481 クマさん、クリモニアに帰る
少しだけ、いつもより長いです。
「あのう、ユナさん。温泉ってなんですか?」
わたしが考えごとをしているとルイミンが尋ねてくる。どうやら、ルイミンは温泉を知らないみたいだ。
「温泉は地下から出てくるお湯のことだよ」
「地下からお湯ですか? 水じゃなくて?」
「お湯だよ。天然のお風呂だね。疲れを取ってくれたり、健康にいいんだよ」
疲れなら白クマの服でいいだろうって声が聞こえてきそうだけど、お風呂は別だ。心の疲れを取ってくれるのがお風呂であり、温泉だ。
「地下からお湯が……」
ルイミンは考え始める。温泉に興味を持ったみたいだ。
「それじゃ、今度、落ち着いたら温泉に入りに来ようか?」
あのコノハさんのいる宿屋に泊まってもいいし。スオウ王が温泉付きの家をくれたら、そこに泊まってもいいよね。
「本当ですか?」
「うん。もちろん、フィナもね」
わたしの言葉にルイミンとフィナは嬉しそうにする。
「話も纏まったようだな。そろそろ、わしたちは帰らせてもらうぞ。嬢ちゃん、扉を開けてもらってもいいか?」
ムムルートさんが腰を上げるとルイミンも立ち上がる。
「ムムルートさん、ありがとうね」
「礼を言うのはわしのほうだ。昔のやり残したことができてよかった」
忘れていたけどね。
「ルイミンさん。いつでも遊びに来てくださいね。歓迎しますから」
「はい。来ますね」
「そのときはエルフの村のお話を聞かせてくださいね」
「わたしもサクラちゃんの国のことを教えてほしいです」
「はい。お話をしましょう」
二人は微笑む。
「ムムルート、世話になった」
「気にするな。それに今回の立役者はクマの嬢ちゃんだ。わしのしたことはたいしたことじゃない」
「本当に、とんでもない嬢ちゃんじゃな。あの大蛇をほとんど1人で倒してしまったからな」
わたし1人の力ではない。もし、初めから、完全体の大蛇だったら、こんなに簡単には倒せなかった。想像するだけで、厄介な相手だ。ムムルートさんたちが復活を抑えてくれて、対抗手段がなかった風の大蛇をカガリさんが倒してくれた。
「あと、孫娘同様に、お主もたまには顔を見せろ。いや、妾がそっちに行くのもいいかもしれぬな。そのときは酒でも用意してろ」
それって、わたしのクマの転移門を使うってことだよね?
まあ、暇なときならいいけど。
わたしはクマの転移門の扉を開けると、ムムルートさんが先に入り、ルイミンは手を振りながらクマの転移門の中に入っていく。サクラとフィナも手を振り返している。
「あとで、片付けに行くから、扉のことは気にしないでね」
わたしはクマの転移門の扉を閉める。
「それじゃ、フィナ。わたしたちも帰ろうか」
「なんだ。お前も帰るのか?」
「ここにいたら、巻き込まれそうだからわたしも帰るよ。それに皆は大蛇の件の後始末が大変でしょう?」
「そのことについてだが、この魔石は預かってもいいか?」
スオウ王はテーブルに乗っている大蛇の魔石に目を向ける。
「現状では大蛇の確認は女性にしかできない。だから大蛇の討伐の証として魔石を借りたい。できれば、譲ってほしいと考えている。もちろん、それに見合うだけの礼はするつもりだ」
緑色の魔石はカガリさんのものだ。だけど、他の魔石は一応わたしが大蛇を討伐して、手に入れたものだ。
だけど、スオウ王の気持ちも分かる。大蛇は過去に和の国を滅ぼそうとした魔物だ。それをカガリさんが長年守っていた。そんな魔物の魔石だ。国としては欲しいだろう。
「もちろん、すぐに返答はいい。嬢ちゃんが譲るのが嫌だと言えば返す。だが、借りる許可はほしい」
「いいよ。あげるよ」
わたしの言葉に全員が驚く。
「ユナ様、本当によろしいのですか? これはユナ様が大蛇を討伐した証です」
「別にわたしが大蛇を倒したことを広めるつもりはないから、いいよ」
ただ、元ゲーマーとしては価値がありそうな魔石が欲しかったけど。大蛇の魔石は、わたしではなく、この国が持つべきだと思う。
「助かる」
同様に大蛇の素材の話にもなったが、一部を貰うことになった。
まあ、わたしとしては大蛇の素材は一部が貰えればいい。
「それでユナはいつ、こちらに戻ってくる? それまでには準備を終えておきたい。できれば数日の時間は欲しい」
「これから忙しくなるんでしょう。落ち着いてから来るよ」
「落ち着くと言っても、連絡はどうする。鳥は飛んでいけないぞ」
あの小鳥にクリモニアまで飛んできてもらうのは可哀想だ。
わたしは少し考えて、サクラを見る。
「サクラ、これを」
わたしはクマフォンをサクラに渡す。
「いいのですか?」
「うん、ルイミンに直接話はできないけど、わたしとならできるから。何かあったら連絡をちょうだい」
「はい、分かりました」
サクラは嬉しそうに小さな手でクマフォンを握り締める。
「そのクマはなんだ?」
「遠くの人と会話ができる魔道具だよ。大蛇の件が片付いたら、サクラに伝えてくれれば、戻ってくるよ」
その前に戻ってくるかもしれないけど。
「そんな魔道具が!?」
スオウ王はサクラが持つクマフォンに手を伸ばそうとするが、サクラはクマフォンを守るように胸に抱き寄せる。
「サクラから、取らないでくださいよ」
わたしは注意してから、サクラにクマフォンの扱い方を教え、スオウ王にはクマフォンのことも秘密だということも言っておく。
「それで、カガリさん。この島にこの扉を置いても、気付かれにくい場所ってある? 仮置きしたいんだけど」
部屋に置かれているクマの転移門を見ながら尋ねる。
「それなら、妾の家の奥でいいだろう。あそこなら、入ってくる者は妾の世話をする者ぐらいだ。この騒ぎだ。しばらくは誰もこないじゃろう。スオウ、一応、しばらくは妾の世話はいらぬと言っておけ」
「なんだ。島に残るのか?」
「今、そっちに行けば騒がれるかも知れぬからな」
「それで、サクラは船に乗せて帰らせるが、おまえはどうする?」
スオウ王がシノブに確認する。
「あとで、先発隊を島に寄越すっすよね。それなら、わたしが残らないとダメっすよね?」
「確かにそうだが、休まないでいいのか?」
「もちろん、休みたいっすよ。でも、カガリ様はこんな可愛くなっているし、案内役は必要っすよね」
「おまえが残ってくれるなら助かる」
「あっ、でも、これが終わったら長期休暇をくださいっすよ。わたし、休みが欲しいっす」
「わかった。好きなだけ休め」
「約束っすよ」
シノブは休みの約束が貰えて嬉しそうにする。
「それじゃ、俺は行く。ユナ、世話になった。本当に感謝の言葉もない。国の王として、あらためて礼を言う。ありがとう」
スオウ王は真っ直ぐにわたしを見て、礼を述べる。
「ユナ様、本当にありがとうございました。ユナ様は希望の光でした。ユナ様に会えて本当によかったです」
「「くぅ~ん」」
くまゆるとくまきゅうが「自分たちは?」って感じにサクラに尋ねるように鳴く。
くまゆるとくまきゅうの言いたいことが分かるのか、サクラはくまゆるとくまきゅうに抱きつく。
「もちろん、くまきゅう様とくまゆる様もわたしにとって希望の光でした。ありがとうございました」
「「くぅ~ん」」
スオウ王とサクラはクマハウスを出ていく。わたしは窓の隙間から船が島から離れていくのを待つ。
「それじゃ、家を片づけるけど」
わたしはみんなを外に連れ出して、クマハウスを仕舞う。
「それじゃ、わたしは船が来る前に、もう一度大蛇の確認をしてくるっす。ユナ、本当にありがとうっす。サクラ様を救ってくれて、感謝するっす」
シノブは頭を深々と下げる。
わたしもサクラの悪夢を消すことができてよかった。
たぶん、今日は悪夢を見ずに寝れるはずだ。
「それじゃ、また来るね」
「待っているっす。フィナもありがとうっす」
「いえ、シノブさんの怪我がたいしたことがなくてよかったです」
「くまゆるとくまきゅうもお世話になったっす」
「「くぅ~ん」」
くまゆるとくまきゅうは嬉しそうに鳴く。
カガリさんはくまゆるに乗り、わたしとフィナはくまきゅうに乗り、カガリさんの家に向かって移動する。
「これは……」
「なんじゃ~、妾の家が壊れておるぞ」
カガリさんの家が壊れていた。
まあ、島で大蛇の戦いがあった。大蛇は火を吐き、風を起こし、岩を吐き出し、水を吐きだした。そのうちのどれかが、カガリさんの家に当たったとしても不思議ではない。
カガリさんの家は木が突き刺さっている。これは風の大蛇の影響で斬られた木が吹っ飛ばされた感じだ。
炎で燃えていないから運が良かったと言うべきか。
「妾の家が……」
カガリさんが落ち込む。
誰でも自分の家が壊されでもしたら、落ち込む。
「これはスオウに家を建て直してもらわないといけないぞ」
「カガリさんって、大蛇がいなくなったのに、ここに住むの?」
「……!」
わたしの言葉にカガリさんは驚いた表情をする。
「長いこと、ここに住んでいたから、なにも考えていなかった。確かに、妾がここにいる必要はないな」
カガリさんは半壊した家を見て、そんなことを言い出す。
サクラのところにでも住むのかな?
「でも、これじゃ、クマの転移門を置く場所がないけど、他にある?」
「こうなったら、先程のクマの家でも置けばいいのではないか? 一応、ここには来ないようには伝えてある」
う~ん、どうしようか。
これから、人が島に来るけど、大丈夫かな?
わたしは疲れていて、帰りたかったので、ここにクマハウスを出すことにした。
「それじゃ、カガリさん。わたしたちは帰るから、くまゆるから降りて」
わたしはくまゆるに乗っているカガリさんに言う。
「待て。もしかして、妾みたいな幼子をこんな場所に置いていくつもりか?」
カガリさんはくまゆるに抱きついて、降りようとはしない。
見た目は幼女、中身は数百年生きている大人。わたしは騙されない。
「置いていくもなにも、シノブに連絡してもらって、迎えに来てもらえば? もしくは大蛇を確認にくる船に乗るとか、あるでしょう? それでお城やサクラのところにでも行ったら?」
「こんな格好で城に行けるわけがなかろう。妾のことを知っている者もおるんじゃぞ。こうなったら、ここは嬢ちゃんの家でお世話になるしかないな」
「なんでそうなるの?」
「共に戦った妾を見捨てるのか?」
「なら、わたしがサクラに連絡をしようか?」
わたしはクマフォンを取り出す。
「あやつは今頃、船の上で寝ているかもしれぬぞ。起こすつもりか?」
確かにスオウ王に連れていかれるサクラは眠そうだった。
サクラの姿を思い出すと、連絡がしにくい。
「それに船の中じゃ、あの魔道具も使えぬかも知れぬぞ。誰にも知られたらいけないのだろう?」
どんどん、追い込まれていく。
「もし魔物が来たら、妾、死んじゃうかも知れぬぞ」
確かに今のカガリさんは無力だ。
「ユナお姉ちゃん。カガリちゃんが可哀想です」
フィナがわたしの服を引っ張る。
「こんな小さな子をこんなところに置いていくのは可哀想です」
「おお、フィナじゃったな。お主は優しいの」
そういえば、フィナはカガリさんの本当の姿を知らなかったんだ。フィナからしたら、子供を置いていくように見えたのかもしれない。
「フィナ、カガリさんは子供に見えるけど、大人だからね。騙されちゃ駄目だからね」
「大人?」
フィナはカガリさんを見て、首を傾げる。
まあ、普通に考えたら、大人が子供の姿になったとは思わないよね。
年齢で言えば年寄りだ。
でも、この場合はどうなんだろう?
もし、一万年生きるようだったら、数百年だったら、子供かもしれない。
でも、動物によっては一年で大人になる動物だっている。
考えてみると、大人と子供の判断は難しい。
だけど、あの胸を思い出せば、子供でないのは間違いない。
「前は大人だったかもしれぬが、今は力もない子供じゃぞ。泣くぞ」
カガリさんは泣き真似をする。
わたしはため息を吐く。わたしは疲れているので、早くクリモニアに戻って休みたい。
「ちょっとだけですよ」
わたしはくまゆるとくまきゅうに乗るカガリさんとフィナを連れてクマハウスに入り、クマの転移門を使って、クリモニアに帰ってくる。
「えっと、ユナお姉ちゃん。わたしは帰っていいんですか?」
「うん、今日はありがとうね。助かったよ」
わたしが頭を撫でてあげると、嬉しそうにする。
「それじゃ、カガリちゃん。またね」
「世話になった」
フィナは帰っていく。
「それで、ユナ。寝床を頼む。実は妾も疲れて眠くて、仕方ない」
カガリさんはくまゆるの背中で眠そうにしている。
カガリさんも疲れていたんだね。
まあ、ワイバーンと戦い、大蛇と戦い、奥の手の大狐に変化する力まで使ったんだ。疲れていても仕方ない。
わたしはカガリさんを寝室に案内する。
「ほら、くまゆるから、降りて」
わたしはカガリさんをベッドに運び、寝かせる。それと同時にすぐに寝息が聞こえてくる。
別に我儘を言っていたのではなく、本当に限界だったみたいだ。
わたしとくまゆるは静かに部屋からでる。
そして、わたしも久しぶりの自室に戻ると、白クマ姿になり、子熊化したくまゆるとくまきゅうを抱くと、眠りに就いた。
ありがとうございました。
これで和の国編本編は終了です。
あとは、大蛇の後始末の話になりますが、まったり話になると思います。(予定)
次回、投稿が遅れるかもしれません。ご了承ください。