536 クマさん、話し合う
「それでセレイユ。今回のことなんだけど、わたしのことは黙っておいてほしいんだけど」
「黙ってほしいとは?」
「この家のことや、魔物を倒したこととか」
「家のことは黙っておきますが、魔物のこともですか? 冒険者ギルドに報告すれば、褒賞金が出ると思いますよ。もちろん、信じてもらえないと思いますので、わたしが口添えはさせていただきます。それと、ユナのおかげで、街が救われたことをお父様にも、お伝えしますので、お父様からもお礼が出ると思います」
「褒賞金とかも、セレイユの父親からのお礼もいらないよ」
「待ってください。それだと、ユナにお礼ができなくなります」
「だから、お礼は必要ないよ。キースとセレイユが無事だったんだから、それだけで十分だよ」
お金やお礼がほしいから助けたわけではない。わたしが助けなかったことで、知り合いが死ぬのが嫌なだけだ。もし、セレイユが知り合いでなかったら、馬を走らせている姿を見ても、たぶん気にもしなかったと思う。まず、追いかけることはしない。たぶん、セレイユが死んだ話を聞いても、他人事だったと思う。
でも、セレイユと知り合い、会話をし、セレイユを知ってしまった。だから、助けようと思った。お礼のためではない。自分のためだ。
「ユナ……あなたが男の子だったら、惚れているところでした」
ある部分が小さくても女の子だよ。
「いえ、キースが後を継ぐので、女の子同士でも……」
何か、小さい声で聞こえたけど、気のせいだよね。
「ですが、黙っているってことは、ユナの行いが広まらないってことですよ」
「騒がれるのは好きじゃないからね。それに、わたしが魔物を倒したと言ったとしても、誰も信じないよ。もし、セレイユがこの目で見ていなくて、話だけを聞いて、信じると思う?」
「それは……」
「だから、無理にわたしのことを話す必要はないよ。セレイユも変な目で見られるよ」
「ですが、ユナのおかげで、わたしは救われ、キースも救ってもらい、街も救われました。それを黙っているなんて。それに、外の魔物のこともあります。それを見てもらえれば、信じてもらえると思います」
奇異な目で見られることになるし、変な噂が立つかもしれないし、なにより面倒くさい。
「それに外に倒れている魔物についても話さないといけません。ユナが倒したのに権利が無くなってしまいますよ」
「それなら、大丈夫。必要なものはアイテム袋に仕舞うし、他の魔物も処理をしておくよ。魔物の存在がなければ、セレイユが一人で男からキースを救い出したことにできるでしょう」
それが一番、良い方法だ。
わたしの提案にセレイユは考える。
「分かりました。ユナがそう言うのでしたら、無理強いはしません。ですが、キースを男から救い出してくれたことだけは、一緒にしてくれたことにしてください。そこだけは譲れません」
「分かったよ」
わたしも一部は折れることにした。それに、わたしがいたほうが色々と説明もしやすいと思うし。
お互いに妥協点を見つけ、今回の話は終わる。あとは外の魔物の処理だけだ。その前にクマの着ぐるみを脱ごうかな?
スカートが着ぐるみの中で捲れて、変な状態になっている。それに制服を着ているせいで、少し暑い。でも、外の魔物を処理してからのほうがいいかな。魔物が戻ってくる可能性もある。
着替えたいけど、もう少し、クマの着ぐるみのままでいることにする。
「セレイユは、これからどうする?」
「ユナはどうするのですか?」
「さっきも言ったけど、魔物の処理をしてから、帰るよ。このままにしておくと騒ぎになるからね」
ゴブリンやオークには悪いが、魔石はいらないので、埋めさせてもらう。
「それなら、わたしも手伝います」
「いいの? 家族が心配しているんじゃないの?」
「それは……」
セレイユは寝ているキースを見る。
「気にしないでいいよ」
「いえ、お父様に叱られると思いますが、ユナに助けてもらい、後始末までユナに押し付けましたら、今後、ユナに合わせる顔がなくなります」
セレイユは首を横に振る。
「気にしなくてもいいのに」
でも、セレイユは頑として譲らなかった。
ここで言い争っても仕方ないので、さっさと片付けて、街に帰ることにする。そのほうが早いし、言い争うのが面倒だ。
「それなら、ゴブリンとオークの処理をお願いしてもいい? 魔石とかいらないから、処理してもらえると助かるんだけど」
魔物を処理しないと、別の魔物を呼び寄せることになったり、死体をそのままにしておくと病原体の発生の元にもなる。焼くなり埋めたりしないといけない。
「はい、そのぐらいなら任せてください」
わたしとセレイユは外に出る。
「ワームはどうするのですか? まさか、解体をするわけじゃ」
「大丈夫だよ。アイテム袋に仕舞うだけだから」
わたしはそう言って、ワームをクマボックスに仕舞う。
「そういえば、家を出したのですよね。ユナの規格外には驚かされるばかりですね」
次に大きいワイバーンを仕舞い、残りはウルフだけになる。本当にクマボックスは便利だ。
わたしがウルフをクマボックスに仕舞おうとすると、くまゆるとくまきゅうが、わたしのところにやってくる。
「どうしたの?」
「「くぅ~ん」」
くまゆるとくまきゅうが、ある方向を見て鳴く。
なんだろう。もしかして、魔物でも来たのかな?
確認するため、探知スキルを使う。
反応は人だった。数人の反応がこっちに向かって移動している。
「くまゆるとくまきゅうはどうかしたのですか?」
近くでゴブリンの処理をしていたセレイユが尋ねてくる。
「誰かがこっちに向かっているみたい」
「くまゆるとくまきゅうは、そんなことまで分かるのですか?」
「たぶん、匂いで分かるんじゃないかな」
「ああ、動物の鼻は良いといいますからね」
セレイユはその説明で納得してくれたみたいだ。
「とりあえず、このままじゃマズイから、どうにかしないと」
ワームとワイバーンは片付けた。でも、ウルフやゴブリン、オークの死体はあっちこっちに倒れている。
それにクマハウス。ああ、それに着替えていないから、クマのままだ。
まあ、これはいつものことだから、大丈夫。
「セレイユ、キースをお願い」
クマハウスの中にキースがいると、クマボックスに仕舞うことができない。
「キースをですか?」
移動が速い。これは、馬に乗っている。
「ダメ。間に合わない」
馬に乗った人がこちらにやってくるのが見えた。
間に合わなかった。
「ああ、セレイユ。とりあえず、誤魔化して」
「誤魔化すとは、どうやってですか!?」
「それは適当にお願い」
「分かりました。頑張ってみます」
冒険者なら、適当に嘘を吐けばいい。魔物のことは見知らぬ冒険者が倒したとか、一番の問題はクマハウスの説明だ。
どうしようかと考えていると、セレイユの口から予想外の言葉が出る。
「あれはお父様です」
わたしはこちらに向かっている人物を見る。
本当だ。馬に乗っているのはセレイユの父親だ。それじゃ、一緒にいるのは護衛ってこと?
セレイユの父親が周りに倒れている魔物を見ながら、わたしたちのところに真っ直ぐに向かってくる。
「ユナ、どうしましょうか!?」
「わたしに言われても分からないよ」
今度はセレイユが狼狽え始める。
「父親に報告するつもりだったんでしょう」
「そうですが、まだ心の準備ができてません」
わたしだって、できていないよ。
そんな、わたしたちの気持ちに関係なく、セレイユの父親がやってくる。
「セレイユ!」
セレイユの父親は馬から降りる。
「お父様……どうしてここに」
「手紙を見た。そして、おまえが家を出て、街を出たことを知ったから、追いかけてきた」
セレイユが困った表情でわたしを見る。困っているのはわたしのほうだよ。どうしたらいいの?
セレイユの父親は軽く周囲を見た後、セレイユのほうを見る。
「セレイユ、怪我はないか?」
「はい、大丈夫です」
「聞きたいことはたくさんある。まず、キースは無事なのか?」
「はい。怪我もなく、今はこの家の中で寝ています」
セレイユの父親はクマハウスを見て、微妙な表情をする。
まあ、息子が攫われ、怪我も無いと知らされたけど、クマの形をした家の中にいると言われたら、そんな顔もするだろう。
「そうか。無事か。それで、この魔物は?」
セレイユの父親は周囲を見る。ウルフやゴブリンがたくさん倒れている。
もう、説明するしかないよね。
せめてもの救いは、ワームとワイバーンをすでにクマボックスに仕舞ってあることだ。
「ここで、話すのもあれだから、家の中で話しませんか?」
たぶん、話は長くなる。街に戻ってからでもいいと思うけど、そんな雰囲気ではない。
どっちにしろ、キースの確認のために、クマハウスの中に入ることになる。
わたしの提案にセレイユの父親は怪訝そうにクマハウスを見る。
「えっと、君は?」
どうやら、クマの格好のせいで、わたしのことが分からないみたいだ。
「お父様、先日、ノアと一緒に家に来ましたユナですよ」
「……ああ、ノア嬢と一緒にいた。でも、どうして、クマの格好を?」
「お父様、今は」
わたしが答えようとしたとき、セレイユが助け舟を出してくれる。
「そうだね。今は話を聞こう」
護衛の人には外にいてもらい、くまゆるとくまきゅうには引き続き、周囲の確認をお願いする。
あと、護衛の人にはくまゆるとくまきゅうが安全なことは伝えておく。護衛は怪訝そうにしたが、頷く。
そして、わたしはセレイユ、セレイユの父親を連れて、クマハウスの中に入る。
セレイユの父親は不思議そうにクマハウスの中を見る。そして、ソファの上で眠るキースを見ると、先ほどのセレイユと同様にキースに駆け寄る。
「お父様、大丈夫です。寝ているだけです」
わたしがセレイユに言った言葉と同じ言葉を父親に言う。
わたしはお茶を用意し、テーブルの上に乗せる。
「お茶でも飲んで、話をして。わたしは席を外すから」
「いえ、ユナも一緒にいてください」
逃げることはできなかった。
わたしとセレイユは椅子に座り、その対面にセレイユの父親が座る。
セレイユの父親がセレイユを見つめ、その目から逃げるようにセレイユは目を逸らしている。
「それじゃ、説明をしてもらうか」
セレイユはゆっくりと、順を追って話し始める。
そんなわけで、セレイユの父親の登場です。
これが終われば、ノアのところに戻れるはず……たぶん。
【お知らせ】来週、投稿が少し遅れると思います。ご了承ください。
【お知らせ】コミックPASH!で「くまクマ熊ベアー」の23話が公開されました。ノアの登場です。よろしくお願いします。
http://comicpash.jp/kuma/23/
【お知らせ】ニコニコ漫画でも、18話(後半)が公開されました。こちらもよろしくお願いします。
http://seiga.nicovideo.jp/comic/36795
※誤字を報告をしてくださっている皆様、いつも、ありがとうございます。お礼の返事が出来ませんので、ここで失礼します。