503 クマさん、王都に行く
翌日、わたしは絵本や和の国のお土産をフローラ姫に渡すため、クマの転移門を使って王都に向かう。
王都は和の国に行く前に来ているから、それほど日にちは経っていないはずだけど、懐かしく感じる。
それにしてもクリモニアに戻ってきたときも思ったけど、文化が違うと建物も服装も違う。和の国は京都にいるような感じだったけど、こっちは洋風でゲームって感じだよね。
でも、和の国も王都も同じことがある。それはこれだ。「くま?」「クマ?」「熊?」「ベアー?」と声が聞こえてくる。クマの着ぐるみ姿が珍しいのは万国共通らしい。そんなところだけ、同じじゃなくてもいいのに。
わたしはクマさんフードを深く被り、周囲の視線を無視をしながらお城に向かう。
そういえば、和の国のお城の見学はできなかった。でも、わたしがお城に行ったら、面倒ごとになりそうなんだよね。クマの着ぐるみを脱げば大丈夫だと思うけど、それはそれで不安になる。だけど、いつかは和の国のお城も見物をしたいところだ。
いつも通りにお城の門にやってくると、兵士に声をかける。
「フローラ姫に会いに来たんだけど、いい?」
兵士の許可をもらうと、一人の兵士が走っていく。
いつもの光景だ。
お土産は飴細工があるからいいけど、食べ物がなかったら、どうするんだろう?
そんなことを気にしながら、真っ直ぐにフローラ姫の部屋に向かう。
すれ違う人に軽く頭を下げながら部屋に到着すると、ドアをノックする。
「だれ?」
「ユナだけど、入ってもいいですか?」
「ユナ?」
部屋の中で走る音がする。そして、ドアが勢いよく開いた。
ドアから現れたのはフローラ姫でもなければアンジュさんでもなかった。
「ティリア?」
ドアから顔を出したのはティリアだった。
「ユナ、いらっしゃい」
「どうして、ティリアがいるの?」
「妹の部屋ぐらい遊びに来るわよ。それでユナはフローラに会いに?」
「ちょっと、お土産を持ってね」
「ユナって、フローラに甘いよね」
「そんなことはないよ」
わたしは否定をして、部屋の中に入る。
「くまさん!」
部屋の中に入ると、フローラ姫がわたしを見て、駆け寄ってくる。そして、わたしの柔らかいお腹に抱きついてくる。
訂正、わたしが着ているクマ服の柔らかいお腹に抱きついてくる。
わたしのお腹とクマ着ぐるみのお腹では天と地の差がある。わたしはフローラ姫の頭を撫でる。
「元気にしていましたか?」
と言っても二週間ぶりぐらい?
「うん!」
フローラ姫は元気に返事をする。そんなフローラ姫の腕の中にはくまきゅうぬいぐるみがちゃんといる。こうやって、ちゃんと使われているのを見ると嬉しいね。
「ユナ様、いらっしゃいませ」
アンジュさんが挨拶をしてくる。
「お邪魔しますね」
「いえ、フローラ様もお喜びになられますから、いつでも歓迎しますよ。それではお茶を用意しますので、フローラ様をよろしくお願いします」
アンジュさんは軽く頭を下げると、お茶の用意に向かう。
わたしはフローラ姫を連れて椅子に移動する。そのあとをティリアがついてくる。
「本当にフローラはなついているわね。フローラ、ユナのこと好き?」
「うん、くまさん、だいすきだよ」
そうハッキリと言われると、少し恥ずかしいものがある。
でも、クマの着ぐるみを脱いだら、同じことは言われないんだろうね。
ゆるキャラが好きであって、中身は関係ないかもしれない。そう考えると、落ち込むかも。
「それで、今日は何を持ってきたの?」
「絵本の続きと、少し遠出したときに珍しい物が手に入ったから」
絵本とは別に和の国で手に入れた飴細工と風鈴を渡すつもりだ。
「えほん!?」
フローラ姫が反応する。やっぱり、絵本を楽しみに待っててくれたのかな?
「遠くって、どこかに行っていたの?」
「まあ、ちょっとだけ」
流石に和の国のことは説明ができないので、誤魔化す。
「そういえば、ティリアはどうしているの? 学校は?」
「休みだよ」
だから、私服なんだね。
私服姿のティリアを見たけど、お姫様らしい格好でなく、ノアたちが着るような服を着ている。
まあ、お姫様だからと言って、普段からドレスなんか着ないよね。
絵本を先に渡そうと思ったけど、絵本に集中して、風鈴に興味を持ってくれなかったら悲しいので、先に風鈴を渡すことにする。
クマボックスから風鈴が入った小箱を取り出す。フローラ姫が小さく首を傾げて、尋ねてくる。
「えほんが、はいっているの?」
「絵本は入っていませんよ」
わたしは小箱の蓋を開ける。中から透明のガラスに赤色の花が描かれた風鈴がでてくる。
フローラ姫が小さな体を伸ばして、箱の中を覗き込む。
「これ、なに?」
「風鈴って言って、風が吹くと、揺れて音が鳴るんですよ」
わたしは箱から風鈴を取り出し、軽く揺らして音を鳴らしてみる。
「きれいな、おと」
「窓際に飾ると、風で揺れて音が鳴りますよ」
もう一度揺らしてみせる。
「本当に綺麗な音がするのね。わたしのはないの?」
ティリアが物欲しそうな表情でわたしを見る。
「……ないよ」
わたしは目を逸らしながら答える。
ティリアの分は考えていなかったから仕方ない。
「やっぱり、ユナはフローラに甘い」
わたしはティリアの言葉は聞き流し、お茶を運んできたアンジュさんに話しかける。
「アンジュさん、あとで部屋の窓際に飾ってもらえますか? もし、音がうるさかったら、外しても構いませんから」
風が強いと風鈴の音も騒音になる。そよ風ぐらいが綺麗な音を出す。
「はい、分かりました」
あとでいいと頼んだけど、アンジュさんは、さっそく取りかかってくれる。
アンジュさんは椅子を窓際に運ぶと、椅子の上に立ち、風鈴を窓際に付けてくれる。内側に付けたので、窓が開いているときだけ、音が鳴るようになる。
みんな、風鈴がついている窓際を見る。
チリーン、チリーンと風鈴が風に揺れて音が鳴る。
夏って感じだね。家に風鈴なんて無かったのに、風鈴の音を聞くと、夏って感じるのは、やっぱり日本人ってことだね。
風が吹いてチリーンと鳴るとフローラ姫も嬉しそうにする。
わたしたちはアンジュさんが淹れてくれたお茶を飲みながら、風鈴の音色を聞く。
そして、もう一つ和の国で買ってきたお土産をクマボックスから取り出す。
「何が入っているの?」
「お菓子だよ」
ティリアの質問に答える。
「ふふ、やっとユナのお土産を食べることができるわね。いつも、わたしがいないときに来るから」
ティリアは学生だ。わたしが来るときは学園に行っていることが多いから、会えないのは仕方ないことだ。
わたしは飴細工が入った重箱の蓋を開けると、中にはいろいろな形をした飴細工が入っている。孤児院の子供たちに配ったりしたけど、屋台にあった飴細工を全て買ったので、まだ余っている。
ティリアとフローラ姫が重箱の中を覗く。
「綺麗」
「うわ、おはなと、とりさんだ」
「果物や魚もいるわね。これ、食べ物なの?」
「砂糖菓子になるのかな? 甘くて美味しいよ」
わたしは重箱の中から一つの飴細工を手にする。
クマの着ぐるみの形をした飴細工だ。飴細工を作っているおじさんが、わたしをモチーフにして作ってくれたものだ。少し、恥ずかしいけどフローラ姫に差し出す。
「くまさんだ」
「ユナの形をしているね」
「まあ、わたしをモチーフにして作ってもらったから」
「フローラ、よかったね」
でも、フローラ姫はクマの着ぐるみの飴細工を手に持ったまま、ジッと見ている。
「どうしたの?」
「くまさん、たべるの?」
「お菓子ですから」
もしかして、これってノアと同じ感じ?
「たべたら、きえちゃう?」
「食べれば、消えますね」
「うぅ、たべない」
フローラ姫はクマの着ぐるみの飴細工をわたしに返す。
「それじゃ、わたしが食べようかな」
「たべちゃ、だめ!」
クマの着ぐるみの飴細工に手を伸ばすティリアにフローラ姫は声をあげる。
「わかったから、そんなに声をあげないで、食べないから」
「ほんとう?」
「本当だよ」
そう言って、ティリアはお花の飴細工を手にする。
「それじゃ、フローラ姫も好きなものを選んで」
わたしは重箱をフローラ姫の前に差し出す。
フローラ姫は「うぅ、うぅ」と悩みながら、ティリアと同じお花の飴細工を手にする。お姉ちゃんと一緒がいいのかな?
フローラ姫はそのまま口の中に入れる。
「あまい」
フローラ姫は満面の笑みを浮かべる。
「だけど、本当に綺麗。食べるのがもったいないね」
「食べ物だから、食べないほうがもったいないよ」
飴細工は芸術作品だけど、食べ物だ。食べないと作った人にも悪い。
ティリアは飴細工を口に入れると、フローラ姫と同じ反応をする。姉妹だね。
「アンジュさんも、どうぞ」
「よろしいのですか?」
「もし、今、食べるのがいけないようだったら、後で食べてください。よかったら、お子さんの分もいいですよ」
「ありがとうございます」
アンジュさんは申し訳なさそうにしていたが、同時に嬉しそうにしていた。
それから、ゼレフさんの分の飴細工も渡しておく。ちなみに、レシピはないことを伝えてもらう。
わたしが作ったわけじゃないから、レシピはない。あとで、尋ねられても困るからね。
わたしも飴細工を手にして食べていると、ノックもせずドアが開く。お約束の国王陛下の登場だ。隣には王妃様の姿もある。
この国、本当に大丈夫なのか不安になってくる。
そして、風鈴の音がチリーン、チリーンと鳴る。
「なんだ。この音は?」
「ユナのお土産だよ」
ティリアが窓際に飾ってある風鈴に目を向ける。風が吹き、チリーン、チリーンと鳴る。
「いい音だな」
「音を楽しんでもらうものだからね」
風鈴の音を聞きながら、国王陛下と王妃様は椅子に座る。そして、テーブルの上にある重箱を見る。
「間に合ったようだな?」
国王は重箱を覗き込んだ瞬間、顔をしかめる。
「これはなんだ? 花に魚? 動物に果物?」
「飴細工ってお菓子だよ。砂糖菓子って言ったほうが分かるかな?」
ティリアにした同じ説明をする。それしか、説明のしようがない。
「すごく、あまくて、おいしいよ」
フローラ姫が満面の笑顔で国王に教えてあげる。
「好きなのを選んでいいよ。いろいろな形や色があるけど、味は同じだから」
国王陛下と王妃様は悩みながらも飴細工を手にする。
「本当にお菓子なのか? 俺を騙していないか?」
「食べればわかるよ」
国王は鳥の飴細工を不思議そうに見ている。
「あら、美味しい。本当に砂糖菓子みたいに甘いわね」
国王陛下が戸惑っている隣で、王妃様が飴細工を口に入れている。
それを見た国王陛下も食べ始める。
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