479 クマさん、国王と話をする その1
和の国の王、スオウ王がシノブと一緒にクマハウスに入ってくる。
スオウ王は部屋に入ってくるとキョロキョロと不思議そうに見回している。そんなスオウ王に対して、カガリさんが座るように言う。
「呆けていないで、早く座れ」
スオウ王はカガリさんに言われるままに、カガリさんの前のソファーに腰を下ろす。
「大蛇のことを尋ねたいが、その前にこの状況を説明してもらえるか?」
スオウ王は全員を見る。それはそうだ。知らない人物が部屋にいたら気になるだろう。スオウ王はカガリさんを不思議そうに見ている。
「おまえはカガリなのか?」
「小さくなっても可愛いじゃろう」
ぶかぶかの服を着たカガリさんが微笑む。それに対して、スオウ王はため息をつく。
「大蛇の戦いで魔力を使いすぎた。それだけじゃよ。大蛇は強かったからのう」
「そうか。それで見知らぬ者もいるようだが」
スオウ王はムムルートさん、ルイミン、それからフィナを見る。その目付きでフィナが体を縮こませる。
「フィナをそんな怖い目でみないでほしいんだけど」
「別に怖い目などはしていない。そんな目で見たのなら謝罪する」
「だ、大丈夫です」
と言いながらも、フィナはわたしの後ろに隠れる。
「それでこの状況は説明はしてくれるのか?」
「それを説明するのも、しないのもお主しだいじゃ」
「俺しだいだと?」
「まず、大前提として、クマの嬢ちゃんと契約魔法を行なってもらう。内容は嬢ちゃんの秘密を守ること。それをしないと話はできない」
スオウ王が怪訝そうにわたしを見る。
「嬢ちゃんの秘密は大きい。この者たちがここにいることも、大蛇を倒したことも説明ができぬ」
ムムルートさんとルイミンを軽く見てから、スオウ王に視線を戻す。
「どうしてだ?」
「妾たち全員は嬢ちゃんの秘密を守ると契約魔法をおこなった。この者たちのことを話そうとすると妾は死ぬことになる」
カガリさんはムムルートさんとルイミンに軽く視線を向ける。
「だから、共通の契約魔法をおこなった者にしか説明ができない。詳しく話せなくても、良いなら話すぞ。ただし、ほとんどのことは話せないと思え」
「……死ぬ。サクラも、シノブも契約をしたのか?」
スオウ王の目がつり上がる。
「はい、契約をさせていただきました」
「はい、したっす」
「カガリ! 死ぬかもしれない契約魔法をサクラにさせたのか? 間違いがあったらどうする!?」
スオウ王がカガリさんに対して怒る。
「伯父さま、怒らないでください。話さなければ、死ぬことはありません。それに死ぬと言っても、すぐに死ぬわけではありません。話そうとすると笑いだす魔法です。でも、無理に話し続けようとすると死ぬそうです」
「それじゃ、すぐに死ぬようなことはないんだな?」
「はい、ユナ様の秘密を話そうとしなければ大丈夫です。間違って話そうとしてもすぐに死ぬことはありません」
サクラの言葉にスオウ王は怒りを収める。
まあ、娘のように大切にしているサクラが死ぬかもしれない契約魔法をしていたら、心配はするし、怒りたくもなるよね。
フィナだけが分からない顔をしている。そう言えば、フィナだけは契約魔法をしていないから、意味が分からないんだよね。
「それほどまでの秘密なのか?」
「はい、知られてはいけないと思います。わたしは納得して契約しました。でも、契約魔法をしているわたしたちは伯父さまに話すことはできないのです」
わたしとフィナ以外は契約魔法のせいで、クマの転移門のことを話すことはできない。
「解除しろと言ったら」
サクラは首を横に振る。
「ユナ様が大蛇を討伐するために、秘密を教えてくださいました。その恩を裏切るつもりはありません。それに、これはユナ様との繋がりと思っています」
「妾もじゃ。嬢ちゃんはそれだけのことをしてくれた。大蛇を討伐したからと言って、解約をしろと言うのは自分勝手過ぎる。サクラが言う通りに、話さなければなにも問題はない」
「ユナに命を救われたっす。裏切るわけにはいかないっす」
スオウ王は三人を見て、三人も目を逸らさずにスオウ王を見る。
「確認させてくれ。ユナの秘密さえ話さなければ死ぬことはないんだな?」
「それはわしが保証する」
カガリさんの代わりにムムルートさんが答える。
「本当に大蛇は倒したのか? 封印でなく」
「ああ、倒した。数日後には妾の男除けの結界の効果が消える。自分の目で確かめればいい」
「……わかった。俺も契約をしよう」
スオウ王はそう答えた。
「ムムルート。すまないが契約の準備をしてくれ」
ムムルートさんはカガリさんに言われるまま、床に絨毯を広げる。
「そのエルフの男のことも話してくれるんだな」
「もちろんじゃ」
スオウ王はムムルートさんの指示に従って、契約魔法の魔法陣が描かれた絨毯に手をつく。
「本当にいいんじゃな?」
「おまえとは生まれたときからの仲だ。カガリが必要と思うなら、必要なことなんだろう。早く終わらせよう」
わたしもスオウ王のように絨毯に手を置き、契約魔法をおこなう。
「わたしの秘密を守ること」
魔法陣は眩しいほどの光が発し、契約が完了する。
「さて、どこから、話したらよいものか」
「全てだ。全てを話せ」
カガリさんは順番通りに説明していく。
数百年前の大蛇を封印したときに手を貸してくれた冒険者のエルフがわたしの知り合いだったこと。そして、そのエルフの力を借りるため、ムムルートさんを島に呼び寄せたこと。
「待て、いろいろと分からないぞ。数百年前の大蛇を封印してくれたのが、そのエルフだと?」
スオウ王がムムルートさんを見る。
「お主には話したことがあるじゃろう。大蛇を封印するときに手を貸してくれた冒険者がいたことを」
「ああ、幼いときから、聞かされているからな」
「その時に手を貸してくれた冒険者の1人が、そこにいるムムルートだ」
スオウ国王は信じられないようにムムルートさんを見る。
「クマの嬢ちゃんが数百年前の英雄と知り合いだったのはいいとする。それをどうやって連れてきた。話を聞くと、そんな時間はないだろう。エルフが一緒にいた報告は受けていないぞ」
スオウ王はシノブに視線を向ける。
「いや、いなかったっすよ。ユナ1人だけっすよ」
「それでは、その者、ムムルートが今ここにいる説明になっていないぞ」
カガリさんがわたしのことを見る。
スオウ王は契約魔法をしてくれた。だから、わたしも約束を守ることにする。
「これも秘密になっているから、誰にも言わないでくださいね」
わたしはクマの転移門を取り出す。
「これはなんだ?」
「扉と扉を繋げる魔道具だそうだ。もう片方を別の場所に置けば、その場所に行ける」
「そんな魔道具は」
スオウ王の言葉を遮って、わたしはクマの転移門の扉を開ける。扉の開いた先はエルフの森のクマの転移門に繋がり、扉の先は森が見える。
スオウ王は信じられないように扉の先を見ている。
「そこを通ってムムルートを連れてきてもらった。そっちの娘はムムルートの孫娘で、一緒に付いてきて、大蛇の復活の阻止を手伝ってくれた」
いきなりルイミンに視線を向けられて、ルイミンは軽く頭を下げる。
「それで、ムムルートの力を借りて結界を強化し、大蛇の頭を一つずつ復活させて、クマの嬢ちゃんと妾とで一つずつ倒していった。もっとも、妾が倒したのは風の大蛇だけじゃがな。残りの火、岩、水の大蛇は嬢ちゃんが一人で倒した」
「待て、順番通りだと? 炎、風、岩、水と順番に消えていったのは確認したが、最後には大蛇の四つの頭全てが復活したのを見たぞ」
ああ、それって、もしかしなくても、最後に再生した大蛇のことだよね。火も風もなにも纏っていない、ただの蛇。見た目だけの大蛇。
「見ていたのか?」
「船の上からだ。おまえが狐になって風の大蛇と戦っていた姿も見た」
カガリさんはスオウ王が見ていた大蛇の説明をする。
大蛇の頭を火、風、岩、水と倒し、最後に本体の結界を解いたとき、全ての大蛇の頭が再生して復活したこと。でも、その復活した大蛇はわたしが倒したことを話す。
スオウ王は信じられないように話を聞いている。
「大蛇の魔石じゃ」
カガリさんは証明するように大蛇の体から剥ぎ取った無色の魔石をテーブルの上に出す。
これって、わたしも出さないとダメかな?
「この他にも、それぞれの頭から手に入れた」
カガリさんがわたしに視線を向けるので、仕方なく大蛇の頭から取った4つの魔石を出す。
国王は信じられないようにわたしと大蛇の魔石を見ている。
「大蛇は弱かったのか?」
「この大きさの魔石を持つ魔物が弱かったと言いたいのか? 過去に大蛇を封印するのに多くの人が亡くなったのに弱いと言うのか?」
カガリさんの言葉が少し怒っている。
あれだけ苦労して倒した大蛇を、戦ってもいない人に弱いと言われたら、怒るだろう。
「すまない。あまりにも信じられないことだったのでな。でも、そんな大蛇をどうやって倒したんだ?」
スオウ王がわたしに目を向ける。
「それは、秘密ってことで」
「別に倒した方法はどうでもいいだろう。倒したってことさえ分かれば。二度と復活することもないだろう」
実はわたしが倒した大蛇は大蛇の中で最弱で、第二、第三の大蛇が現れることなんて、考えたくもないけどね。
それはフラグだから、考えるのはやめよう。
「わかった」
スオウ王はソファーにもたれ掛かるとそう言った。
契約終了。次回、その2です。
クマ10巻(7月27日)の予約が場所によっては始まっています。
店舗特典のSSの配布先が決まりましたら、活動報告にて報告をさせていただきます。
あと、コミカライズ1巻も同時発売ですので、こちらもよろしくお願いします。