535 クマさん、クマハウスに向かう
申し訳ありません。前回の話、一部修正させていただきました。
セレイユが男を刺したあと、剣と首輪を落とすシーンを追加させていただきました。
早期に読みました読者様には、ご迷惑をおかけします。
話を聞くと、セレイユは男を捕らえて、父親のところに連れていくつもりだったけど、男は自らセレイユに殺されにいったらしい。
「それでは、キースのところに行きましょう」
セレイユは平静を装っているが、初めて人を殺したことで、周りが見えていないようだ。
「セレイユ。剣が落ちたままになっているよ」
わたしは地面に落ちている剣を拾い、セレイユに差し出す。
「あ、ありがとうございます」
剣を受け取ろうとしたセレイユの手は震えていた。
「ふふ、恥ずかしい。手が震えています」
何も恥ずかしいことはない。人を殺して楽しそうにしているよりは、人らしい反応だ。
セレイユは笑いながら剣を受け取ると、剣についた血を拭き取り、鞘に入れようとするが、なかなか入らない。わたしはセレイユが剣を鞘に入れるのをジッと待つ。
剣が鞘に納まると、セレイユは息を吐く。
「大丈夫?」
「はい、大丈夫です。情けないところをお見せしました」
わたしは人は殺したことはないけど、(半殺しはあるけど)血については魔物で慣れている。でも、セレイユはその方面の経験はないだろう。
それに、人を刺すのと、魔物を刺すのとでは違うと思う。それが悪人だとしても、人を殺した気持ちは本人しか分からないことだ。
「それで、この男はどうするの?」
うつ伏せに倒れている男に目を向ける。
「生きて連れていくことはできませんでしたが、お父様のところに連れていきたいと思います。あとで、わたしの馬に乗せるつもりです」
それだと、二度手間になる。
だからと言って、くまゆるの背中に男の死体は乗せたくない。うつ伏せになっているから、分からないけど、セレイユの剣で血みどろになっているはずだ。
そうなると、あの方法かな?
「馬のところまでなら、わたしが運ぶよ」
「ですが」
セレイユはくまゆるを見る。
「違うよ。くまゆるで運ぶわけじゃないよ」
わたしは土魔法で、男が倒れている地面を浮かび上がらせ、車輪付きの棺桶のようなものを作る。しっかり蓋もして、見えないようにする。なんだかんだで、死体を見るのは気分がいいものではない。
最後にミニクマゴーレムを作り、馬車のようにして棺桶を運ばせる。
「本当に、ユナには驚かされてばかりですね」
わたしたちは車輪付きの棺桶を運ぶミニクマゴーレムが通れる道を通って、キースがいるクマハウスに向かう。
セレイユは少しでも早くキースに会いたいのか、先を歩く。
わたしはくまゆるに乗って行こうとかと思い、くまゆるのほうを見ると、くまゆるの口に何かが咥えられていた。
「くまゆる。なにを口に咥えているの?」
くまゆるは咥えているものを見せてくれる。
くまゆるが咥えていたのは、男がセレイユの魔力を封じるために首に付けさせようとした首輪だった。
どうやら、拾ったらしい。
このまま捨てるのもあれなので、クマボックスに仕舞っておく。
わたしはくまゆるに乗り、棺桶を引くミニクマゴーレムを操作して、先にクマハウスに向かうセレイユを追いかける。
セレイユは倒れている魔物を見ながら歩き、最後にはワームに視線を向ける。
「ユナ、ワームはどうやって倒したのですか? ユナが火の魔法を口に放り投げたのは見えました。でも、それだけで倒せるとは思えないのですが」
「このクマの炎を、ワームの口に放り投げて、ワームの体の中を歩かせたんだよ」
わたしはクマの炎を作り出す。
「ワームの体液で消えると思うのですが」
「このクマの火の魔法は通常より強いんだよ。だから、ワームの体内でも消えずに焼いたんだよ」
クマ魔法は通常の魔法より強い。普通の魔法でできないことも、クマ魔法ならできる。
「聞いただけでは信じられませんが、この目で見ましたからには、信じるしかありませんね。それにしても、ユナはどこまでも規格外ですね。ユナに勝とうとした自分が馬鹿らしくなってきます。でも、それも、もう必要はありませんが」
最後の部分は小さい声で言うが、わたしの耳には届いていた。もう、母親の仇を討ち、男は亡くなった。セレイユには強くなる理由がなくなったってことだ。
「それにしても、炎までクマの形にするなんて、ユナは本当にクマが好きなんですね」
素敵な笑顔で言われた。
「くぅ~ん」
わたしが返事をする前に、くまゆるが嬉しそうに返事をする。
「初めはクマの服を着始めたときは驚きましたが、その格好にも意味があるのですか?」
これはいつものお約束の言葉で誤魔化す。
「クマの加護を受けているから、クマの格好をすると魔法が強くなるんだよ」
「クマの加護ですか? そんな加護があるのですか?」
ないよ。
でも、そんなことを言えないので、嘘を続ける。もう、慣れたもんで、誤魔化す言葉が口から勝手にでてくる。
「その証拠として、くまゆるとくまきゅうが、わたしの召喚獣で、わたしに懐いているでしょう」
「たしかにそうですね」
セレイユはわたしが乗っているくまゆるを見る。
「それでは、クマの顔をした手袋をしていたのも」
「同じ理由かな。杖より魔力が集めやすいんだよ」
はい、嘘です。杖などでは魔法は使えない。
「強さと引き換えに、クマの格好を……」
セレイユはわたしの格好をジロジロと見ると、悩み始める。
「さっき、強くなる必要はないって」
「聞こえていたのですか?」
セレイユは恥ずかしそうにする。
「確かに、強くなる理由はなくなりました。でも、ユナの強さに憧れもします。大切な人を守るには力が必要です」
だけど、クマだよ。クマの格好をすると強くなるんだよ。
「セレイユは貴族なんだから、自分が強くなる必要はないと思うよ。どちらかと言えば、力の強い人に命令する立場でしょう」
「そうですが」
「権力も力の一つだよ」
「それはわたしが自分で得たものではありません」
「生まれは、誰にも選ぶことはできないよ。それなら、貴族に生まれたなら、その力を正しく使えばいいと思うよ」
この世には貴族に生まれただけで、威張っている者もいる。そんなふうにだけは力を使ってほしくない。
「そうですね。それも、わたしの力の一つですね」
セレイユはそう言うと倒れている魔物を見る。
あっちこっちにわたしが討伐した魔物が倒れている。今更ながら、魔物もあの男に操られていたと思うと可哀想でもある。でも、操られていたのが解除されても襲ってきたから、討伐させてもらった。
このままにしておくわけにはいかないから、あとで片付けないといけないね。大半は逃げてしまったけど、それでも、かなりの数の魔物が倒れている。
「初めに見たときより、魔物が少ないようですが?」
「ワイバーンとワームが現れたときに、逃げていったよ。だから、街の近くや街道に行った魔物もいるかもしれないから、冒険者を呼び戻して、周囲の安全を確認したほうがいいと思うよ」
さすがに、逃げた魔物の面倒までは見切れないし、わたしの仕事ではない。
「分かりました。家に戻りましたら、お父様に伝えておきます」
「あと、この時期に魔物がいなくなる原因も分かったし、来年からは魔物が現れると思うよ」
「お父様に報告をすることがたくさんありますね」
クマハウスにやってくると、クマハウスを守っていたくまきゅうがやってくる。
「くまきゅう、ありがとう」
「くぅ~ん」
くまきゅうの頭を撫でる。そして、お互いの無事を確認するように、くまゆるとくまきゅうは体を擦り合う。
「仲がいいクマですね」
「まあね。仲がいいから、片方だけ構うと、片方がイジケルから、大変なんだけどね」
「ふふ、それだけ、主人であるユナが好きってことですね」
嬉しいことだ。
「それでユナ、このクマは家ですよね?」
「そうだよ。旅用に使っているんだよ。あの家の中なら、ウルフやゴブリンぐらいの魔物なら、来ても安心だよ」
「本当に、ユナは不思議な女の子ですね」
くまゆるとくまきゅうには見張りをお願いして、わたしはクマハウスの中に入る。セレイユは不思議なものを見るような目をしながら、わたしの後に続く。
そして、セレイユは一階のソファに眠るキースを見つけると駆け寄る。
「キース!」
「大丈夫だよ。眠っているだけだよ」
「よかった」
「薬か魔法か分からないけど、今は起こさないほうがいいと思うよ」
キースを起こそうとするセレイユを止める。
ここで起こすと、クマハウスのことを説明しないといけなくなる。クマハウスの外にはくまゆるにくまきゅうがいるし、さらに、魔物の死体にワームまで倒れている。
わたしとしては面倒ごとが増えるので、キースには、しばらく寝ててほしい。
「そうですね。寝ているのを起こす必要はありませんね。このまま家に帰せば、誘拐されたことも知らずに済むでしょう。子供のときの恐怖は心に残るものです。知らないでいいことは知らないままにしておきましょう」
目の前で母親を殺されたセレイユが言うと説得力がある。わたしには想像もつかないことだ。
でも、わたしも、目の前でフィナやノアが殺されたら、永遠に心に残ることだけは分かる。
自分が誘拐されたことを知らなければ、そのままにしておいてあげたほうがいい。
※思ったより、話が進まなかった。いつになったら、ノアのところに行けるかな?
※感想の返信は新しい章に入りましたら、再開させていただきます。
※誤字を報告をしてくださっている皆様、ありがとうございます。お礼の返事が出来ませんので、ここで失礼します。




