528 クマさん、セレイユの話を聞く
セレイユの表情が気になったわたしは、後を追いかける。セレイユは馬を走らせ、街を出ると、そのまま馬を走らせる。
わたしも追いかけるように街を出て、くまゆるを召喚すると乗る。
「くまゆる。セレイユを追いかけて」
「くぅ~ん」
くまゆるは返事をすると、前を走るセレイユを追いかけて、走り出す。
追いかけているけど、どうしたものか。
声をかけるべきか。このまま黙って追いかけるべきか。あのセレイユの表情が気になる。
セレイユは止まることもなく、馬を走らせる。
くまゆるなら、簡単に追いつくこともできるが、あの気を張った後ろ姿を見ていると、声をかけづらい。
人を殺して、逃げているわけじゃないよね?
逆に殺しに行くようにも見えた。
どっちにしろ、セレイユらしくない表情だった。
どうしようか悩んでいると、くまゆるが「くぅ~ん」と鳴く。
「なに?」
「くぅ~ん」
くまゆるは、もう一度鳴く。
この鳴き声は、魔物!?
わたしは、とっさに探知スキルを使おうとするが、使えない。
そうだ。今のわたしの格好は、クマじゃない。学生服だ。クマの格好でないと、クマの探知スキルは使うことができない。
わたしの顔に一筋の汗が流れる。
人との試合ではクマ装備をしないで戦ったことはあるけど、魔物と戦ったことはない。学園祭の試合にしろ、交流会の試合にしろ、ルールがあり、人の目があった。
でも、魔物との戦いは違う。多くの魔物は人を見ると襲ってくる。危険だからといって、誰かが止めてくれるわけでもない。
クマの手袋、クマの靴を装備しているから、普通に戦えば勝てる。でも、死角から襲われる可能性もある。それでもクマ装備なら、攻撃を受けても無傷だった。でも、クマ装備がなければ怪我をするし、下手をすれば死ぬこともありえる。そんな考えが頭に浮かぶ。
あらためて、クマの着ぐるみ姿でないことに危機感を覚えた。
一度、止まってから、クマに着替えることも考えたけど、着替えている数分の間で、馬を走らせているセレイユと距離が離れてしまう。
それなら、セレイユを止めて、着替える?
また、セレイユに声をかけるか、かけないかで悩むことになる。
悩むなら、声をかけることにする。
このままでは、わたしもセレイユも危険だ。
「くまゆる。距離を詰めて」
「くぅ~ん」
くまゆるは返事をすると、加速して前を走るセレイユが乗る馬に近づく。
「セレイユ!」
わたしが声をかけると、セレイユは驚いた表情をわたしに向ける。
「ユナ!?」
セレイユは慌てて馬を止める。
わたしが近づくまで気づかなかったらしい。
「どうして、ユナが?」
「セレイユが深刻な表情で馬に乗って走るのを見たから、追いかけてきたんだよ」
「そんなに、深刻そうな顔をしていましたか?」
「まるで、人を殺しにいくような感じだったよ」
わたしは冗談交じりで言う。
でも、セレイユはわたしの冗談に笑わない。
セレイユは両手を広げると、自分の頬を強く叩いた。
パーンと大きな音が響く。
「心配をかけたようで、申し訳ありません。ユナ、心配はいりませんので、街に戻ってください。それとできれば、わたしがここにいることは誰にも言わないでください」
「そんなことできないよ。セレイユがどこに向かっているか知らないけど、この先に魔物がいるみたいだよ」
「魔物……」
「もしかして、その魔物を倒しに行くつもりなの?」
「いえ、違います。ユナはこの先に、魔物がいることが分かるのですか?」
「この子は、近くに魔物がいると、教えてくれるんだよ」
わたしはくまゆるの頭を撫でる。
「ユナはクマの言っていることが分かるのですか?」
「分かるよ。くまゆるとくまきゅうは、わたしの大切な家族だからね」
「大切な家族ですか。ユナ、一つ聞いてもいいですか?」
セレイユは表情に力が抜けたようになると、質問をしてくる。
「ユナはその大切な家族のためなら、命をかけられますか?」
わたしはくまゆるを見る。
大切なわたしの家族。くまゆるとくまきゅうが危険なら助けにいく。
「危険かもしれない場所に行けますか?」
セレイユは真剣な目でわたしを見る。
危険な場所。クマ装備があれば危険な場所でも安全に行ける。でも、セレイユが言いたいことは違うよね。
危険、それはクマ装備が無い状態のときを表す。クマの装備がなければ、わたしは無力だ。その状態で命を賭けられるかを尋ねている。
「助けに行きたいと思う。でも……」
クマ装備があれば「絶対に助けに行く」と言える。でも、クマ装備がなければ「絶対に助けに行く」と言える自信がない。そのときにならないと分からない。
本当に、わたしはクマ装備がないと無力だと、あらためて実感する。
「ごめんなさい。変な質問をしてしまって」
「ううん。それはいいけど、もしかして、家族になにかあったの?」
「それは……」
セレイユはわたしの質問から逃げるように、わたしから視線を外し、黙ってしまう。
「ユナは街に戻ってください」
セレイユはわたしを街に帰そうとする。
でも、この状態のセレイユを一人残して帰るわけにはいかない。
「戻るなら、セレイユも一緒だよ。行くなら、護衛を付けるなりしないと危険だよ。セレイユ、ノアに言ったよね。貴族なら、貴族の立場を理解しないといけないって。貴族の娘が一人で魔物がいる場所に行くのは、貴族の立場を理解しているの?」
セレイユがノアに護衛を付けようとしたときの言葉だ。
それをセレイユは破っている。
セレイユは歯を強く噛みしめて、なにかに苦しんでいる。
「わたしは偉そうなことを言ったものですね。でも、その言葉には、偽りはありません。だけど、わたしは貴族の娘であると同時に、一人の姉でもあります。だから、行かないといけません」
セレイユは進む先に目を向ける。
街に戻るつもりはないみたいだ。
よく分からないけど、セレイユになにかあったのは間違いない。ここで、帰るわけにはいかない。
「それじゃ、わたしがセレイユの護衛をしてあげるよ」
「ユナ?」
「だって、貴族には護衛が必要なんでしょう」
クマの着ぐるみに着替えれば、多少の危険なことがあっても、どうにかなるはずだ。
セレイユの前で、クマの着ぐるみに着替えるのは恥ずかしいけど、そんなことも言っていられない。それに、一度見られているんだし、普段も着ているんだから、今さらだ。
「そうですが」
「わたしの強さは知っているよね」
「ユナが強いことは、羨ましいと思うほど、理解しています」
「なら、問題はないよね」
「ユナ、ありがとう。ユナの申し出は凄く嬉しいです」
セレイユは嬉しそうに言う。でも、次の瞬間、表情が変わり、首を横に振る。
「でも、ダメなんです。わたし一人で行かないとダメなんです」
間違いなく、家族になにかあったね。
母親は亡くなっているから、父親か弟になにかあった?
それとも、祖父母、親戚かもしれない。
「セレイユ、話して。力になるよ」
セレイユはわたしのことをジッと見つめると、重い口を開いた。
なんでも、弟が攫われたらしい。
その攫った者からメモがあり、セレイユ一人で来るように書かれていたらしい。
「だから、ユナは帰ってください」
「話を聞いたら、余計にセレイユ一人で行かせるわけにはいかないよ」
あの食事を一緒にしたセレイユの弟が誘拐された。会話はあまりしていないけど、挨拶はした。たしか、キースって名前だったはず。
恥ずかしそうにして、わたしとノアを見ていた。
あの男の子に何かあれば、後味が悪いし。セレイユの弟を攫った人物のところに、セレイユ一人で行かせるわけにもいかない。
二人に何かあれば、最悪の気持ちになる。
あのとき、セレイユと一緒についていけばよかったと、絶対に後悔する。
「その弟を攫った男はお母様を殺しています。命の保証はありません。危険です。なのでユナは街に帰ってください」
たしか、シアから、セレイユの母親は殺されたと聞いた。
その男が弟を攫った。危険という話ではない。かなり危険だ。だからさっき、家族のために危険なところに行けるか、聞いたんだね。
「紙には、わたし一人で来るように書かれていました。わたし一人で行かなかったら、弟がどうなるか分かりません。だから、ユナの気持ちだけ、いただいておきます。ユナ。心配してくださって、ありがとう」
セレイユはわたしを拒絶する。
これは、隠れてついて行かないとダメかな、と思ったとき、くまゆるが「くぅ~ん」と鳴く。
わたしはセレイユの後ろのほうを見る。
「帰るには、もう遅いみたいだよ」
「遅いと思って、来てみれば。セレイユ様、約束が違いますよ」
フードを被った怪しい人物が、木の後ろから現れる。
クマの着ぐるみを着ていないので、クマの探知スキルは使えないユナです。
初めてのことですね。
【お知らせ】pash!books創刊4周年記念で、
・アニメイトブックストア様
・Amazon、Kindle様
・コミックシーモア様
・DMM.com様
・紀伊國屋kinoppy様
・BOOK☆WALKER様
にて、1巻~3巻の電子書籍の3冊が期間限定(2/21まで)無料で全ての内容(書き下ろしも)が読めるようになっていますので、よろしくお願いします。
【お知らせ】コミック2巻が2/22に発売予定になっています。それにともない、コミックパッシュ、ニコニコ漫画に投稿されているお話が近日中に削除予定になっています。ご了承ください。削除前に読んでいただければと思います。
【お知らせ】TwitterやコミックPASH!のホームページでせるげい先生が描いた店舗特典のユナのイラストが公開中です。
そちらもよろしくお願いします。
※誤字を報告をしてくださっている皆様、ありがとうございます。お礼の返事が出来ませんので、ここで失礼します。
追記
申し訳ありません。次回の投稿、少し遅れます。




