520 クマさん、シアを応援する。その2
的当てが終わると、次は密集するように人型の土が何体も作られる。
そして、その人形の手に黒と白の旗が持たされる。白が多く、黒が少ない。
先生からルールが説明される。白の旗は当てずに黒の旗に当てるらしい。
今度は数撃てば当たる方法は使えない。正確に当てないといけない。
似たような射撃ゲームがあったのを思い出す。警察官が犯罪者を拳銃で撃つゲームだ。たまに一般人や人質が出てくるけど、悪人だけを撃つゲームだ。
でも、それに比べると、いきなり一般人と悪人が画面に出てくるわけではないので、難易度は低い。だけど、ゲームとリアルは違う。ゲームは間違って一般人を撃っても得点が下がるだけだけど、リアルは怪我をさせ、最悪死ぬことだってある。
もしかして、これは魔法を使う生徒や見ている生徒に向けて、魔法はちゃんと制御をしないと危険だと知らせるためのメッセージかもしれない。
密集の的当てが始まる。
風魔法では空気弾を使う生徒が多くなる。風の刃だと近くにいる白旗を持っている人形まで当たってしまうからだ。なので、先ほどの的当てとは優秀者が変わる。
白旗を持つ人形に魔法を当ててしまう生徒がいるが、選ばれた生徒ってこともあって、ほとんどの生徒は正確に黒旗を持つ人形に命中させていく。
実力の差は時間だ。時間をかけて丁寧に狙いを定める生徒がいる。主に、的当てで数撃ちゃ当たる戦法を使った生徒だ。時間内に当てないといけないので、時間をかけるため、差がでる。
そう考えると、命中補正があるクマさんパペットは反則だよね。ある程度狙いを定めて放てば、動かない的なら命中する。
そして、火の魔法に参加したシアはテンポ良く魔法を放ち、確実に黒旗を持つ人形に命中させていく。セレイユとは一体の差で負けることになったが、上位に入った。
セレイユがいなければ最高得点だって狙えたかもしれないのに残念だ。
そのセレイユは風魔法、水魔法、土魔法と続き、好成績を残す。だけど、水魔法が苦手なのか、他の魔法に比べて成績は下がる。
さらに競技は進み、次は先生が空に向けて飛ばす土の塊に当てるらしい。
イメージ的にライフルで飛び出す的を撃つ、クレー射撃みたいなものみたいだ。ゲームでもあったけど、わたしはやったことはない。
これは空を飛ぶ魔物を想定しているのかな?
戦った魔物ではヴォルガラスやワイバーンを思い出す。
剣では空を飛ぶ魔物を倒すのは難しい。魔法の出番になる。もちろん、弓もあるけど、女の子が弓を使うのは難しい。試したことはないけど、弓の弦を引っ張るのは難しいらしい。コツを覚えればできるらしいけど、魔力があるなら、魔法を使ったほうが楽だ。
クレー射撃の魔法当てが始まる。意外と生徒たちは命中させていく。周りで見ている人たちも命中するたびに歓声があがり、逆に外すと「あ〜」とかため息が漏れたりする。
目立ちたくないけど、元ゲーマーとしてはやってみたくなるね。
「ユナさん、もしかして、やってみたいんですか」
わたしの気持ちを言い当てるノア。もしかして、顔に出ていた?
ゴシゴシとクマさんパペットで頬を擦る。
「まあ、面白そうかなと思って」
もっとも、クマさんパペットには命中補正があるので、ほぼ命中するので、つまらないかもしれない。でも、やってみたくなるのはゲーマーの性分だね。
クレー射撃の的当ても終わる。
「シアとセレイユはいい感じだったね」
シアとセレイユは順調に命中させ、二人とも上位に食い込む。ただ、ここでもセレイユが一歩、抜きん出ている感じだ。
「わたしもお姉様のように早く魔法を使いたいです」
「もしかすると、クリフは魔法の勉強のために、今回のことの許可を出してくれたのかもしれないね」
興味を持って学ぶのと、興味を持たずに学ぶのでは身につくのに差がでる。
好きな科目は吸収力が高いけど、苦手な科目はいくら学んでも身につかないことが多い。
もっとも、下手の横好きって言葉もあるけど、学ぶなら好きなほうが良いに決まっている。
午前の種目は終わり、ここで一度休憩を挟み、昼食になる。
学生たちは学園が用意した昼食を食べるみたいだ。
「それじゃ、わたしたちも昼食にしようか」
「はい」
わたしはクマボックスからパンを取り出す。
「たくさんあるから、食べてね」
「ありがとうございます」
モリンさんが作ってくれたパンを食べていると、シアがやってくる。
「お疲れ様」
「お姉様、お疲れ様です」
「ありがとう。でも、ノアが応援してくれたのにセレイユには負けちゃったね。ごめんね」
シアの言葉にノアは首を横に振る。
「お姉様が謝る必要はありません。お姉様は格好良かったです。尊敬するお姉様です」
「そうだね。負けたとはいえ、僅差だから」
わたしたちの言葉にシアは嬉しそうにする。
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、セレイユは全ての種目に出るために、加減をしているからね」
「悔しいけど、セレイユが一歩抜きん出てる感じだね」
「セレイユ様は凄いですが、ユナさんが出ていれば勝ったと思います」
「それは、聞き捨てならないですね」
声がしたほうを見るとセレイユがいた。
「セレイユ様!?」
セレイユの登場にノアが驚く。
「ノア。ユナには剣では負けましたが、魔法では負けませんよ。なにより、ユナは今回の交流会に選ばれてませんから、他の生徒より魔法は劣っているのでは?」
ノアはセレイユの言葉に困った表情を浮かべる。
わたしは生徒じゃないから、どう言おうか悩んでいるみたいだ。わたしとしては、別に王都の学生でないことを話してもいいんだけど。
そんな気持ちを知ってか、なにも考えていないのか、シアが口を開く。
「それはそうだよ。ユナさんは王都の学生じゃないからね」
「それは、どういうことですか?」
「言葉通りだよ。ユナさんは実力はあるけど、学生じゃないから、今回の交流会には参加していないんだよ」
「ですが、制服を着ていますが?」
セレイユはわたしに目を向ける。
わたしは王都の学園の制服を着ている。
「それは、ユナさんの普段の格好だと、学園の中に入れないかと思ったから、制服を着てもらったんです」
「普段の格好って。別にどんな格好をしていても、シアの知り合いなら入れるでしょう?」
普通の格好ならね。
セレイユはシアが言っている意味が分からないようだ。
「まあ、そうなんだけど。そのトラブルもなく、いろいろと聞かれず、説明もせずに入るにはこれが一番だったんです」
「いろいろと聞かれたり、説明をしないと学園に入れない格好ですか? ……もしかして、裸!?」
「違う!」
わたしはすぐに否定した。
いきなり何を言うかな。裸で外を出歩く人なんていないよ。変態だよ。クマの着ぐるみ以上に恥ずかしい格好を言われるとは思わなかったよ。
「その、セレイユ様。ユナさんの格好はクマさんなんです」
ノアが暴露した。
まあ、隠しているわけじゃないからいいけど。クリモニアではかなり広まっているし、王都でもクマの着ぐるみの格好で出歩いている。
ただ、今回はシアに面倒をかけないように制服を着ているだけだ。
こうやって言い訳をしていると、クマの着ぐるみを着たいと思っている感じになっている。もしかして、精神もクマに侵されている?
「先日、セレイユ様の家に泊まったとき、夜にユナさんがクマさんの格好をしてましたよね。あの格好なんです」
「あの可愛らしいクマの格好ですか? あのクマの格好が普段の格好なんですか?」
セレイユが不思議そうな目でわたしを見る。そんな目で見ないで。
「本当にクマが好きなんですね」
否定はしないよ。
でも、好きでクマの着ぐるみを着ているわけではないと言いたい。
「ユナが制服を着ている理由は分かりました。でも、学園の生徒でないのは驚きました」
「わたしは一応、冒険者になるのかな?」
最近、冒険者ギルドで仕事らしい仕事をしていないけど。
でも、和の国で仕事をしたから、問題はないよね?
「……冒険者。それで、あの強さだったのですね。わたしが安全な場所で練習している間も、ユナはその若さで命を張った仕事をしていたのですね。ユナの強さの理由が分かった気がします」
いや、わたしの剣の技術は、死んでも生き返るゲームの世界で手に入れたものだから。冒険者の仕事はクマ装備のおかげで安全だから。とは言えるわけもなく。
「シアとノアが信用する理由が分かったような気がします。でも、そうなると、余計にユナの魔法の実力が知りたくなりますね」
「残念だけど、わたしは学生じゃないから参加はできないよ」
「特別枠を作るとか?」
「丁重にお断りさせてもらうよ」
「それは残念です。ちなみに、ユナはなんの魔法が得意なのですか?」
「不得意はないよ。一応、セレイユと同じようにひと通りの魔法は使えるよ」
「余計に勝負がしたくなりました」
競技は面白そうだけど、セレイユの相手をするのは面倒だからしないよ。
セレイユはそれだけを言うと、去っていく。なにしに来たんだろう?
「そういえば、シアは魔力は大丈夫なの?」
「あのぐらいなら大丈夫ですよ。それに、魔力を回復する薬草のお茶を飲んでますから」
「もしかして、さっきから、学生が飲んでいるもの?」
食べ物と一緒に飲み物も渡されている。
「まあ、少しだけですが、魔力が回復する速度が速くなるんです。だから、休憩時間に少しでも回復するために飲んでいるんです」
「そんなものがあるんだね」
わたしは神聖樹のお茶のことを思い出す。
「似たようなお茶を持っているけど、飲む? 魔力が回復するらしいんだけど」
神聖樹のお茶は体力と魔力を回復する。白クマ装備のおかげで使用のチャンスはない。
「魔力が回復するお茶ですか? ユナさんが持っているお茶って、もの凄く回復しそうですね」
「疲労回復もするらしいよ」
「もの凄く惹かれますが、今回は遠慮します。みんなが飲んでいる薬草のお茶より魔力が回復したら、ズルをしている気がしますので、今回はみんなが飲んでいるお茶にします」
ズルと言われると、飲ませるわけにはいかない。
わたしの存在がズルのようなものだし、シアの気持ちに従って、神聖樹のお茶を出すのはやめることにする。
※誤字脱字の報告ありがとうございます。
新システムの誤字脱字のお礼の返信が書けないので、ここで失礼します。
※申し訳ありません。11.5巻や12巻の作業がどのくらいになるか分からないため、少し早いですが、しばらくお休みをいただきます。一応、1月10日、遅くても15日ぐらいに再開の予定をしています。早めに終わりましたら、早めに再開させていただきます。ご了承ください。