表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
くまクマ熊ベアー  作者: くまなの
クマさん、ユーファリアの街に行く
532/904

527 セレイユ

 ユーファリアの学園と王都の学園の魔法の交流会は終わりました。本来なら好成績を得たことに喜ぶところですが、ユナという名の少女によって、自分の実力不足を思い知らされました。

 ユナには剣でも負け、魔法でも負けました。ユナとわたしとは根本的なところが違うような気がします。ユナは冒険者だと言ってました。初めは信じられませんでしたが、試合をした今なら、信じることができます。

 少女の見た目からは信じられないほどに強い。


 ユナの強さは実戦を経験し、生き延びた強さかもしれない。

 それにひきかえ、わたしには命を賭けた実戦経験がない。

 ユナは冒険者で、命の危険と隣り合わせの中、魔物と戦ってきたと思います。いつも緊張感の中で経験を積んできたユナと、ぬるま湯の安全な場所で練習をしてきたわたしとでは、同じ時間でも経験に差がでます。

 でも、わたしはお母様が亡くなった日から、今日まで、強くなるためにできる限りのことはやってきました。

 だから、今までの自分を否定したら、ダメです。

 ユナはユナ。わたしはわたしです。

 ユナだって、あの年齢で冒険者になり、実力を付けるため、頑張ってきたはず。わたしとは違う意味で苦労をしてきたはずです。

 それに一番を目指しているわけではありません。

 お母様を殺した男が、わたしの目の前に現れたとき、倒すことができればいい。わたしはそのためだけに、剣と魔法を学んできました。ユナに負けてもいい。お母様を殺した男に勝てればいい。

 そう自分に言い聞かせる。

 二日後には16歳の誕生日を迎える。あれが夢でなければ、お母様を殺した男が現れるはず。全ては、わたしの誕生日に決着する。そのために今日まで頑張ってきました。

 でも、お母様を殺した男が現れなかったら、わたしはどうなるんだろう。現れなかったら目標を失うことになる。それが今は怖い。

 わたしの心の中では、お母様を殺した男に現れてほしい気持ちと、男が現れず、この平穏が続いてほしい気持ちが交錯している。

 わたしはどっちを願っているんだろう。

 その答えは誕生日が近づくにつれ、分からなくなってきている。


 交流会で疲れたわたしは、ベッドに倒れると、すぐに眠りに就いてしまう。

 翌日、目が覚める。

 今日は学生同士の交流を深めるため、湖で遊ぶことになっています。

 騒がしいのは好きではありませんが、これも交流会の一つ。参加しないといけません。どうせなら、ユナと手合わせをするのもいいかもしれません。ユナも騒ぐのは苦手と言ってましたので、頼んでみましょう。

 そのときに、ユナの強さの秘訣を聞くのもいいかもしれません。

 ユナはどうして、あの年齢で冒険者になったとか、どうやって、力を身につけたのとか、話を聞いてみたい。


 わたしが制服に着替えていると、ドアがノックされる。入室の許可を出すと、メイドのコレットが入ってきます。


「セレイユ様、おはようございます」

「おはよう」


 コレットは部屋を見回す。


「こちらにキース様はいらっしゃいますか?」


 弟のキースのことを尋ねられる。


「わたしの部屋には来てませんよ。キースがどうかしたのですか?」

「いえ、キース様のお姿が見えないので、こちらにいるかと思いまして」


 キースがいないらしい。


「庭の散歩では?」


 たまに朝から散歩をしている。


「はい、そう思ってお庭を確認したのですが、お庭にも見当たりませんでした」


 そうなるとトイレとか、家は広いから、すれ違っている可能性もある。


「もう一度、部屋を見て、居ませんでしたら、他の場所を捜してみます」


 コレットは頭を下げると部屋から出ていく。

 わたしは鏡の前で髪を整え、食堂に向かう。

 お父様はいない。食事は別々になることが多い。わたしは一人で朝食を済ませ、部屋に戻ろうと廊下を歩いていると、使用人たちがキースを捜している姿がある。

 どうやら、まだ見つかっていないようだ。

 隠れたりすることもあるけど、呼べば出てくるし、見つからなかったことはない。

 何より、ここまで迷惑をかける子ではない。

 ああ、でも、昔、キースがおねしょをして、隠れていたことを思い出す。

 まさか、おねしょをしたわけじゃないと思うけど。

 わたしはキースの部屋に向かう。

 部屋には誰もいない。

 おねしょをして、隠れているわけでもないようだ。

 本当にどこに行ったのかしら?


「キース様。いらっしゃるのですか?」


 コレットが入ってくる。

 でも、わたしの顔を見ると落胆する。


「セレイユ様でしたか」

「まだ、見つからないの?」

「はい、手分けをして捜しているのですが」

「着替えは?」

「着替えられた様子はありませんでした」


 着替えていないなら、余計におかしい。


「お父様には?」

「先ほど、行方が分からないことをお伝えしたところ、使用人、全員で捜すことになりました」


 それで皆、キースを捜していたのですね。

 徐々に不安になってくる。


「庭は捜したのですよね?」

「はい」

「外に出た可能性は?」

「寝間着のままですので。今は手分けをして、お屋敷の中を確認しているところです」


 着替えていないなら、街に行くのはありえない。

 攫われた?

 そんな言葉が脳裏に浮かんだ。

 自分で言って、体が震える。


「わたしも捜すのを手伝います」

「学園のほうはよろしいのですか?」

「そんなことを言っている場合ではないでしょう。キースの行方が分からないのです。どこかに隠れているだけならいいですが、危険な状況かもしれません。他の者にも普段と違う怪しい箇所がないか、気に掛けるように言ってください」

「はい、皆に伝えます」


 キースの捜索が始まる。

 各部屋、庭、木の上、倉庫、馬車小屋、あらゆる場所を手分けをして捜した。

 時間が流れるたびに、わたしたちは焦る。いくら捜しても、キースは見つからない。

 お父様も慌てだします。

 家から出た様子はない。そもそも、寝間着で一人で外に出かけるとは思えない。なのに、家のどこにもいない。

 お父様より、外を捜す指示がでる。わたしも一度部屋に戻ってから、外に捜しに行くことにする。


「本当にどこに行ったの?」


 わたしは机に紙が置いてあることに気づく。

 紙を机に出したままにした記憶はない。

 紙を手にする。なにも書かれていない。紙を捲ってみる。

 わたしの手が固まる。


「弟のキース様は預かりました。ユーファリアの街の東で待ちます。お一人で来てください。誰かに伝えた場合、弟のキース様の命はありません。あなたの母親を殺した男より」


 体は震えだす。

 深呼吸して落ち着かせる。

 現れた。

 夢ではなかった。

 お母様を殺した人物が現れた。しかも、弟を攫った。

 あのときの、お母様が殺されたときの言葉が思い出される。

「もし、他人に話せば、可愛い弟が母親と同じようになるかもしれませんよ」

 お母様を殺した者の言葉。脅しではない。お母様は殺されたのだから。

 あのときのお母様の血が付いた男の手の感触が思い出される。

 体が震える。わたしは自分の頬を叩く。

 逃げるな。なんのために、今まで頑張ってきたの。

 自分に言い聞かせる。


 わたしが取れる行動は限られている。誰かに話せば、キースが殺される。わたしだけなら、負けたとしても、自分が死ぬだけでよかった。でも、キースが攫われた。

 キースの顔が浮かぶ。大切な弟。

 助けないといけない。


 わたしは本棚から、一冊の本を取り出す。

 この本の中には、お父様宛の手紙が挟まっている。

 このときのために書いておいた。いつ、自分が死んでもいいように。

 わたしが帰ってこなければ、コレットが出したままになっている本に気づいてくれるはず。

 わたしはアイテム袋の中を確認する。剣は入っている。練習用でなく、人を殺すための剣。今までに人なんて殺したことはない。

 でも、これから殺しに行かないといけない。

 殺しに行くということは、殺される可能性もある。


 お父様が知ったら、話さなかったことを叱るでしょうね。

 もし、生きて戻ってきましたら、叱られますので、許してください。

 わたしは紙を握りしめると、部屋を出る。キースを捜しているように装い、廊下を通り、家の外に出る。そのまま、馬小屋に向かうと、馬に乗る。わたしは人が居ないのを確認して馬小屋を出ると、門から飛び出す。


 街の中を馬を走らせる。

 中央の大通りを走り、一気に門までやってくる。

 門番はわたしを見て驚くが、怪しまれないように、微笑む。

 わたしは街の外に出ると、紙に書かれていた東に向かって馬を走らせる。



前回のユナが見たセレイユに繋がります。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ