514 クマさん、お風呂に入る
わたしたちは3人でお風呂に入ることになった。
「ユナの体は細く、白くて綺麗ですね」
セレイユが制服を脱いだわたしの体を見る。わたしはとっさに体を隠す。同性でもじっくりと見られるのは恥ずかしい。セレイユの体はわたしと違って、綺麗にひきしまっているから、余計にそう思ってしまう。
「セレイユさ、まも綺麗だよ」
わたしはセレイユの呼び方を迷う。そう言えば心の中では「セレイユ」と呼んでいたけど、名前を呼ぶのは初めてかもしれない。そのこともあって、セレイユの呼び方に迷ってしまった。
「ふふ、セレイユでいいですよ。ノアールには愛称で呼び、シアにも『様』をつけていないでしょう」
「いいの? 他の人に睨まれたり、文句を言われたりしない?」
「大丈夫ですよ。学園でも親しい人はセレイユと普通に呼びますから。あと、言葉も気にしないでいいです。普通に話しかけてください」
「わかったよ。セレイユ」
「それじゃ、セレイユ様。わたしのことはノアと呼んでください」
「いいの?」
「はい。わたしもそのほうが嬉しいです」
「それじゃ、ノアと呼ばせてもらいますね」
「はい」
セレイユは嬉しそうにする。
「でも、ユナさんも綺麗ですが、セレイユ様も綺麗です」
「ありがとう。でも、遠くから見ただけでは分かりませんが、すり傷はあるんですよ」
セレイユはわたしとノアに腕を見せてくれる。そこには確かに綺麗な腕に小さな傷があった。もしかして、剣の練習で付いたものかもしれない。ノアはセレイユの腕を真剣に見ている。
「まあ、小さいので、それほど気になりませんから、大丈夫ですよ」
ノアの表情を見たセレイユが、優しく微笑む。
話を終え、わたしたちは風呂場に向かう。
やっぱり、貴族のお風呂となると広いね。わたしのクマハウスにあるお風呂も広いけど、それよりも大きい。
「ノア、こっちに来て、座ってください」
セレイユは自分の前にある小さな椅子を見ながら、ノアに声をかける。ノアもなにをされるか分かっているようで、素直にセレイユの前にある椅子に座る。
「シアが羨ましいです。こんなところまで応援に来てくれる妹がいて」
「でも、来られたのはユナさんが一緒だったからです。ユナさんがいなかったら、来ることは許してもらえなかったと思います」
「本当にノアの両親は彼女のことを信用しているのですね」
セレイユがチラッと隣で体を洗っているわたしに視線を向ける。
「はい、信用しています。ユナさんはわたしだけではなく、困っている人がいると助けてくれる優しい人です」
「そうなのですね」
褒めてもなにも出ないよ。
それにわたしはノアが言うほど、優しい人間ではない。本当に優しい人なら、クマ装備の力や、元の世界の知識を使って、もっと多くの人を助けている。
わたしは目の届く、自分が助けたいと思った人しか助けていない。
でも、ノアがそう思ってくれている気持ちは嬉しいと思う。
「それじゃ、髪を洗うわね」
「ありがとうございます」
セレイユはノアの長い髪を洗う。いつもはわたしが洗ってあげたりするから、少し寂しい気分になる。セレイユは楽しそうにノアの髪を泡立てていく。
「それでは、流しますね」
お湯を頭からかける。
「次は背中ですね」
「そこまでやってもらうわけには」
「好きでやっていることだから、気にしないで。最期に妹を持った気分になれて嬉しいから」
「最後?」
「なんでもないです。気にしないで」
セレイユは誤魔化すようにノアの体を洗い、最後に体にお湯をかけて泡を流す。
「はい、これで髪と体は綺麗になりました。あとはゆっくりと、温まってください」
「ありがとうございます」
ノアとわたしは先に失礼して、湯船につかる。
気持ちいいけど、和の国の温泉を知ると、お風呂は温泉がいいよね。もちろん、普通のお風呂がダメってわけじゃない。
「気持ちいいです」
隣ではノアが気持ちよさそうにしている。いつかはノアにクマの転移門のことを話せるようになったら、和の国の温泉に連れて行ってあげたいね。
それから、体を洗い終えたセレイユもやってきて、3人で今日一日の疲れを癒す。
今日はいろいろとあった。街を散策し、セレイユと会い、セレイユと剣の試合をし、その後も街を散策して、セレイユの家にやってきた。
今日、一日のことを考えると、セレイユは悪い子じゃない。初めは面倒くさい子かと思ったけど、いや、今もそう思っているけど。世話好きの真面目な子で、不真面目のわたしとは真逆なんだよね。セレイユは規則正しく生活するタイプ。わたしは適当に生活するタイプ。
もし、一緒に暮らすことがあれば、息苦しくなるのは間違いないね。
「ノアに一つお尋ねしたいことがあるのですが、よろしいですか? お答えできなかったら、お答えしなくてもかまいませんので」
「はい、なんでしょうか?」
「シアをルトゥム卿から救ったお話です」
ルトゥム卿? わたしの知らない名前が出てきた。
「聞いた話によれば、ルトゥム卿が自分の息子とシアを結婚をさせようとしたそうですね」
「セレイユ様は知っているんですか?」
「貴族の一部の者なら知っていると思いますよ。ルトゥム・ローランド伯爵が騎士団長を剥奪され、学園の先生になることになりましたので。ただ、国王陛下より、箝口令が敷かれているようで、お父様も詳しくは知らないそうです。でも、ノアの口ぶりからすると、ノアは知っているのですね」
「えっと、はい」
ノアが頷いてから、チラッとわたしのほうを見る。
なに?
「そのルトゥム? シアと何かあったの?」
「ユナさん……」
わたしの言葉にノアが呆れた表情でわたしを見る。
どうして、そんな表情でわたしを見るか、分からないんだけど。わたし変なことを言った? 普通に気になったから尋ねただけなんだけど。
「ユナはシアと知り合いなのに、知らないのですね。なんでも、学園祭が行われているとき、ルトゥム卿が国王陛下の前で自分の息子とシアを婚約させようとしたらしいんです。酷い話ですよね。でも、そこに颯爽と現れた人がいたらしいんです。しかも、国王陛下に騎士団長であるルトゥム卿と試合をして勝ったら、その婚約の話は無かったことにしてほしいと進言したみたいなんです。そして、試合は辛くもその男性が勝ったそうです」
学園祭? シアの結婚申し込み? その場に国王陛下? 相手は騎士団長?
いろいろとパーツが集まってくる。
それって、もしかしてわたしのこと?
わたしはノアを見ながら、自分を指差す。
ノアは小さく頷く。だから、わたしが尋ねたとき、呆れた表情をしていたんだね。
そもそもルトゥムなんて名前は憶えていないよ。辛うじて、おじさんの騎士団長と戦ったぐらいだ。
でも、ちょっと待って。今、最後に男性って言わなかった?
「男性なの?」
「いえ、性別は聞いてませんが、普通に考えれば男性だと思うのですが」
わたしは女の子だよ。と声を上げるわけにはいかず、言葉を飲み込む。
性別が伝わっていなければ、騎士団長と戦ったのは男性と普通は思うかもしれない。まして勝ってしまうのだから。
「えっと、その」
ノアは目を泳がせながら、考え始める。わたしのことを隠そうとしてくれているみたいだ。
「やっぱり、教えてくれることはできませんか。お父様にお尋ねしたのですが、国王陛下より、箝口令が敷かれているようで、教えてくれませんでした」
「そうなの?」
「はい、お父様もルトゥム卿が騎士団長を剥奪になり、学園の先生になった経緯を調べようとしたそうですが、箝口令が敷かれていることを知って、やめたそうです」
「でも、調べようと思えば、貴族なら簡単に調べられるんじゃない?」
「もちろん、調べることはできますよ。でも、国王陛下が箝口令を敷いていると知っているのに、そのお言葉を無視して、調べていることが国王陛下の耳に伝わったら、困るでしょう。国王陛下が暗に調べることは許さないと言っています。それを破ってまで、ルトゥム卿のことを調べることに価値はありません。ただ、わたくしが興味があるのは、そのルトゥム卿に勝った人です。同じ女として、そこまでしてくれる男の人がいるなんて、シアが羨ましいです。シアはその男性とお付き合いをしているのですか?」
夢みる乙女って奴だね。
でも、それは男性ではないんだよね。
わたしのことなんだよね。
それにしても、あのときの話がかなり捻じれ曲がって伝わっているのかな?
それとも、情報不足なだけ?
「お姉様はその方とお付き合いはしてませんよ。ただ、その誰かはお話しすることができないんです」
ノアは申し訳なさそうに言う。
「いえ、いいのです。でも、そこまで思われるシアが羨ましいです。そんな強い人がわたくしの傍にもいてくれたら、困ったときには助けてくれるかもと思っただけです」
その表情は乙女が憧れるような顔でなく、真剣な表情をしていた。
「セレイユ様?」
ノアもセレイユの表情に気付いたのか、声をかける。
「なんでもないです。無理を言ってごめんなさいね。それじゃ、そろそろ、上がりましょう」
そう言って、セレイユは湯船から出ていく。
わたしとノアは後を追いかけるように湯船から出る。
髪を乾かし、服を着たわたしたちは部屋に戻ってくる。
ちなみにわたしはクマの着ぐるみを着るわけにもいかないので、制服のままだ。
ルトゥムの名前が出てきました。
セレイユは詳しくは知らないみたいです。
【お知らせ】来週金曜日、11/30にクマの11巻が発売します。店舗購入特典のなどの情報は活動報告で確認をお願いします。