487 クマさん、部屋を見回る
「それじゃ、カガリはここに住むのか?」
「もちろん、ユナが良ければな」
「わたしはいいよ」
家には誰かが住んだほうがいい。
それにカガリさんなら、クマの転移門のことも知っているから、何も問題はない。ただ、今度来たら酒樽が部屋に転がっていそうな気がするけど。
「それじゃ、スズランにはここにお前がいることを伝えておく」
カガリさんのお世話をする人が来てくれるなら大丈夫かな。
でも来るときは、そのスズランさんに気を付けないといけないね。
「それとユナに、これを渡しておく」
スオウ王はカードを差し出し、わたしは受け取る。カードはギルドカードのようなカードだった。カードの表にはわたしの名前が書かれ、家紋みたいなものも描かれている。
「なにこれ?」
「ギルドカードみたいなものだ。これがあれば、どんな格好の者でも問い詰められることもなく街の中に入れる」
スオウ王がわたしの顔でなく、違う場所を見ている。
「どうして、わたしの格好を見ながら言うかな?」
「ユナ、どうぞっす」
シノブがすかさずわたしの前に手鏡を差し出す。
「どうして、わたしの前に鏡を差し出すかな?」
わたしはシノブが差し出してきた手鏡を押し返す。鏡を見なくても、自分の姿がクマの格好をしていることぐらい分かる。
「シノブから報告を受けている。これからも、この国に来てくれると言うなら、嫌な気持ちにならずにいてもらえればと思った。王家が身分を証明するものだから、何かあったら使えば役にたつはずだ」
確かに、街に入るたびに変な顔で見られたり、格好について尋ねられたりする。クマの着ぐるみは、どこに行っても目立つ。
「ちなみにわたしも持っているっす」
そう言って、シノブがカードを見せてくれる。
忍者だから必要なのかな?
「シノブにはいろいろな場所に行ってもらうこともあるから、渡してある」
まさしく忍者だね。
「ありがとう。ありがたく使わせてもらうよ」
国家権力は強力だから、ないよりはいい。
でも、あまり使いすぎると面倒なことになりそうだから、気を付けよう。
「それじゃ、カードに魔力を軽く流して、登録してくれ」
わたしは言われるまま、カードを握った手に魔力を流す。
「それで、そのカードはユナのものになった。ギルドカードと同様に扱える。あと、このカードはあのルイミンの嬢ちゃんに渡してやってくれ」
スオウ王はもう一枚のカードを差し出す。そこにはルイミンの名前が書かれている。
「他の人の分も用意してもらえるってことはできる?」
「どうしてだ?」
「この前に会った、フィナって子を連れて来るかもしれないから、その子の分も欲しいかなと思って」
「ユナが一緒なら大丈夫だ。数十人だとあれだが、数人程度なら一緒に通れる。それにあの子は普通の格好だから、別に必要はないだろう。滅多なことがなければ、氏名の確認はされない」
「それじゃ、ルイミンのは?」
それなら、ルイミンのカードも必要なくなる。こっちにはわたしがクマの転移門の扉を開けないと来ることはできない。
「ムムルートとの約束だ。あのエルフの嬢ちゃんがいつでもサクラに会える証だと思ってくれればいい」
そう言えば、ムムルートさんが、ルイミンがサクラに会えるようにしてほしいって言っていたっけ?
「そのカードを見せればサクラに話が行くようにさせておく。そのカードがあれば家の前で、追い返されたりはしないはずだ」
「伯父様!?」
サクラが驚いたようにスオウ王を見る。
「これで、来たら会えるだろう」
サクラの家って、巫女がいるお屋敷だよね。
普通の家じゃないから、いきなりサクラに会いたいと言って、会えるものではないような気がする。そう考えると、このカードは必要かもしれない。
「それじゃ、そろそろ仕事があるから俺は戻る。本当なら城に来てもらって、食事とでも思ったが」
「気にしないでいいよ。いろいろと忙しいんでしょう?」
「すまない」
スオウ王は謝罪をして、カガリさんのほうを見る。
「カガリ、あとのことは任せる。スズランは明日にでも来させるが、食事はどうする?」
「心配は無用じゃ、1日ぐらい食べなくても平気じゃ。いざとなれば街まで行く」
スオウ王は次にサクラを見る。
「サクラ、一緒に帰るか?」
「できれば、もう少しユナ様とお話がしたいです」
「そうか。シノブ、サクラのことを頼む」
「わかりましたっす。責任を持って送り届けるっす」
「それじゃ、今度は城に来てくれれば、城を案内する」
スオウ王はそう言うと、一人で階段を降りていくので、わたしたちは見送る。
「でも、本当にこんな大きなお屋敷をもらってもよかったのかな?」
「構わないじゃろう。実際にお主はそれだけのことをしたんだ。もらっておけ。お主が使わない間は妾がちゃんと使っておいてやるから安心せよ」
「うん、お願いね」
「そこは嫌がるところだと思うんじゃが」
「カガリさんが使ってくれるなら、わたしも安心だからね。別に、物を壊したりするわけじゃないんでしょう」
「そんなことはせぬ。ただ、掃除などはしないぞ」
「それはシノブに任せるから大丈夫だよ」
「どうして、わたしっすか。たまにならいいっすけど」
「そのときは、わたしも手伝いますよ」
サクラが微笑みながら言う。
「それじゃ、探索でもしようかな。どこかに転移門も置きたいし」
「それじゃ、わたしが案内しますね」
サクラはそう言うと、わたしのクマさんパペットを引っ張って、歩き出す。
三階にある部屋はどれも畳が敷かれており、旅館って感じだ。部屋も広く、漫画やアニメで見る修学旅行のような部屋だ。もしかして、国王の部屋だったりしたのかな?
でも、なにもない部屋だ。
「物がないのう」
カガリさんがわたしと同じ感想を漏らす。
部屋の中は空っぽって感じだ。なにも置かれていない家に引っ越してきた感じだ。
イメージ的に、掛け軸とか壺があったりするのかと思ったけど、清々しいほどになにもない。
「不要なものは全て片付けたっすよ。この襖には王家の家紋があったんっすが、取り替えたっすよ」
「そうなの?」
「ここはユナに与えられるもの。だから、王家に関わるものは全て片付けたっすよ」
だから、なにも無かったわけか。でも、襖まで替えてあったとは思わなかった。
「でも、どうしてシノブがそんなことを知っているの?」
「ふふ、わたしはなんでも知っているっす。でも、知っている理由は秘密っす」
なにか勿体ぶったような言い方をする。
忍者だから、なんでも知っていそうだ。本当にシノブとも契約魔法をしておいてよかった。忍者の情報収集能力は凄い。実際の歴史でも敵国で諜報活動をしていたって聞くしね。
「シノブは先日、わたしと来たから知っているんですよ」
だけど、サクラがあっさりと知っている理由を話してしまう。
「ああ、どうして、ばらしちゃうんっすか。わたしのミステリアスな雰囲気が台無しっす」
真実はたいしたことじゃなかったね。
でも、部屋に物がないのは助かる。元、住んでいた人の物があると、捨てるに捨てられない。まして、知り合いの物になるとなおさらだ。
ダサい置物とかあったら扱いに困る。あと、サクラが使った布団なら大丈夫だけど、国王が使った布団とかは遠慮したい。
「どうかしたのですか?」
そんなことを考えていたら、サクラが首を傾げながら尋ねてくる。
「何もないから、いろいろと用意しないといけないと思ってね」
まあ、こっちで暮らすわけじゃないから、必要最低限で十分だ。それに必要なものはクマボックスに全て入っている。
わたしたちは部屋を見ながら、奥の部屋へと向かう。
もしかして、ここは?
入口の前に暖簾があり、「湯」と書かれていた。
「もしかして、お風呂?」
「はい、温泉です」
扉を開けて中に入ると、脱衣場がある。脱衣場の奥は壁になっている。
「ちょっと待ってくださいね」
サクラはトコトコと正面の壁に向かう。
「わたしも手伝うっす」
2人は正面の壁で何かし始める。すると、壁だと思ったところは引き戸になっていたみたいだ。引き戸が左右に開き、露天風呂があらわれた。石で囲まれた中に温泉があり、湯気が立ち昇っている。
「相変わらず大きな風呂じゃのう」
「温泉に入りながら見る景色は綺麗なんですよ」
確かに、夜空を見ながら、温泉に入るのはいいかもしれない。昼間でも景色は綺麗だ。わたしは温泉の近くに行くと、森林に囲まれた湖が見える。
「酒を飲みながら入りたいのう」
「お酒はないっすが、温泉は入れるっすよ」
竹筒から、ちょろちょろと温泉が出ている。掛け流しなのかな?
「用意が悪いのう。だが、あとで入るかのう」
「それじゃ、お屋敷を見回ったら、みんなで入ろうか?」
わたしも入りたいし。
「いいのですか?」
「もちろん、自分もいいんっすよね?」
「いいよ」
「それなら、ルイミンさんもお呼びしたいです」
「それじゃ、フィナも呼ばないとダメっすよね」
わたしたちはとりあえず、他の場所を確認した後に、温泉に入ることにした。
クマの転移門を置かないとルイミンも呼べない。仮置きでもいいんだけど、屋敷を全て確認してからのほうがいい。
温泉ゲット。
※書籍10巻とコミカライズ1巻の表紙が公開されました。詳しくは活動報告、作者のTwitterにて、お願いします。