532 クマさん、キースを救う
「わたしを倒して、魔物を倒す? もしかして、クマの格好をして、わたしを笑わそうとしているのですか?」
男は嫌みったらしい表情でなく、本当にわたしの格好を見て笑っている。
シリアスな場面で、クマの格好では説得力がないのは分かっているけど、こうやって目の前で笑われると、さっきとは別の意味でムカつくね。
「ユナ。いきなり、クマの格好になった理由は分かりませんが、彼を刺激することは」
セレイユまで、なんとも言えないような目でわたしを見ている。
分かっているよ。弟を人質に取られ、数えきれないほどの魔物が街を襲おうとしている。さらには服を脱いで、魔力を封じる首輪を付けるように男に命令されているときに、隣でクマの着ぐるみを着始めたら、そういう反応になるよね。
でも、戦うには仕方がないんだよ。
わたしは小さく息を吐いて、気持ちを入れ替えると、もう一度、クマさんパペットをバシッと男に向ける。
「別にふざけているわけじゃないよ。言葉どおりに、あなたを倒して、魔物も倒して、キースもセレイユも助けるよ」
「ふふ、あなたの冗談に付き合っている暇はありません。セレイユ嬢、服を脱ぎ、首輪を付けて、わたしのところに来なさい」
男はわたしを無視して、セレイユに手を差し出す。セレイユは制服に手をかけようとする。わたしはセレイユの行動を止めるために、男に話しかける。
「これを見ても、同じことが言える?」
わたしはクマさんパペットから、昨日の夜、湖で拾った魔石を取り出す。そして、魔法陣が見えるように魔石を男に向ける。
男は魔石を見た瞬間、笑っていた表情が消える。
「その魔石は……」
「あなたが、街に置いた魔石って、これのことでしょう。どうせ、セレイユの服を脱がしたあと、湖とか言うつもりだったんでしょう。そして、湖を探すわたしたちを見て、笑うってところかな」
小悪党が考えそうなことだ。
つまり、この男は初めから教えるつもりはなかったことになる。
「それは本当ですか?」
セレイユはわたしが持つ魔石と男を見る。
「小娘、嘘をつくな。魔石は昨日の夜。湖に放り投げたはずだ。それをどうやって拾う! 偽物だろう」
お嬢さんから、小娘に呼び方が変わって、口調も変わった。
それと、自分で湖に捨てたって、ばらしちゃったよ。
「この大きさの魔石をわたしみたいな小娘が持っていると思っているの? それに自分が作った魔法陣も忘れちゃうほど、馬鹿なの?」
再度、わたしは魔石に刻まれた魔法陣が男に見えるようにする。
「小娘! それが本物だとして、どうして、貴様が持っている。湖に放り投げたんだぞ。あの深い湖からどうやって拾った。昨日の夜だぞ!」
男は叫ぶ。
やっと、あの薄笑いをした気持ち悪い顔が消えた。逆に、怒りの表情に変わっている。あの気持ち悪い顔より、こっちのほうがいい。
「昨日の夜、湖の中を散歩していたら、偶然拾ったんだよ」
「馬鹿にしているのか?」
馬鹿にしているけど、夜の湖の周辺を散歩していたのは事実だ。
まあ、魔石を拾ったのは偶然の産物だ。フードを被った怪しい人物が湖に何かを捨てたのが気になって、拾っただけだ。わたしの好奇心が強かったおかげでもある。本当に、あのまま帰らなくてよかった。
「それで、どうするの? 国王に復讐をしようとした男と同じように命を捨てて、魔物を操る?」
わたしは小馬鹿にしたように笑う。
「小娘が、いい気になりおって!」
男はわたしに向かって炎の魔法を放ってくる。わたしは水の壁を作って防ぐ。
「この魔石に魔物が集まってくるんだよね。つまり、この魔石を壊せば」
わたしはギュッとクマさんパペットの口を閉じようとする。
「やめろ! それを作るのに、どれだけの時間がかかったと思っているんだ!」
「そんなの知らないよ」
大きな魔石だ。壊すのは少しもったいないと思ったけど、魔物を呼び寄せるのは危険だ。魔法陣の仕組みはわからないけど、ここにいる魔物だけでなく、他の魔物も呼び寄せる可能性がある。
もし、クマボックスの中にあっても反応したら、わたしが行く先々で、魔物が近寄ってくる可能性もある。そんなことになれば、クリモニアが危険になる。
タールグイに置いておく考えも浮かんだけど、こんなものはわたしには必要はないし、他の人に渡すつもりもない。
わたしは魔石を咥えた黒クマさんパペットに魔力を集めると、電撃を放つ。魔石はパリンと音をたてて割れると、地面に落ちる。
「小娘……」
「どうする? あとは自分の魔力と命を使えば、魔物を操ることができるんでしょう? そうなるとセレイユとは一緒にいられなくなるね」
わたしは笑みを浮かべる。散々、わたしたちのことを笑ってきたんだ。少しぐらい笑い返しても、問題はない。
「ユナ、あなたは……」
「セレイユ。もう、この男の言うことを聞くことはないよ」
「ですが、キースが」
セレイユが魔物の群れの中心にいるキースに目を向ける。
「そうです。わたしには彼がいます。わたしが命令の指示を止めれば、魔物はすぐにでも弟さんに襲いかかりますよ。それに、これだけの魔物に襲われれば、あなたがたの命もありません。わたしの命令に従わないと、誰も彼もが死にますよ」
男はキースがいることを思い出すと、自分の立場が有利だと思い、嬉しそうに話しだす。
「もしかして、脅しのつもり? 脅しになっていないから、取引にならないよ」
「どういう意味ですか?」
わたしは男からセレイユに視線を移し、セレイユの手を握る。
「セレイユ。今まで、母親の仇を取るために頑張ってきたんだよね。本当はわたしが、あの男を殴りたいけど、その役目はセレイユに譲るよ」
「ユナ?」
「キースはわたしが助けてくるから、セレイユはこの手で、あの男を殴ってきて」
「あなたは何を言っているのですか? 弟さんを助ける? あの魔物の群れの中にいる弟さんを? 笑わせないでください。笑わすのは、あなたの格好だけにしてください」
わたしとセレイユの会話を聞いていた男が、笑いを堪えながら、話しかけてくる。
教えるつもりはなかったけど、男に反論するためと、セレイユを安心させるために話すことにする。
「ああ、いいことを一つだけ教えてあげる。国王に復讐しようとした男だっけ? その男が集めた魔物を倒したAランク冒険者っていうのはわたしのことだよ」
「何を言って」
「あのときに比べれば、数が少ないよ。復讐の気持ちが足りないんじゃないの? 復讐するなら、命をかけ、人生を捧げないと」
それが良い人生とは思わない。その国王に復讐しようとした男だって、優秀な魔法使いだったはず。ただ、考え方が悪い方にいってしまった。もし、良い方向に考えていたら、優秀な魔法使いとして、王都でも重宝されたはずだ。
それにセレイユもだ。貴族の娘で、美人で、人に慕われている。そんな人物が子供時代という大切な時間を母親の仇を取るために、人生を捧げてきた。
恨みを否定するつもりはない。わたしだって、フィナたちが殺されでもしたら、殺した者を恨み、復讐をするかもしれない。いや、絶対にすると思う。
でも、それはいつかは終わらせないといけない。
ただ、この男は女にフラれただけで、セレイユの母親を殺し、それだけでなく、娘のセレイユまで、手を出そうとしている。その方法が人質をとり、復讐には魔物を使う。自分の人生を捧げない癖に、何もかもを手に入れようとしている。
セレイユみたいに母親を殺されたなら、分かるけど。フラれただけで、恨むのはお門違いだ。
「セレイユ、わたしを信じてもらえると嬉しいかな」
わたしはクマさんの格好で、真面目な表情でセレイユに言う。
我ながら、説得力がない格好だ。
セレイユはわたしの言葉に、数秒目を閉じ、目を開ける。
「ふふ」
セレイユが笑いだす。
「わかりました。ユナを信じます。あの男はわたしが倒します。だから、キースのことをお願いします」
セレイユはわたしに頭を下げる。
「あなた方は、なにを勝手に話しているのですか? 弟さんを助ける? あの魔物の群れに向かうってことですよ?」
「だから、なに? さっきも言ったけど、わたしを止めるなら、魔物の数が少ないよ」
「小娘!」
すぐに口調が変わる。煽り耐性が低いんじゃないかな。
「セレイユ、くまゆるを置いていくよ。もし、倒せないと思ったら逃げて。わたしが男を倒すから」
わたしはくまゆるを召喚すると、男とセレイユは驚く。
「さきほどの黒いクマ」
「くまゆるは、あのときに」
「召喚獣だからね。2人が歩き出したときに、送還させてもらったよ。2人とも前しか見ていなかったから、簡単だったよ。くまゆる、セレイユの護衛をお願いね」
「くぅ〜ん」
くまゆるは「任せて」という感じに鳴く。
わたしはさらにくまきゅうを召喚する。
「それじゃ、わたしはくまきゅうと一緒にキースを助けに行ってくるから。くまきゅう、行くよ!」
「くぅ〜ん」
わたしはくまきゅうに飛び乗ると、くまきゅうはキースに向かって駆け出す。
男がわたしの行動を見て、魔物に解除命令を出す前に、キースを確保しないといけない。時間との勝負だ。
わたしは一直線にキースのところへ向かう。襲うなと命令があったのか、わたしに襲いかかってこない。でも、それは僅かな時間だった。魔物が動きだし、唸り声をあげる。そして、わたしたちに襲いかかってくる。
拘束が解かれたみたいだ。
でも、遅い。すでにキースは目の前だ。
「くまきゅう、そのまま加速」
「くぅ~ん」
くまきゅうは速度を上げる。わたしは魔法を使い、近寄ってくる魔物を倒しながら進む。魔物がキースに近寄り始める。
ここからなら、十分に届く。
わたしはキースの周囲にいる魔物を風魔法で吹き飛ばす。そして、地面に寝かされているキースの前にやってくる。くまきゅうから、飛び降り、キースを抱きかかえる。生きている。寝ているだけだ。薬で眠らせているのかもしれない。
とりあえず、一安心する。
わたしは安否の確認をすると叫ぶ。
「キースは生きているよ! だから、安心して!」
生きていることをセレイユに伝える。次にキースの安全確保だ。
わたしはクマハウスをクマボックスから出す。キースを抱きかかえると、クマハウスの中に入り、一階のソファーの上に寝かす。ここなら、安心だ。
くまきゅうに守ってもらうことも考えたが、魔物の数が多い。くまきゅうもキースを守りながら魔物と戦うのは危険だ。
そうなると、一番安全なのは、クマの転移門で移動だけど、さすがに、使うことはできないので、クマハウスの中になった。
ここも十分に安全な場所だ。
わたしは静かに眠るキースをクマハウスに残して、クマハウスを出る。
あとは魔物を倒すだけだ。
ユナが男を殴れば終わりでしたが、セレイユに譲りました。
そろそろ、ユーファリア編の終わりが見えてきましたね。
※誤字を報告をしてくださっている皆様、ありがとうございます。お礼の返事が出来ませんので、ここで失礼します。