て、微笑む。
ローザさんたちには、くまゆるとくまきゅうが盗賊を見つけたことになっている。
わたしの探知スキルのことを、魔法として知っているのはルリーナさんだけだ。
ただ、あれは魔物と認識しているのか、なにも口を開かなかった。
「頼りにしているぞ。クマの嬢ちゃん」
「別にいいけど。後始末はお願いするよ」
盗賊を捕まえた後、運ぶ仕事は面倒なので、任せることにする。わたしの目的は、あくまで盗まれた綿だ。
「それじゃ、各自、今日は準備をして、明日の早朝出発だな」
皆は冒険者ギルドの用意した馬で、向かうことになる。
久しぶりのメンバーが大集合です。
【お知らせ】書籍クマ12巻が発売しました。よろしくお願いします。
※いつも誤字を報告をしてくださっている皆様、ありがとうございます。お礼の返事ができませんので、ここで失礼します。