511 クマさん、セレイユと試合をする
わたしたちは、シアたちが練習しているグラウンドの隅で試合をすることになった。
王都の学生も練習を止め、わたしたちのほうを見ている。
うぅ、そんなにみないで。
そんな願いが届くわけもなく、わたしたちに視線は向けられている。でも、よく見ると、その視線はセレイユに向けられている。セレイユの実力を知るために見学をする感じだ。
これは当初の目的通り、目立たないように勝たないといけない。
わたしとセレイユは少し距離をとる。
「いつでも、よろしいですよ」
セレイユは木刀を構える。
さて、どうしよう。
わたしは困る。
勝つのは簡単だ。でも、それはダメだ。制服を着て顔もばれている状態で勝ち過ぎるのは、あとあと面倒なことになる。ここは、セレイユとの実力が均衡し、ギリギリ勝つぐらいが理想だ。
「来ないなら、こちらからいかせてもらいますよ」
いつまでもわたしのほうから仕掛けてこないので、先にセレイユが動く。
セレイユは、間合いを詰めると、普通に正面に木刀を振り下ろしてくる。わたしはそれを軽く受け止める。そのことにセレイユは驚きの表情を浮かべる。
受け止めただけだよ。
セレイユは顔を引き締め、右、左と攻撃を仕掛けてくる。わたしは、リズムよく弾いたり避けたりする。
綺麗な剣筋だね。滑らかと言うのか分からないけど。剣に振り回されず、ちゃんと自分で扱っている。
重い剣だと、振り落としただけで体が持っていかれることもある。分かりやすく言えば、大きなハンマーを持っている感じだ。振り回せば、制御は難しい。力がないわたしがやれば、振り回される(体験談)。
でも、木刀は本物の剣と比べれば軽い。でも、木刀だって弾かれればバランスを崩す。でも、セレイユは、木刀を弾いても体のバランスを崩すこともなく、二撃目を打ち込んでくる。
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わたしはセレイユ。
貴族であるフォーリンス家の娘です。
小さいときは争いが嫌いで、剣も握ったこともなければ、剣を振るう人も怖くて近寄れませんでした。でも、ある事件がわたしを変えました。
お母様が殺されたときです。わたしは、お母様が殺されたことをきっかけに、強くなろうと思いました。
わたしは、剣を学び、自分の身を守ることも学んできた。魔法の素養があることを知ってから、魔法も学びました。もちろん、勉学にも励み、フォーリンス家の令嬢として恥ずかしくないように成長したと思っている。
今回の魔法の交流会に選ばれたことも嬉しかった。
それに恥じないように魔法の練習をしたかったけど、今は、学園のグラウンドは王都から来た学生たちが練習しているので、ユーファリアの学生は使うことができなかった。
魔法の練習ができないわたしは、街の散策をすることにしました。
わたしはお母様が好きだったこの街が好きです。湖は美しく街並みは綺麗で、自慢できる街です。そんな街を散策をすることがお気に入りです。
わたしは湖を見ながら歩いていると、後ろ向きに歩いてくる女の子がいる。女の子はわたしに気づいていない。わたしが避けようとしたとき、女の子は躓いて後ろに倒れそうになる。わたしはとっさに女の子を受け止める。
腕の中に10歳ほどの可愛らしい女の子が驚いた表情をしている。どこかで見覚えがありましたが、すぐには思い出せませんでした。
「どこかでお会いしたことがあるかしら?」
わたしが尋ねると、女の子はわたしの顔を見る。わたしも見返す。
……ああ、思い出しました。
「セレイユ様ですか」
「ノアールですか」
ほぼ同時にお互いの名前を言う。
そう、彼女はフォシュローゼ家の令嬢、ノアールです。
ノアールもわたしのことを覚えていたみたいです。
会ったのは数回程度です。前に会ったのは国王陛下の誕生祭の晩餐会のときでしょうか。
それも軽く挨拶をしたぐらいです。年の離れているノアールとは、あまり会話をしたことはありませんでした。どちらかと言うと、年齢が近いシアと話すほうが多かった。
その貴族であるノアールは、護衛も付けずにユーファリアの街まで来たと言う。
正確には、学生である女の子が護衛として一緒に来たそうです。
彼女の名前はユナ。
ユナは、15歳の年齢にしては背が低く、髪の長い可愛い女の子でした。とてもではないですが、魔物に襲われたときにノアールを守れるようには思えませんでした。
もしかして、ご家族は知らないことかと思いましたが、ご両親であるクリフ様もエレローラ様も知っているとのことです。信じられませんでした。
わたしは、街にいる間だけでもノアールに護衛を付けると申し出ました。街の中は安全です。でも、もしもフォシュローゼ家の令嬢になにかあれば、この街の領主である父の信用問題にかかわります。
でも、ノアールは、彼女は強く、自分を守ってくれるからと言い、わたしの申し出を断ります。
ノアールは、本当に心から彼女のことを信じているようでした。
ですが、王都の学生なのに今回の魔法の交流会のメンバーに選ばれていません。剣の実力が高いのかと思いましたが、腕も手のひらも柔らかく、汗水流して剣を振った手ではありませんでした。
ノアールには悪いですが、強いとは思えません。
「今回の魔法の交流会のメンバーに選ばれず、剣も握ったことがないような手で、とてもノアールの護衛が務まるとは思えません」
わたしがそう言うと、彼女は反論します。
貴族であるわたしが一人で歩いていることを指摘しました。
この街は安全です。ですが、もしものことを考えての護衛です。それにわたしは、多少なら剣も魔法も扱えます。今回の魔法の交流会にも選ばれました。
そのことを彼女に言うと、彼女はわたしと勝負して、わたしに勝ったら護衛として認めてほしいという。
理屈としては合っています。
引き下がるわけにはいかなかったので、わたしはその申し出を受けました。
魔法の力は魔法の交流会に選ばれないほどの力で、剣はさほど握ったこともないと思われる手でした。少し相手をしてあげれば、彼女も納得がいくでしょう。
そして、今、彼女と試合をしている。
正面から少し強めに叩き込めば、彼女の手に持つ木の剣は手から離れ、勝負は終わると思っていました。でも、彼女はわたしの打込みを受け止める。
わたしはそのことに驚く。剣と剣がぶつかると衝撃が出る。それは木の棒でも同じことです。でも、彼女はあの手で軽々と受け止める。
わたしは少し離れ、今度は右、左と打ち込んでみる。でも、彼女は軽々と防ぐ。わたしはさらに力と速度を上げる。
だけど、彼女はそれさえも防ぐ。
凄い。
攻撃する側と防ぐ側では、攻撃する側のほうが有利であり、防ぐほうは不利です。
好きな場所に剣を振り下ろすのと、相手がどこに振り下ろすことが分からない剣を受け止めるのでは、実力差がないと、簡単にはできない。
さらに防ぐ側は攻撃される恐怖で、体が思うとおりに動かないことが多い。でも、彼女は、目を瞑ることもなく、慌てる様子もなく、綺麗な目で真っすぐにわたしを見つめている。まるで全てを見透かされているようだ。
わたしは初めて先生から打ち込まれたとき、怖くてほとんど防ぐことができなかった。でも、逆に先生はわたしの攻撃は防ぐ。
防ぐには相手の動きを細かく見ないといけない。剣はもちろん、腕、手、さらに相手の目線。でも、上だけでなく下も見ないといけない。踏み込む足、踏み込む足の力。
先生にそう教わったとき、「無理です」と言ったことがあった。先生が言っているのは、相手の動きの全てを見ろってことです。そんなの不可能です。どうしても斬りかかってくる剣を見てしまう。
でも、練習によって次第にできるようになった。
目の前の彼女は、先生が言っていたことを実践している。わたしの全てを見ている。そんな目をしている。
それでもわたしは攻撃を仕掛ける。だけど、彼女は楽々と防ぐ。
面白い。笑みが出てしまう。
学生の中でわたしと打ち合える女の子なんていない。男の子でもあまりいない。
普通はこれだけ打ち込めば慌てたりするものなのに、彼女は冷静に慌てずにわたしの剣を捌いていく。
彼女が手加減しているのが分かる。彼女が本気なら、わたしが攻撃を仕掛けたときに反撃をしているはずだ。でも、彼女は反撃をしてこない。何かを考えているようにも見える。でも、分からない。ただ、わたしの攻撃を防いでいるだけだ。
なら、これはどう?
わたしは、フェイントを入れながら振り下ろす。やっぱり防がれる。でも、最後に防いだとき、彼女の剣が右に流れる。空いた胴体に叩き入れようとしたが、すぐに剣は持ち直され防がれる。
凄い。
わたしは、間合いを取り、軽く息を吸うと、吐く。
ノアールが言うとおりに彼女は強い。わたしより間違いなく強い。こんなに小さく、さほど練習もしてないと思われる手で。
才能って言葉が浮かぶ。
才能には越えられない壁がある。
だからと言って、簡単に負けるわけにはいかない。
「ごめんなさい。少し痛いかもしれません。でも、医務室はありますから、安心してください」
練習では禁じられている突き。突きは避けるしか対処のしようがない。剣で受け止めるのは難しい。多少弾いた程度では体のどこかに当たってしまう。
当てるつもりはない。彼女の実力なら避ける。少し右側に突き出せば、左に避ける。そこにチャンスがある。
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当たり前だけど、あの学園祭のときに戦った騎士団長(名前も顔も忘れた)より強くはない。だからセレイユの攻撃を防ぐことは簡単だ。
わたしはセレイユの振り下ろす木刀を防ぐ。
外から見れば、今のわたしは、セレイユの攻撃に手を出すこともできずに、防戦一方に見られているはず。
そろそろ、こちらから攻撃を仕掛けて、勝たせてもらうことにする。
僅かにわたしが強かったって、演出するためだ。
そう思ったとき、セレイユが少し間合いをとり、口を開く。
「ごめんなさい。少し痛いかもしれません。でも、医務室はありますから、安心してください」
なにかしてくるみたいだ。
それじゃ、それを躱して終わりにしよう。
セレイユは木刀を突き出してくる。和の国のジュウベイさんの突きに比べれば遅い。わたしはセレイユの突きを躱す。でも、躱されるのを知っていたのか、セレイユはそのままの勢いで体を回転させる。
おお、今の突きは囮か。
体を回転させたことで、逆方向から木刀が襲ってくる。
わたしはクマさんパペットを伸ばし、セレイユの右腕を掴み、彼女の回転する体の勢いを利用して、足を引っかけて、転ばせる。そして、倒れているセレイユの首筋に木刀を置く。
「わたしの勝ちだよね」
「はい、わたくしの負けです」
セレイユはすんなりと負けを認めた。
予想通りにユナが勝ちました。
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