490 クマさん、湖で遊ぶ
水着に着替えた5人がクマハウスから出てくる。
シュリはこの前、海に遊びに行ったときに着たフリルが付いた白いワンピースの水着を着ている。フィナも同じように海で着ていたフリルが付いた白いビキニの水着だ。
ルイミンはわたしが貸してあげた白黒のビキニを着ている。
サクラは、こちらも清楚な白い水着を着ている。布の面積は大きい。
シノブの水着は……さらし?
胸のところにぐるぐるとサラシのようなものが巻かれている。
サラシを水着と言ってもいいのか分からないけど、偶然にも皆が白い水着だ。一部黒い水着あるけど。
「ユナ姉ちゃん、くまゆるちゃんとくまきゅうちゃんを大きくして」
くまゆるとくまきゅうを元の大きさに戻すと、シュリはくまきゅうの背中に乗る。
「あのう、シュリ。わたしもくまきゅう様に乗せていただいてもいいですか?」
「うん、いいよ」
シュリの後ろにサクラが乗る。
どうやら、2人はくまきゅう派みたいだ。シュリは絵本を描いたときも、白いクマが良いって言っていたし。くまきゅうのほうが好きらしい。サクラもくまきゅうの方を好んでいる節がある。くまきゅう、大人気だね。
フィナとルイミンはくまゆるの上に乗る。
四人を乗せたくまゆるとくまきゅうは湖に飛び込み、遊び始める。
くまゆるとくまきゅうがいれば溺れることはないかな。シノブも傍で見てくれているので安心だ。
ちなみにわたしも誘われたけど、丁重に断った。どうも、水着姿はやっぱり慣れない。
「子供は元気があって、いいのう」
カガリさんは椅子に座りながら、湖で遊ぶフィナたちを見ている。
くまきゅうに乗ったサクラとシュリ、くまゆるに乗ったフィナとルイミンは楽しそうにしている。
「そうだね。若いって元気だね」
わたしの目にもフィナたちの明るい姿は眩しい。
「なにを言っておる。お主だって子供じゃろう」
「子供姿のカガリさんに言われたくないよ」
見た目だけで言えば、カガリさんのほうが子供だ。
「妾の心は大人だから、いいのじゃ」
どこかの頭脳は大人、体が子供の探偵のアニメじゃないんだから。
でも、カガリさんの場合はお婆ちゃんの間違いじゃないかな? もちろん、心に思っても、あとで何をされるか分からないので、本人に向かっては言わない。
「もしかして、お主の姿は偽りの姿か。実は妾と同じぐらいの年齢か? それなら、あの熟練した魔法の力も頷ける」
なにを言うかな、この幼女(お婆ちゃん)は。
「15年しか生きていないよ。どこかの狐と一緒にしないで」
「お主の秘密に近づけたと思ったが、違ったか。じゃが15歳か。それにしては小さくないか?」
今、どこを見て言ったのかな?
着ぐるみのおかげで特定部分の大きさは分からないはずだから、身長のことだよね。
でも、数年後にはモデルみたいに大きくなるよ。
カガリさんと一緒に元気に遊ぶ子供たちを見ていると、体が濡れたシノブがやってくる。
「いや~、本当にみんな元気っすね」
シノブは水が入ったコップを一気に飲み干す。
「ユナ、一つ聞いてもいいっすか?」
「変なことじゃなければね」
「別に変なことじゃないっすよ。シュリのお尻についている尻尾みたいなのはなんすか?」
わたしは思い出す。たしか、シュリのお尻にはまん丸い白い物が付いている。クマの尻尾だ。
「ノーコメントで」
「え~、教えてくださいっすよ」
笑みを浮かべながら尋ねてくる。絶対に分かって聞いているよね。
わたしはシノブを無視して、シュリたちに視線を向ける。
「くまきゅうちゃん、水の上を走って」
「くぅ~ん」
くまゆるとくまきゅうが水の上を走れることを知ったシュリは何度目かのお願いをする。シュリのお願いをきいて、くまきゅうは水の上を走る。
それに対して、くまゆるに乗ったフィナとルイミンはのんびりと泳いでいる。
「わたしもくまきゅうに負けていられないっすね」
シノブはそう言うと、桟橋に向かって走りだしそのまま湖の上を走っていく。
わたしは目を疑った。
シノブが水の上を走っている。
「どうっすか。わたしもこれぐらいのことはできるっすよ。くまきゅうには負けないっす」
シノブは湖の上を走るくまきゅうの横を並走する。
「シノブ姉ちゃん、スゴイ」
「シノブ、そんなことができたのですね」
「秘術っす」
忍術じゃないの?
「両足を素早く動かすのがコツっす。足が沈む前に足を上げるっす」
足を素早く動かすって、漫画やアニメでそんな話を見たような気がする。でも、実際はできないでしょう。
普通に考えて、水に一歩踏み込んだだけで、水の中に落ちるよね。
でも、シノブは実際に湖の上を走っている。
魔力か魔法か何かなのかな?
「だから、足を止めると」
シノブが足を止めた瞬間、バシャッと大きな水音を立ててシノブは水の中に落ちる。
本当に魔法じゃないの?
魔力を足に溜めて、浮力的な何かを得ているとか思ったんだけど。
もし、水の上を走ることが一般的にできないことだったら、シノブがしたことは凄いことだ。
川ぐらいなら、渡れることになる。
本当にわたしのチートの力と違って、自分で手に入れたシノブの力は凄いと思う。
そして、遊び尽くしたみんなは、木の下の日陰で、くまゆるとくまきゅうに寄りかかるように昼寝タイムだ。みんな気持ち良さそうに寝ている。
わたしとシノブはフィナたちが風邪を引かないようにタオルをかけてあげる。
「シノブは疲れていないの?」
「このぐらいじゃ、大丈夫っすよ。仕事に比べれば、楽なもんっす」
流石、忍者だね。
「そういえば、湖の中に入っていたけど、怪我のほうは大丈夫なの?」
「大きな傷は誰かさんが何かしてくれたので、大丈夫っす。あとの細かい傷は薬を塗っておいたから治っているっすよ」
それはよかった。見た感じ、傷が残るような怪我は見えない。治したのは肩と顔だけだったけど、大丈夫みたいだ。流石にあの血みどろの姿には驚いた。
「ユナ、本当にありがとうっす」
「いきなり、なに?」
「こんなに楽しそうなサクラ様を見たのは久しぶりっす。フィナもシュリもいい子っすね」
シノブは微笑ましそうにくまゆるとくまきゅうに寄りかかるサクラたちを見る。
「サクラと一緒で、フィナとシュリは頑張りやのいい子だからね」
わたしはくまゆるに寄りかかって寝ているフィナを見る。
フィナが傍に居たから楽しかったことが多い。わたしを純粋に慕ってくれるのが嬉しい。頑張っている姿を見ると、手助けをしたくなる。
もちろん、ルイミンも良い子だ。
その日の夜、夕食を食べると、シュリとルイミンは畳の上でゴロゴロと転がっている。
まあ、畳でゴロゴロしたい気持ちは分かる。
「本当にここに泊まってもいいんですか?」
座布団に座っているフィナが尋ねる。
「いいよ。わたしたち以外は誰もいないから気にしないで大丈夫だよ」
ちゃんと、ティルミナさんには泊まるかもしれないことは伝えてあるから大丈夫だ。それにメインの温泉はこれからだ。
食後の休憩もしたし、いつもなら眠そうにしているシュリも昼寝をしたことで元気だ。
「それじゃ、そろそろ温泉に入りに行こうか」
「ユナ姉ちゃん、温泉ってなに?」
畳の上に転がっていたシュリが尋ねてくる。
「簡単に言えば、地下から出てくるお湯を使ったお風呂かな?」
シュリはわたしの説明が分からないようで首を傾げている。
「う~ん、本当に地下からお湯がでてくるんですか?」
ルイミンもまだ信じられなさそうにしている。
「普通は冷たい水だけど、場所によっては地下から温かいお湯も出てくるんだよ」
地形がどうとか、火山のマグマがどうとか、地下に流れる水がどうとか説明しても分からないかもしれないので、簡単に説明しておく。
でも、シュリとルイミンは分かったような分からないような表情をしている。
「お主は博識じゃのう。温泉を知らない人が、地下からお湯が出てくることを聞くと、大抵は信じられないんじゃがのう」
「まあ、前に住んでた場所にもあったからね」
小学生のときに家族と行った記憶はある。
それに近くにお湯が湧き出す場所を見たことがなければ、知らなくても仕方ない。テレビやネットがあるわけじゃないから、情報を手に入れることはできない。
現状のわたしだって、他の国の情報を知ることはできない。どんな気候なのか、どんな食べ物があるとか、どんな服装をしているか、どんな種族がいるとか、どんな魔物が生息しているとか、分からない。
温泉を見たことがなければ、温泉のことを知らなくても仕方ないことだ。
わたしたちは三階にある温泉に向かう。「湯」と書かれた暖簾をくぐり、脱衣所に入る。
「あれ、お風呂どこ?」
「今、開けるっす」
シノブが引き戸を開ける。
「うわぁ、すごい。お外にお風呂がある」
引き戸の前でシュリが声をあげる。その声にフィナとルイミンが反応して、引き戸の前にやってくる。
「本当に凄いです」
「大きいお風呂です」
「ほら、服を脱がないと入れないよ」
わたしの言葉にシュリは急いで服を脱ぎだす。それに続いて、ルイミン、フィナ、サクラ、シノブ、カガリさんと服を脱いでいく。わたしもクマの着ぐるみを脱ぐ。
「やっぱり、ユナって、髪が長くて美人っすよね。なのにそんな格好をしているなんて、もったいないっすよ」
「ユナ様は綺麗です」
シノブとサクラがお世辞を言う。
たぶん、シノブの目は腐っていて、サクラはわたしが大蛇を倒したことで、2、3割高く評価しているだけだ。将来的にはサクラは美人になるし、シノブも美人の部類に入る。
「普通の格好をすれば、モテるっすよ」
つまり、クマの格好じゃモテないってことだね。良いことだ。
そもそも、わたしが綺麗な服を着て、男の人とデートとかするイメージが湧かないし、必要がない。
「わたしより、シノブのほうがモテるでしょう」
シノブの体はわたしと違って引き締まっている。わたしはシノブの二の腕を掴んで揉んでみる。鍛えているのが分かる。それに引き換え、わたしの二の腕はプヨプヨだ。シノブのお腹の腹筋も鍛えられている。わたしとは段違いだ。
これが引きこもりのわたしと、体を鍛えてきたシノブの差だ。
「いきなりわたしの腕を掴んで、何を落ち込んでいるっすか?」
「シノブは顔も体も綺麗だねって話だよ」
そんな人に綺麗とか言われてもお世辞にしか聞こえない。
クマさんパペットをしていたら、シノブの前に鏡を出してあげたかった。
「ユナの体は綺麗っすけど、鍛えていないっすね。それで、あの強さ。不思議っす」
そんなにマジマジと見ないでほしいんだけど。わたしはタオルで体を隠す。
「ほれ、バカなことはしていないで、早く行くぞ」
カガリさんの言葉で全員、準備が終わっていることを知る。
「ユナ姉ちゃん、早く」
わたしたちは脱衣場から温泉がある外に出る。
おかしい、温泉までいくはずだったのに。