526 クマさん、湖で拾う
外は暗く、街並みは魔石の光によって、少しだけ明るくしている。
わたしはくまきゅうを抱きながら、湖の畔を歩く。湖は暗く、月の光が照らしているぐらいだ。和の国の温泉がある湖も綺麗だったけど、この街の湖も綺麗だね。
心地よい風が吹いてくる。
「くまきゅう、少し散歩してから帰ろう」
「くぅ〜ん」
わたしとくまきゅうは夜の湖の散歩を楽しむことにする。
夜なこともあって、湖に人の姿はない。
誰もこんな暗いところに好き好んではこないかな。いたとしても、カップルか、酔っ払いぐらいかもしれない。
湖を見ていると、和の国のことを思い出して、温泉に入りたくなる。宿屋に帰ったら、クマの転移門を使って、温泉でも入りに行こうかな。
でも、くまゆるを置いていったら、いじけるよね。
くまゆるにはノアの護衛を頼んである。置いていったら可哀想だ。クリモニアに帰ったら、みんなで行こう。
「くぅ~ん」
温泉のことを考えていると、抱いているくまきゅうが鳴く。
「どうしたの? 温泉はくまゆると一緒だよ」
「くぅ~ん」
くまきゅうが首を振り、右前足を一生懸命に伸ばす。わたしはくまきゅうが伸ばす右前足の先を見る。
人?
わたしは咄嗟にくまきゅうを隠そうと思ったが止める。その人影の格好が怪しかったからだ。人影は暑いのに、顔を隠すようなフードを頭から被っている。
いつものクマの格好なら、人のことは言えないけど、今日は制服姿だ。だから、はっきり言う、怪しい。
もしものときを考えた場合、くまきゅうがいたほうがいい。
このまま進めば、怪しいフードの人物に近付くことになる。
う~ん、どうしようか。
気にしないで進むべきか、それとも、散歩を中止にするべきか。
わたしが、どうしようかと思っていると、フードを被った怪しい人物は、どこからともなく、何かを取り出す。その何かが、月の明かりで少しだけ光る。
その人物は湖に向けて手を伸ばす。
フードが揺れる。
風魔法?
そう思った瞬間、手に持っていた物が飛び出すように湖に向かって飛んでいく。
わたしの目は飛んでいく物を追う。
フードの人物の手から飛び出された何かは、月光りに反射しながら遠くまで飛び、ポチャと音がして、湖に落ちた。
何を湖に飛ばしたの?
フードをした人物のほうに目を戻すと、すでにその姿はなかった。
なんだろう?
ゴミを捨てたわけじゃないと思う。
わざわざ、風魔法を使って、飛ばしていた。
気になる。見なかったことにして宿に帰っても、戻ってから気になって寝られなくなるパターンだよね。
「はぁ」
気になるから仕方ない。眠れなかったら、困る。
わたしは周囲の確認をするとくまきゅうを降ろし、クマボックスからクマの着ぐるみを出す。
少し、ごわごわするけど、制服を着たまま、クマの着ぐるみを着る。
うぅ、制服を着たままだから、着心地が悪い。
さっさと終わらせるため、くまきゅうを抱き抱えると、クマの水上歩行のスキルを使って、湖の上を歩く。そして、フードの人物が投げたと思われる位置まで移動する。
この辺りだよね?
湖の下は当たり前だけど、真っ暗で何も見えない。
わたしは光魔法を使う。わたしの前にクマの形をした光が浮かぶ。
やっぱり、湖の底に捨てられた物は見えない。
わたしは和の国で大蛇を討伐したときに覚えたクマの水中遊泳のスキルを使う。
まあ、名前通りに水の中に潜れる優れものスキルだ。あまり活用するときはないけど。
クマの水中遊泳のスキルを使ったわたしの体は、ゆっくりと湖に沈んでいく。
水の中に入ると、わたしは空気の玉の中にいる。正確には、クマの形をした空気の中にいる。
初めはフラグが立つかと思って、しばらくは使わないほうがいいかと思ったけど、元ゲーマーとしては気になるし。もし、いきなり使うようなことがあった場合、困るかもしれない。
そのため、確認はしてある。前に確かめてあるので、普通に使うことができる。
初めて使ったときは、空気の中にいることもあって気づかなかったけど、よく見ると、空気玉はクマの形をしていた。上を見れば耳はあるし、後ろを見れば丸い尻尾もちゃんとある。ここまでクマにこだわらなくてもいいと思うんだけど。
わたしはくまきゅうを抱いたまま、湖の底に降りていく。
湖の中をクマの光が照らす。
どこにあるのかな?
この辺りだと思うんだけど。
先ほどのフードの人物が何かを投げたと思われる場所を探す。
「くぅ~ん」
腕の中にいるくまきゅうが鳴き、前足を伸ばす。
わたしはくまきゅうの前足の先を見ると、クマの光に照らされて、何かが光る。わたしはゆっくりと近づく。
「魔石?」
湖の底にあったのは、魔石だった。
しかも、大きい。
「えっと、落ちているんだから、拾っていいんだよね?」
わたしは魔石を拾いあげる。
クラーケンの魔石ぐらいある。
「もらっていいよね?」
「くぅ~ん」
わたしの独り言に、くまきゅうがどちらにでも聞こえる鳴き声をする。
「共犯だよ」
「くぅ~ん」
わたしは湖の中にいるから、誰かに見られていることはないのに、少し後ろめたさに、キョロキョロと周囲を確認してしまう。わたしはクマボックスに魔石を仕舞うと、逃げるように湖の上にあがる。
そして、クマの光を消し、クマの着ぐるみを脱ぎ、その場を急いで離れると、まっすぐに宿屋に向かう。
宿の前まで来たわたしは、くまきゅうを送還してから宿に入る。
宿屋の従業員に帰ってくるのが遅いのを心配されたが、わたしはノアのことを説明して、部屋に入る。
持ってきちゃった。
わたしはテーブルの上にフードの人物が捨てたと思われる魔石を置く。
天井にある明かりに照らされて、魔石の色が緑色だと、分かった。
「うん?」
魔石に魔法陣が描かれている?
わたしには魔法陣の仕組みの知識はない。
なにか分かるかと思って、クマの観察眼を使ってみても、魔石としか分からない。流石に魔法陣のことまでは教えてくれないらしい。
こういうときに魔法陣を読み解くスキルがあればと思ったりする。
ないものねだりをしても仕方ない。
でも、持ってきちゃったけど、実は街の大切な物ってことはないよね? 実は、あのフードが捨てていない可能性だってある。
う~、拾ったはいいけど、逆に気になって眠れなくなりそう。
明日、セレイユに聞いてみようかな。あの湖に必要な物の可能性もあるし、領主の娘なら、街に関わりがある魔石なら、知っているかもしれない。知らなかったら、セレイユの父親に聞いてもらえばいい。
自分にそう言い聞かせる。
わたしはクマボックスに魔法陣が描かれた魔石を仕舞い、くまきゅうを再召喚する。
そして、備え付けのお風呂にくまきゅうと一緒に入る。
交流会が終わったあと、かなりの汗を掻いていた。クマの着ぐるみなら、動いても暑くないけど、制服の格好だと暑い。
お風呂から出たわたしは、交流会で疲れた体を休ませるため、白クマ姿になる。
くまきゅうはわたしの白クマの格好に嬉しそうにする。
「いつも、寝るときはお揃いでしょう」
「くぅ~ん」
わたしはくまきゅうを抱きかかえると、ベッドに移動する。
「くまきゅう、おやすみ。朝になったら起こしてね」
「くぅ〜ん」
魔石が気になっていたけど、交流会の疲れもあったのか、白クマの姿のおかげなのか、くまきゅうの抱き心地のおかげなのか、すぐに睡魔が襲ってきた。
翌日、くまきゅうに起こされ、制服に着替えると、シアとノアに会いに学園に向かう。
もう、制服にも着替え慣れたものだ。
長い橋を渡り、学園の前にやってくると、ノアとシアの姿がある。
「ユナさん、おはようございます」
「ユナさん、昨日は寝てしまって、すみませんでした」
「応援で疲れたんだよ。それだけ、頑張って応援してくれたってことでしょう。それで、2人はどうして、ここにいるの?」
「くまゆるちゃんが、みんなに見られたら困ると思って、早めに出て、ユナさんを待っていたんです」
どうやら、気をつかってくれたみたいだ。
「くまゆるちゃんをありがとうございました」
ノアがくまゆるを返してくれる。
「くまゆる、ノアの護衛、ありがとうね」
「くぅ~ん」
わたしは感謝の気持ちで、くまゆるの頭を撫でる。そして、送還する。
ノアは、少し残念そうにするが、ノアも分かっているので、文句は言わない。
「それじゃ、湖で遊ぶ準備をしましょう」
「はい!」
シアの言葉にノアは元気に返事をする。
わたしたちは湖に移動する。
湖では、すでに水着の格好をした生徒が楽しそうに遊んでいる。
「ノア、ユナさん、あそこで着替えますよ」
シアの視線の先には小さな建物がある。更衣室なのかな?
「わたしはいいよ。2人で遊んできて」
「ユナさんは遊ばないんですか!?」
「ちょっと、セレイユに用事があってね。だから、遊べないかも。だから、久しぶりに姉妹で遊ぶといいよ。クリモニアに帰れば、しばらくは会えなくなるんだから」
「……はい、分かりました。でも、セレイユ様との用事が終わりましたら、一緒に遊びましょうね」
ノアとシアは水着に着替えるため、建物に向かう。
わたしはセレイユが来るまで、湖で遊ぶ学生たちを眺めながら、時間を潰すことにする。
ルリーナさんに聞いていたけど、ちゃんと水着はあるんだね。シンプルな水着から、可愛い水着もある。
それにしても、本当にわたしと同じぐらいの年齢なのかな?
ある部分が大きいような。もしかすると、何かを詰め込んでいるのかもしれない。
学生たちは、二日間争ったわだかまりもなく、楽しそうに遊んでいる。
ただ、水かけで魔法を使うのはやめようよ。
それにしても、セレイユは一向に現れない。
もしかして来ないとか? それなら家に行けば会えるのかな? 学園のどこかにいる可能性もある。そう考えると、動きようがない。
わたしが悩んでいると、昨日試合をした風魔法の女の子がやってくる。
「遊ばないの?」
女の子は水着の格好で、体も髪も濡れている。
「ちょっと、セレイユ、様に用事があるから、待っているんだけど」
セレイユのことを慕っているようなので、文句を言われても困るので、敬称を付ける。
「セレイユ様? そういえば、今日は見ていないな。セレイユ様はこういうのは苦手だけど、顔は必ず出してくれるんだよね。何か、用事でもあるのかな? セレイユ様に用事なの?」
「うん、ちょっとね」
魔石のことは言えないので、曖昧に頷く。
「ちょっと待って。みんなに聞いてきてあげる」
女の子はそう言うと。湖で遊んでいる女の子たちのところに駆け出す。女の子は生徒たちと話をすると、すぐに戻ってくる。
「誰も見ていないって」
女の子は息を切らして、教えてくれる。
「ありがとう。それじゃ、ちょっと、セレイユ様の家に行ってみるよ。もし、セレイユ様が来たら、話があるって言っておいてもらえる?」
「いいよ」
わたしは女の子にお願いをして、遊んでいるシアとノアにセレイユのところに行くことを伝える。
「用事をすましたら、すぐに戻ってくるから、ノアはシアから離れちゃダメだからね」
「ユナさん、戻ってきたら、一緒に遊びましょうね」
「時間があったらね」
わたしは遠まわしな言い方で、断る。
「はい。待っていますね」
でも、純粋なノアには通じなかったようだ。こういうとき、自分の心が汚れているって思うよね。
わたしは1人でセレイユの家に向かう。
セレイユの家が見えたとき、馬が飛び出してきた。
「セレイユ?」
馬にはセレイユが乗っていた。セレイユはわたしに気づくこともなく、走り去っていく。
一瞬だったが、セレイユは苦しそうな、張り詰めた表情をしていた。
わたしは考える前に、セレイユの後を追い掛けるように走り出していた。
※ユーファリア編、終わりに向かいます。
※誤字を報告をしてくださっている読者様、ありがとうございます。お礼の返事が出来ませんので、ここで失礼します。
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