517 クマさん、交流会を見に行く
交流会の当日の朝、わたしは制服に着替える。交流会が終われば、あとは帰るだけなので、制服を着ることもなくなる。今日が最後かもしれない。
ノアはくまゆるに優しく起こされて、着替えている。今日は優しく起こされる段階で起きることができた。
宿屋で朝食を終えたわたしたちは学園に向かう。
「ふふ、楽しみです」
ノアはスキップするようにわたしの前を歩く。
それほど楽しみみたいだ。もちろん、わたしも楽しみだ。
「応援しようね」
「はい」
長い橋を渡り、学園の入り口までやってくると、シアの姿があった。
あれ? 確か、今日は待ち合わせの約束はしていないはず。
ノアはシアのところに駆け出していく。
「お姉様、どうしたのですか?」
「迎えに来たんだよ。迷子になったら困るからね」
シアはノアの頭をポンポンと叩く。
「迷子なんてならないです」
ノアは少しだけ、頬を膨らませる。
「冗談だよ。ユナさんがクマの格好で来たら、入れないかと思って」
「ちゃんと言われた通りに制服を着ているよ」
両手を広げて、制服を着ていることをアピールしてみせる。
「似合ってますよ。でも、ユナさんって、クマの服を脱ぐのを嫌がりますから、少し心配だったんです」
「あっ、分かります。ユナさん、ミサの誕生日パーティーのときも、ドレスをなかなか着てくれなかったんですよ」
ノアまで同意する。
「それは服じゃなくて、ドレスだから」
普通の服とドレスは違うよ。
ドレスと制服なら、まだ制服のほうがいい。
それにフィナだって、ドレスは嫌がっていたよ。
「だから制服を嫌がって、クマの格好をしてきたら、無理にでも制服を着てもらおうと思って待っていたんです」
「約束したんだから、制服を着るよ。昨日だって、2日前も着ていたでしょう?」
3日連続は初めてのことだ。
「でも、ユナさんのことだから、分かりませんから」
信用がないみたいだ。
まあ、水着のときも渋っていたし、そう思われても仕方ないかもしれない。
「わたしも、シアの応援に来たからね。今回はシアに従うよ。でも、わたしが学園の生徒でないことはバレないの?」
「学園は大きいですし、全員が全員のことを知っているわけじゃありませんから、大丈夫ですよ」
確かに、学園の全員の顔と名前を覚えている者なんていない。たまに漫画やアニメで全校生徒の顔と名前を覚えているキャラが出てくるけど、わたしからしたらありえない。
写真付きの学生名簿があれば、覚えられるかもしれないけど。写真がない世界じゃ、顔と名前を同時に覚えるのは無理と言ってもいい。
「ああ、それから、昨日言い忘れましたが、ユナさん、セレイユとの試合で少し有名になっていますから、気を付けてくださいね」
そう言えば、シアたち学生の前で試合したんだよね。
「それじゃ、ユナさん。今日はユーナさんって、名乗りますか?」
ノアが冗談交じりに言う。
本気で言っていないのは表情を見ればわかる。
でも、その冗談が分からない人物が目の前にいる。
「ユーナ?」
どうやら、シアもわたし同様に忘れているみたいだ。
ノアが学園祭のときの話をする。
「ああ、ありましたね。ユナさんがわたしのために、命を賭けて戦ってくれたことが」
「別に命は賭けていないよ」
「今は落ち着きましたが、あのときは大変でした。皆から、いろいろ聞かれ、誤魔化すのが大変でした。でも、ティリア様も一緒に誤魔化してくれたり、ルトゥム先生が学園の教師をすることになったりして、誰も口にすることもなくなりました」
まあ、本人が学園にいるのに、そんな話なんてできないよね。それに、ノアの話では、国王から箝口令が敷かれていると言うし。まして、ルトゥムは貴族だ。下手にルトゥムの耳にでも入って、反感を買っても仕方ない。でも、ルトゥムの存在がわたしのことを守ってくれるとは。
いや、そもそも、ルトゥムのせいで目立つことになったんだよ。
危ない、危ない。もう少しで心の中とはいえ、ルトゥムに感謝するところだった。
それにしても、あのルトゥムが先生ね。想像もつかない。
「それじゃ、皆にはユーナって紹介します?」
「いや、別に紹介は必要ないよ」
「初めまして、わたしはユーナです。シアの友達です」って自己紹介をするつもりはない。
離れた場所から見ているだけなら、自己紹介は必要ないはずだ。
わたしはあくまで、普通の王都の学生として、交流会を見に来ただけの女の子だ。
「そういえば、交流会ってなにをするの? お互いに攻撃しあうの?」
「そんな危険なことはしないですよ。基本は、的を狙ったり、威力を競ったりするだけですよ」
まあ、そうだよね。魔法を撃ち合ったら危険だ。もしものことがあれば、怪我ではすまない。
「ユナさんも参加します?」
「わたしは学生じゃないから、遠慮しておくよ。それに、わたしが参加したら、わたしの一人勝ちになっちゃうでしょう?」
冗談で言ってみる。
「そうですね。ルトゥム先生に勝てるユナさんが参加したら、間違いなくユナさんが勝ってしまいますね」
冗談で言ったのに真に受け取られた。
「でも、最後に試合みたいなものもしますよ。まあ、ユナさんからしたら、お遊びみたいなものですが、盛り上がりますよ」
「それは楽しみだね」
わたしたちは話しながらグラウンドにやってくる。サッカー場ぐらいの大きさで、見やすいようにすり鉢状というのか、グラウンドを少し上から見渡せるようになっている。
そのグラウンドの中央には、王都の制服とユーファリアの制服を着た生徒がいる。
「結構いるね」
「学年、男女合わせて25人ほどです。同じぐらいの数がユーファリアからも参加します」
話を聞くと、多いのか少ないのか分からないところだ。
「でも、お互いの学生の実力の向上のための交流会なのに、ユーファリアでやると、王都の学生は可哀想じゃない?」
試合を見られないのは向上にはならないと思う。
周りを見ると、わたしと同様に今回の交流会を見に来ている生徒がいる。ほとんどがユーファリアの制服を着た学生だ。
「それは、大丈夫です。来年は王都でやることになっています。一年ごとに王都とユーファリアで交互に行うことになっているんです」
確かに、そうしないと王都の学生の向上にはならない。
「シア」
誰かがシアを呼ぶ。
シアを呼ぶ声がしたほうを見ると、セレイユがやってくる。
「ノアにユナも来たんですね」
「シアを応援するために来たからね」
「はい、お姉様の応援です」
そのためにクリモニアから来た。
「羨ましいですね」
「セレイユだって、家族が応援に来てくれるんでしょう?」
「ええ、恥ずかしいところを家族には見せられません」
「それはわたしだってそうだよ」
「シアには悪いですが、シアと試合になっても手加減はできませんよ」
「お姉様は勝ちます!」
ノアがシアの代わりに力強く答える。
どうやら、セレイユの父親と弟が見に来るらしい。
これはエレローラさんやクリフの代わりに、わたしがしっかりと応援しないといけないね。
「ふふ、シア、お互いに負けられませんね」
「わたしも負けないよ」
シアも強気だ。
弱気よりはいい。勝負は気持ちからって言うからね。まあ、気持ちだけでは勝てない場合もあるんだけど。レベルが離れすぎているとか、チートボスとか。何度、負けたことか。
でも、力が拮抗しているなら、気持ちは大切だ。気持ちは糧になる。勝負の分かれ目になるときだってある。
わたしたちが話していると、遠くでセレイユを呼ぶ声がする。
「それでは、わたしは行きますね。シア、お互いにがんばりましょうね」
セレイユはユーファリアの学生がいる場所に向かっていく。
「そういえば、家族で応援に来るって言っていたけど。セレイユの母親って、家に居なかったみたいだけど、エレローラさんみたいに王都で働いているの?」
「……」
「……」
何気なくセレイユの母親について尋ねたら、ノアとシアは困った表情をする。
もしかして、聞いたらマズイことだった?
「……セレイユ様のお母様は亡くなっているとお聞きしています」
ノアが少し言い難そうに教えてくれる。
だから、昨日いなかったんだね。
でも、わたしだって、この世界には両親はいない。いたとしても、いないと同じようなものだ。
フィナだって父親は亡くなっているし、孤児院の子供たちだって両親はいない。
セレイユには父親がいるし、暮らしも困っていない。だから、それほど可哀想という気持ちは湧いてこない。この世界には、もっと可哀想な人はいる。
「たしか、母親はセレイユが小さいときに殺されたと聞いたことがあります」
「そうなのですか。わたし、知りませんでした」
ノアはセレイユの母親が亡くなっていたことは知っていたけど、亡くなった理由は知らなかったみたいだ。
「まあ、人に言ったりすることじゃないからね。だから、他の人には言っちゃダメだよ」
「はい。もちろんです」
「わたしも言わないよ」
そもそも、わたしには言う相手がいないし、言うつもりもない。
「でも、そのシアがわたしたちに教えちゃダメなような気が」
「ノアも貴族だから、知っておいたほうが良いと思ったからと、ユナさんがセレイユ本人に尋ねたら、困ると思ったからです」
確かに、何気なく会話になったら、尋ねてしまったかもしれない。
セレイユの家で食事をしたとき、尋ねないで良かった。
「そろそろ、わたしも行くね」
「お姉様、頑張ってください」
「応援しているよ」
シアは手を振りながら、学生が集まる場所に駆けていく。
※誤字脱字の報告ありがとうございます。
新システムの誤字脱字のお礼の返信が書けないので、ここで失礼します。