527 セレイユ
ユーファリアの学園と王都の学園の魔法の交流会は終わりました。本来なら好成績を得たことに喜ぶところですが、ユナという名の少女によって、自分の実力不足を思い知らされました。
ユナには剣でも負け、魔法でも負けました。ユナとわたしとは根本的なところが違うような気がします。ユナは冒険者だと言ってました。初めは信じられませんでしたが、試合をした今なら、信じることができます。
少女の見た目からは信じられないほどに強い。
ユナの強さは実戦を経験し、生き延びた強さかもしれない。
それにひきかえ、わたしには命を賭けた実戦経験がない。
ユナは冒険者で、命の危険と隣り合わせの中、魔物と戦ってきたと思います。いつも緊張感の中で経験を積んできたユナと、ぬるま湯の安全な場所で練習をしてきたわたしとでは、同じ時間でも経験に差がでます。
でも、わたしはお母様が亡くなった日から、今日まで、強くなるためにできる限りのことはやってきました。
だから、今までの自分を否定したら、ダメです。
ユナはユナ。わたしはわたしです。
ユナだって、あの年齢で冒険者になり、実力を付けるため、頑張ってきたはず。わたしとは違う意味で苦労をしてきたはずです。
それに一番を目指しているわけではありません。
お母様を殺した男が、わたしの目の前に現れたとき、倒すことができればいい。わたしはそのためだけに、剣と魔法を学んできました。ユナに負けてもいい。お母様を殺した男に勝てればいい。
そう自分に言い聞かせる。
二日後には16歳の誕生日を迎える。あれが夢でなければ、お母様を殺した男が現れるはず。全ては、わたしの誕生日に決着する。そのために今日まで頑張ってきました。
でも、お母様を殺した男が現れなかったら、わたしはどうなるんだろう。現れなかったら目標を失うことになる。それが今は怖い。
わたしの心の中では、お母様を殺した男に現れてほしい気持ちと、男が現れず、この平穏が続いてほしい気持ちが交錯している。
わたしはどっちを願っているんだろう。
その答えは誕生日が近づくにつれ、分からなくなってきている。
交流会で疲れたわたしは、ベッドに倒れると、すぐに眠りに就いてしまう。
翌日、目が覚める。
今日は学生同士の交流を深めるため、湖で遊ぶことになっています。
騒がしいのは好きではありませんが、これも交流会の一つ。参加しないといけません。どうせなら、ユナと手合わせをするのもいいかもしれません。ユナも騒ぐのは苦手と言ってましたので、頼んでみましょう。
そのときに、ユナの強さの秘訣を聞くのもいいかもしれません。
ユナはどうして、あの年齢で冒険者になったとか、どうやって、力を身につけたのとか、話を聞いてみたい。
わたしが制服に着替えていると、ドアがノックされる。入室の許可を出すと、メイドのコレットが入ってきます。
「セレイユ様、おはようございます」
「おはよう」
コレットは部屋を見回す。
「こちらにキース様はいらっしゃいますか?」
弟のキースのことを尋ねられる。
「わたしの部屋には来てませんよ。キースがどうかしたのですか?」
「いえ、キース様のお姿が見えないので、こちらにいるかと思いまして」
キースがいないらしい。
「庭の散歩では?」
たまに朝から散歩をしている。
「はい、そう思ってお庭を確認したのですが、お庭にも見当たりませんでした」
そうなるとトイレとか、家は広いから、すれ違っている可能性もある。
「もう一度、部屋を見て、居ませんでしたら、他の場所を捜してみます」
コレットは頭を下げると部屋から出ていく。
わたしは鏡の前で髪を整え、食堂に向かう。
お父様はいない。食事は別々になることが多い。わたしは一人で朝食を済ませ、部屋に戻ろうと廊下を歩いていると、使用人たちがキースを捜している姿がある。
どうやら、まだ見つかっていないようだ。
隠れたりすることもあるけど、呼べば出てくるし、見つからなかったことはない。
何より、ここまで迷惑をかける子ではない。
ああ、でも、昔、キースがおねしょをして、隠れていたことを思い出す。
まさか、おねしょをしたわけじゃないと思うけど。
わたしはキースの部屋に向かう。
部屋には誰もいない。
おねしょをして、隠れているわけでもないようだ。
本当にどこに行ったのかしら?
「キース様。いらっしゃるのですか?」
コレットが入ってくる。
でも、わたしの顔を見ると落胆する。
「セレイユ様でしたか」
「まだ、見つからないの?」
「はい、手分けをして捜しているのですが」
「着替えは?」
「着替えられた様子はありませんでした」
着替えていないなら、余計におかしい。
「お父様には?」
「先ほど、行方が分からないことをお伝えしたところ、使用人、全員で捜すことになりました」
それで皆、キースを捜していたのですね。
徐々に不安になってくる。
「庭は捜したのですよね?」
「はい」
「外に出た可能性は?」
「寝間着のままですので。今は手分けをして、お屋敷の中を確認しているところです」
着替えていないなら、街に行くのはありえない。
攫われた?
そんな言葉が脳裏に浮かんだ。
自分で言って、体が震える。
「わたしも捜すのを手伝います」
「学園のほうはよろしいのですか?」
「そんなことを言っている場合ではないでしょう。キースの行方が分からないのです。どこかに隠れているだけならいいですが、危険な状況かもしれません。他の者にも普段と違う怪しい箇所がないか、気に掛けるように言ってください」
「はい、皆に伝えます」
キースの捜索が始まる。
各部屋、庭、木の上、倉庫、馬車小屋、あらゆる場所を手分けをして捜した。
時間が流れるたびに、わたしたちは焦る。いくら捜しても、キースは見つからない。
お父様も慌てだします。
家から出た様子はない。そもそも、寝間着で一人で外に出かけるとは思えない。なのに、家のどこにもいない。
お父様より、外を捜す指示がでる。わたしも一度部屋に戻ってから、外に捜しに行くことにする。
「本当にどこに行ったの?」
わたしは机に紙が置いてあることに気づく。
紙を机に出したままにした記憶はない。
紙を手にする。なにも書かれていない。紙を捲ってみる。
わたしの手が固まる。
「弟のキース様は預かりました。ユーファリアの街の東で待ちます。お一人で来てください。誰かに伝えた場合、弟のキース様の命はありません。あなたの母親を殺した男より」
体は震えだす。
深呼吸して落ち着かせる。
現れた。
夢ではなかった。
お母様を殺した人物が現れた。しかも、弟を攫った。
あのときの、お母様が殺されたときの言葉が思い出される。
「もし、他人に話せば、可愛い弟が母親と同じようになるかもしれませんよ」
お母様を殺した者の言葉。脅しではない。お母様は殺されたのだから。
あのときのお母様の血が付いた男の手の感触が思い出される。
体が震える。わたしは自分の頬を叩く。
逃げるな。なんのために、今まで頑張ってきたの。
自分に言い聞かせる。
わたしが取れる行動は限られている。誰かに話せば、キースが殺される。わたしだけなら、負けたとしても、自分が死ぬだけでよかった。でも、キースが攫われた。
キースの顔が浮かぶ。大切な弟。
助けないといけない。
わたしは本棚から、一冊の本を取り出す。
この本の中には、お父様宛の手紙が挟まっている。
このときのために書いておいた。いつ、自分が死んでもいいように。
わたしが帰ってこなければ、コレットが出したままになっている本に気づいてくれるはず。
わたしはアイテム袋の中を確認する。剣は入っている。練習用でなく、人を殺すための剣。今までに人なんて殺したことはない。
でも、これから殺しに行かないといけない。
殺しに行くということは、殺される可能性もある。
お父様が知ったら、話さなかったことを叱るでしょうね。
もし、生きて戻ってきましたら、叱られますので、許してください。
わたしは紙を握りしめると、部屋を出る。キースを捜しているように装い、廊下を通り、家の外に出る。そのまま、馬小屋に向かうと、馬に乗る。わたしは人が居ないのを確認して馬小屋を出ると、門から飛び出す。
街の中を馬を走らせる。
中央の大通りを走り、一気に門までやってくる。
門番はわたしを見て驚くが、怪しまれないように、微笑む。
わたしは街の外に出ると、紙に書かれていた東に向かって馬を走らせる。
前回のユナが見たセレイユに繋がります。